第3章 契約彼女の駆引事情
ep.01 交流会
放課後である。みんながみんな、自由を謳歌する時間に、俺は体育館に拘束されていた。
いや、拘束は違うか。俺は俺自身の意志で此処にいることを選んだわけだし。
俺たち在校生は舞台の前に均等に並んで、まばらに集まった新入生たちは在校生の前に列を作り始めている。
つまり何が始まるのかと言えば、新入生と在校生の交流会だ。生徒会主催のイベントで、希望者の新入生を有志の在校生が校内を案内するのがその内容。案内の中で、新入生と在校生は学校生活のことを聞いたり、部活見学とかをして仲を深めるわけだ。俺はそれを狙って、新入生の子と知り合いになるためにボランティアとして参加したわけだが……浅草がいる以上、当初の目論見は既に破綻していた。
これがどうにももどかしい。彼女とはいえ、浅草は利害関係が一致しただけの契約彼女でしかない。本心としては本物の恋人が欲しいんだよ、俺は。だけど浅草がいる手前、下手に声を掛けるわけにもいかないわけで……、
(正直、モチベはかなり低いんだよなー)
とはいえ、まったく何も出来ないというワケでもあるまい。出来る限りのことはやろう出来る限りのことは。浅草との契約恋人関係もいつまで続くかは分からない代物。次の布石を打っておくのだ。
ただ、そう気合を入れ直しても一つ問題が。
「誰も来ねーな」
この交流会は、主催している生徒会が決まった数の新入生を在校生に割り振っているわけではない。新入生が在校生を自由に選ぶ制度になっている。企画段階からして破綻してるじゃないかと言いたいが、交流会参加を希望する新入生が少なく、在校生の負担が大きくならないからこそ許されている。しかしそれは如実に新入生からの人気・不人気を表す指標となる。だから誰も来ないってことは、俺の人気は全くないってことだ。
原因は間違いなく在校生女子連合の声掛けだろう。くそう、別に告白するくらい良いじゃんかよー。
ええい、こうなりゃ男でも良い。とりあえず、誰にも選ばられなかったなんて不名誉だけは回避せねば……!
視線を巡らす。すると、見慣れた後輩の姿が。
「よっす、そこにいんのは大路、横道、武者通のストリートリオじゃねーか」
片手で気さくに挨拶してやると、「ウッス」と声を合わせた返事が帰ってくる。
「どうだ。お前ら。新生活は」
「ウッス、まだドキドキッス」
「彼女作りたいなら頑張れよー、具体的には200人くらいに告白するとか」
「ウッス、先輩マジパネーっす」
「ところで、お前ら、俺と一緒に交流会回らない?」
「ウッス、お断りするッス」
なんでだよ。
「いや、真面目な話、気持ちとしては行きたいんスけど、先輩とツルんでると女子に避けられるっぽいんで……」
「なんか女子に先輩と関わるなってお触れが出てるみたいじゃないスか。それで先輩と関わってる男子もアウトみたいな風潮あるみたいで」
「俺らは普通に女の子と付き合いたいし、いくら恩ある先輩とはいえ青春を犠牲にしたくないんスよ……」
ふむふむ、なるほど、なるほどねぇ……つまり、つまりだ。
「俺は青春以下か?!」
「「「ウッス!!」」」
「ウッスじゃねーッ!」
間髪入れずの返事に地団駄を踏む。ただ青春の大事さは何より俺が分かってるため、青春優先に四の五の言うまい。別れの挨拶を短くして、3人を解放してやる。
その後、アイツらは俺が11番目に振られた
無謀な戦いに挑んでいった3人を見送っていると、黒咲と目が合う。手を合わせ、お手柔らかに頼むとお願いすると流し目で微笑まれた。どうやら俺の蜘蛛の糸は切れてしまったらしい。南無……。
「くすっ」
拝んでいると、隣の後輩少女に笑われた。
というか、薬師なのだが。
彼女はおかし気にコロコロ笑うと問い掛けてくる。
「仲良いんですね」
「まぁ、色々あっからなぁ」
あの3人はかつて、中学校の札付きの不良だったが、俺の教育(肉体言語)で矯正させた連中だ。学年上位くらいには入れるくらいに勉強の面倒も見てやったこともあって、それなりに絆は深いとは思っている。
「そういえば、清水先輩」
「なんだ、藪から棒に」
「改めてですが、彼女が出来ておめでとうございます。これまで色々やってきましたもんね?」
薬師は両手を合わせて、ほかほか笑顔で祝いの言葉を告げる。眩しい、眩しいぞ、薬師。こういう陽だまりのようなところに惹かれたんだよなぁ。
その優しさは、とりあえず受け取っておくとして、しかし飲み下せない思いを吐き出す。
「フラれた相手に言われると結構しんどいものがあるな……」
「ち、違いますからね?!」
あたふたと薬師が弁明する。くそ、やっぱ慌てた姿も可愛いな。あのすけこまし、普通に羨ましい……!
「せ、先輩のことは別に好きでも嫌いでもありませんっ。恋愛対象にはまったく、金輪際、絶対にはなりませんけどっ」
フォローになってない。なってないぞ、薬師。
ただ、指摘すれば指摘したで、また同じことが繰り返されそうなので、これ以上何かを言うのは止めておいた。
彼女はというと、誤魔化すように咳払いを一つ。それから曖昧に笑うと言葉を続けた。
「ところで、先輩。浅草さんが言っていたWデートの件は何か聞いていますか?」
「いや、それが俺も何にも連絡貰ってなくてな……っていうか、行く気なのか?」
「え? えぇ、勿論。折角誘ってもらいましたし。それに、大徳くんの幼馴染とは仲良くしたいですから」
「そいつは、お前の彼氏に未練たらたらなんだけどな」とは、薬師の無邪気な期待を前には口に出せるはずもない。知らぬが仏と言う。一方的に、かつ理不尽に浅草が盛り上がってるだけなのだ。伝えたところで無意味な対立軸が生まれるだけだろう。
だから、俺はこの件から話題を逸らして本筋へと戻す。
「Wデートのことだが、浅草が大徳に色々話を回してると思うぞ。そのうち薬師にも相談が行くんじゃないか?」
「……そうですか、なら連絡を待ってれば良いのかな」
……? そう呟いた薬師の表情に一瞬影が差したように感じて俺は首を傾げる。
「何か気がかりな部分でもあるか?」
「え、あ、Cルームの共通トークでやれば良いのになと思って」
「そういえばそうだな。ただ、そうなると俺が薬師のアカウントを知ることになるが……」
「私は構いませんよ。清水先輩って執着する類の人じゃないですし、知ったところで、ですよね?」
「まぁなー」
一度フラれた相手にしつこく言い寄るのは、駄々をこねているようでみっともないから俺はしない派だ。勿論、そうやって掴み取れる恋もあるだろうが、しかしやる側はよくてもやられる側は嫌だろう。そんなもん。
「なら、私は構いませんよ。というより、今から登録しましょうか。はい、これ、QRコード」
「ほい、どうも」
スマホのカメラでQRコードを読み込んで、薬師のアカウントを友達登録。ちょっとばかり感慨深い。
「そんじゃ、浅草に提案してみるわ。後でメッセを飛ばしておく」
「はい。よろしくお願いします」
とりあえず一連のやり取りを終えて、スマホをしまう。傍では、薬師の列に並んでいた新入生の女の子たちが薬師に畏敬の念を向けていた。そこまで俺って恐れられてるの?
「はいはーい。じゃ、これから交流会を始めまーす。在校生のみんなは、順次校内案内に移ってー」
年の割に若くてぴちぴち(死語)を謳う若干痛い中堅先生、結城ちゃんが合図を掛ける。いつの間にか開始時間になっていたようだ。在校生は新入生と言葉を交わしながら次々と体育館を後にする。
「それじゃあ、清水先輩。またCルームで」
薬師もそう言い残して、女の子たちと去っていく。そうして残された俺は、最後の最後まで独りぼっちで、案内する新入生なんて誰一人も来ないのだった。
(ま、いいか。いないならいないで帰るだけだし)
そもそもとして当初の目的は十全に果たせない。僅かな布石も打てないのは残念だが、目の前の結果を受け入れるしかないだろう。時間に余裕が出来たと思って、気持ちを切り替えるのが吉だ。
「結城ちゃん、俺、案内する新入生いないから帰って良ーい?」
「何を言ってるんだ、清水。そこにお前の前に並んでる子、居るじゃないか」
何を言ってるんだ、この先生は。
怪訝を隠さずに、視線を前に映す。
ついさっきまで誰も居なかったそこに、人が居た。
白々しい作り笑顔で手を振る契約彼女が。
「よろしくお願いしますね。せ・ん・ぱ・い♡」
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