第16話 東龍会
夜。東京都内でも有数の高層ホテルにある一室で行為を終えた一組の男女が、ピロートークとは程遠い不穏な会話を繰り広げていた。
「それで?狙ってる二人の足取りが掴めないって?」
女は煙草に火を点け妖艶に足を組む。彼女が見ているのは先程まで自身の上で腰を振っていた男とは真逆の方向......この瞬間を唯一良いものとしてくれる大都会の夜景だった。ガラス越しに映る男の姿すら忌々しく感じた彼女は、カーテンを伸ばし自身の姿を隠すようにして景色を楽しむ。
そんな彼女の仕草や心境にはまるで気付いた様子の無い男が答える。
「ああ。大学や顔、学部までわかってんのにどういう訳か見つからないとかほざきやがる。そんな事あり得るか?」
先日権藤から依頼を受けた男は早速部下に指示を飛ばし、大地と片澤の行動を探らせた。しかし返ってくる報告はどれも芳しくない。たった2人の一般人の足取りが掴めないと言うのだ。
「チッ、仕方ねえけど直接聞きこむか家探るかのどっちかだな。つかあのガキなんで元カノの家も知らねえんだ」
イライラを誤魔化すように手に取ったソレを鼻から吸う男。その聞き慣れた雑音に不快感を覚えつつも、女は自身にとってはチャンスだと考えた。
「ねえ、その仕事私にもやらせてくれない?」
「あ?加奈が進んでやりたがるなんて珍しい事もあるもんだな…。お前やっぱり男の方となんかあったとかじゃねえだろうな?」
嫉妬を隠しもしない男は疑いの目を向ける。彼女を手に入れて以降、彼女が自ら仕事に関わる事等一度もなかった。しかし山田大地なる男の名前を聞いてからはどうも様子がおかしい。
彼女に心底惚れている男としては、その様子に疑念を持たざるを得なかった。
「別にあんたが心配してるような事はないよ。単なる一般人がどうやってあんた達の目を掻い潜ってるのか気になっただけ。それじゃダメなの?」
「……わかった」
渋々といった様子で了承する男に対し心の中で毒を吐く。
(ホント…女々しくて鬱陶しい男)
凡そ1年程前、自身にとっては不本意な形でこの男の女になった彼女は、決して青春と言えるほど綺麗なものでも無かった学生時代に思いを馳せる。
(大地…今何してるかな……)
「てか、そのネックレスに付いてんの全部本物?幾らするのソレ…」
「ねー、最早告白通り越してプロポーズじゃない?」
「詩織のイメチェンにもびっくりしたけど、これを見せられたら霞むレベル」
大学の近くにある喫茶店。その中にあるテーブル席の一角で、片澤詩織は友人から事情聴取を受けていた。
事の始まりは彼女が大学に着けて来た豪奢なネックレス。普段使いとしては明らかに派手過ぎるソレは、彼女の周囲に居る人間にとっては恰好のネタとなり、それは他でもない彼女の友人にとっても例外では無かった。
一部の人間が片澤はパパ活をしているだの何だのと騒いでいたのが友人の耳にも入ってしまい、こうして聴取の場を設けられた次第である。
その結果彼女は事の経緯を話すに際し権藤との一件や大地との関係を洗いざらい話してしまった。
突如浮上した山田大地なる謎だらけの男を巡り、片澤への聴取が続く。
「ねね!次山田君と会うとき私達も呼んでよ!」
「うん。どんな男の人なのか私も興味あるな」
「えー…、なんか二人とも目が怖いんだけど…」
言動やファッションからクールな印象を持たれる事が多い
そんな二人と大地を引き合わせるのは吝かではないが、タイプは違えどどちらも好奇心が人一倍強い人間である為、大地にいらぬ迷惑をかけてしまわないかと少し考えてしまった。
「まあ、今度それとなく言ってみる」
それとなく言う…、この言い訳で長く引っ張れるとは思っていない片澤だったが、この場を誤魔化す為にそう言うのが彼女の限界だった。
小一時間程の雑談を経て友人二人を見送り、ドッと気疲れしてしまった片澤は改めて首元のネックレス…、それに込められた真意を妄想する。
(大地はお守りみたいに言ってたけど…、それだけでこんな豪華なもの渡さないよ…ね?というか何でお守りなんだろ…)
一人物思いに耽る片澤に対し、後ろの席から鋭い目つきを向ける黒髪の女。清水と大峰の帰りを待っていたその女が席を離れる。
「なんだ、普通に見つかるじゃない」
「えっ?」
片澤の前へ断りも入れずに無遠慮に座った見知らぬ女に対し、当然警戒した様子の片澤は尋ねる。
「あの…誰ですか?ここ私が座ってるんですけど」
「4人用のテーブル席を独り占め?ケチな事言わないでよ。あなたに話があって待ってたんだからさ」
「はい…?」
「あなた、山田大地とどういう関係?」
突然目の前に現れた女は微笑を浮かべてはいるが、その目は明らかに笑っていない。不穏な気配を感じた片澤がその場を離れようとする。
「あの、何の話か分からないですし、人違いだと思いますよ。じゃあ私は帰るんで…」
「逃げない方がいいよ。あなたと山田大地が少なくとも友人関係なのは私も把握してるから。逃げたら山田大地の情報を東龍会に売る事になるけど、いいの?」
東龍会…一見暴力団の様な名前をしたその組織は、その実只の半グレ集団であり、暴対法を恐れないその凶暴さから一般人にも名の知れた集団だった。
半信半疑とはいえそんな物騒な名前を出されては無視する訳にもいかず、片澤は手にしたハンドバッグを握りしめ再び着席するしかなかった。
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