ep.05 誰かのための努力

 浅草に連れてこられたのは、商業ビルの中に入っている明るい雰囲気の、やたらと小綺麗な内装の古着屋だった。店の外から窺うに、服の種類に一貫性はなく、メンズからレディース、ハイブランドからローブランドまでなんでも揃ってる雑多な印象を受ける。


(内装で雑多な雰囲気を誤魔化す戦略でも取ってんのかね?)


 と詮無いことを考えつつ、俺は浅草に問うた。


「なんで古着屋?」

「古着なら安くてそれなりの服が買えるんですよ。じょーしきです」

「へぇ~」


 ここら辺は流石というべきか。イマドキJKなオシャレギャルらしく、服事情には詳しいらしい。


「ちなみに先輩、手持ちは?」

「2万は財布にある」

「なら、2着くらいはなんとかなりそうかな」

「おいおい、2万もする服を買うつもりはないぞ」


 流石に服1着にかける金額としては高すぎる。第一デートの初っ端から金を全部使ってちゃ、こっから先が持たないじゃないか。

 そんなことを浅草に言ってやると、


「なに甘いことを言ってるんですか。そんなの契約彼氏としても、モテの求道者としても赤点ですよ」

「俺は別にモテの求道者じゃない」

「入学前の下級生に、注意書きのお触れが出るくらい節操ないのに何言ってるの?」

「俺は恋人が欲しいだけでモテたいわけじゃない」


 ここらへんよく勘違いされるが、俺は数は求めていない。沢山の女の子にちやほやされたいわけじゃないのだ。


「いいか? モテを求める根源的な欲求は承認欲求なんだよ。人に好かれるってことは、人に認められるってことだろ。モテたいヤツは恋人が欲しいんじゃなくて、自分を認めてくれる誰かが欲しいだけ」

「ふぅ~ん」

「なんだよ、もう少し興味持ってくれても良いだろ」

「いや、勝手に蘊蓄語りする当たり、先輩ってマジでモテなさそうだなって」

「だからモテなくても良いんだって」

「でも、恋人が出来るくらいにはモテたいんでしょ?」

「とーぜん」


 数はいらないが、俺を好きでいてくれるたった1人が居てほしい。

 ただそれが難しいのが現実だ。200人に振られて挙句の果てに契約彼女なんて作る始末。どれほど勉強が出来ても、分からないことだってある。

 

「先輩さ、モテる努力してないんじゃない?」

 

 浅草が眉を顰めながらそう言ってきた。


「いや、してるが? 告白しまくったのはお前も知ってるだろ」

「告白なんか努力のうちに入らない。恋人が欲しかったら当然だから。アタシが言いたいのは、おしゃれとか、女の子の扱いとか、そういう努力をしてきたのってこと」

「…………したことないな」


 正直に言ってやると、浅草が「ふふん」と鼻を鳴らして勝ち誇った顔をする。くそっ、いちいちムカつくな……!

 

「人に好かれるためには努力が必要なの。ほら、これ見て」


 そう言って、差しだしてきたのはスマホの画面。そこには三つ編みでメガネを掛けた芋っぽい女子中学生が移っていた。体つきはずんぐりしていて、瞳からは自信のなさが透けて見える。


「誰だ、コイツ?」

「アタシ」

「は?」

「だから、中学生に入学したばかりのアタシだって」


 ……嘘だろ。思わず言葉を失った。だって画面の中の少女と目の前にいるコイツはまったくもって正反対な在り様だ。いかにもクラスで埋没してそうな写真の中の少女と、クラスどころか学校でも際立つようなコイツは全然結びつかない。


「お前……すごく努力したんだな」

「凄いでしょ。お兄ちゃんの隣に相応しい女の子になるために頑張ったんだよ、アタシ」


 選ばれなかったじゃねーか、とは言わないでおく。これほどまでの変わりようを果たした努力を、軽々に馬鹿に出来るような感性を俺は持ち合わせていない。 

 感嘆するほかなかった。いったいどれほどの時間と労力を積み重ねれば良いのか。


「苦手な勉強も、しんどい運動も、好きなお菓子を我慢することも、もう投げ出したいくらい辛かったけど、お兄ちゃんと付き合うために頑張った。少し背伸びしたファッションと化粧も勉強して、恥ずかしいけどアイドルとかモデルの真似をしまくった。恋のために努力するっていうのは、誰かのために自分を変えられる努力のことなの」


 そう言う浅草の口調は大切なものを慈しむような口調で、コイツにとって清水のための努力は温かな思い出なのだろう。そして、そこまで誰かを思える感性にこそ、俺は感服する。


「いや、ほんとすごいな」

「そうでしょう、そうでしょう」


 褒められて簡単に鼻を高くするのは、ちょっと残念ポイントだが……。なんでコイツは、こう締まらないのか。

 そんな俺の呆れた表情を何を勘違いしたのか、浅草は眉根に皺を寄せると人差し指を突き立てて言ってきた。


「先輩、まさか……ありのままの自分を受け入れてほしいとか、そんなことを思ってるわけじゃないよね?」

「……そこまでナイーブじゃないっての。まぁ、でも、そもそもとしてそういう考えをしたことがないな」

「先輩……本気で彼女を作る気ある?」

「あるってーの」


 なんだか拗ねたような口を利いてしまったが、しかし指摘されると確かに浅草の言う通りなわけで。ただ闇雲に告白してきた俺の恋人探しは、努力不足と言われてもしょうがない。


「勉強とは違うってことか」

「うわ……先輩、ちょーむかつく」


 思いっきり浅草がふくれっ面をする。してやられたばかりだから、やり返せたようで気持ちが良い。

 少しばかりご機嫌斜めになった彼女は、話題を吹っ切るように振り返ると店に足を向けた。


「それじゃ、行きますよ。アタシが、アタシの隣に相応しい彼氏の服装にしてあげますっ」


 



 

 

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