第三章
第10話
「よーし、次に行くよ」
明莉はずんずんとモール内を歩いて行く。
当日だろうが何だろうが、意図を徹頭徹尾説明しなかった。されるとも思っていなかったが、それにしても普通に買い物をされては戸惑うばかりだ。
恐らくは、俺にお洒落をさせようとしているのだろう。恐らく。まったく自信のない予測だが、明莉は最終的に俺と月岡さんをどうにかしようとしているはずだ。お洒落でも何でもして、月岡さんとの接点をアピールの場面にしてどうにかしようという魂胆だろう。
明莉はここかしこの店へ入っては、そこかしこを見て俺に押し当ててくる。全部を買えというような無茶苦茶は言わない。合わせるのが面白くなっているだけだ。
これはもはや、自分が楽しんでいて、月岡さんのことは考えていないかもしれない。被害が食い止められるのであれば、それでよかった。自分があおりを受ける分には、もう諦めがついている。
「うーん? 翔大はどんなのがいいわけ?」
説明もないままに、洋服を当てられ続けている。こっちから求めたわけでもないのに趣味を探られても、困惑しかなかった。俺にお洒落感覚はない。聞かれたところで答えはなかった。
明莉は自分の好きなものを次々に持ってきては当てて去って行く。質問こそすれど、話を聞く気はなさそうだった。答えられないことを追求されないのはいいが、何をしているのかは分からなくなる。
そうして、次に入店しようとしているのは女性服のお店だった。自分の意思が先行している。着せ替え人形にまではならないまでも、素体として扱われることから解放されて救われた。自分の服を見繕われるくらいなら、明莉の買い物に付き合わされるほうが気楽だ。
明莉は好みが明瞭なので、こっちに判断を委ねてくることもない。後ろをついて回っていればそれで役割は果たせる。明莉に連れ回されるのは、買い物だろうと何だろうといつも通りで苦はなかった。
このまま日常になだれ込んで、月岡さんのことを失念してくれないだろうか。そうなれば、この外出の意味もなくなるはずだ。後になって気付かれても面倒くさい。その想像をすることはできたが、今方向性を捻じ曲げて面倒を先払いする気はなかった。
そもそも、先払いになるとも言えないのだ。別の厄介ごとをひっさげてくることもあるし、厄介ごとを大きくすることもある。後も先も面倒くささがあるのは変わらないのだから、放置を決め込むことにした。
何より、夢中になっている明莉の気を逸らすのは手を焼くのだ。その手間を省く意味でも、放置が最善手だった。というか、俺の存在を忘れかけているのではあるまいか。藪は突かないに限る。
「明莉、トイレ行ってくるから」
「うん」
話を聞いているのか分からない返事だが、了承は了承だ。俺はふらっと店を後にした。
本当に今日は何の用件なのか。いや、予想はついているし、外れていないはずだ。しかし、明莉の本心は不明だし、本筋は見失っている。
ショッピングだと言うのなら、それでいい。明莉と二人で出かけることに不都合はないし、遊びを楽しむくらいの友情はある。普通に誘ってくれれば、普通に付き合う。戸尾がいようといまいと、それはそれだ。
ややこしい理屈と力尽くな手法を使わなければ、俺だって疲弊して離れようなんて思わない。幼なじみなのだから、一緒にいることに難などないと言うのに。どうせモールに来るのであれば、朗らかな気持ちで臨みたかったところだ。
苦々しい気持ちで適当に休もうとしていた。そんなふうに、たとえ友人であっても、明莉のテンションを煩わしく思っていたことが良くなかったのか。事故……事件。トラブル。不測の事態とは、逃亡などという身勝手を起こしたときに限ってぶつかるものらしい。
眼前。モールの壁際に、男が三人固まっている。その向こう側で、壁に押しやられている女子の姿が見えた。うちの学生であることが確定的なのだから、こういうときに知り合いである確率だって低くはない。
だからって、こうも理不尽なものかと大息が零れてしまいそうになった。私服姿は見知ったものではない。けれども、流れるような栗色のロングヘア。人の隙間から合った深い青。海のような瞳の持ち主はよく知っていた。
頭を抱えてしまいそうになった行動を自重して、壁に押しやっている男たちの元へと突っ込んだ。
月岡さんの視線は、既に男たちから剥がれて俺だけに注がれていた。その態度が気に食わないのか。男たちは何やら捲し立てるように声をかけていた。定型句のナンパ台詞を耳に入れるつもりもない。
「ごめん。待たせた。大丈夫? お前らは?」
さも当然のように後ろから声をかける。荒事は得意ではない。女子を助けるというスタンスで場を乱す気概はなかった。事が穏便に済むに越したことはない。
「あ、え、うん。大丈夫。行こう」
男たちがガンを飛ばしてくる。反駁が来るのも時間の問題だと思ったが、それより先に月岡さんが動いた。仲間がいると分かったからか。三人の壁を押し退けてこちらへやってくる。伸ばしてくる腕を取って引き寄せ、そのまま手のひらを引いた。
男たちは待ってくれと喚いていたが追ってくるほどではないようで、俺は月岡さんの手を引いてその場を後にした。生徒だとバレバレの島内で度を超すものは少ない。だからこそ、できたことだっただろう。
しばらく進んだところで、
「鷹宮君」
と殊勝な声と、腕の引っ掛かりが俺を引き止めた。
振り返って、ようやく状況が追いついてきた気がする。男たちと引き剥がすことに精いっぱいで、自分たちを客観視できていなかった。
「ごめん。突然引っ張って……大丈夫だった?」
ぱっと手を離す。弾みだけの行動に、言葉がついてこない。明莉はよく勢い尽くしで言動が一致するものだ。
「ううん。ありがとう。困ってたの。鷹宮君が連れ出してくれてとても助かったよ」
「なら、よかった。壁際に三人は、たち悪いよな」
声をかけることを全否定しようとは思わない。ここは島で、同じ学園の生徒だと判明している。出会いを求めてモールで声をかけるのと、校内で顔を合わせるのとでは、そう変わりないはずだ。だからと言って、強圧的に迫っていいわけではないが。
「だよね。ビックリしちゃった。ああ言うの、あっという間に噂広がっちゃうのに、よくやるなぁと思う」
「俺のことも広まるかもしれないな」
「いいことじゃない? ナンパから助けるっていい評判だと思うけど」
噂がすべてを支配するわけでもないし、俺のように目立たない生徒であれば拡散力はないだろう。いい評判と言っても、大仰なことでもない。
むしろ、噂というのは悪事だったりするほうが大仰に伝わるものだ。この場合はあの三人の悪評だろう。もうひとつ、看過するには怪しいものが付随するかもしれないが。
「彼氏とか、そういうことになる可能性もあるぞ」
「それで変な誘いが減るなら、噂されるくらいなら気にしないよ。でも、鷹宮君には悪いかな」
「月岡さんが彼女っていうのは光栄だけど」
考えなしかな?
明莉のことをどうこう言えた義理ではない。月岡さんの頬が赤くなるのを目にして、天を仰いでしまった。ナンパたちと大差がないのではなかろうか。多少なりとも交流があって、発言のみであるから、この程度で過ぎているだけだ。
「鷹宮君には助けてもらってばっかりだね」
どこか誤魔化すように髪の毛を耳にかけながら、話が進められた。気を遣わせてしまったことは申し訳ないが、触れると意味がなくなるのでそのまま話に乗るしかない。
「偶然だよ。月岡さんがだいじなくてよかった」
「返す恩がまた増えちゃった」
「気にしなくていいって言っただろ? 何かあったときには声をかけるから」
「それって方便でしょ」
どうやらバレていたようだ。膨れっ面で指摘されて、苦虫を噛み潰す。
「本気でたかれるわけないだろ」
「こっちは本気で感謝してるのに。何か、欲しいものないの?」
「物品なんて、落ち着かないからやめてくれ」
「じゃあ、どうすればいい? 助けてもらったのは本当じゃん」
月岡さんの気持ちも分からんでもなかった。俺が助けられたほうなら、同じように食い下がったかもしれない。だからこそ、拒絶もできずに水掛け論になっていた。
月岡さんは拗ねたように膨れている。その頬はふっくらと柔らかそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます