ep.03 初デートについての一考察

 新学年になってからの初めての土曜日。俺は笹良市のランドマークたる笹良テレビ塔の足元に向かうために、紫の色の地下鉄に乗っていた。吊革に掴まって電車の揺れを楽しみながら、俺はぼんやりと考える。

 3年生になったクラスメイトは今頃、狭い部屋に閉じこもって勉強漬けだろう。うちの学校は無駄に偏差値が高く、近々2年生の内容総まとめの実力テストがある。ここで赤点を取ってしまうとゴールデンウィークは補習漬けになるから、みんな必死こいて勉強してるだろう。

 ふはは、凡人は大変よのぉ。精々必死こいて勉強して、高校生活最後の1年を無駄にすれば良い! 特に彼女持ちにはざまーみろと吐き捨てたい。お前ら散々良い思いをしてきたんだから精々苦しめ。苦しめッ!!

 

「ふっふっふっ」


 漏れ出た笑いに、とした顔をして近くの大学生らしきカップルが距離を取った。

 おっとっと。一つ咳払いをして、俺は真面目な顔をする。自分でも分かるくらい浮かれてる。いや、それも仕方がないことだとは思う。

 何せ今日はデートである。もう一度言葉にしよう。デートであるッ!!

 あの好き合う者同士がやる、あの、ッ、デートであるッッ!!!!

 この時をどれほど夢見たことか。どれほど布団の中で妄想したことかっ。これはもう奇声の1つや2つ上げたって仕方がないだろう。


「ふっ、ふっ、ふは」


 漏れ出た高笑いに、前に座っているおばあさんが怪訝な顔をする。流石、ご老体。大学生とは肝の据わり方が違う。

 と、まぁ、こんな感じで内心ウキウキ、興奮冷めやらぬって感じではあるものの、しかし実際は俺がこの2年間頭の中で熟成させたデートとはちょっと違う訳だ。

 つまりは、相手が契約彼女なところなんだが。

 いや、確かに良いんだよ。契約彼女だろうが、きちんと恋人っぽいことをしてくれればね? そういう条件で俺はアイツの契約彼氏になったわけだし。

 ただ、初デートを契約彼女に捧げるってのもどうなのかとかも少し思う訳。だって初デートだぞ、初デート。デートのことなんか全然知らないまま無駄に、無意味にしたいことやりたいことを膨らませちゃって、それで実際に始まっちゃったりしたらドギマギしてちょっと居心地が悪いような、嬉しいような、甘酸っぱい気持ちになるのが醍醐味だろう。

 それを好きでもない、そしてあっちも俺のことを好きじゃない、ただの利害の一致で付き合っているだけの相手で済ませても良いのか? 初デートのあれやこれやなんて絶対に期待できないと言うのに。


(…………ま、でもそれでも待ち合わせ場所に向かってるってことは、別にそれで構わねぇってことなんだろうが)

 

 少なくとも良くなかったらドタキャンしてる、俺の性格上。自分のやりたいことがあったら、他人を巻き込んであらゆる障害をぶち壊して成し遂げてきたんだ。嫌なら「恋人っぽいことをする」なんて条件で契約関係を結んだりなんかしない。

 そう考えると、俺って実はそんなに恋人が欲しくなかったのか? こんな大事な初デートをこんな形でしてしまうなんて。いや、でも恋人欲しくなきゃ200人に告白なんてしないしなぁ。

 何かが引っかかっている、何かが。道に迷うといよりは、そもそもとして目指すべき目的地が違うような、そんな感覚。だが、明確に言語化できるほどはっきりしておらず、曖昧模糊とした思考は暗闇を指先で探っているような感じだった。

 

「う~ん」

「アンタ、忙しいねぇ……」


 頭を悩ませ始めた俺に、目の前のおばあさんが笑いながら話しかけてくる。

 顔の色の次々と変える俺を面白がっているのだろう。誤魔化すように笑って、俺は答えた。


「思春期なんで」

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