第4章 彼氏と彼女の本音事情
ep.01 はじまりは焦げ付いた臭いがする
さて、Wデート当日である。天気は生憎の曇り空。だが幸いにも太陽の光が鈍く見える程度に雲の層は薄く、雨は振り出しそうになかった。
目的地の動物園は、最寄りの地下鉄駅から出て徒歩数分。なだらかな坂を上った先に待ち合わせの場所にした入場門がある。
待ち合わせ時間は10時。だから、以前の浅草の文句を踏まえて20分前に着くように来た訳だが……、
「俺が一番だと思ってたけど、随分と早いな」
関係が最近深まっている後輩少女、薬師が既に来ていた。
「おはようございます、清水先輩」
「おっす。何分前から居たんだ?」
「だいたい30分前、ですかね?」
マジ? 浅草の感覚って市民権得てんの?
「ぐぉぉぉぉ……」
「ど、どうしたんですか、突然苦しみ始めて」
「社会と常識の衝突に苛まれている……」
「は、はぁ……頭が良い人は大変ですね」
ドン引き半分、同情半分の目で見られた。瞳に宿る冷たさに背筋が震える。そんな目も出来たのか。見えた意外な側面に胸がうずく。
服も、制服じゃなくて私服だし、見慣れない姿に心臓が変に脈動する。
今日の薬師はデートスタイル。服装は淡いピンク色のワンピース(?)とその上から羽織ったデニム生地のジャケット。清楚さとはしゃいだ感じの折衷と言ったところか。印象のバランスが良くて、選んだそのセンスに舌を巻く。
「似合ってるな、その服。こういうファッションセンスはどうすりゃ磨ける? どうにも俺はそっち方面に疎くてなぁ」
「私も特別な勉強をしたわけじゃないですから、どう磨けると問われてもなんとも……」
「ほほう、じゃあ天性のそれというワケか。ますます羨ましいな」
俺が思ったことを率直に口にすると、薬師は居心地が悪そうに目を伏せた。それから、僅かに目つきを鋭くさせて切り出す。
「それより清水先輩。彼女がいるのに、私を褒めるのはどうかと思います」
「だけど、心に嘘を吐くわけにも行かねーよ。心の底から尊敬してるんだぜ、俺は」
「清水先輩……」
「なんだよ」
「そういうところですよ」
「どういうところだよ」
「好きな子がいるのに、他の女の子を簡単に口説くところです」
「心外だ。別に俺は口説いてるつもりはない」
「言われた側はそう取らないんですよ。だから、清水先輩は悉くフラれたんです」
「ん?」
今、聞き捨てならないことが聞こえたような……?
「すまん、薬師。もう一回言ってくれないか?」
「口説いてるから悉くフラれた」
「要約してくれてありがとうよ!」
「更に本質を言わせてもらえば、振られてもすぐに告白するから不誠実な人だと思われているわけですね」
「べっ、別に俺は――っ。告白相手のことはきちんと好きだったぞっ。勿論、薬師のことだって……!」
「分かってます。ただ、清水先輩は常々恋人が欲しいって言ってたわけですし、恋人欲しさに嘘ついてるんじゃないかって、やっぱりそういう疑念が振り払えないわけなんですよ」
「そ、それは……否定できない……」
いや、俺だって確かにどうかと思った時期もあったよ? 告白しまくるって行為がどう見られるかは分かってたし。ただ、それでもそのデメリット以上のメリットがあると踏んでいたんだが、思ったよりも女子にとっては大きなマイナスだったらしい。
「じゃあ、それがなかったら薬師も付き合ってくれた可能性があったってことか?」
「……………………勘弁してくれませんか?」
「悪い。気持ちが逸った」
今のは無神経過ぎた。素直に頭を下げて謝罪する。フった理由を言うのは、俺の心を切りつけるようで薬師だって身を切るような気持ちになるだろう。
薬師は気まずさを晴らすように手を叩くと、
「とにかくっ。私が言いたいのは、彼女が出来たなら他の女の子に粉を掛けるようなことは止めてくださいねってことです」
「ん、あぁ、そうだな、うん」
「今の清水先輩は、浅草さんの彼氏なんだから彼女のことだけ見てないとっ」
気合を入れている薬師に対して、しかし俺は気のない返事しか出来ない。
だって浅草は契約彼女だし……、本当の彼女じゃないし……。
契約じゃない真っ当な彼氏彼女関係の薬師と同じ熱量で語れる立場じゃないのだ。頬をうっすら上気させて熱意を込められると困る。
彼女の瞳を真っすぐ見れなくて視線を逸らす。逸らした先では動物園に入場する親子連れやらカップルやらが増えてきていて、肝心なことを思い出す。
「そ、そう言えば、浅草達は遅いな」
「そう、ですね。もうすぐ5分前ですし、そろそろ来る頃だと思うのですが」
「浅草はともかく、大徳はいつもこんな感じなのか?」
「えぇ……まぁ、そうですね」
「なんて奴だ。こんなに気合を入れてくれてる彼女がいるのに」
「先輩、言った傍から……」
「いいや、今回は敢えて言わせてもらうぜ。彼女を放っておいて、お前は何をやってるんだってな」
あのいけ好かねえクソナンパ野郎が。俺が好きだった薬師を蔑ろにしやがって。普通好きな奴とのデートだったら堪えきれずすぐに来ちまうだろうが――っ。
(って、そうか、となると浅草の言うことにも得心が行く)
などと、新たな納得を得つつも、腹の底で煮えたぎる怒りは抑えられない。
薬師の手前、ぶちまけるにはいかないが、しかし、しかしっ、心の中でどう思うかは自由だ。これまで心の底に累積で積み重なった暗い感情に、新たな怒りを重ねておこう。
「薬師も甘やかしてちゃ駄目だぜ。がっつり言ってやらないと」
「はは、仕方ありませんよ」
踏み込み過ぎだと思いながら窘めるも、薬師は曖昧な微笑みを浮かべるばかりだ。
ふざけた笑顔だ。大徳のヤツを一発殴っても怒られないんじゃないか。なぁ?
そうして心の底に新たな怒りを注ぎ込んでいた矢先、俺は見た。
並び立って入場門にやってくる2人の男女を。
浅草と大徳を。
浅草はじゃれつくように大徳に絡んでおり、大徳は手慣れた様子でそれをいなしている。
恋人とは違う幼馴染という男女のカタチ。余人には踏み込めない関係が其処にはあった。
「ったく、浅草。色んな意味で気を配れっての」
色んな意味というのは、俺との契約恋人関係であるし、薬師と大徳の恋人関係でもある。いくら幼馴染とはいえ、異性とあんな風に仲良くしてたら誤解が生まれるっての。
薬師を見ると、予想通り怒りとも悲しみとも取れない複雑な表情をしていて、なんと声を掛けたものか。答えはこの頭脳を持ってしても導き出せない。怒りを代弁するつもりで大徳を罵りたい気分ではあるが、彼女としては快くないだろうしなぁ。
俺が言葉に詰まってる間に、大徳が俺達に気付いて片手を上げる。くすんだ顔をしていた薬師も、いつもの柔らかい微笑みで控えめに手を振った。
そして浅草はというと、
「…………」
俺達の方を憮然とした表情で見ていた。いや、その顔したいのはこっちだからな? ただでさえ幸先不安なWデートなのに初っ端から焦げ臭くしやがってよー。
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