第4話
大きい声で話すとは言っていたが、それでもみゆりのいる場所から中の話を聴き取るにはやや遠くて、かなり集中しなくてはならなかった。
聞き逃した部分も多かったが、ある程度は聴き取れた。そして、その内容はだいたいのところ、みゆりが想像していた内容と一致していた。あいかと花子さんはほとんど言い争うように話し合っていた。しかし、話が終わりそうな雰囲気になってくると、とつぜんあいかがみゆりの方を見た。そして小声で何か言うと、花子さんもこちらの方を見た。みゆりはドアのところに立ったまま、自分が何を言われているのかもわからず、ぺこりと頭を下げた。花子さんは軽く手を振ってくれた。あいかはただこちらを見ているだけだった。
あいかがホストクラブから出てきたとき、校内放送で夕焼け小焼けのメロディと、学校に残っている児童は今すぐ帰宅するようにというメッセージが流れた。みゆりとあいかはそれぞれの教室にカバンを取りに戻った。お互い隣の教室だったので、なりゆきで、そのまま一緒に帰ることになった。みゆりは緊張していた。誰かと一緒に下校するなんて初めてのことだった。
帰り道、ずいぶん無言がつづいて、このまま何もしゃべらずに別れてしまうのではないかとみゆりが心配し始めたころ、「みゆりはなんで花子さんに会いに行ったの?」とあいかの方から訊いてきた。みゆりはあいかに自分の名前を呼んでもらえてうれしかったが、顔には出さないよう努力した。
「小さい花子さんから守ってもらうために行ったの」
「へえ」あいかは言った。「あたしも同じようなものかな」
「あいかちゃんも、気づいてたんでしょ? みんなが少しずついなくなっていること」
「最近まで気づいてなかったけどね。前は花子さんの噂なんてずっと信じてなかった」
「わたしはずっと気づいてたよ。みんながいなくなってること。だから小さい花子さんにねらわれてるかもしれない」
「もしかして、噂を流したのはみゆりなの?」
「ちがうよ。わたしは友だちいないから、わたしの話を聞いてくれる人なんて誰もいない」
「友だちなんていらないよ」あいかはひとりごとのようにぽつりと言った。
それは嘘だとみゆりは思った。少し前まで、あいかにはひとりの友だちがいた。廊下で一緒に歩いているところをよく見かけたし、その友だちといるときだけ、あいかは普段とちがう、落ち着いた表情を見せた。
あの子は今、どうしてるの? みゆりは訊きたかったが、自分から話してくれるまでは待つしかないと思った。みゆりは隣を歩くあいかの顔をちらりと見た。ずっと怒ったような顔をしている。もちろんみゆりにたいして怒っているわけではない。では、誰に対して怒っているのか。
「さっき、小さい花子さんと何を話していたの?」みゆりは思い切って訊いてみた。
「ドアのところで聞いてたんだろう?」
「でも、ところどころ小声で聞こえないところもあったし、もう少し詳しく聞きたい」
「あんたには関係ないよ」あいかは言った。
みゆりは黙り込んだ。もうすぐ家に着く。このままあいかと別れて、明日からはもう二度とお話しすることもないのだろうか。
あいかは咳払いをした。そして困ったような顔で、みゆりに話しかけた。「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」
「そういうつもりって?」
「冷たくするつもりはなかった。ただ、あまり話したくなかったから」
みゆりは答えなかった。そして、やがてみゆりの家に着いた。「じゃ、わたしここだから。ばいばい」みゆりは小さく手を振って、あいかに背を向けた。
「明日の放課後、また二階の女子トイレに来てくれる?」あいかが言った。「まだ花子さんと話がついてないんだ。またドアを押さえてもらってていいかな」
「ドアストッパーを持って行けばいいと思う」みゆりは言った。
あいかは少し考えてから、「でもそれだと、誰かが引き抜いて持ってっちゃうかもしれないし」
「わたしがいたって同じことだよ。わたしが飽きてドアを離しちゃったら、同じことでしょ?」
「みゆりはそんなことしないと思う」
「あいかちゃん、わたしのこと何も知らないくせに」
みゆりは怒っているのではない。ただ、ちゃんと話してほしかったのだ。どうして大きい花子さんに会いに行ったのか。その理由をみゆりは知っている。知っているからこそ、あいかの口からそれを言ってほしかった。
「みゆりの家に上げてもらっていい?」あいかは言った。「三十分くらいで済むと思う。もう少し話そう」
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