ep.03 予想の斜め上

 四方を校舎に囲まれた佐奈高校の薄暗い中庭。四角に切り取られた空は薄いオレンジ色に染まっていた。校舎の向こう側からは遠く運動部のスポーツに勤しむ声が聞こえてくる。

 すなわち、夕方である。5時半であるッ!

 ついに来た、来てしまった。告白の時間がッッ!!

 交流会の打ち合わせが終わってから4時間近く、長い――それこそ永劫にも感じられるほど長い時間を待って、ついに、ついにっ、時が訪れた。どれほど首を長くしてまったことか。無駄にそわそわしてトイレで髪を10回は整えたぜ。 

 しっかし、これで俺も彼女持ちか。感慨深い、実に感慨深い。なるほど、苦労が身を結ぶ瞬間とはこういう気持ちになるんだな。この薄暗く、じめじめとした空気の中庭も、気持ちの良い風が吹き渡る草原のように感じられる。

 最ッ高! 小躍りしたくなる気持ちだし、ぶっちゃけしてた。周りから奇異の目で見られても気にしない。あるものかよ。この喜びと比べたら!!

 大願成就。毎晩毎晩、いもしない神様相手に祈り続けた甲斐があるというもの。いつまで経っても願いを叶えてくれない糞野郎だと思ってて悪かった。多少は認めてやろうじゃないか、鷹揚に。

 それにしても入学したての新入生とは、中々乙なことをする。これは入学前から鳴り響いてた俺の名声に惚れちゃったパターンかなー? 俺ってば有名人だからなー?

 この中庭の人気のなさを知っていたのも、事前に告白するのにうってつけの場所を上級生から聞いてたからに違いない。入念なリサーチをして、入学前から準備してくれたんだろう。つまり、それくらい俺のことを想っていてくれたってことだ。


「くぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 いじらしいなぁ、おい! ぱっと見の印象はイケイケなギャル系だったものの、その内実は想いをずっと秘めちゃう系の女の子のかもしれない。いや、絶対そうだ!

 さてさて、俺の未来の彼女たる気弱系ギャップあり後輩ちゃんはまだかなーっと。時間は5時半を疾うに過ぎている。いざ告白を前にして、緊張で怖気づいてるのか? なんだそれ、可愛すぎるだろ!!

 そんなことを思って「ふぉぉぉぉ」と奇声と共に悶えていると、可愛らしいリズムの足音が聞こえ、俺は襟を正した。

 足音の方に顔を向ければ、息を切らせた彼女がいる。走ってきたせいかうっすら汗ばんでいて、頬は僅かばかり赤味を帯びていた。

 来たよ、来たよ、来ましたよ! 夢にまで見た告白シーンが!!

 俺からの答えは勿論決まってる。喉を整え、顔つきをとさせる。さぁ、行くぞ。ネクストステージに!!

 彼女は短く息を吸って、それから吐くと覚悟を決めた顔つきで切り出す。


「せ、先輩……っ」


 うんうん。


「実は私、先輩に伝えたいことがあって」


 うんうん。


「アタシには好きな人がいて」


 うんうん。


「とっても、と~っても好きな人がいて」


 うんうん。


「でも、その人にはもう彼女がいて、もうどうしようもなくって」


 うんうん、うん?


「だから、アタシは思いついたんです。アタシを選ばなかったことを後悔させてやろうって、地団駄踏ませてやろうって」


 ……。


「聞けば先輩って彼女が欲しいんですよね」


 …………。


「もしアタシの復讐に協力してくれるなら――」


 ……………………。


「――先輩、アタシが彼女になってあげよっか?」


 …………………………………………うん?

 


 


 

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