第3話
しばらくして目を開けると、青年は見渡す限りが白一色で覆われた広大な空間にやってきていた。
彼はすぐ、前かがみになった体を起こして、あたりを見渡そうとした。
しかしその直後、青年の耳にはどこからか、のほほんとした声が飛び込んできた。
「うぇ?誰?」
その声を聞いた瞬間、青年の体はまるで石像にでもなってしまったかのようにぴたりと動きを止めた。
間違いない。
この声に僕は、聞き覚えがある。
聞くに、かなりマイペースなやつであることは分かるのだが…
どこでだ?
青年はその声に返事もしないままで、しばらく一人で思案していた。
そして、あることに気がついた。
少年は先ほど、「誰?」と言ったのだ。
つまり相手は、青年のことを知らないか、あるいは最期に遭ったのがずっと以前なせいで忘れている、ということが考えられる。
ということは、先ほど青年が感じた「聞き覚えがある」という予感と照らし合わせて考えると、この声は、青年側が一方的に知っている「誰か」の声であるということになる。
しかし、青年にはそんな人間が身近にあったような覚えが微塵もなかった。
だから、青年は振り返らぬままで、恐る恐る聞いてみた。
「もしかして、君なのか?」
振り返らなかったのは、青年の中に「振り返ってはいけない」というな得体のしれない予感のようなものが存在していたからだ。
「ん?」
聞くにその声は、何のことやらさっぱり分からないという風だった。
だから、次の瞬間、青年は虚を突かれた。
「おじさんは、臆病者?」
緩慢な口調から放たれたその棘のある言葉に、青年は思わず動揺した。
それから続いた声に、青年はさらに驚いた。
「どうして、目を瞑っているの?」
青年はその時、その声を背中で受けていたし、何より、目を瞑ってなどいなかった。
だから、そのような事を聞かれる道理は、二重の意味でないはずだった。
しかし、道理に反してその言葉に、青年は図星を突かれたような気分に陥っていた。
青年はそれから、開きかけた傷口を必死に隠すかのように口数を増やした。
「なんでそんなことを聞くんだ?僕は君のことを覚えてなんかいないし、それに、僕は確かに臆病者かもしれないが、だからって、君にとやかく言われる筋合いはないだろう。」
それに対して声は、点を打つようなぼんやりとした声で、
「あ」
とだけ言った。
「覚えてない、ってことは、知っているときもあったっていうこと?」
依然として緩慢な口調ではあったが、その声には先程までよりも、青年の中にある核心に近づいていかんとする意思の強さのようなものが感じられた。
だから、青年はそれに気圧されて、思わず黙り込んでしまった。
声の様子が明らかに変わったのは、丁度その後からだった。
「はぁ…。仕方がないな…。」
「ん?」
今度は青年が点を打った。
声は続けて言った。
「さっきまであんなに偉そうな口調で喋ってたのに。虚を突かれるとすっかり縮こまっちゃうんだね。」
嘘つきは見栄っ張りとはよく言ったものだね。とその声が続ける頃には、青年の脳内はすっかり混乱してしまっていた。
「ど…どういうことだ?」
青年の声はもう、取り繕う余裕すら感じられず、完全に上ずってしまっていた。
吹っ切れた声は続けた。
「どうもこうも、もう回りくどいのはよしにしようってことだよね。こういうのは、性に合わないんだ。君だって、自覚はないかもだけど、僕の言ってることが何となく分かるでしょ?」
青年は否定も肯定もしなかった。
「君のためにも、ゆっくりと、段階を踏んで進めていこうと思っていたんだけどね、この調子だととても時間が足りそうにない。悪いけど、ここからはプランb。一方的に、記憶の復活を急がせてもらうよ。」
声の主はそう言うと、青年の返事を待たぬまま淡々と言った。
「今から君の脳内に、とある記憶を流し込む。大丈夫。何も悪いようにはならないから。君の知りたがっていることも、それを受け取ればすべてが分かる筈だ。」
「さぁ、覚悟を決まった?それじゃあいくよ。」
そう言い終わるが早いか、青年の頭は突如、激しい頭痛に襲われた。
そして数秒後、彼の視界はいとも容易くブラック・アウトした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます