第14話 来客
休日の午前。起床してから小一時間程ダラダラしている俺の部屋に妹が訪れた。
「あの…兄さん、ちょっとお客さんが来てるんですけど」
「お客さん?」
「おばさんが…」
その言葉を聞いてハッとした。俺と妹にとって『おばさん』とは真尋の母親の事だからだ。真尋との関わりが薄れてここ数年、生活リズムが変わったのかあまり会う事もなかった人。
俺が三ヵ月間消えていた事をどこかから聞いていて、心配してきたのだろうか。
「おばさんが?なんて?」
「それが、兄さんにお話があるとかで」
困り顔で対応を決めかねている様子の妹。寝耳に水だがまさか追い返すわけにもいかない。
「すぐ着替えるから、中で待ってもらうよう言っといて」
「わかりました」
パジャマから着替えてリビングへ向かう。そこには記憶にある姿より少しやつれた様子のおばさんが座っていた。
「お待たせしました。お久しぶりです」
「ああ、大地君ごめんねお休みの日に」
「いえ、全然大丈夫です。やること無くて寝てただけなんで」
社交辞令もそこそこにお茶請けの準備をする。
「それにしても大地君、随分雰囲気変わったわね。大地君が居なくなったって聞いた時は凄く心配してたんだけど、その間に何かあったの?」
「えー、まあ気紛れに各地を旅してたんで、そのお陰かも知れないです」
嘘は言っていないし完全な不可抗力だったのだが、心配を掛けてしまって申し訳なく感じる。
昔からうちの親は仕事漬けで家に居ないことが多く、ご近所さんであるおばさんにはかなりお世話になっていた。おばさんの旦那さん…真尋の父親は、俺と真尋が小学校低学年の頃には姿を見なくなり、それ以降、朝も夜も働いて目一杯だったであろうこの人は、そんな状況でも嫌な顔一つせず母親の様に接してくれた、家族同然の人だ。
「それでおばさん。何かあったんですか…?」
数秒の間をおいてからおばさんは口を開いた。
「真尋が…、部屋から出てこなくなってしまって」
「え?部屋から?」
「そう。少し前に久々に帰って来たと思ったら、部屋に籠っちゃって…。一応夜中とか私の仕事中にご飯を食べたり、シャワーを浴びたりはしているみたいなんだけど、私がいる間はずっと部屋から出てこなくて…、呼びかけても今は放っておいて欲しいとしか」
「そもそも真尋のやつ、家に帰ってなかったんですか?」
それは初耳だった。その間どこで何をしていたかは大体想像がついてしまうが…。
「数年前から少しずつ友達の家に泊まる事が増えてきて、最近ではもうずっと。時々帰って来てはいるみたいなんだけどね。どこで働いているのか、お金が置いてある時もあるし…。でも、たまに電話とかメールはしてくるの。ちゃんと大学には行ってるよとか、私の事を聞いてきたりはするんだけど、あの子が何を考えているのかわからなくて…」
話から察するにおばさんは真尋が普段どういう生活をしていたのかまでは知らないのだろう。それは不幸中の幸いに思えた。
しかし、あれだけ真尋の為に汗水たらして働いていたおばさんが、あの家に一人きり...。
目の前に居るおばさんとその光景を重ねてしまい、あまりにも報われないその姿に切ない感情が込み上げてくる。
「それで、相談に来られたんですね」
「もう真尋と大地君の関係が変わっているのも察していたし、こんな事身内以外に相談するべきじゃないのは分かっていたんだけど…、私は一人っ子で両親ももう亡くしてるから、誰かに吐き出したかったのかも」
そう言って自嘲気味に笑ってみせたおばさんは、気丈に振舞ってはいるがもう疲れ切って限界なのかもしれない。只でさえ肉体的な疲労もあるというのに、我が子が普段どこで何をしているのか分からず、一人姿を見せない真尋を思い孤独に過ごしてきたのだろう。
しかし帰って来たかと思えば今度は引きこもってしまった。
沈黙が続き、俺の言葉を待っているであろうおばさんに向けて、俺は考えた事を伝える。
「正直、先程もおばさんが言っていた様に、俺と真尋はもう数年間まともに会話もしていません。ですので…、俺が何かアドバイスをしたとしてもおばさんの助けになるとも思えないですし、俺が何かをやったところで真尋を変えられる自信はありません。ですので…」
「大地君…」
時期的に考えてあの日の事が関係している可能性もあるかもしれない。真尋が引きこもった理由など皆目検討もつかないが、だからと言ってこのままおばさんを放置する事はしたくない。
もしかしたら真尋は、俺が家族の事に首を突っ込む事を快く思わないかもしれない。しかしアイツが俺をどう思うかなんて今更どうでもいい。この状況を少しでも動かすとするならば...、一度親子水入らずで話し合わせるべきだろう。
だとしてもその為にはまず……。
「一度真尋の部屋に行ってみます」
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