第15話
「もしかして、妹さん?」みゆりはあいかに訊いた。
「ああ。よくわからないが、今の花子さんの中身はあたしの妹みたいだ」
みゆりとテーブルを挟んで向かい側のシートにふたりは並んで腰掛けていた。妹はあいかに寄りかかり、あいかは妹の頭をずっとなで続けていた。
「ドアストッパーが落ちてたから出られたの」と妹はみゆりに向かって言った。
「でも、どうして花子さんになっちゃったんだろう」
「それはあたしから説明するよ」
声は同じだが、明らかに大きい花子さんの口調だった。あいかは驚いて花子さんから身を離した。
「この子の体はもう無いんだ。気の毒だけど、あの子たちに捕まって、暗闇の中に消えてしまったみたいだ。だから、あたしが依り代になってあげたのさ。もっとも、あたしだって体があるわけじゃない。正確には、役割を与えたんだ」
「役割って?」みゆりは訊いた。
「この子にはあたしの役割を引き継いでもらう」
「それは、あいかの妹さんに花子さんになってもらうってことですか?」
「そうだ」花子さんはうなずいた。
「でも、あいかはそれでいいの?」
あいかはしばらく考え込んだあとで言った。「わからない。でも、あんな怖いところにこの子が捕まっているよりはましだと思う」
「なるべく前向きに考えよう」花子さんは言った。
みゆりは驚いた。気がついたら、花子さんの姿が変わっていたのだ。おかっぱ頭に赤い吊りスカート。一般的なイメージ通りの花子さんが目の前にいた。
「その格好、どうしたんですか?」
「この子が、ホストの格好が嫌だってさ。あたしも抵抗したんだけど、根負けしたんだよ。でもいずれにしても、さすがにこの格好は時代遅れだと思わないかい? これからの花子さん像をつくっていかないとね」
「いつものあんたの格好をすればいいんだよ」あいかは花子さんに、というよりも妹に語りかけた。
「それだと花子さんらしくないよ」妹は言った。
「いいんだって。花子さんは昭和の子どもの噂話から生まれたんだ。だから、今の花子さんは、あたしたちの噂話から生まれればいい。あたしたちの噂話の中で、あんたはそんな格好しなくていいんだ」
「この格好もあたしは好きだよ? かわいいと思う」
「好きにしな」あいかは笑って言った。
「花子さんはこれからどうするんですか?」みゆりは言った。「つまり、昭和の花子さんの方ですけど」
「一緒に駄菓子屋やろうよ!」妹が叫んだ。「ここでみんなで話してたよね。下にいても声だけ聞こえてたから。みゆりちゃんのアイデア、すごくすてきだと思う」
「あたしは消えることにする。あとはあんたに任せるよ」昭和の花子さんは言った。
「花子さん、待ってくれ」あいかが言った。「ここに妹をひとりで残していくわけにはいかない。花子さんも一緒にいてやってくれないか。頼む」
あいかに頭を下げられて、花子さんは困っているようだった。そして最後にとうとう「わかったよ」とぽつりと言った。その瞬間、花子さんが歓声を上げた。今度は妹になったのだろう、とみゆりは思った。
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