ep.06 服装選び
浅草は迷いなく店内を進んでいく。店に来る時もスマホとか案内板とか確認した様子もなかったし、ここは行きつけの店なんだろう。
まぁ、それは不思議じゃない。オシャレに力を入れている浅草なら、服やの1つや2つ、行きつけの店があるのは当然だろう。
疑問なのは、男物の服が置いてある場所を暗記しているということ。なんで、コイツは恋人もいないのに男物の服の場所なんて覚えているんだ?
いや……まさか、
「もしかして、お前……」
「なんですか、その信じたくないものを聞くような声色は」
「大徳に着せたい服とかを日常的に物色してたんじゃねーだろーな?」
「…………」
せめて言葉だけでも否定してくれ。だんまりを決め込むな。
ったく、思った以上にやべー奴だぞ、こいつは。妄想するのは分かる。好きな人が出来たら、好きな人としたいことを色々考えたりするのは当然だ。だが、いくら好きだからと言って、着せる服を想像するのは流石に度を越している。はっきり言ってキモチガワルイ……。
そんな不気味な沈黙を保つ浅草に連れられて、辿り着いたのは襟付きシャツやらTシャツやらが並んでいるブースだった。
「さて、それじゃ、先輩に似合いそうな服はここら辺ですかね」
「えぇ……いや、ほんとかぁ?」
ぶっちゃけ趣味に合わねえんだよな、こういう軟派な印象がある服って。軟弱者に見えるのがなんか嫌だ。
そんな本音を言ってやると、浅草は真剣な顔で、
「先輩の顔はどっちかというと、渋さよりも甘さがある感じなのでこういう服の方が良いです」
と言ってきた。そこまで真剣な顔をされると、中々反論が難しい。おまけに、コイツがあの変身ぶりを成し遂げた以上、ファッションについては安易に無視できるはずもない。
「とりあえず、手持ちの資金的に襟付きシャツとTシャツを1着ずつ買っていきますよ。先輩は何か好みとかありますか?」
「正直、趣味じゃない服ばかりだから判断に悩むんだが……そうだな、暗めな色が良い」
「暗めな色ですか……」
「駄目か?」
「駄目じゃないですが……うーん、一度着てもらった方が早いかもしれないですね」
浅草はハンガーラックを眺め、濃紺色の襟付きシャツと黒色のシャツ――いずれも柄のないシンプルなデザインのヤツだ――を手に取った。
「とりあえず、これを着てもらっても良いですか」
「りょーかい」
というわけで、いそいそと試着室に入って選ばれた服を着る。間仕切りのカーテンを開けて意見を聞くと、「やっぱ、びみょー」なんて渋い顔で返されてしまった。
「そんなに悪いか?」
試着室の鏡で全身を確認する。全体的に同系統のカラーでまとまってるから、派手さはないが落ち着いた感じで俺は嫌いじゃないんだが。
「これじゃ大人っぽすぎる」
「つまり俺の顔がガキ臭いってことか?」
「一般的な高校生としてって意味」
それから浅草は、「良い?」と言葉を区切って、
「先輩はいろいろ背伸びしすぎ。変に大人ぶらない方が良いから」
「カッコ良いからなぁ、ついつい硬派な男の真似をしたくなるんだよ」
「誰かの真似じゃ恋人なんて出来ないって。恋はまず自分を知るところから!」
「そんなんで恋人が出来るかぁ?」
「めちゃくちゃ辛いって触れ込みなのに、実際はめちゃくちゃ甘いカレーにお金を出せる?」
「……なるほど」
つまり、自分に合ったアピールをしないと相手を失望させるだけということだ。格好つけても結局は見掛け倒しになってしまうだけ。だったら自分自身を最大限に活かすほかないというわけか。
「お前の激変も、元々あった自分の魅力ってヤツを再発見して成し遂げたんだな」
「そういうこと。いくら自分が変わったところで、自分に合ってないと変なことになっちゃうしねぇ。アタシが楚々としたお嬢様やったところで微妙だったし」
「見た目ならそっち方面でも十分いけたんじゃないか?」
「見た目はね。キャラ的には無理無理。アタシ、確かに引っ込み思案だったけど、本質的には親分気質だったから。ほら、内弁慶ってヤツ?」
「それってつまりとんでもない我儘娘ってことなんじゃねーの」と言いたくなったが、黙っておいた。面倒くさいことになりそうだから、ここは華麗にスルーだ。
「それじゃ先輩、今着てるの脱いでもらって良いですか? 次の服を見繕っておくんで」
浅草は間仕切りのカーテンを閉めて、足取り軽くハンガーラックの方へと向かう。
随分と楽しそうだ、先ほど思いついた言葉は口にしなくて良かったと思う。いや、マジで。機嫌損ねたら絶対面倒臭いことになる。
試着した服を脱いで待つこと少し。脱いだ服を整えてハンガーに戻すと同時にカーテンの隙間からするっと新しい服が差し込まれる。
「先輩、次はこれ着て」
差し出された服に、俺は思わず眉を顰めた。何せそれらはパステルピンクのシャツに白いTシャツ。白いTシャツはともかく、パステルピンクって……。
俺が受け取らないでいると痺れを切らしたのか、「良いからとりあえず着ください」と浅草から不機嫌な様子で強い催促。
仕方がない。観念して先程着た服と交換で浅草から服を受け取る。見れば見るほど趣味に合わなくて気落ちしてしまう。
「こんなんが俺に似合うってのか?」
「文句を言わずに着るっ」
鋭い声に思わず首を竦めた。やっべ、聞こえてたか。
これ以上怒らせないよう、いそいそと着替えてカーテンを開ける。
「一応、着てはみたが……どうだ?」
「うん、うん……さっきよりは良いかも」
「ほんとかぁ?」
自分の格好を今一度確認して、やはり首を傾げる。パステルピンクというのは、どうにも性分が合わない。第一ピンクって女の子の服の色だろう。男が着る色じゃない。最近は流行っているらしいが、俺は嫌いだ。
「俺はさっきのダークカラーの方が良いと思うんだがなぁ」
「初デートにスカジャン――しかも虎柄のスカジャン着てくるような人のセンスを一般的だと思わないで」
「少なくとも俺は一般的だと思うぞ」
「一般的じゃないからこうして服を選びに来てるんでしょうが!」
声を荒げた浅草に、周囲のお客さんが何事かとこちらを見やる。ただ、俺と浅草を見ると直ぐに納得した様子で微笑みを浮かべて各々の買い物に戻っていった。
「どうやらカップルの可愛らしい喧嘩だと思われてるみたいだぞ」
「作戦的には良いんだけど、それはそれでムカつくっ」
そんな調子でこの先大丈夫かよ。一応恋人関係を偽装してる間柄なんだから、それっぽく振る舞わないと困るのはお前だってのに。
「はぁ、まぁ、良いや。所詮は一時の付き合いだし。そんなことよりも、今は服!」
「全く印象が違う服を着たわけだが、これには何の意味があるんだ?」
「先輩に似合う服の印象を絞ってるの。だから……はい次はこれ」
「随分とご機嫌なアロハシャツだな。こういう服って1つの柄で統一されてるもんじゃないのか? なんでこんなにトロピカルなんだ」
「いちいち文句を言わないで。先輩は今からマネキンですっ」
「せめて着せ替え人形って言ってくれ」
こうして、浅草による俺のファッション大改善計画が本格的に始まった。
彼女の手により服を次々と試着させられた。色は白、赤、黄、青、緑、橙などなど、柄は無地から奇抜な柄まで、最早考えなしの当てずっぽうでやっているような気がするくらい途方もない数の服を着た。
選ぶのにかかった時間は実に1時間近く。そうしてようやく浅草が「ふふん」と自慢気に選んだのが、パステルイエローの襟付きシャツと白いTシャツだった。なんだか凝った装飾がアクセントになっているのが、おしゃれポイントだと浅草は言う。どうやら俺に一番似合っているのが、この服らしい。
当然、趣味には合わない。ピンクじゃないが、パステルカラーな時点でもう嫌だ。軟派な感じがして気に食わない。
だが、選んだのはあの激変を成し遂げた浅草だ。少なくとも俺よりはファッションセンスがあるのは間違いない。
「これ、ほんとに似合うんだろうな?」
「私が選んだんだから当然」
自慢気に鼻を鳴らして太鼓判を押すあたり、相当自信があるようだ。正直、俺よりも大徳に似合いそうな服だとは思う。本人は自覚してないんだろうが、代償行為してるんじゃねーか? ずっと大徳に着せたい服を物色していたみたいだし。
とはいえ、反論が許される流れでもなく、浅草の意向に従う他ない俺は大人しく選ばれた2着をレジに持っていく。
爽やかな青年店員さんは、バーコードを読み取るとこう告げた。
「2着のお買い上げで、1万3519円です」
たけー。
どうやら人に好きになってもらうための努力は、お財布的にも辛いものらしい。
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