3分間の奇跡(1)
ペンを構え、エイナードを見る。
彼は思案顔で、彼が居るすぐ横の座面に置かれた分厚い本の表紙を触っていた。
ゼアラン家に先触れを出した際に、『奇跡』に必要な図鑑なり見本となる絵なりを用意しておいて欲しいと頼んである。おそらく今彼が触っているのは、それだろう。
「ユマ様は、しばらくこの邸にご滞在になると伺っておりますが?」
「はい、私もそう聞いています。城から呼び出しがない限り、こちらでエイナードの希望を叶えるようにと。既にご存知かもしれませんが、私は一日に一回しか奇跡を起こせません。複数願いがあれば、その数の分だけ日数が必要となります」
「えっ、明確な期間はないのですか?」
「そうですね。エイナードも私も聞いていないというのなら、言葉通り呼び戻されない限りはこちらにいさせてもらうことになると思います。勿論、もう奇跡が必要ないというのに居座ったりはしませんが」
「いえっ、そんな。それなら願いなんてどれだけでも――っと……」
エイナードが間を置かずに返事をして、それから彼は失言したというように口元を手で押さえた。
たくさん願いがあると言ったようなものだから、恥ずかしくなったのだろうか? でもそんなことは、当たり前だと思う。彼はまだ二十四の若さなのだから。
「えっと……では、今日の願いは……」
エイナードが先程触れていた本を手に取り、目次ではない本文と思われる箇所から開く。
読み慣れた本だったのか、そこから数頁
そのまま逆向き――私から見れば正しい向きにして、彼がテーブルの上に本を広げる。次いで彼は、その頁の一箇所を指差した。
「……猫?」
エイナードが示す箇所を見て、思わず呟く。
その私の呟きに彼が「はい」と答えたということは、どうやらリトオールにも猫がいるようだ。
種類も多いらしく、見開きが猫の絵で埋まっている。その中で彼は、シュッとした細身の猫を指差していた。
「実は私は猫アレルギーで。幼い頃から触るどころか、近くで見ることも許されなくて」
「ああ……くしゃみが出るとか」
「そうみたいです。物心つく前に発覚したようで、私の記憶にある限りでは猫を近くで見たことがありません。それでもいいから触りたいと、常々思っていました」
「わかりました。では、その猫を描きますね」
私はケースの蓋を開け、中からペンを取り出した。
蓋を閉めてから、ケースを裏返す。裏面が天板仕様になっているので、そこに紙を載せる。
聖女の『奇跡』で使用するペンは、黒一色。色は具現化の際に、自動的に再現されてくる。元々リトオールに存在するものしか具現化できないというから、それに合わせた形で現れるのだろう。先に国王陛下の薬を具現化したときには、私の予想に反してどぎつい色の液体が出てきたものだから失敗したと思って焦ったものだ。
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