第13話
そのままあちこちを回って休憩を取ったのは十五時頃のことだ。それも、フードコートでドリンクを飲むという質素なものだった。しかし、月岡さんはそれで良かったようだし、明莉は楽しければどんなものだろうと気にしない。
ちなみに、俺のドリンクは月岡さんの奢りだ。
「良かったのか?」
「恩を返さなくちゃ溜まっていくばっかりなんだから」
「それは、どうも。ありがとう」
お礼へラフさが混ざるほどには、俺たちは打ち解けていた。明莉は会話に加わる気がないらしい。恩云々について知らないから、という点も考えられるが、明莉に限ってそんな遠慮はしないはずだ。
これは俺と月岡さんの仲を深めるための一端なのだろう。下手な横やりを入れてこないだけ、まだマシだと思うことにした。
月岡さんと話すことに難があるわけではない。月岡さんだって、違和感を覚えている様子もなかった。なので、お互いにのんびりと交流を温めていった。そののんびりに明莉の声が割ってきたのは、帰り際だ。
「美海ちゃん、フリューは?」
駐車場にずらりと並んだフリューを取った俺と明莉のそばに立っていた月岡さんに、明莉が首を傾げた。
モール内を回るのに、フリュー移動は避ける。だが、橋を越えて行き来するときには、フリュー移動が常だった。徹底して徒歩であるものは稀少だ。
尋ねられた月岡さんは渋い顔になった。事情を想像することはできそうだが、明莉はそんなことに思考を割いていないのか。それとも、話をそちらへ招き入れるための策略なのか。後者が浮かんだ自分の思考回路に嫌気が差した。明莉に毒されているとしておきたい。
「上手く乗れないから、まだ公道は怖くて」
「そんなに? 学園島は安全な道も多いし、慣れるなら乗ってるほうがいいと思うよ。貸し出しフリューとかあるし、使ってみたら? 荷物を載せられるし楽だよ」
「いや、待て、慣れない月岡さんには難しいだろ」
載せるためにカゴがついていたりするものもある。それを利用すれば、楽に移動できるものだ。
しかし、と月岡さんを一瞥する。その運転能力はよく知っていた。あれ以来も、一向に上達していない。公道を走るのを避ける英断をした月岡さんは賢いだろう。荷物を載せて走るなど、とてもじゃないがやらせられない。
「そんなに……?」
俺の制止に月岡さんも反論しなかった。それが明莉に危機感を植え付けたらしい。訝しむ声に、一驚が滲んでいた。
恐らく、フリューに乗れないというのが、明莉には上手く想像できていないのだろう。周囲にいないものを、的確にイメージしろというのは酷だ。だが、そこまで驚愕するのは、月岡さんに悪い。
「明莉だって、今すぐ海で乗り物を乗り回せって言われたら困るだろ」
「うーん」
言いながら、こいつは乗り回せそうだなと思った。だが、本人が思考するのだから、それを中断させるつもりもない。そして、明莉はやはり上手く想像できなかったようだ。
「難しそうかな? 想像できない」
「そうだろ。今、月岡さんは想像もできないことに挑戦してるんだよ。公道で場数を踏めなんて無茶させようとするな」
これが俺への無茶ぶりだったなら、ここまで戦っていない。説得の面倒くささを天秤にかけて、早々に諦めていただろう。
だが、今回俎上に載っているのは月岡さんだ。面倒くささにかまけて差し出していいものではなかった。
しかし、それこそが明莉の思惑だったらしい。思い通りの展開に、いつもよりもハイになっている。こうなると、スッポンよりも離れないのだ。
「二人乗りしてみるのは?」
「公道では禁止だろ」
「それ、言う?」
禁止されているが、厳密に守られていない条項というものはある。二人乗りは中でもそのトップかもしれない。
友人同士でもやるし、カップルがやっているのを見ることもある。幼いころであれば、親に乗り方を教わる際に二人乗りをすることもあった。練習には一応、敷地内を利用するが、公道でやっているものもいる。
なので、厳正に守ろうとするような物言いには、説得力がなかった。何より、俺にも何度か明莉を連れて二人乗りをした覚えがある。冷眼を向けられても仕方がなかった。
「二人乗りってよくあることなの?」
「……本当は禁止されているから、見つかったら止められるし、罰金もあるよ。ダメだ」
形骸化とまではいかないにしろ、ほとんどないが。新たに学ぶものに嘘を教えていいわけではない。
「でも、慣れるには一番って人もいるよ。上手い人に誘導してもらえれば、飛ぶのが怖くなくなるし」
「そうなんだ」
「学校の敷地内なら問題ないから、今度翔大に連れ回してもらえばいいと思う」
「おい」
可否だけで言えば、できる。練習することにスポットを当てれば、悪手でもない。
けれど、俺と月岡さんが、となるとまたちょっと話が違ってくる。友人同士で乗り合わせることもあるが、それは同性が主だ。高校生にもなると、面倒事がくっついてくることも多い。大概のものは回避する。
それは、俺だって例外ではない。月岡さんに変な噂を立てるのも忍びなかった。
「えー。じゃあ、連れ回すんじゃなくてもいいから、教えてあげれば?」
そういう顔は、ドヤ顔気味だった。
ここを着地点にしていたのだろう。勢い尽くしであるくせに、誘導できる技量があるのが鼻につく。
教える。
その程度を厭うのは尻込みするものだ。俺は月岡さんの状態を知っているし、フリューの必要性も知っている。
月岡さんに目を向けると、困ったような顔をしていた。それはそうだろう。いきなり、自分の訓練話に突っ込まれているのだ。着地点を決めていた明莉は道筋があるだろうが、巻き込まれた側には電撃的過ぎる。
「月岡さん、明莉の言うことは真面目に取り合わなくてもいいからな」
「……練習しないと、まずいよね?」
熟考しているのか。当惑しているのか。伏せ気味の瞳で零す。か弱い声音は、不得手であることを切々と感じさせた。その判断を俺に任せる辺りで、自信のなさが顕著だ。
「まぁ。したほうがいいとは思う」
「鷹宮君は、積木さんの提案をどう思う?」
ちらりとこちらを見上げてくる。小動物のような青い瞳は、ゆらゆらと揺れていた。憂慮の色味を無視できる根性が俺にあるわけもない。
「月岡さんが困らないんだったら、俺は教えることに難はないよ。ちゃんと教えられる技術が備わっているかどうかは分からないけど。やれることをやるんだったら」
「いっぱい迷惑をかけているけど、いいの?」
恩を重ねていると気にしていた。そこに重ねて練習相手を頼むのは及び腰になるのだろう。分かりやすいことだ。
「月岡さんが気にしないなら、構わないよ」
「気にせずにはいられないと思うんだけど」
そりゃ、そうだろう。
今までの行動を見れば当然だ。月岡さんだって、俺が悟っているから言っていることを見透かしているのだろう。不貞腐れたように漏らした。
「じゃあ、やめておくか?」
月岡さんは、やる方向に傾いているはずだ。でなければ、俺の感触を確かめようとしたりしない。
だからこそ、この切り返しは口を噤ませるに十二分だった。気にしたとしても、実践するのかどうか。それは月岡さん次第だ。
俺は別に明莉に対抗しようなんて意地悪で、月岡さんの言質を取りたいわけではない。気にするにしても、自分で選択したかしないかは重要なはずだ。ほんの些細でも、気にする分量を減らすことができればよいと思った。
月岡さんは迷うように視線を彷徨わせてから、息を整える。それが覚悟のタイミングだったらしい。ゆるりと持ち上がってきた顔つきは、凛としていた。
「お願いします」
そう言って、ぺこりと頭が下げられる。礼儀正しい。そうされたのは、いつかのお礼のときと同じだ。
「任されました。よろしく」
同じように頭を下げると、改まった心地になる。気持ちが引き絞られたようだ。そうして、お互いに上げた顔を見合わせて、笑い合う。
そばでしたり顔をしている明莉は見えていないことにした。
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