ep.02 敵

 大徳はこの俺に次ぐ佐奈南高校の有名人だ。その有名になった理由が俺とは正反対で、俺はアイツのことをほとんど不倶戴天の敵のように思っている。

 つまりモテるのだ。尋常ではないほどに。

 顔は抜群に良い、成績も悪くない、運動神経もそこそこ。人当たりが良くて、女子には歯の浮くような甘いセリフを吐くから、モテるのも当然と言えた。俺からすればそう言う態度は、むしろ女子に関心がないからこそ出来る芸当だとは思うんだが……どうやら女子の目は節穴らしい。

 あぁ、未だに胸のムカつきが収まらない。考えたくなくても、浮かんでくるあの日の光景、あの屈辱を。

 それはちょうど、俺が新入生――つまり今の2年生に告白して回っていた5月のことだった。その頃には異様にモテる大徳の噂は学校中に流れていて、じゃあどれくらい良いツラをしてるのかと、興味本位で噂の人物を見に行ったのだ。

 そして目撃したのは、教室の中で5人の女子に取り囲まれている大徳の姿。なるほど、確かにツラが良い。俳優と言っても通じそうなくらい良い顔だった。けれども俺としては最早そんなことはどうでも良く、取り囲んでいる女子に目を奪われていた。

 その5人は、101番目にフラれた五月雨さみだれ優香ゆうか、103番目にフラれた裡涯うちがい聡里さとり、108番目にフラれた佐生さおう伊美いみ、112番目にフラれた寧島ねいじま美恵みえ、114番目にフラれた公城きみしろ果林かりんで、大徳は俺がフラれた女の子たちに言い寄られていたわけである。

 あの時の敗北感を俺は生涯決して忘れないだろう。自分が告白した女の子が、5人も、そう5人もッ、虜にしていたのだ!! 1人ならまだしも5人だぞ?! 男としてこれほど悔しいことはない!! 

 と、そんなことを拳を握りしめ、怒りを露わに唾を吐きながら熱弁していると、浅草は言った。


「いやそれ、つまり先輩が勝手に嫉妬してるだけですよね」

「は?! 違うがッ?!?!」

「うるさっ。突然叫ばないでよ、もう」


 何を聞いてたんだコイツは。大徳から受けた俺を引き裂くような精神的苦痛を理解できていないのか?

 心の底から不気味なモノを見るような視線を向けてやる。だが、浅草はそんなことを気にしていない様子で、というか俺のことなんか眼中にない様子で誇らしげに言いやがる。


「ま、お兄ちゃんだからね。当然でしょ」


 よっぽど大徳のことが好きらしい。他人のことを我がことのように喜べるあたり相当惚れこんでいるようだ。

 けっ、ツラの良さしか見ねえ愚昧がよ。幼馴染で好きな気持ちを何年も漬け込んだコイツは、あのいけすかねぇ野郎のシンパ筆頭だ。

 腹立たしい。鬱憤晴らしに痛いところを突いてやる。


「お前のじゃねーだろ、お前のじゃ」

「うっさいですね! 分かってるし!」

「うるせえよ、突然叫ぶなよ」


 耳がキーンってなったわ、耳がキーンって。


「がふがふがふがふ」

「もう少しお行儀よく食えって。ヤケになってそんな一気に掻っ込むなよ」

「ふぁれふぉふぇいふぁふぉふぉふぉっふぇふんふぇふふぁ」

「食ってからしゃべれよ……」


 頬一杯に食べ物を詰め込んで、口の周りに食べかすをくっつけて咀嚼している浅草。あぁあぁ、美少女が台無しだっつーの。

 こういうところが、コイツが大徳にフラれた理由とかなんじゃねーかなーと思いつつ、折角の機会なので気になっていたことを聞いてみる。


「浅草さ、一体大徳の何処が好きなわけ」

「全部」

 

 答えになってねぇよ……。


「もう少しあるだろ。こう……顔が好きとか、顔が好きとか、顔が好きとか」

「お兄ちゃんは顔だけの人じゃないし」

「俺はアイツの顔が良いってことしか知らないからそう言うしかないんだよ」


 俺にとってアイツは女の子に異様にモテまくる腹立たしい野郎という印象しかない。コイツなら男だったらよりどりみどりだろうに、どうして大徳に固執するのか。

 先ほどまでの機嫌の悪さは何処へやら、問われた浅草は「待ってました」と言わんばかりの顔つきで少し高い声色で饒舌にしゃべり始める。


「まずね優しいところだよねお兄ちゃんほんとは怖がりなんだけどそういうところが可愛くてもあるんだけどいやまぁそれは置いて置いて昔近所に狂暴な犬がいた時はお兄ちゃんだって怖いのに私を守ってくれるようにしてくれたりしちゃってすっごい嬉しかったんだよそれにそれに勉強もすごくよく出来てね中学じゃ学年5位より下になったことないんだよ凄くない?いや先輩には及ばないかもしれないけどさそれでも私からすればすっごいことでそういうところにも憧れっちゃうよねやっぱりねそれにうちは隣同士だからすっごく分かりやすく勉強教えてくれたりもしてすごい親切なんだよねそれからそれから――」

「――あぁ、浅草、俺から聞いといて悪いんだけどそれくらいにしてくれ」

「何でですか! まだお兄ちゃんの魅力の10分の1も話せてませんよ!」

「もうお腹いっぱいだからだよ!」


 なんだあの息つく暇のない矢継ぎ早な語りは! あんな風に言われたところで100分の1も言ってること伝わらないし、何なら今のだってよくわかってない。唯一分かったのは、コイツが大徳のことをめちゃくちゃ好きだってことだ。

 けっ、あの野郎。彼女がいながら、自分にべたぼれ妹系幼馴染も居やがるのか。ますますいけすかねえな。

 

「今お兄ちゃんのこと悪く思いました?」

「こえーよ、彼女でもないのに妙な察知能力出すなよ」

「私とお兄ちゃんは誕生日が一緒ですから、運命的な繋がりがあるんですよ!」

「他に女作られてちゃ運命もくそも――ちょ、おまっ、弁当箱の蓋で殴るなッ、角は止めッ、止めろぉぉッ!」


 眦を上げて、無言のまま叩いて来る浅草。蓋の角で頭を躊躇いなく狙って来て、殺意が高い、高すぎる。

 やがて、ひとしきり殴って満足した浅草は、荒い息を整えずに、


「そういうところですよ、先輩」


 と言ってきた。だから、どういうことなんだって。


「はぁ……まぁ、先輩は客寄せパンダとして機能してくれさえすれば、それ以外のことは期待してないからもう良いです」

「もう少し歯に衣着せてくれ、その通りだけど」

「でも、このままだと客寄せパンダとしても若干不安なんですよね。先輩、ちょっと、あれだし」


 あれってどういうことだよ、と問いたい気持ちを飲み込んで俺は話を進める。


「俺に求められてるのは話題性だろ? それ以外はどうでも良くないか?」

「ダメ。仮にもアタシの隣に立つ以上、アタシに相応しい契約彼氏になってもらわないと」

「なら、どうすんだ。お前に相応しい契約彼氏になるって言っても」

「簡単な話です。私が先輩を教育して上げます」

「具体的には?」

「次の土曜日、をします」  

 

 ……………………っ!

 でーと……デート?! デートって言ったか今!?


「デートって、あのデートか? 付き合っている男と女がやるあの!」

「あのデート以外に何があるんですか」

「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 天に拳を突き上げ、俺は歓喜の声を上げる。

 隣の後輩が「きも……」とか言ってるが知らん、知ったことかッ。どれだけ俺が夢見ていたことか!!


「今さら『なし』はなしだぞ?」

「大丈夫です。取り消すなら、契約恋人関係の方ですから」

「それはお前にもデメリットがあると思うが……?」

「デメリットがあっても構わないってくらい先輩が酷いってこと自覚して」


 真面目な顔で言われてしまった。そこまで酷いつもりもないんだが……。

 釈然としない俺のことなんか放っておいて、浅草は最後の一口を放り込む。どうやら俺を置いて食べ終わってしまったらしい。まぁ、そもそも浅草が食べてたヤツをおすそ分けしてもらった形になるので俺の分もクソもないんだけど。


「よし、それじゃまた放課後に。放課後で良いんだよな?」

「はい。最寄り駅まで一緒に帰って恋人っぷりをアピールします。集合は校門前で」

「了解。それじゃまた放課後な」


 さて、昼飯は購買の売れ残りを食べるか。不人気商品ばかりだろうが、腹さえ満ちれば何でも良い。

 浅草も飯を食い終わってちょうど良い。楽しい楽しい恋人ごっこはお開きだ。ベンチから立ち上がって、この場から去ろうとすると彼女に呼び止められる。


「先輩、どこ行くんですか」

「え、購買」

「なんで購買行くんです?」

「お裾分けしてもらった分じゃ足りないからだけど」

「いや、先輩の分も作ってるんですから食べちゃってくださいよ。もったいないし」

「え、あるの?」

「さっき作ってきたって言いましたよね」

「てっきりお前が食べてたヤツだけだと。あれ? じゃあ何で渡してくれなかったんだ?」

「タイミングを計りかねてただけです」


 そうして渡してくれたのは、少しサイズが大きい弁当箱。開くと、浅草が食べていたものと同じものが量だけ増やして入っていた。


「量については足りないかもしれないですけど」

「じゅーぶんじゅーぶん。でも、俺の分の弁当箱なんてよくあったな」

「お兄ちゃんに作ってあげる用に買っておいたんです」

「…………お前も大概だよな」

「どういう意味ですか!」


 付き合ってもない男の分の弁当箱を買っておくって、付き合ってすらないのに弁当作るのを当然やろうとしてるのって……。いやはや、少しばかりとする話だぜ。

 

「ふん。そんなこと言う先輩には、お弁当なんて上げません」

 

 そう言って、顔を真っ赤にする浅草は手を伸ばし、俺から弁当箱を取り上げる。

 すかさず俺は食って掛かる。


「なっ、それは横暴だ!」

「横暴じゃありませーん。作ったのは私なんだから、もう少し私に感謝して」

「だって、まだ付き合ってないのに彼女面とかそれってもう地ら――」

「――それじゃ、先輩。また放課後―」

「あぁぁぁぁっ、待ってくれぇぇぇぇ!」


 立ち去ろうとする浅草に、今度は俺が追いすがる。


「悪かった。俺が悪かった。だから、弁当は置いてってくれぇぇぇぇッ!!」

「……先輩、プライドとかないの?」

「プライドより女子の手作り弁当の方が重いに決まってんだろ!!」


 どうやらコイツは分かってないらしい。思春期男子にとって女子の手作り弁当は何よりも勝る宝だということを! 女子の手作り弁当を食べるためだったら、プライドなんか犬の餌だ、犬の餌。

 俺を見る浅草はどうしようもないものを見る目をしていた。どういう心理状況だ、それは。


「はぁ、もう分かった、分かりましたから。はいこれ、もう煮るなり焼くなり好きにしてください」

「よしゃっ!」


 半ば奪うようにして浅草から弁当箱を受け取ると、すぐさま蓋を外して箸を取る。

 詰め込まれているのは、先ほど食べさせてもらった卵焼きや唐揚げ以外にも、ほうれん草のソテーや金平ごぼうなんかも入ってる。当然、全部が全部手作りというわけではない。しかし手作り弁当の真価は『女子が時間をかけてくれた』という事実だ。つまり用意してくれた時点で、手作り弁当は何物よりも高い価値を持つ。

 弁当を力強く持ち、ごはんの部分を書き込む。そして唐揚げを口に頬張り、飲み込まないうちにほうれん草のソテーもぱくり。それから顎を尋常じゃない速さで動かして、口に頬張ったあれやこれや咀嚼する。と飲み込んで、空っぽになった口でしみじみと一言。


「うめ~~」


 あぁ、これが女子の手作り弁当……これが俺が追い求めてきたもの……。あぁ、いかん、涙が出来てた。でも、うめぇ、涙が出るくらいうめぇ。これだけで恋人契約を結んだ甲斐があったというものだ。

 感極まったまま箸を進め、今度は一口一口大事に食べる。噛み締めるごとに溢れる味に涙を流し、浅草への感謝を捧げる。今、この瞬間に、俺の高校時代の全てがあると言ってよかった。

 最高の気分だ。だから、弁当を食べる俺の様を見て再び「きも……」と浅草が言ったのは無視してやることにした。

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