ep.02 デート戦線異常あり

 市営動物園は、分かりやすく言えば大きな湖を中心に円を描くように展示エリアが配置されている。

 合流した俺たちは、入ってすぐのところにある工事中の展示エリアを通り抜けた。その奥にある飲食店が並ぶエリアが周回の始点で、浅草の提案により右回りの順路で回ることになったわけだが……。

 むに、むぎゅ、がっ、むぎゅ。

 何の擬態語かと言えば、動物園に入ってから俺が右半身で受け続けている浅草の感触である。

 何の感触かって? 俺と腕を組んだ浅草がこちらに押し付けて来る体のだよ。

 コイツ、合流した途端に手の平を返したように彼女ムーブを繰り出してきやがった。もう少し流れてっものを意識した方が良いんじゃねーの、お前の目的のためにはさー。

 そして今、コアラ館に入ってからは、浅草はより一層大きく俺に体を傾けながら、 


「先輩、先輩! コアラですよ、コアラっ」

「あぁ、はいはい。全員が全員、ケツばっか向けてるけど」


 むに、むぎゅ、がっ、むぎゅ。

 うあ、やわらかぁ……なんか良い匂いもするしぃ……。急なWデートやら、胃のキリキリするような状況やらで荒んだ心に、ジャンクな快感が癒しにかかるぅ。

 ちなみに時々来る 「がっ」はあれだよ、言わせんなよ。

 とにかく、とにかくだ。今日の浅草の作戦は、俺との物理的距離を詰めてイチャイチャっぷりを示すことらしい。入園するなりいきなり腕に抱き着いてきて、以来ずっとこんな調子である。


「ちょっとちょっと先輩」

「なんだよなんだよ、今の状態で耳に小声で話しかけるとちょっとあれ」

「えぇ……何ですか、そのキモい反応」

「キモいとか言うなキモいとか。え、で、何?」

「いや、もう少し彼氏っぽく振る舞ってくださいって。これじゃお兄ちゃんに色々怪しまれちゃいますよ」


 浅草は気づかれないように視線を薬師&大徳のペアに向けた。2人は寄り添うように立ち、コアラのケツを見物している。


「ちゃんと恋人っぽく見せないと、Wデートしてる意味がないじゃないですか!」

「いや、お前がそれ言う?」


 待ち合わせの時、大徳と一緒に来てたのは誰だったか。恋人関係を偽装したいなら、普通俺以外の男と来るか?


「お前な、いくら近所だからと言ったって、他人の彼氏と来るのは止めろよ。色んな意味で説得力がないぞ」

「そ、それは……お兄ちゃんから誘ってきたんですよっ。断れるわけないじゃないですかっ」

「……マジ?」

 

 俺は思わず大徳を見た。アイツはと言うと、話しかける薬師に薄い微笑みを浮かべて応えていた。

 くっそ、イケメンはさりげない所作もイケメンだな。見ててイライラしてくるぜ。

 って、いやいや、そうではなく。


「なんでアイツがお前のこと誘うんだよ」

「単純に家が隣同士だからじゃないですか? それ以上の意味なんてないですよ」


 浅草はそう言うが本当か? 薬師の話を聞く限りどうにも怪しいんだよな、アイツ。

 胡乱な目を向けてやると、焦った様子の浅草に胸倉を掴まれて視線を戻された。


「ちょっとちょっと、止めてくださいよっ。お兄ちゃんがこっち見てたらどうするんですかっ」

「いや、大徳のヤツ、俺達のこと微塵も見てないだろ。気にする素振りすら見せてないぞ」

「くっ、そうなんですよね。なるほど、私なんて眼中にないってことですか」


 怒りを燃やして歯噛みする姿を隠さない浅草。少し前の自分の発言を省みろ。

 そもそもとして、だ。このやり方は適当なのか?


「大徳と薬師の距離感見てみろよ。俺達みたいに近くないだろ。大徳もこういう恋人関係は望んじゃいないんじゃないか?」

「いえ、お兄ちゃんは仲睦まじそうに腕を組んでるカップルのことを羨まし気に見てますからそれはないはずです」

「ほんとかぁ?」

「ほんとですって」


 目の前の現実と浅草の推測が合致しない。

 だから、どっちかが間違ってるんだろう。浅草も浅草でお兄ちゃん好き好きフィルターかかってる時あるから間違ってる可能性も十分あるが……。

 もう一度、薬師と大徳に視線を向ける。

 2人の間には確かな距離があり、それは僅かであっても、それでも確かに距離なわけで。

 

(薬師からの話を聞くにどーにも、な)

「なぁに、思わぶりな顔してんですか」

「別になんでもないっての。それより良いのか? 今のままで。このままじゃ折角のWデートが無意味になるぞ」

「分かってますっ。まだまだプランはあるので、次行きますよっ、次!」

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