ep.02 作戦会議
体育館を出た俺と浅草がいるのは、木造の旧校舎、その2階にある教室だ。旧校舎はもはや何にも使われておらず、取り壊しを待つばかりだ。掃除なんて当然されていない。窓から差し込む鈍い陽光で埃が光っていて……あぁ、空気が悪い……出ていきたい……。
便宜上、浅草に行きたいところを聞いたら、「人気のないところで」と言われたので、此処に来るほかなかった。部活やら交流会で人があちこちにいる中の無茶な要求に応えるには、旧校舎しか思いつかなかったのだ。
「先輩、どうして敵と仲良さげにしてたんですか?」
教室に入ると、浅草はそう問いかけてきた。埃のせいか、俺の振る舞いに対する不機嫌さからか、眉は僅かに顰めている。
「あのにっくき泥棒猫、薬師先輩と、どうして楽し気におしゃべりしてるんです?」
「俺は別に薬師に恨みはねーからな」
「彼女である私が敵視してるんですから、先輩だって敵視してくださいよ!」
「どういう理屈だ。感情じゃなくて理性で話せ」
「女の子はね。彼氏には自分と同じ感情を持っていてほしいの」
「お前、今、女性全体にとんでもない偏見を押し付けたからな! 一般論化して自己感情の責任逃れは止めろ」
指摘してやると、そっぽを向かれた。よっぽどヘソを曲げているらしい。
しかしまぁ、
「……これはこれで、嫉妬してる彼女っぽくてアリだな」
「その何でもかんでも自分に都合の良い解釈が出来る青春フィルターってどうやったら実装できるんです?」
「やらんぞ」
「別にいらない」
「真面目な話、お前の恋愛脳も大概だけどな」
「何かおかしいですか?」
うわ、コイツ。ほんとのほんとに訳が分からないって顔してやがるよ。恋する乙女ってのは恐ろしいな。
「普通、自分を選ばなかった相手を見返してやろうだなんて思わないだろ」
「むっ、先輩こそ、悔しくないんですか? 自分を振った200人に恨みとかないんですか?」
「別に。選ばれなかったのは俺と彼女たちが相性が悪いってことだし、執着したところでなぁ」
「……なんか軽い」
「お前が重いんだっての」
「重くないですし」
いや、重いって。見返したいから好きでもない男と付き合わないって。言ったところで通じないだろうから言わないけど。
とはいえ、そんなことよりも、だ。
「で、まさかこんなところに俺を案内させたのは、文句を言うためってわけじゃないんだろ?」
「勿論です! 相談したいのは、Wデートについてですよっ」
「あぁ、お前がテンパってやぶれかぶれに提案したヤツ。結局、どうなってんだ今。やっぱり大徳と話を詰めてるのか」
「はい。市営の動物園に行こうかって話になってます」
「あそこか。地味じゃね? 最近フルオープンしたあの公園とかどうよ」
「チケットがもう取れませんので。それに高いし」
折角なら豪勢にとは思うが、物理的に無理なら仕方がない。またの機会にしておこう。
「ちなみに、なんで動物園なんだ?」
「それは当然、アタシとお兄ちゃんの思い出の場所だからに決まってるじゃないですか!」
だんっ、と机に手を力強く叩きつけて、浅草は力説する。
「良いですか。今回のWデートはお兄ちゃんを後悔させる大、大、大、大チャンスなんですっ。アタシの良い彼女っぷりを直接見せつけられるだけじゃなく、美しい思い出に泥を塗って心に傷も負わせることも出来ますっ。つまり――」
「――お前の大徳を見返す作戦で最大効果の発揮を見込める、と。いや、それはないんじゃないか?」
俺の疑問に、浅草は眉間に皺を寄せる。どうやら癇に障ったらしい。
「どうしてです?」
「だって大徳はお前を選ばなかったなら、もう既にアイツの中でお前の格付けは終わってるだろ。だからお前がどれだけ自分の魅力をアピールしたところで、もう大徳はお前のことを露ほども気にしない」
浅草は大徳に選ばれなかった。つまり、大徳は浅草は恋人足り得ないと結論を出しているわけだ。これまで通りの浅草が、今更アイツの心を動かせるとは思えない。
「思い出を汚すって言っても、生まれた感情は変化に対する郷愁でしかねーんじゃねーか? お前が期待してる恋愛的な意味での心の動きはないと思うぞ」
「だったら、どうしろって言うんです?」
「効果的なのは、薬師が恋人になれた理由を考えることだ。それを元に大徳の理想の恋人像を体現すれば、お前を恋人に選ばなかったことを後悔させられるだろうな」
最重要事項は相手が恋人に求めているものを提示できるかどうかだ。如何に大徳の心に寄り添えるかどうかが、心を動かす鍵となる。
だが、浅草はそんな俺の提案を切り捨てた。
「却下です」
「なんでだよ。お前の目的を果たすためなら、割と適当なやり方じゃないか?」
「先輩がお兄ちゃんのことを全然理解してないからですよ」
「そう言われれば、ぐうの音も出ない」
確かに俺の言ってることは、あくまで一般論に過ぎない。大徳にクリティカルな策とは言えないだろう。特に俺は大徳のことを毛嫌いしてて、アイツのことなんかちっとも知らない。俺の提案がとんだ的外れな案だなんてことは十分にあり得る。
「じゃあ、お前はどんなことを考えてるんだ?」
「これまで通りですよ。アタシ自身の魅力を押し出して、お兄ちゃんに私を選ばなかったことを後悔させる」
「それじゃ駄目だって話をしたつもりなんだが?」
「なーにが駄目なもんですか! 良いですか? お兄ちゃんの隣には、あんな女なんかよりも、このアタシが相応しいのっ。ちゃんと私の魅力を理解さえしてくれれば、私を選ばなかったことを後悔するはず!」
「ほんとかぁ……?」
主観も主観。願望ありきの話をにわかには信じられない。だが、浅草は大徳のことを誰よりも知ってるだろうし、言語化できない確信がコイツにはあるんだろう。否定したところで、まともな議論は出来なさそうだ。
(それに燃えてるコイツが人の話を聞き入れるとも思えないし)
下手に触れると火傷しそうだ。ここは大人しく引き下がるとしよう。
「それじゃ、Wデートの時はこれまで通りのやり方で恋人関係を偽装すれば良いんだな?」
「ですですっ。あ、服は前に買ったヤツを着て来てくださいよっ。絶対、絶対ですからねっ」
「分かってるっての。日程の方は――って、そうだ、肝心なこと忘れてた」
「なんです?」
「さっき薬師とも話してたんだけどさ、Wデートの話は4人の共通トークでやらないか。そっちの方が楽だろ」
「それもそうですけど……薬師先輩なんかを友達登録してませんよ?」
「さっき俺がしたから、俺を入れてくれればそのまま薬師もトークに招待しておくぞ」
「……彼女がいるのにナンパしたんですか?」
「Wデートの話になって、そうした方が効率的って話になったからしただけだっての」
「っていうか、薬師先輩も薬師先輩で、お兄ちゃんに頼まずに先輩に頼むのっておかしくないかなぁ」
浅草のぼやきに、確かにと俺は心の中で首肯する。なんで真っ先に相談しやすいだろう大徳じゃなくて俺だったんだ? 下手したらいらぬ誤解を招くかもしれないのに。
それに、そもそもとして、
「大徳から薬師を共通トークに入れるって話はされなかったのか?」
「えぇ、そうですね。特に言われた記憶はないです」
……妙だな。想いを寄せる大徳とのやり取りに俺を混ぜたくないだろう浅草ならともかく、大徳側からすれば薬師を共通トークに招かない理由はないはず。単純に気を配ってなかっただけか……?
考えに浸る俺を、軽快な電子音が現実に引き戻す。スマホを操作すると、ロック画面にCルームの通知が。
「あ、先輩、トークの方に招待かけといたんで入ってください」
「ん。おぉ、了解。薬師も誘っとく」
スマホを操作して、浅草からの招待を受諾。ついでに薬師にも招待を送っておいた。
ま、考えても無駄か、薬師が大徳に招かれなかった理由については。分からなくても良い問題ではあるし、こだわる必要もないだろう。
それよりもWデートだ。さてさてどうなることやら。
「青春バカの先輩にしては、なんかテンション低いですね。嬉しくないんですか? Wデートなんて、如何にもな青春イベントだと思うんですけど」
「いきなり過ぎて感情追いつかねーっての。こちとら彼女いない歴=年齢だぞ? 普通のデートだってこの前が初めてだってのに、いきなりWデートは階段飛ばし過ぎて実感がない。それに何より——」
「何より?」
「——いや、なんでもない」
「なんで途中で止めるんですか。気持ちが悪いなぁ」
浅草が唇を尖らせて不満を露にする。
気張っている浅草に手鼻を挫くようなことを言うのは憚られたのだ。
きな臭いと、妙な感じがすると。
浅草が知らない歪な現実があるんじゃないかとは告げられなかった。
だから、誤魔化すように話を変える。
「それよりどう俺たちのラブラブっぷりを見せつけるか、具体的なプランを教えてくれよ」
「う、もっと回りくどく言ってくれます? 先輩とラブラブって表現はだいぶ気持ち悪い……うっぷ」
「おい」
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