第3話
信じられないほどたくさんおしっこが出て、なかなか止まらなかった。さっきの人に音を聞かれないように、水を流しながらしていたけれど、水が流れ終わってもまだおしっこは止まらなかった。
ドアを開けて個室を出ると、隣の個室の前にまださっきの人がいた。あいかだった。
「ちょっと」とあいかは言った。「あたし、今からここに入るから、このドアが閉まらないように見張っててくれる?」
「あ、でもわたし、手を洗わないと」みゆりは言って、自分は何を言っているんだろうと思った。
「さっさと洗ってきて。でも、逃げたら殺すから」
あいかに言われて、みゆりは入り口のそばにある手洗い場のところで手を洗った。その間も、あいかの視線はみゆりをしっかり見張っていた。逃げたら殺す。その視線は冗談抜きで言っていた。みゆりはスカートのポケットからハンカチを出して手を拭い、奥の個室の方にまた戻っていった。
「いい? 今からあのホストと話をつけてくるから、あんたはここで見張ってるんだよ」あいかは言った。
「みゆりです」
「なにが?」
「わたしはみゆりです」みゆりはあいかの目をおそるおそる見ながら言った。
「ああ、みゆりっていうのか」あいかは、そこで初めて穏やかな口調になった。「悪い。切羽詰まってて、強引だった。許してほしい」
みゆりは改めてあいかの全身を見た。見た目こそ、長い黒髪に白いブラウス、黒いロングスカートの、清楚なお嬢様のようだったが、性格はぜんぜんちがう。さっきまではヤクザのようだとみゆりは思っていたが、こうして率直に謝られると、むしろ王子さまのようだった。みゆりは一目惚れしたみたいに、ぼんやりとその美しい姿に見とれていた。
「いいよ」外国人のような片言のアクセントでみゆりは言った。「わたしはみゆり。よろしくね、あいかちゃん」
「あたしのこと知ってるの?」
「うん」みゆりは認めた。みゆりはあいかのことを知っていた。そして、なぜあいかが今日ここに来たのかも、何となく察していた。でも、そのことはあいかには言わなかった。「あいかちゃん、わたしとちがってきれいで目立つから」
あいかは何も言わなかった。照れてるのではなく、単に関心がないようだった。「じゃ、あたしは中に入るから、悪いけど見張っててね。一緒に行けたらいいんだけど、ふたりで行くと出られなくなっちゃうから」
「いいよ。わたしはここで聞いてるから」
「なるべく大きい声で話すよ。じゃ、行ってくる」
そう言って、あいかはドアをみゆりに開けておいてもらって、自分だけ暗闇の中に入っていった。さっきはみゆりがいちいちよじ登っていたシートを、あいかはハードル飛びみたいにジャンプして飛び越え、あっという間に花子さんのいるところにたどり着いた。
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