第12話
回ったのは、キッチン用品店。日用品売り場。百均。所帯じみた買い物になると言った月岡さんの宣言に、何ひとつ嘘はなかった。高校生が友人と回るにしては、大いに所帯じみている。
しかし、三人での行動に違和感はなかった。明莉は人の行動にケチをつけないし、俺だって気にしたりしない。月岡さんは少し気にしているようだったが、流されてくれたようだ。
明莉は事あるごとに、俺と月岡さんの意見をかき合わせようとしていた。過敏になるほどではない。すんでの所で留めているのが、本人の力量なのか。偶然でしかないのか。後者のほうが正しそうで、計算されていないそれを掻い潜るのは難しい。
おかげさまで、商品を見るときは月岡さんと並ぶことになってしまった。女子二人が先頭していたのが嘘のように、俺と月岡さんが横並びだ。
明莉が企んでそうなっていることには不承不承であったが、隣にいることに気まずさはなかった。意外だ。明莉以外とこうも砕けられるとは思っていなかった。事故という発作的で強制的な接点は、壁を取っ払うのに革新的な役割を担っていたらしい。
「食器もまだ揃ってないの?」
今は百均でも可愛いものがある。学生の一人暮らしの食器としては、コスパとしても十分だ。月岡さんはその食器棚を飽きずに見つめている。
「うーん。一応揃ってるんだけど、家から持ってきたマグカップが割れちゃって。グラスを使ってるんだけど、マグカップがあるほうがいいかなぁとか。必須ってわけじゃないから迷ってるの」
そう言いながらも、目のうろつき方は真剣な吟味に見えた。回答が上の空だ。
黒猫が描かれた白いマグカップのデザイン違いの複数個に止まる時間が長い。見ていれば分かるものだな、と思いながらマグカップに視線を移す。
思えば、自分の部屋にもグラスしかない。今は春だ。温かい飲み物を飲む機会もないので、マグカップを求めていなかった。しかし、人が欲しがっていると気になるものだ。
並んでいるついでに、つらっと眺める。月岡さんが見ていた猫のマグカップは持ち手が猫の尻尾のような形になっていた。その隣には、普通の持ち手で猫のイラストだけが描かれているものがある。
悪くないよな、と見ているところで、そのマグカップが視線の先から奪われていった。
「可愛いね、これ」
「……月岡さんはこっちじゃなかったの?」
言いながら、取っ手の工夫がされているほうを手に取る。
「洗うの面倒かもって」
「なるほど。現実的だ」
「だって、常用するもん。でも、可愛いよねぇ。迷うなぁ。鷹宮君、これ買う?」
「真剣に迷ってたわけじゃないよ」
「……ふーん?」
言いながら、月岡さんはくるくるとマグカップを回して、ひとつ頷いた。
「これ、好き?」
何というか、自分のチョロさに愕然としそうになる。示しているのがマグカップだというのは明白だというのに、好きという単語に心臓が跳ねた。
明莉だって、服やら食事やらに好きだとぽろぽろ言う。それはまったく気にしないのに、月岡さんの口から飛び出してくると驚くらしい。
まぁ、と緩い相槌を打ってしまったのは、そのせいだった。
「それじゃ、これとこれにする」
「え?」
月岡さんは俺の手からマグカップを引き抜いていくと、そのままくるりと踵を返す。手元には二つのマグカップを確保したままだ。
二つはいらないだろ、と思ってから思考が直結した。その勘が当たっていると思えるのは、自意識過剰だっただろう。しかし、ここまでの月岡さんの言葉を思い返せば、答えは導き出せた。
「ちょっと、月岡さん、それ」
「いいでしょ? 百円だもん。消費税かかったって百十円。今日、ナンパから救ってくれた分。普通に飲み物奢るより安いんだよ? 鷹宮君だって真剣じゃないけど、使う予定がないわけでもないんでしょ?」
機微を察知されまくっていた。打ち崩すところがない。苦笑が零れ落ちる。
「分かったよ。ありがとう」
「素直でよろしい」
満足げに微笑まれて、気が抜けてしまった。飲み物より安いと言われてしまうと、断るのも野暮だ。
嬉しそうにレジへと向かうのを見ると、胸が満たされた。場合によっては、安上がりに済まされたと思うものなのだろう。だが、俺はそもそもを断っていた。それを思えば、安価なものをチョイスしたのは月岡さんの気遣いだろう。
「いい感じじゃん」
月岡さんがレジへ向かったのを見計らって、明莉がそろそろと近付いてきた。肩がくっつきそうなほどに寄ってきて囁かれる。
「うるさいぞ」
「なんでよ。仲良さそうじゃんって話してんのに」
「何がしたいんだよ」
「美海ちゃんと翔大が仲良くなってくれればいいなぁと思って」
「なんで」
目を眇めて、明莉を見下ろした。友人の輪が広がることを喜ぶ。明莉にそういうところがあるのは分かっていた。
だが、俺をあえてその輪に引き込もうとしてくることは少ない。それが、今回はこのざまだ。いくら予測不能な明莉の言動であっても、足がはみ出ている。怪訝に見下ろす俺に、明莉は澄ました顔を寄越した。
「気になってたんでしょ?」
「……だから、」
「そういうんじゃないのは分かったから。でも、気になってるんじゃん? 仲良くしておけば、何かあったとき手を出しやすいじゃん。翔大はそういうの、距離感がもろに表に出るし」
俺の性質はバレている。明莉が一肌も二肌も脱ぐ必要があるかは置いておいて、意見は的外れではなかった。
手を貸したい気持ちはある。フリューでの心配事なんて、いつ何が起こってもおかしくはない。今までの半端な状態で、自分が予告なしに動けるのかは疑わしいものだった。
今だって、万全ではないだろう。けれど、買い物に付き合う前と今では、明らかに変化が訪れている。そして、それがこの先の顛末に影響を与えるであろうことは、明莉の想像通りだった。
「悪い話じゃないでしょ? 美海ちゃんだって、翔大と一緒で楽しそうだし」
「月岡さんは誰とでも分け隔てないだろ。明莉とだって仲良くしてるじゃん」
「あたしはアレじゃん。それこそ誰とでも仲良くできるからね」
きりっとした顔で放言する。その自信は羨ましいことだ。実際、明莉の友人関係が広いことは言うまでもない。月岡さんとの仲もそうであると言われると、納得するより他になかった。
「月岡さんだって、そうかもしれないだろ」
「そんなことないでしょ? こっちで友だち探してる状態だって言ってたし、クラスでも賑やかなタイプでもないし。淑女じゃん」
「淑女と友人関係に因果はないだろうが」
「そうかな? 大人しい子じゃない?」
どうだろう。
月岡さんは、明莉のように明るく跳ね回るようなテンションをしていない。でも、大人しいかと言われると微妙だ。お茶目なところもある。小気味よい会話を楽しんでいるし、元気なほうだろう。
明莉と比べてしまうと、他の人は概ね大人しいと言えるかもしれないが。
「明るくっていい子だよ」
「ふ~ん?」
……いい子、は余計だった。本音であるし、月岡さんの評価としておかしくはない。だが、明莉に伝えるのは余計だ。
俺をにやにやと見上げてくる顔を敬遠する。俺はそそくさと動いて、月岡さんの元へ向かった。さすがの明莉だって、当人に伝えていないことを吹き込むほどデリカシーに欠ける行いはしないだろう。
「プレゼント包装はできないけど、構わないよね?」
「構わないよ。ありがとう」
「後で渡そうか? 寮に戻るまでは邪魔だよね」
俺は何も買っていないので、他のショッパーバッグも持っていない。気遣いが行き届いている。
「鞄に詰めてもいいけど」
「割れない?」
「でも、月岡さん他の荷物もあるでしょ。大変じゃない?」
「どっちにしても持つんだし、一緒だよ」
「翔大が月岡さんの荷物を持ってあげればいいじゃん」
至極まともな提案だ。だが、表情がついてくると、途端に鬱陶しい。そして、これは俺だから感じ取れるものだ。月岡さんは一般的な提案として、明莉の言葉を聞いていた。
「そんなの悪いよ」
「大丈夫だよ」
お前が答えるな、と喉元まで出かかったが、答えは間違っていない。明莉が答えたことに怪訝そうな顔になった月岡さんがこちらを見る。俺は苦笑して、月岡さんの手元から袋を奪った。
「構わないよ。俺のも入ってるんだし、いいだろ? 他のものだって持つけど」
「他のは悪いからいいよ。それだけお願いするね」
「任せて」
「じゃあ、次に行こう」
俺と月岡さんの足並みは揃っている。そのテンポを明莉が引っ張った。次の話なんてした覚えもないのに、明莉は当然のようにそう言う。
俺と月岡さんは顔を見合わせながら、ぐんぐん進んでいく明莉の後を追った。行く先を聞いても仕方がない。月岡さんも、この短い間に明莉の特性を学んだようだ。
「元気だね」
「悪いな」
「私が一緒にいるって言ったんだから、鷹宮君が謝ることないのに。積木さんの保護者みたい」
クスクスと笑われて口を曲げた。そんなものになりたいとは思えない。
「月岡さんが楽しんでいるんだったら、それでいいんだ」
「楽しいよ。鷹宮君と一緒にマグカップを選べたのも楽しかったし」
「そうか」
相槌が素っ気なくなってしまったのは、むず痒さがたまらなくなったからだ。
月岡さんは楽しそうに笑っている。彼女が楽しいのなら、と思ってしまう感情までもくすぐったくてたまらなかった。
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