3分間の奇跡(2)

 カリカリカリ……

 私のペンを走らせる音だけが室内に響く。

 この半年、初日以外は『奇跡』を所望されることがなかったため、日付が変わる直前に実は色々と試していたことがあった。

 それによってわかったのは、多少デフォルメして描いても問題なく具現化されるということ。

 重要なのは、「これを描いた」という気の持ちようらしい。だからこそ私は実物を見たことが無くとも、色やサイズが適切な状態で具現化されるのだろう。

 ただ、それについて以前一度、興味深い結果になった例があった。

 ある鳥を描いたとき、その鳥がリクエストしたエリンが思うのとは違う色で現れたのだ。図鑑を見ながら描いたので、色以外はちゃんとその鳥ではあった。

 そしてその謎は、翌日に解けた。私たちが見た配色は、その鳥の夏毛の姿だと教えてくれた者がいた。エリンの出身地は寒い地方のため、冬毛の方しか見たことがなかったという。

 つまり私が描いた鳥は、具現化の時点では私もリクエストしたエリンでさえも知らない姿で出てきてしまったということだ。

 そこから私は、具現化の際に参照される『適切』は、リトオールの平均ではないかと推測している。かの鳥も温暖な南部の方が生息数が多いということだった。


「猫を飼っている人の話を聞く度に、ずっと触ってみたいと思っていました」

「わかります」


 私の手元をじっと見ながら呟いたエイナードに、私は思わず即答してしまった。

 私も田舎に越す前に勤めていた会社で、猫を飼っていた同僚の話をうらやましいと思いながら聞いていた。しかも私の場合は、実際にその同僚に頼んで彼女の家まで猫を見に行ったのだから、本当に「わかります」という感じだ。


「あと、一度でいいから猫を吸ってみたいとも思っていて……」

「それもわかります」


 やはり同僚の猫を思い浮かべながら、私はまた即答した。

 同僚の猫を存分にモフらせてもらいはしたが、さすがに余所の家の猫を吸うわけには行かない。なのでそこに関しては、よりエイナードの気持ちがわかる。その願い、すごく叶えてあげたい。

 カリカリカリ……

 エイナードが黙って、またペンの動きをじっと見てくる。

 そわそわして描き上がりを待っている様子の彼に、喜んで欲しい。私は自然と口元が緩むのを感じながら、作画を進めた。

 細長い尻尾を描き、仕上げに目を書き加える。

 もしガラリア国でも地球と同じく、猫が飼うために交配を繰り返された動物であったなら、エイナードが指定した猫もそうした中で派生した『家猫』ということになる。それなら対象となる分母は、人間側で把握できる程度。リトオールの平均とエイナードのイメージが、大きく異なることもないだろう。

 コトッ

 ペンをテーブルに置き、完成した絵を両手で持ち上げる。聖女としては、ここからが本当の仕上げ。


(具現化せよ!)


 私は心の中で、奇跡の始まりを告げるまじないを唱えた。

 声に出さなくていいのは助かる。仕事とはいえ、子供向けアニメのように必殺技名を口に出すみたいなのは恥ずかしい。

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