第17話 加奈と大地

「じゃあ改めまして。あなたが片澤詩織で間違いないよね?」


「そうですけど…、あなたは?」


 蛇の様な目つきで此方を値踏みする女。年は同じくらいだろうか...。艶のある黒の長髪と意志の強さを窺わせる切れ長の目。


 セーター越しに強調された胸と中途半端なスタイルでは着る事さえ躊躇われる様なハイウェストのデニム。佇まいや話し方もそうだが、至る所から彼女の女としての自信が感じ取れた。


「言うわけないじゃん。でもまあ、話しやすくする為に少しは情報が必要か…」

 

 そう言っておもむろにスマートフォンを取り出した女は、暫く画面を操作してから一枚の写真を見せてきた。


「どう?これ見せたら少しは素直になる?」


 画面に写されていたのはとあるパーティ会場で撮られた集合写真。入れ墨を強調した男達が大勢居る中に目の前の女の姿も見られる。彼等の上に写る垂れ幕らしきものには、でかでかと記された『東龍会』の文字があった。


「これ見て分かる通り、正真正銘私はコイツらの仲間。で、コイツらは今あんたと山田大地を探してる」


「はい?」


 何故自分や大地がこんな集団に目を付けられているのか、皆目検討もつかない。


「あなた、少し前に金持ちのお坊ちゃんと揉めたんでしょ?そのお坊ちゃんからウチに依頼が来てるよ。要は報復」


「権藤仁人の事ですか…?」

 

「そうそうそんな名前」


 最近学内では見かけない為休学などをして雲隠れしたのかと思っていた元彼が、わざわざ東龍会のような反社会的組織に依頼してまで私達への報復を企てていた。


 恐ろしい事には変わりないが何とも見下げ果てた男だなと呆れが勝ってしまった片澤だった。


「あの…だとして何であなたがそれを伝えに?」


 大地との関係を聞いてきたところからも彼と何らかの因縁はあるのだろう。基本的に1人で居る事が多く、あまり他人と関わらない彼が付き合うタイプの人間にはとても見えないが。


「まあ取引ね。あなたが協力的ならココにいる事も黙ってあげるし、そうじゃないなら今すぐ仲間に連絡する。さっきも言ったけど、まずあなたと山田大地の関係を教えてくれる?」


「関係って言っても…」


 片澤と大地の関係は単純に友人でしかない。近頃はネックレスの授受というイベントの影響で微妙な空気感が漂う2人だが、現状は間違いなく只の友人だ。


 片澤はそれを念頭に置き、権藤との一件から始まった大地との関係をある程度ぼかしつつ話す。


「…嘘は言ってなさそうね。そう、それは何より。じゃあ次の話なんだけど…」


 ホッとした様子で女が続ける。


「あなた、私と山田大地が定期的に会えるように手伝ってくれない?」


 飛び出したのは意外な言葉。


「どういう意味ですか…?」


「山田…もう大地でいいか。大地と私は同じ高校出身なんだけど…」


 突然大地との過去を語り出す女。その顔付きは先程とは一転して柔和なものだ。


 話を纏めると…過干渉な親への反発から高校入学後にグレてしまった彼女は、深夜徘徊をする様になり其方での交友関係が広がるにつれ授業態度や諸々が悪化。学内では孤立していったそうだ。


 次第に形だけの登校を繰り返す様になった1年生の秋頃、屋上で1人寂しく黄昏ている大地と出会った事から彼との関係が始まった。


 最初はお互い一人になれる場所を巡って小競り合いをしていたそうだが、次第にそれも落ち着き雑談を交わす仲になる。


 それ以降、大地は毎日彼女に会いにきて家庭の事や学校の事、それ以外の事も相談し合う仲になったそうだ。


「うんうん。それで?」


「卒業だけはしといた方が良いとか説教してくるし、頼んでも無いのにチャイムが鳴ったら呼びに来るし、ぶっちゃけウザかったんだけど…」


 軟化した女の雰囲気も相まっていつしか女子会の様な空気になっていた片澤達だが、女は気にした様子もなく話し続ける。取引をぶら下げて脅している側と脅されている側である筈の両者が追加の注文やトイレ休憩を挟む始末である。


「夜の男は私の体しか興味ない奴等だったし、それまでも親のせいでまともな友達が居なかったからかな…、ズケズケと踏み込んで来る大地との話が凄く楽しくて、気付いたらちょっとずつ好きになってたんだよね」


「えぇ⁈」


 女の告白に対して待ってましたとばかりにはしゃぐ片澤。しかしそれに反して女は表情を曇らせた。


「でも結局告白出来なくてそんな関係が続いてさ、高3の夏前には告白したいなって思ってたの。まあ大地は私に恋愛感情とか無さそうだったけど。丁度そんな時だったかな…」


 そこから語られたのは、彼女が現在交際しているという男の卑劣な行動だった。


 曰く、夜間に屯している女の子達の中でも特に可愛かった彼女は、当時東龍会で顔を利かせていた河瀬翔貴かわせしょうきに目を付けられ、何度も交際を申し込まれたが断っていたそうだ。


 そんなある時、コンビニで夕食を買おうとしていた彼女は身に覚えのない万引きの疑いをかけられる。


 コンビニの責任者と河瀬は親族として繋がっており、彼女はそれをダシに脅されたのだという。


「折角大地に言われて頑張った高校を中退するのも腹立つし、家族にバラされたらまた母親が荒れるし、従うしかなくてさ。大地とはそれっきり話す機会も無くなって今に至るってわけ」


 悲しげに語られた過去に同情を禁じ得ず、次の言葉を選べなかった片澤。その様子を察した女が再度口を開く。


「まあここまで言ったら名前ぐらい教えても変わんないか。私の名前は石動加奈いするぎかな。宜しく、片澤さん」


「うん…、宜しく」


 大地に会いたいと言い出した理由は十分過ぎる程に伝わった。しかし彼女は実際問題、大地に会ってどうしたいのだろうか。


「石動さんは、大地に会ったらどうするつもりなの?」


 どう答えるべきか迷っているのか、少しの間を置いて石動が答える。


「今アイツと別れても絶対追いかけて来るだろうし、そうなると周りにも迷惑かかりそうだからさー、大地を愛人にしようかなって思ってる」


「は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る