第1章 モテない彼の恋人事情

ep.01 来訪者

 3年生、であるっ!

 それはつまり将来のための布石を打つための試練の年ということだ。今年はまさに俺達の未来のために全力投球で一心不乱に勇往邁進せねばならない。

 3年生である我々は、まさにこれからの自分を決定づける重大にして重要、不可逆なイベントのために、自らを鍛え、研ぎ澄まし、来る冬の決戦に備えなければならないのである!

 すなわち、大学受験に!!


「ふはは、ふはははっ」


 しかし、しかしっ、である。

 この俺、清水しみずあきらは、あえてその現実に唾を吐こう。

 糞食らえ! ぺっっ!!

 大学受験なぞどうでも良い。どうでも良いのだ!!

 だって、受験の年というということは、すなわち高校最後の年ということ。

 青春漫画の代名詞、現代人に許された黄金時代、たった一度のアオハルデイズ。人生におけるもっとも輝かしき日々の終わりというわけだ。

 だから、もう一度言う。その重みを胸に刻みつけるためにもう一度言う。

 高校最後の年なのである!!!!

 3年生初日、まだ一度も教科書を広げていない机に拳を叩きつけ、勢いよく立ち上がった俺は世界の中心で愛を叫ぶように言い放った。


「彼女が欲しいぃぃぃぃ!!」


 絶叫。クラスどころか3階中に響き渡るような大音声に、クラスメイトの男子が野次を、クラスメイトの女子が呆れや軽蔑の籠った溜息を吐く。

 性別できっぱり反応が分かれているが、しかしその根底にあるのは同じ感想だろう。

 「また言ってるよ」なんて白けた感想を。

 だが、知らん。誰に何を言われようとも知ったことじゃない。何度も、何度も、何度でもっ、俺は叫び続けよう。

 彼女がッ、欲しいッッ!


「彼女が欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 ほんとに、本当に欲しい。どれくらい欲しいかと言えば、大学受験を放棄してでも欲しい。

 これまで高校の2年間を使って彼女を作ろうと粉骨砕身してきた。手あたり次第の女子に声を掛け、告白した。

 告白した女子の数はトータル200人。現2、3年生のだいたい半分くらいの数に告白し、そして振られてきた。

 200戦0勝200敗。それこそ漫画でしか見ないような不名誉なレコードを、俺は2年かけて積み上げてしまった。

 

「おいおい、明。もういい加減に諦めようぜ」


 去年一緒にバンドを組んだ田中が軽薄なノリで肩を組んでくる。

 

「もうお前には恋人なんて無理だって。このまま恋人のいない寂しい高校生活を終えようぜ」

「うるせぇ、俺は諦めないぞ。だってまだ1年ある。ゴールデンウィーク……いや夏休みまでには絶対に彼女を作ってみせる!」


 そして、水着を着たカワイイ彼女との夏休みを送るのだ! 

 拳を力強く握る俺に、一昨年の体育祭でリレーを走った軽井がこう言ってくる。


「でもよ、受験はどうするんだよ。彼女と遊んでたら大学に受からないかもしれないだろ」

「軽井よ。この俺が一体何者か忘れているんじゃねーの?」


 これでも俺は、入学してからずっとテストで学年1位以外を取ったことがない。授業内容は1回聞けば覚えられるし、初めて解く難解な問題でも8割は解くことが出来る。高校の指導範囲の勉強は2年生の秋に終えており、地元の名門、笹良大学の筆記試験は余裕で突破できるのが今の俺の学力。今すぐに受験しても受かるだろう。


「受験なんてイージーゲームだよ」

「「あ? 喧嘩売ってんのかこの野郎?」」


 ドスの聞いた声で2人が脅かしてくる。やれやれ、どうやらこの天才的な頭脳は凡人から意図せずして嫉妬されてしまうらしい。

 っていうか、そもそも、


「彼女持ちが彼女諦めろっていうのも喧嘩売ってねーー?」

「「げふんげふん」」

 

 わざとらしい咳払いをして目を逸らす2人。おいこら、都合悪いからって逃げるな。

 くそっ、どうしてこいつらに彼女がいて俺にはいないんだ。顔だってそこまで悪い訳じゃないぞ。

 悔しさに唇を噛んでいると、去年の夏に開いたキャンプ旅行を手伝ってくれたメガネの佐藤がこう問いかけてきた。


「そもそもどうして明は彼女が欲しいのさ」

「そんなの決まってるだろ。青春に恋人は欠かせないからだ!」


 漫画でもそうだろ? 青春を謳歌してる奴らは、大体恋をして、様々なドラマがあって、賑やかな日々を送っている。

 羨ましい。心底羨ましい!

 人生は楽しいものじゃなければならない。青春なんて人生に1回しかないんだから、この時にしかやれないことをやっておかないと

 勿論。恋人がいなくたって楽しいことはあるし、やってきた。体育祭ではクラス一丸となって優勝を目指し、文化祭にはバンドを組んで個人発表で優秀賞を貰い、夏休みにはそこそこの人数を引き連れてキャンプイベントを開いたりなどなど、それこそ漫画のようなことをやってきていて青春を謳歌した自覚がある。

 だが、人の欲望に底はないものだろ? 少なくとも、それだけで満たされるほど俺は浅い男ではない。

 恋人だ。青春には恋人が必要なんだ。絶対に!!


「ちぃ、こうなったら俺のことを知らない新入生に手を出すしかないか……」


 言った瞬間、女子全員が軽蔑の視線を向けてきた。目元と唇の端をひくつかせ、怒気をうっすらと浮かべる女子の群れ。その中から、と怜悧な印象のあるスレンダー黒髪美少女が長い髪を揺らしてやってくる。彼女の流麗な鋭い目は、睨んだものを凍えつかせるような冷たさを湛えていた。どれくらい恐ろしいかと言えば、肩を組んでいた田中が脇目も振らず逃げ出してしまうくらいにはだ。

 彼女の名前は三津合みつや美鈴みれい。バスケ部のエースである才能溢れる同級生。インターハイ出場の要と期待を寄せられている才女なのだが、実はちょっとポンコツなところがあるチャーミングさもある。

 ちなみに俺が33番目に振られた女の子だったりする。


「そういうところよ、清水君」

「どういうところよ、三津谷さん」

「……そういうところよ」


 だからどういうところなんだって。


「良い加減諦めたら? 彼女を作るの」

「やだよ、諦めないよ」

「はぁ……もう少し手酷い振り方をするべきだったかしら――って、それで堪えるような貴方じゃないわね」


 そこでまた溜息。呆れる姿も絵になるんだから美少女ってすげえよな。

 そんな風に悠長に構えていると、続けて彼女はとんでもないことを言いだした。


「言っておくけど、後輩たちには貴方に気を付けるようにって2、3年生の女子の伝手を総動員してお触れを出してるから」

「な――ッ、そ、それはっ、ないだろっ!!」


 泡を食う俺。だが、冷たい三津谷は歯牙にもかけない。むしろ胸が空くような心持ちをありありと顔に出していた。


「そこまでお前らに恨まれるようなことはしてないつもりだが?!」

「恨み嫉みじゃなくて、手当たり次第に声を掛ける姿勢が危ないって思ってるのよ、私達は!!」


 ええい、だってしょうがないだろ! みんな悉く俺のことを振るんだからさぁ!!


「うぅ、酷い……だったらお詫びに付き合ってくれよぉ」

「嫌よ」

「冷たいぃぃ」

「あと、鬱陶しいだけだから大して傷ついてないくせに泣き崩れるのやめなさい」


 バ レ て た。

 ま、お触れを出されちゃったものはしょうがない。だからと言ってアプローチを止める必要はない訳だし? まだまだ俺のことを大して知らない新入生なら希望はある。諦める道理はないのだ。


「よしっ、何はともあれターゲットは新入生! 放課後に1年生の教室へ突撃だ!」


 勢い勇む俺に、三津谷を筆頭とする女子クラスメイトは頭を抑えて溜息を吐き、男子クラスメイトは囃し立てる。

 あぁ、そうだ。やってやろう。ゴーイングマイウェイだ。自分の意志さえあれば、何事も成せるはず!

 片手を握りしめ、気合を入れ直す。さてさて、新入生にはどんな娘がいるのか。とりあえず情報通の相良さがらに連絡して、と。

 Cルームを起動して下世話な話をよくするモテない仲間にメッセージを送ると、すぐさま目ぼしい女の子リストが送られてくる。さっすが相良。仕事が早い。

 女の子リストに目を通す俺に愛想を尽かしたのか、三津谷はというととっくに俺の前から去っていた。一声くらいかけてくれたら嬉しかったけど、まぁ俺と彼女の関係値じゃそんなもんか。むしろ声掛けてくれただけでもありがたいレベルだ。


(ふむふむ、この子とこの子っと)


 相良から送られてきた女の子リストに目を通す。とりあえず顔で見当付けだけしておいて、これからアプローチする女の子を選んでいく。

 この子、この子、この子。そんな風に選びながら、ちょうどリストの半分くらいに差し掛かった頃だった。


「おーい、明」


 と俺を呼ぶ男子の声。顔を上げれば、教室の黒板側の入り口で俺と2人で合唱コンクールのテノールの主力を担っていた奴がこちらに呼び掛けていた。


「ん? なんだよ、雨宮」

「お客さんだ」

「客ぅ? 誰だよ?」


 ま、どうせ前のクラスでよくつるんでいた佐藤とか、やたらと俺に懐いて来る後輩の成田とかそんな感じだろう。

 そんな風に見当付けていたが、しかし雨宮から返ってきた答えは思いもよらないものだった。


「新入生の女の子」


 シンニュウセイノオンナノコ……新入生の女の子、だとっ?

 想定外の答えに一瞬フリーズ。しかしすぐさま天才的頭脳の処理能力で情報を理解し、椅子が大きな音を立てて倒れるのも気にせず立ち上がると、まるで肉食獣のような動きで教室内の短い距離を風のように俺は駆けた。

 入口前で音が出そうなくらいの急ブレーキを掛けて立ち止まる。跳ね上がった心臓をそのままに雨宮に問うた。


「で、何処?!」

「落ち着けって、別に逃げやしないんだから」

「何処にいるんだ!!」

「ああ、もうっ、お前はほんと……そこに居る子だよ、そこに居る子」


 雨宮が指差した先に居たのは、スラリとした長い手足を持った女の子だった。明るい色の髪は黄色いシュシュを使って右側でまとめたサイドテールで、制服は若干着崩していると言ったファッション。いわゆるギャル系と言った感じだろう。胸はそこそこ、顔立ちも良い。なんというかファッションモデルとかやってそうな雰囲気の子だった。

 

「で、何の用かな?」

「えっと、その、アタシ……」


 格好に似合わず、たどたどしい口調で少女は話し出す。緊張しているのだろう。所在なさげに指を絡ませ、目線は俺の方を見ようともしない。

 良い……実に良いっ。活発そうな雰囲気の子がモジモジするなんてギャップ萌え。印象の落差に胸がキュンキュンするぜ。


「その、ですね……えっと」

「うんうん」

「実は先輩に……先輩に用があって……」

「うんうん」

「あの、その放課後、5時半くらいに中庭で待っててもらえませんかっ?」

 

 …………ん、ん〜〜〜〜? それってぇ〜〜〜〜〜?


「つまり告白、ってこと?」

 

 あ、やべ。口に出しちゃった。

 言われた新入生はと視線を逸らす。それから合間を置かずに、廊下を全速力で去っていく。

 表情は最後まではっきりと見えなかった。

 でも、そんな反応、実質認めてるようなもんじゃんか。

 彼女が去っていった教室に静寂が訪れる。誰もが口を開けて啞然としていた。だが、直後にみんなは口を揃えてこう叫ぶ。


「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜!!!!」

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