ep.02 激励

 1学期初日ということもあって、学校は昼に帰りのHRをやってお開きだ。いつもの授業時間を考えればあっという間の時間。だが、あっという間に感じられたのは時間の短さのせいだけじゃない。

 告白、である! もう一度言う。告白ッ、であるッッ!!

 清水明201度目の正直。ようやく掴んだ幸福を前に、どうして浮かれずにはいられようかっ。新入生の彼女が告白宣言をしてきてからというもの、朝のHRも、始業式も、担任の先生の受験に対するありがた~いお説教も耳には入らない。

 だって告白だぞ! 告白!! 俺が恋焦がれてきた恋人を手に入れる時を前にして、有象無象の出来事なぞ気にしてられるか。


「ぬふふふふふふ」


 おっと行けない。怪しい笑いが。しかし、放課後を思うと笑いが止まらない。ぬふ、ぬふふふふ――


「――ふふふふふふふふっ」

「せんせー、明君がキモチワルイので黙らせてくださーい」


 俺が45番目に振られた女の子、ギャル系同級生の西宮にしみや美也みやが黒板前の渡辺先生にそうチクる。

 まだ大学出立てに見える教師歴4年目の女の先生は呆れながら、


「今度は一体誰に告白するの?」

「先生、違うって。告白されるんだって」

「それはないでしょ」


 「ね?」とクラスに同意を求めると、みんなが返したのは沈黙。想像とは違う様子のみんなに、渡辺先生は信じられないものを見るような目をこちらに向け、それから西宮へ視線を動かしこう問うた。


「噓でしょ……?」

「まじのまじでーす。朝一で新入生の子がやって来ましたー」

「えぇ……」

「まぁ、でもその子はコクるって言ってないんでなんともですけどぉ」


 む、それは聞き捨てならないぞ。俺は西宮に向き合うと口を尖らせて反論する。


「あのいじらしい反応は間違いなく告白だろ!」

「えー、でもそれって200人にフラれた明君の見立ててでしょー?」

「ぬぐっ」

「明君に乙女心が分かるとは思えないけどねー」

「ぬぐぐっ」


 西宮の指摘に女子クラスメイトが口を合わせたように首を縦に振る。た、確かに俺は乙女心が分かっているとは言い難いが……しかし、しかしっ、今回は、今回だけはっ、俺の見立てが正しいと確信している!

 だから、俺は余裕を取り繕う。自信満々で自分を微塵も疑っていないふりをする。


「ま、明日を楽しみにしててくれたまえよ」

な言い方でお茶を濁そうとしてる時点で、不安を覚えてるのバレバレだけどー」

「ぬぐぐぐっ」


 俺の虚勢をあっさり見抜いて、西宮はおかしそうにクスクス笑う。どうして俺には女心が分からないのに、女の子は俺の心が分かるのか。不公平が過ぎる。

 そして渡辺先生はというと、俺の恋路のことなんか心底どうでも良さそうで、仕切り直すように手を叩く。


「はいはい。それじゃ、今日はこれでおしまい。交流会の案内役になってる子はこれからある打ち合わせに忘れないようにね」


 それから日直に終わりの号令をさせて、用は済んだとばかりに颯爽と去っていく。見た目は若いんだけど風格あるんだよな、渡辺先生。すれ違った時の臭い的にタバコ吸ってるっぽいし、実はアウトロー願望でもあったりするんだろうか。昔はやんちゃしてたりしてな。

 そんな益体もないことを考えていると、肩を叩かれた。 


「おっす、清水。飯一緒にどうだ?」


 叩いてきたのは、1年生の頃から付き合いのある浅田だ。その手には弁当が入った巾着。柔道部でガタイの良い浅田は食べる量もすさまじく、普通の高校生の弁当の2倍近い量を食べる。巾着ははち切れんばかりに膨らんでおり、水風船もかくやとといった風情だった。

 浅田の食べっぷりはフードファイターのようで見応えがあるから一緒に飯を食べると楽しいんだが、しかし今日は用事があるので付き合えそうにない。


「悪い。交流会の打ち合わせに行かにゃならんから無理」

「あれに参加するのか。なんでそんな面倒なこと」

「新入生の子と出会うチャンスだから。ま、今の俺には関係ないけど」


 なにせ告白されるんだからな! もう新しい女の子に粉をかける必要はない。

 浅田は言う。


「ようやく、お前の悲願が叶うな」

「あぁ、2年越し……いや、中学生時代からの切望だ。ようやく、ようやくっ、俺の青春が始まる……!」

「今度、俺にも女の子を紹介してくれよ」

「……お前、それ大槻おおつきさんの前で言うなよ」

「なんでだ?」


 「俺が振られた17番目の彼女がお前に惚れてるからだよ!」とは流石に言えない。この朴念仁め。彼女が1年の時から好き好きオーラを出してるのにまだ気づかないのか。


「はぁ……」

「その溜息にはどんな意味が?」

「持ってる奴は自分が持ってる輝きに気づかないんだよな」

「ほんとに何なんだ……」


 お前が主人公って話だよ、まったく。

 浅田は相も変わらず腑に落ちてなさそうな様子だった。そんな彼を肯定するように笑い飛ばして俺は席を立つ。

 さて、と。それじゃ別棟の会議室にでも行きますかね。いくら昼に学校が終わるからと言って、飯を食う時間ぐらいは用意しておいて欲しいぜ。

 

「んじゃな」

「――ちょっと待て」

 

 去り際に浅田に呼び止められる。彼は拳をこちらに突き出しており、


「頑張れよ」


 なんて言ってきやがる。流石モテる奴は違う。やってることがいちいち決まって、それでいてムカつかない。どうしたら浅田みたいになれるのか。2年付き合ってても分からないままだ。ほんとにコイツには敵わねえ。


「……される側の俺が頑張ることなんてねーよ」


 浅田の激励にそう答えてから、俺は笑いながら突き出された拳に拳を合わせた。

 さてさて、それじゃ雑事を済ませて勝負の時まで待つとしよう。ぬふふ、ぬふふふふ。後輩か……「先輩!」とかキラキラした目で呼ばれたり、手作り弁当とか貰えんだろうなぁ……ぬふふふ、ぬふふふふっ。もうそ、じゃなかった夢が広がる! そして広がった夢は現実に出来るのだ!! 胸の高鳴りが止まらないッ。

 と、そんなこんなで頭の中が完全にまだ見ぬ未来への夢想で埋まっているわけだが、それでも冷静な部分もあるわけで……無駄に聡明な頭脳はこう疑問する。


 ところで、どうして呼び出されたのは5時半なんだろうな? 恥ずかしいからか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る