第2話
グランドアイ。
世界最大規模にしてアメリカ発の喫茶店チェーンであり、かつて若者達の間で一大ムーブメントを巻き起こしていた店舗。
人の行き交いが決して活発とは言い難い
とはいえ複数店舗を設置する程の利は見出せなかったのか。後に改修された大型ショッピングモールにまで手を伸ばすことはなく、駅前の程よいスペースを構えるに留まった。
「コーヒー加糖、普通サイズで」
「じゃあ
「畏まりました。完成しましたら席までお持ちしますので、こちらを持って少々お待ちください」
注文を済ませた
平日の朝方とはいえ、町でも数少ないカフェと駅前という立地の相乗効果か。カウンターこそ疎らであるが、互いに向き合う形になれるテーブル席は殆んどが占拠されていた。その多くは隣合うのを嫌ったのか、個人や二人程度の集まりで利用しているが後から割って入るのはエゴが過ぎる。
仕方なく二階へ足を伸ばせば、ちょうどサラリーマンが立った直後のトイレに近いテーブル席の空白へと腰を下ろす。
「二階、ですか……依頼人の方は気づいてくれるでしょうか」
「気づかなければいいのに……」
顎に手を当てて思案する楯無とは裏腹に、幸子は現状への仄暗い羨望を零す。
もしも依頼人が彼らに気づくことなく帰宅してしまえば、今日はフリーとなる。平日故に開店している店もまだ多くないが、それこそカフェで時間を潰せばいい。
二人っきりの時間を思う存分堪能できる。そう考える幸子であったが、直後に自らの口を塞ぐと失言に目を僅かに見開いた。
「何か言いましたか?」
「あ、いやその……いつ気づくんだろうなーって、たはは……!」
「いつって、もしかして見えましたか?」
「いえいえいえいえ、そんなことは全く欠片もこれっぽっちも!」
「そうですか」
大慌てで誤魔化しに図った少女の感情など知らぬと、楯無は淡々とした様子で腕時計へ視線を落とす。
待ち合わせ時刻の五分前。
依頼された側ならまだしも、依頼した側が到着していないのは無理もない時間ではある。
故に必要以上に焦ることもなく、もしも時間を過ぎたらそこで確認の連絡を取ればいい。
そう考えて、注文が来るのを待ち構えていた時。
「あの、貴方が
それは、二人の前に姿を現した。
甘栗色のウェーブがかかった髪は手入れされず無法地帯の様相を呈し、肉が削げ落ちて痩せこけた頬は赤縁眼鏡でも誤魔化し切れない目元の隈と相まって幽鬼の類を連想させる。女性らしい起伏に富んだ体型に不釣り合いなシャツとズボンを組み合わせた服装は、寝間着のまま外出したのではと疑問を抱かせた。
健常とは程遠い人相に、咄嗟に立ち上がった幸子は楯無と幽鬼の間に割って入る。
鋭利なナイフの如く敵意で研ぎ澄まされたルビーの瞳は、幽鬼の怯えた姿を反射した。
「誰なの、楯無に何の用?」
「ヒッ……」
注がれる敵愾心に幽鬼は一歩後退り、恐怖に呼吸を乱す。
周囲の客もトレイ付近の様子に騒然とし、彼らに注目を集めた。
このまま膠着状態に陥るかと思われた状況に一石を投じたのは、あくまで淡々とした様子を崩さない楯無。
「幸子さん、彼女は依頼人ですよ」
「え?」
「そうですよね。
困惑の表情で振り返った幸子に何ら反応を示すことなく、楯無は奥で怯えている幽鬼へと問いかける。
返事はない。
「……」
首肯による肯定以外では。
「ほんっとーにごめんさない!!!」
再び二階席の注目を一身に集めたのは、あらん限りの謝意を込めて頭を下げた幸子であった。
勢いよく下げられた頭はテーブルと衝突し、微かな痛みを少女へ伝播させたが、その程度で許される失礼ではないと確信を抱いている。
相対する鷹見は眉を八の字に曲げて頭を上げるようジェスチャーで促すものの、肝心の相手が視界に収めないことには無力と同義。そして事実として、幸子は頑として頭を上げることなく、むしろ白磁の肌に色をつける勢いで額を机へ擦りつけていた。
「幸子さん、相手も困惑してますよ。謝意もほどほどに」
「そ、それもそうだねッ。楯無!」
楯無に促されたことで幸子は顔を上げ、快活な笑みを対面する女性に返した。
人形染みた造形美の少女の笑みは、藁にも縋る想いであった鷹見の心情に少しばかりの潤いをもたらす。
依頼人の表情が和らいだのを一目し、男性はモノクルを一撫でして自己紹介へ移った。
「……では、改めまして自己紹介を。
僕は西の東に楯麟の楯に皆無で西東楯無。魔術専門の万屋で、君のように魔術で困ってる人の味方です」
「……」
柔和な笑みを浮かべた楯無の名乗りに対し、鷹見は控え目に首を縦に振る。
すると何も言わないことを次の名乗りを待機していると解釈した幸子が、続いて自らを紹介した。
「幸子さんはねー、辛いに一本線を足して幸子さんなのだ。依頼を解決するまでの間はよろしくですよー」
「よ、よろしくお願いします……」
楯無とは赴きの異なる親しみを込めた挨拶に、鷹見は小声で挨拶を返す。
それは唖然としているようにも、対して内容に興味を抱いていないようにも見える曖昧な返事であり、後者として受け取った幸子は子供らしく頬を膨らませた。
一方で然して相手の反応に興味を持たないのは楯無も同様なのか、肩を竦めて隣の少女へ視線を送る。
「反応を強要するものじゃないですよ、幸子さん。
で、僕を頼ったということは、魔術に所縁ある問題が起こったということでよろしいですね。鷹見さん?」
「……」
鷹見からの返事は首肯。
控え目に咳き込む女性の口元にはハンカチが添えられ、白布に微かな朱が滲み出ていく。
内臓系の傷を二人の脳裏によぎらせるが、肝心の咳き込んだ張本人は口元から離したハンカチの彩りを信じられないとばかりに見つめていた。そして固く握り締めると、目元にうっすらと涙を浮かべて口を開く。
「お願い……もう何でもいいから、助けて……!」
嘆願、あるいは懇願と呼ぶべき声音で。
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