四、『プレーリー・オイスター』その5

 鞄を展開。

 弾倉マガジンを射出。

 銃把グリップから弾倉マガジンを吐き出し、再装填リロード


 その間、僅か三秒。


「っ・・・・・・・・・・・・!」


 舌打ち。

 幾ら何でも――――遅過ぎる。弾倉交換マグチェンジに時間を割きすぎだ。


 威力を重視し.45口径弾を採用したハードボーラ等のM1911系ガバメント・クローン拳銃だが、唯一無二の欠点は同サイズの9ミリ弾を採用した銃よりも圧倒的に弾数が少ない事にある。


 ダイ・ハードで有名なベレッタM92Fの装弾数は15発。これは僕が握るハードボーラーの約二倍の装弾数だ。威力こそM1911系ガバメント・クローンに及ばないが、その圧倒的な装弾数から繰り出される速射性能は決してM1911系ガバメント・クローンに引けを取らない。


 威力を取るか、速射性能を取るか。それは人それぞれ、状況と趣味の範囲であろう。

 今、僕の趣味に合致するのはハードボーラーこれしかない。

 例え、装弾数が少なくとも。


「デメリットは頭で補う! それしかないッ!!」


 軽くなった銃。口を開いた鞄へ突っ込む


「――随分、余裕じゃあァ・・・・・・ないかァッ!」


 腕。

 脚。

 胴体。

 縦横無尽、上下左右。

 迫り来る、人間の部位を模した凶器。

 面では無く立体を対象とした攻撃は、猛獣を捕らえる強靱な檻を連想させた。


 ――しかし。


「余裕なんだよ、実際ッ!!」


 鞄を鈍器に、振り上げ堕とす。

 偽りの左足が、架線に激突して火花を上げた。


 檻は所詮、檻だ。立体を描いて対象を閉じ込めた所で、格子の隙間から簡単に抜け出す事が出来る。特に猛獣用の大きな檻では、僕のようなを留めておく事など出来はしない。


 僕には今、翼がある。

 自在に夜闇を駆ける事が出来る、自慢の翼が。


 再装填リロード完了。


「地面で這いつくばっている奴にィッ、」


 鞄を開く。

 鈍色の長大な銃身が、金属の顎から兇悪な顔を覗かせた。


「僕が殺られる訳がないだろうゥッ!!」


 鎖を千切るように、絞る引き金トリガー

 白煙を吐きながら、吠え哮る怪物フェンリール

 穿たれた鉛の牙は火の国ムスペルヘルムで鍛えられたように熱く、静寂を焦がして夜を灼く。


 ああ――――もっと、はやさが欲しい。

 砂男へ望むだけの銃弾を叩き込める疾さを。


「っ――――」


 何回目か忘れた、舌打ち。

 翼のおかげで奴のダメージを最小限に留める事が出来るようになったが、相変わらず攻撃が奴に通る事は一向にない。

 何発かは当てる事が出来る。しかし、それは全て奴の外部を鎧う軍用の強化外装によって、虚しくも貫通する事なく弾かれてしまう。


 状況的には、拮抗している。

 しかし、現実には押されている。


 何故なら――


「・・・・・・這いつくばる? それは貴君も同じではないか?」


 嘲笑を含んだ、LEDの明滅。


「貴君の翼は、。あくまでもその高速移動力をサポートするために発達した、謂わば空力調整機スポイラー。背中に生えた程度の大きさでは、大空を自在に駆ける揚力を生み出す事など到底出来ん。精々、滑空が関の山――――それは、地面を這いつくばるよりも滑稽ではないか?」

「余計なお世話だ、この野郎ッ!!」


 引き金トリガーを引き、銃弾と共に罵声を弾き出す。


 だが、事実である。

 僕の翼では、なんとか飛び上がる事は出来るが、翼を繰り出して思うままに飛び回る事は出来ない。

 地面を蹴って浮かび上がり、倉庫の屋根や古びた客車を利用して滑空する。天使や悪魔みたいに格好良く自在に空を駆ける事など不可能。まるで始祖鳥にでも・・・・・・なった気分だ。


「まったく誰だ、〝翼が欲しい〟なんて卒業式にでも歌いそうな歌詞っぽい事を願った奴は!」


 何より困るのが、この背中が突っ張る不快な感覚。普段使わない背中の筋肉が発達して翼の構築に貢献しているらしく、動く度にギシギシと危険な悲鳴を上げてくる。きっと明日は、かつて経験した事が無いレベルの筋肉痛を発症し、まともに動く事が出来なくなるに違いない。


「・・・・・・まあ、愚痴ってもしょうがないか」


 キリがないし。

 取りあえず、何故ご先祖様が翼を生やさない進化を選んだのか、身を持って知れただけでも良しとしよう。


 今のところ、それぐらいしか利点はない。


「遊びは止めて、作戦を――――元に戻そう」


 銃把グリップから弾倉マガジンを落下させながら、僕は独り言ちた。

 懐から、弾倉マガジンを取り出し中空で再装填リロード

 地面を蹴り、一足飛び。


「面を極限まで・・・・・・・・・・・・点にする、だ」


 迫り来る手足を掻い潜り、砂男へ間合いを詰めて引き金トリガーを引く。

 逃す筈の無い、ゼロ距離射程。

 撃鉄ハンマー撃針ファイアリング・ピンに叩き付けられ、雷管ニップルが歓喜の悲鳴を上げて火花と鉛玉を飛ばした。


「――ほう、」


 ぐらりと、揺れる砂男の軀。


「通常弾より威力のある、ホロウポイント弾に変えてきたか。貫通力を犠牲に威力を引き上げたその弾は、強化装甲を持つサイボーグ相手によく効くだろう。悪くないカードを切ったな」


 しかし、と軀を痙攣させながら体制を整える。


「この程度で、吾輩の外装は破れんぞ」

「・・・・・・分かってるよ。この程度でお前の装甲が破れたら、ここまで苦労はしねぇ」


 間合いを開いて、僕は言う。


「今のは、だ」


 僕の視線の先にはレザースーツを突き破り、くっきりと外装に刻印されたホロウポイント弾の姿。

 それはまるで、壁に激突して潰れた茸を連想させた。


「まずは・・・・・・一発」


 ゴーグルを掛け直して、舌舐めずり。

 これなら、やれる。

 後は、僕の――――腕次第。


「・・・・・・あと一発は、絶対当ててやる」


 跳躍。

 飛び上がると同時に、己の翼を羽ばたかせる。

 満足に飛べぬと、知りながら。

 照準。

 感覚を研ぎ澄まして、視力を補え。

 拍動。

 僕には、その力がある筈だから。

 脈動。


 要は、何処でも当たれば良いんだ。

 この鼓動に合わせて――――引き金トリガーを引く。


「っ・・・・・・・・・・・・!」


 外した。

 旋回。

 翼を操り、迫る左足を躱す。


「やった・・・・・・滞空時間が増えた!」


 貌が綻ぶ。

 このまま、中空を維持していれば――


!!」


 右腕。

 左足首。

 左手。


 砂男が放ったそいつらは出鱈目な放物線を描き、狂気を剥き出し凶器を繰り出す。

 左手が僕の右脚に喰い込み、右腕が放った銃弾は僕の翼を穴だらけに変えた。


 しかし。


「この程度の傷でェッ!」


 回復。

 突如右脚の肉が盛り上がり左手を吐き出し、翼に刻まれた銃創は刹那の間を置く事なく修復された。


「僕が退く訳ねぇだろう!!」


 縮地。

 引き金トリガー

 穿たれる刻印。


「そのような貧弱弾が効くかァ!」


 仰け反る。

 命中。

 確認するよりも疾く、第二撃を打つ。


「馬鹿な、このヘキサカーボンが――」


 命中。

 血飛沫のように舞う、保護液。


「――やはり、ヘキサカーボン強化外装か」


 嗤いを噛み殺し、保護液の味を感じながら僕は言う。


「アイツの見立て・・・・・・間違ってなかったようだな」

「見立て――――だと?」


 ふらりと軀を揺らし、僕を視界に収める砂男。

 頭部を動かす事なく、自身に刻まれた鉛の刻印へ視線を移す。

 めり込んだ茸の隙間から、絶えず滲む保護液。 


「着弾時に弾丸が拉げて径を大きくし威力を高めるホロウポイント弾。単純に堅い装甲なら、これ以上適した弾はない。そんな強力なホロウポイント弾も中心が窪んだ構造故に貫通力が弱まり、衝撃を吸収する物体には無力。ホロウポイント弾これはな、お前の外装素材が本当にヘキサカーボンかを推し量るなんだ」


 銃口を砂男へ向けたまま、僕は語る。


「衝撃を吸収する性質のヘキサカーボンは、防弾に打って付けの素材だ。.45口径の銃弾なら、貫通する事さえ適わない。でもな、そんな万能素材にも一つだけ弱点があるんだ。その構造上、

「まさか貴君、銃弾を削って――」

 馬鹿な、と狼狽える砂男。

 当たり前だ。暴発を恐れて普通はやらない。



 ――そのホロウポイント弾が入った弾倉マガジン、何発か通常弾を削って尖らせた奴を入れておけ。



 最初は、少ないホロウポイント弾を水増しをする為かと思った。



 ――そんな訳ねぇだろ、馬鹿。



 面倒くさそうに、否定する。

 腐敗し始めた右腕を掻き毟りながら。



 ――いいかよく聞けよ、一度しか言わないからな・・・・・・



「M500が吐き出した銃弾が普通に貫通したって事は、ヘキサカーボン外装の下に強固な合金の類いは使っていない筈だ。.45口径でも十二分に戦える。お前の頼るイージスの盾は、看破したぞ。ここからは、僕のゲームに付き合って貰う。カードもチップも点数表もない・・・・・・野蛮で泥臭いゲームにな」

「――看破? この程度で看破と言ったか」


 己に着弾したホロウポイント弾を抉り取り、砂男は言った。

 ひたりひたりと、拉げた銃弾から滴る保護液。


「貴君は、偶然手札が良かったに過ぎない。偶々一回、吾輩からチップを掠め取っただけで、ディーラーを名乗るとは何と烏滸おこがましいプレイヤーだ」


 生皮を剥ぐように、レザースーツを毟る。


「まさか貴君は、吾輩がサイボーグの部品しか満足に操れぬつまらん奴だと思っていないかね?」


 ケーブル。

 髪を解き放つように現れた、ギターのシールドを彷彿させる幾重ものケーブル。

 それが奴の体毛のように風に靡き、先端の金属部位がガラガラ蛇のような奇妙な音を周囲へ送る。


「な――――」


 現れる、警備用サイボーグ。

 その音に操られるような、虚ろな動き。

 ゆっくりゆっくりと、数を増やす。

 それは何処となく、ロメロのゾンビ映画を連想させた。


「神聖なる決闘に於いて、名乗らぬのはやはり無粋か」


 警備用サイボーグを従えながら、砂男は言う。


「吾輩の開発名プラン・コードは、リヴィング・サウンド――――第二十六アメリカ空軍空挺機甲部隊の笛吹き男パイド・パイパーとは、吾輩の事だ」

笛吹き男パイド・パイパー・・・・・・まさか、お前サイボーグを――」

「さあ、カードは切り直した。願わくば、貴君の手札に吾輩を打ち破るハンドが有らん事を」


 僕の言葉を無視し、砂男――リヴィング・サウンドは宣する。

 まるで、厳かに刑を執行する執行官エクスキューターのように――



       ◆◇◆◇◆



「・・・・・・よく研究所跡地こんなところに紅茶なんかあったわね」


 湯気が立ち籠める紙コップをしげしげと眺めながら、雨皷は言った。


「敷地ではなく、彼が運び込んでいた物資の中に器具一式がありました。もっとも器具と言っても、携行コンロやティーパックの類いですが」

「サイボーグは食事の必要がないのに、何考えてそんなものを詰め込んだのかしら・・・・・・?」


 隣で紅茶を啜りながら、訝しげに沢田は首を傾げる。


「サイボーグは、御食事をなさらないのですか?」

「本体に内蔵されたニッケル水素電池で動いているから、充電するだけでサイボーグは活動出来るんだよ。中には食事を取るような好事家も居るが、体内で消化吸収される事なく排出されるの様なものだ。味覚の類いも、機能から除外オミットされているしな」

「そう――――だったのですか」


 語る三八谷の言葉に目を伏せ、自動人形オートマタはか細い声で何事か呟いた。爆風と衝撃音で言葉は聞き取れなかったが、彼女のその仕草はまるで罪を悔い改める懺悔の様にも思えた。


「どうでもいいですけど、いつまで戦っているんすかね、あの二人。あと数時間で夜が明けますよ?」

「流石に、夜明けまでには決着するだろう。青年の方は体力が持たないし、サイボーグも充電の必要があるからな。特にサイボーグは生命維持にある程度エネルギーを残す必要があるから、適当な所で切り上げて青年を振り切る算段だろう」

「・・・・・・振り切らせないわ」


 三八谷の言葉を制し、雨皷は紅茶を啜る。


「アイツが負ける筈が無い」

「随分な自信じゃない、署長ちゃん」


 せせら嗤い、沢田は言った。


「それは彼氏自慢? それとも、飼い犬に対する親馬鹿?」

「どちらでもないわ」


 否定。


「アイツは、わたしの手錠なのよ。手錠が、犯罪者を逃す訳ないじゃない」

「素直に騎士とかに例えず、何でそう斜め上の例え方をするのかしらね・・・・・・このガキは」

「そういうお前の発言も、なかなかメルヘンチックで痛々しいけどな。少しは年齢を考えろ」

「何か言った?」

「空耳だろう」


 沢田の殺意の篭もった視線を受け流し、三八谷は湯気を払ってから紅茶を啜った。


「騎士・・・・・・ですか――」

「何か思う所でもあったの? 木偶人形」

「いえ、別に。先程聞いた言葉だったので保存作業をしていただけですよ、らし」

「・・・・・・随分、難しい言葉を知っているじゃない。感心したわ」

「ありがとうございます。辞書を引かずとも意味が分かったのですか。貴女も、容姿とは反比例する教養をお持ちのようで」


 朗らかに嗤い合う二人の様子に、三八谷や張山はおろか人を喰ったような沢田さえも背筋が凍る。


「あ・・・・・・えと、あのサイボーグと一緒だったんすよね? 何か有益な情報とか、持っていません?」


 禍々しい空気に気圧されながら、張山は自動人形オートマタに問う。後ろでは沢田と三八谷が両手を握り締め、無言でその背中を応援していた。


「情報・・・・・・ですか?」


 雨皷から視線を張山へ移す。


「具体的に、どのような?」

「あのサイボーグについて色々知りたい事は多くて切りがないっすけど、これから何処へ逃げるのか・・・・・・それが、一番知りたいです」

「横田にある、米軍基地に行くと言っていました。何でも、古い知り合いが手引きしてくれるのだとか」

「やはり、横田か・・・・・・」

「・・・・・・そう早合点するのは止めた方が良いわ、三八谷」


 納得する三八谷を沢田が制した。


「あなた、自ら進んで向こう側に行ったでしょ? そんなあなたが、易々と情報を渡す筈ないわ。違う?」

「仰る通りですが、この程度の情報は別段秘匿の必要はありません。それに研究所跡地ここに来たという事は、そちらもある程度行き先をご存じだったのではありませんか?」


 自動人形オートマタは語りながらしゃがみ込むと、湯で満たされたポットを火の消えた携行コンロの上に置いて立ち上がる。


「わたしは、この決闘のです。彼にとって不利な情報は渡せませんが、それ以外の情報でしたら別に構いません」

「・・・・・・決闘、ね。単なる殺し合いを美化して装飾する気にくわない言葉」


 雨皷は吐き捨てるように、横から口を挟む。


「騎士道だとか武士道だとか、そんなモノのは男の御為倒おためごかし。結局、男は命を賭けた戦いが好きなのよ。自分が世界で一番強いって事を手っ取り早く証明する為に。だから、アイツだって――」

「それは、当然の欲求です」


 血が滲む程唇を噛む雨皷に、自動人形オートマタは語る。


「種族間の死を孕んだ生存競争は、より強い個体へと進化を遂げる生命の義務。生命の樹に縛られた人間は、殺し合いを避ける事はできません」

「木偶人形の分際で、知った口を――」

「それは、貴女も同じでしょう」


 苛立ちを隠さず声を荒げる雨皷に、平静を保ったまま自動人形オートマタは言った。


「決闘へ赴く殿方の心中など、知りもしないくせに」

「女に分かる訳ないでしょう、そんな事!」


 叫ぶ。

 憤怒と悲哀を孕んだ声で。


「アイツは、暴力と混沌を望んでいる。もしかすると、アフリカへ戻りたいのかもしれない。でもね、わたしは違うのよ。国立市ここを何処よりも安全で暮らし易い市にしたいの。アイツに汚い仕事を押し付ける度に国立市ここはその理想に近付いていくけれど、アイツにとっては居心地の悪い所に変わっていく。わたしの理想が達成された時、アイツはきっと自分が住み易い所を探して、わたしの元から去って行くのよ・・・・・・何も言わずにね」

「・・・・・・騎士というか、傭兵ね」


 静かに雨皷の言葉を聞いていた沢田は、ぽつりと呟いた。

 シガーを咥え、片手でマッチを擦って点火する。


「争いを求めて街から街を渡り歩く、根無し草。誰かに雇われて、生涯飼い犬か道具として生きていく。その生き方は、騎士でもましてや探偵でもないわ。まさに傭兵よ」

「傭兵――」

「何・・・・・・そんな貌で、呆けているのよ」


 呆然と言葉を紡いだ雨皷に紫煙を吹きかけ、沢田は言う。


「偽善じみた台詞を並べ奉って被害者面をするな、クソガキ。傭兵カイブツを作ったのはテメェだろうが」



       ◆◇◆◇◆



 ゲリラや武装グループ、反政府組織といった集団が正規軍よりも劣った装備で戦うという発想は、既に前時代的な思考になって久しい。

 どんなに貧弱な勢力だとしても、投資家にとって旨味のあるモノを一つでも持っていれば、張り巡らされたネットワークを通じて世界中から湯水の如く資金が投与され、正規軍と見間違わんばかりに潤沢な最新鋭装備を扱う事が出来るからだ。


 最初は、アフリカ小国の一地域で起きた独立戦争への某国による軍事介入だった。それをきっかけに、疫病のように幾つもの国を跨いで蔓延った東アフリカ戦争。世間ではインターネット上の小口投資を介した悪意なき第三者の戦争介入、それで集められた資金や企業の出資で雇われた民間軍事会社PMCの大規模且つ非道な作戦展開ばかり大きく取り沙汰されるが、人類史上初めてサイボーグを実戦導入した戦争でもあった事も忘れてはならない。


 生身の人間とほぼ同じ大きさでありながら生身の人間以上の火力を持つサイボーグは、市街地を主戦場とする東アフリカ戦争に於いて実に適した兵器である。

 潤沢な資金源を背景として多国籍軍と反政府連合軍、両陣営に何百何千と配備された彼らは、様々な国や企業、人々の思惑を孕みながら周辺諸国を巻き込み大地溝帯グレート・リフト・バレーに沿って泥沼の戦線を拡大させていった。

 サイボーグによって傷ついた者がサイボーグとなる。重傷を負った兵士達がサイボーグとして生まれ変わり医療施設から再び戦場へ繰り出す光景は、まるで墓地から蘇ったゾンビの群れを彷彿とさせた。今日こんにちでは東アフリカ戦争という正式名称よりも、大地溝帯グレート・リフト・バレー戦線という名の方が知名度がある程、大地溝帯グレート・リフト・バレーに刻みつけられた爪痕は根深く生々しい。


 開発名プラン・コード――リヴィング・サウンド。


 想像以上に大地溝帯グレート・リフト・バレー戦線で苦しめられていた多国籍軍の要請を受け、米軍がヒューストン研究所にて凍結保管されていたプロトタイプ・サイボーグであるジェームズ・アシュトンを強化発展させて生み出した、対サイボーグ用のサイボーグである。


 その能力故に多国籍軍からは笛吹き男パイド・パイパーの通称で呼ばれ、迫り来る機械仕掛けのドブネズミ共を次々と川へ誘き寄せては溺死させてみせた。ほぼ拮抗していた戦況が僅かに多国籍軍側へ傾いたのは、このリヴィング・サウンドの功績が大きい。しかし、それが公式記録として残る事は永久にないだろう。


 公式には決して残せない、隠匿された忌まわしい事実。

 その開発名プラン・コードは忌み名と化し、大地溝帯グレート・リフト・バレーの英雄の名を口にする者は、今日こんにちでは誰一人とて存在しない。


 何故なら。

 彼は、笛吹き男パイド・パイパーであったのだ。


 笛吹き男パイド・パイパーは、報酬を払わぬ無作法者に容赦はしない――



        ◇



「――流石に、サイボーグを常時何体も連れ歩くのは億劫でね。普段は分解した手足を持ち歩いているのだよ。たかが手足とはいえ、ボディーガードとしての性能は十分だからな」


 ずるり、と粉塵から這い出した警備用サイボーグに砂男リヴィング・サウンドはLEDの視線を向けた。


「操るのは、民生品が一番具合が良い。形は画一的でつまらんが、軍用と違って余計なセキュリティが付いていないのは最高だ」


 砂男リヴィング・サウンドは指を鳴らす。

 命令を受信した警備用サイボーグは、そのまま膝を付いて背部ハッチが解放すると、中から五百ミリペットボトル大の筒を迫り出して完全に機能を停止させた。


「お前、何――」

「食事だ。長丁場は腹が減るものだろう?」


 警備用サイボーグから筒を抜き取り、砂男リヴィング・サウンドはそれを背中へ放った。背中で待ち構えていたが筒を絡め取ると、そのまま自身の軀へ取り込んでいく。


「まさかお前、警備用サイボーグそいつの電池を――」

「規格が統一されている、というのは実に素晴らしい事だとは思わんかね?」


 がらん、と砂男リヴィング・サウンドの足下に転がる汚れた筒。恐らくは、奴の体内から排出されたニッケル水素電池モノ


「共食い・・・・・・じゃねぇか――」

「それは貴君等人間も、同じだろう? 貴君も知っているように再生タンパク質などと謳われ巷で安価に流通する人造肉は、家畜などの廃棄動物だけでなく、出荷用臓器とプリオンを含んだ脳を取り除いたクローン人間のを元にして作られた代物だ。クローン人間とはいえ、同じ組成を持つ存在を食する事は、立派な共食いではないかね?」

「だから僕は、人造肉を食べない。それに、組成が一緒なだけで人間とクローン人間は全く別の存在だ。同族を喰らうお前とは違う」

「一緒さ。吾輩とこの無機人形の関係は、貴君とクローン人間の関係によく似ている」


 どういう――と、言葉を紡ぐ前に警備用サイボーグの頭部が開かれ、中から保護液に満たされたカプセルが現れる。

 中には、幾つものケーブルが穿たれた脳が静かに揺蕩たゆたい浮かんでいた。


「この脳は、ただ搭載されているだけのだ。脳としての機能はもはや果たせず、処理はカプセル内部のAIが行う。使用されるボディはサイボーグのものと同じだが、このようなを吾輩はサイボーグとは呼ばん」

「機械に脳を後付け・・・・・・何でそんな面倒な――」

「――戦闘用自立機動兵器禁止条約」


 LEDの刺すような視線。


「人殺しのロボットは未来永劫作る事を許さぬという、偽善の生地スポンジにバタークリームを塗りつけたような条約だ。しかしこの条約は、サイボーグを対象にはしてはおらず、また各国でサイボーグのはっきりした定義は存在しない。例え人間の脳を取り付けただけで、AIで動く無機人形だとしてもサイボーグとして扱われる。後は言わなくても、理解出来るだろう?」

「脳さえくっつけていれば、自動で動く戦車や戦闘機ドローンもサイボーグって訳か・・・・・・」


 ゲスだな、と僕は吐き捨てる。


「識者がどんなに条約違反だと批判しようとも、サイボーグ差別など人権を盾に突っぱねられる――――実によく出来た詭弁システムだと思わんかね? 飾りとなる脳は、臓器牧場で製造されるクローン人間から摘出された脳――これも、実によく出来た再利用システムだ」


 肩を揺らし、LEDを明滅させる砂男リヴィング・サウンド


「それに、脳を機械に接続して動かすよりも、脳を取り付けてAIで動かす疑似人造人間アンドロイドの方が制作費も運用コストも安い。今は警備用として番犬の代わりに使われるのが精々だが、これから先、危険が伴い体力を有する現場は、彼らのような存在に取って代わるだろう。もちろんその代表格たる戦場も、な」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 咲龗子との会話を思い出す。

 会話の中で、撥条ぜんまい仕掛けの少女が屈強な男達を次々駆逐する様は悲劇では無く喜劇と僕は思った。


 御為おためごかしに機械へ脳を乗せ、人間を人質にとって機械同士が殺し合う――――この様も、悲劇ではなく喜劇ではないだろうか。

 結局、戦争はいつの時代も悲劇には成り切れず、出来の悪い喜劇と化すのだ。スプラッターじみたホラー映画のように。


「狂ってるな・・・・・・やっぱ、この世界」

「今更、何を言ってるのだ」


 露出した脳が浮かぶカプセルを手に取り、砂男リヴィング・サウンドは頭部を右へ傾けた。


「狂った世界でなければ、吾輩も貴君も生まれなかっただろう?」


 カプセルを握りつぶす。

 中に入った脳が拉げ、脳漿と保護液が砂男リヴィング・サウンドの右手を汚く染め上げた。


 途端。

 瓦礫の中から這いずる、無数の警備用サイボーグ達。


「そいつら・・・・・・さっき、僕が倒した――」


 言葉を紡ぐ前に、気付く。

 奴は、義手義足を自在に操って見せた。手足に軀が増えただけで、操るにはさほど変わりがないだろう。


 手足が吹き飛ばされユニットが破壊されようとも、笛吹き男パイド・パイパーの笛が止むまで倒れず続く死者の行進。

 死に損ない共の聖楽隊リヴィング・サウンド

 成る程、趣味の悪い開発名プラン・コードだ。


「ったく、死者は終末あさまで寝ていろよ」


 弾倉マガジンを地面へ落とし、鞄から排出されたモノと交換。


「耳栓でもしてさッ!」


 跳躍、同時に絞る引き金トリガー

 吐き出された銃弾が警備用サイボーグの右脚を吹き飛ばし、レールの上に転がせた。


「――仕方がなかろう」


 背後。

 巨大なナイフと化した左腕が、僕へ襲い掛かる。


現世ここが、あまりにも騒々しいのだ」


 回避、中折れ帽が夜空に舞う。


「読まれた!?」


 回避先で電撃銃テイザーを構えた、警備用サイボーグ。

 恐らくは侵入者への警告用の武器であるが、さっき喰らった印象から相当電圧を弄ってある。こちらの動きを止めるには、具合が良いだろう。


 だが。


「止まってやる義理はないッ!」


 古い車両を足がかりに夜空へ飛ぶと、警備用サイボーグを踏みつけた。射出したワイヤーに繋がれた電極がレールへ絡みつき、黒い煙を吐いて感電する。

 無作法に鼻腔へ侵入する、燃えるカーボン・セルロイドの臭いに混じった嗅ぎ慣れぬ焼けた肉の臭い。


 恐らくは、脳髄ひとじちが焼けた臭いに違いない――――僕の脳裏を言葉が掠めたが、大して気になる事でもないので無視をした。


「・・・・・・肉の軀では、そろそろ疲労が隠せなくなってきたのではないかね?」


 言葉の代わりに、銃弾を吐く。


「通常弾・・・・・・ふむ、そろそろか」

「!?」


 弾切れ。

 トラウマ。

 見抜かれるな、弱さを。


「っ――――――――」


 恐怖を唾液と共に飲み込み、線路を滑るように奔る。


「急場で削って造った銃弾だ、数はそう多くない。大した機材で削った物ではないから、一歩間違えば銃身の中で引っかかり暴発する危険性もある。削った分銃弾の径が縮小する為、銃へ回転を掛ける線条ライフリングの恩恵も受けられず、命中率もすこぶる悪い。そんな危なく不安定な銃弾を貴君のような臆病者が、使いこなせるのかね?」


 耳を貸すな。

 鼓動よりもはやく、引き金トリガーを引け。

 気取られるな。

 手の震えよりも強い後退ブローバックを心へ刷り込め。


「所詮――――肉の軀に縛られているようでは、生物の呪縛からは逃れる事は出来んのだよ」


 襲い掛かる、警備用サイボーグ。

 脈動。

 迅速に動ける疾さが欲しい――

 飛散する瓦礫の山の向こうへ微睡む、砂男リヴィング・サウンド

 拍動。


 ――狙い穿てる頑健な瞳が欲しい。


 組み伏せるように太い両手を突き出す、警備用サイボーグ。

 脈動。

 動きを事前に感知出来る器官が欲しい――

 防御に使った鞄がもぎ取られ、何処かへ消え去った。

 拍動。


 ――何にも勝る強靱な腕力が欲しい。


「ほう――」


 感嘆。

 僕が警備用サイボーグが、中空を舞って古びた車両へ激突した。


「その姿、・・・・・・だな」

「ッ!?」


 砕け散る、窓硝子。

 その硝子が、月明かりを浴びて僕の姿を鏡のように映し出す。


 額から突き出た骨質の二角、背部で翻る一対の翼に牙のような棘が無数に生えた両腕。

 飛び散った硝子片でベルトの切れたゴーグル。露わになった金色の双眼が僕を見据えて、獣のような口元がと嗤った。


「肉の軀は捨てきれず、人間を捨てたか・・・・・・先人として、君の異形なる姿を歓迎しよう」

「有り難迷惑だよ、馬鹿野郎ッ!」


 筋肉が発達し続ける左手で硝子を払い、無機質に襲い掛かる警備用サイボーグへ銃弾を叩き込む。


 撃つ度に、軽くなる命。

 それは弾倉マガジンの重さか、僕の身体能力故か。

 手元に残った弾倉マガジンは二つ。一つは七発フル。もう一つは予備に仕込んだ一発のみ。


 だが。

 ポケットの中の尖った感触。

 一つだけ弾が収められた、弾倉マガジン


「まだ、勝機は――――ある」


 迫る警備用サイボーグを足蹴に飛び上がり、翼を広げて滑空する。

 望めば発達し、願えば変体する呪われた軀。残った服と共に己の意志無く皮膚と筋肉を無理矢理引き延ばし、のたうち回るレベルの激痛と共に常識外の身体能力を僕に与えた。


 視界は昼間のように良好。

 軀は研いだばかりのナイフよりも切れが良い。


 警棒を振り回し襲い掛かる別の警備用サイボーグへ銃弾を放ち、遊底(スライド)の後退と同時に弾倉を地面へ落とした。


 交換。


 穿つ僕の瞳は猛禽の瞳。

 目標知覚は肉食獣の域。

 狙いは外さず、真っ直ぐ砂男リヴィング・サウンドの胸部へと――


「――先程、吾輩は言った筈だぞ」


 後退する遊底スライド

 鈍色のカバーが開き露出した薬室チャンバーから、厭な光が迸る。


「ッ!?」


 右腕に鈍い衝撃。

 刹那、軀は中空。


 それが警備用サイボーグの攻撃と気付いた時には、既に手遅れ。

 レールを介して響く、甲高くも鈍い弾倉マガジンの落下音。

 車庫の壁にめり込む、軀と激痛。


「そろそろ夜が明ける・・・・・・幕引きだ、青年」


 数は総勢、六体。

 各々武器を手にし、僕へ迫る。


 咄嗟に、銃口を奴らへ向ける。しかし暴発により破損した銃身と遊底スライドでは銃弾が発射されず、いつもより幾分か軽い引き金トリガーが虚無を割るだけであった。


「――――――――――」


 死んだ、と思った。

 もう駄目だ、と確信した。


 迫る、高速で回転する電動鋸の丸い刃。

 反射的に、投げやりに目を閉じかける。


 結局。

 僕は。

 自己評価さえ――


「――腕、切断しなくて正解だっただろう?」


 須臾。

 吹き飛ばされる、警備用サイボーグ達。

 異形の腕が宙を舞い、鮮血が僕の顔面に掛かる。


「・・・・・・別に、手助けする気はないぞ。お前のを持って来ただけだ」


 どん、と僕の足下へ置かれる鞄。


「俺は運び屋だからな。依頼があれば、何処へだって荷物ブツを運ぶ」

「三八谷・・・・・・さん――」

「それと一つ、伝言を預かっている」


 鞄を拾う僕へ、三八谷は言葉を紡ぐ。


使――――だ、そうだ」

「でも、僕の銃はもう――」

「そんな事、とっくに想定済みだ」


 特殊警棒を握って襲い掛かる警備用サイボーグを残った腕で軽々といなしながら、三八谷は言う。


「もう一つ、お前宛の届け物だ。代金はあの署長から受け取っている」


 突き出した拳を引き戻しながら、三八谷は作業服のポケットにねじ込んだ黒い物体を僕へ向けて放った。

 宙で受け取る。

 一目で分かる銃の部品。


遊底スライド・・・・・・これは、予備の遊底スライド――」

「こいつには、銃身アウターバレルなど内部に一通りの部品が組み込まれている。破損箇所を見る限りそのまま取り替えれば、まだ戦える筈だ」


 二撃目の電動鋸を回避し、回し蹴りで叩き伏せる。


、何発か撃てば暴発するのは目に見えていたから、事前に用意していたんだよ。最悪、腕が吹き飛ぶ事も考えていたが無事で何よりだ。あと、純正品でないことは気にするな」


 言われて気付く。

 長さこそハードボーラーとほぼ同じだが、ボディの色が黒い。


M1911ガバ用の長大遊底ロング・スライドはそれしかなくてな。昔、どこかの物好きな銃鍛冶ガンスミスが制作した競技銃レースガン用の遊底スライドだ。半世紀前の代物だが、規格は問題はないだろう。以前eBayで落としたレアものだが、俺が持っていても使わんからお前にやる」

「三八谷さん・・・・・・」

「礼はいい。早く組み込め。正直、徒空手拳でコイツ等の相手をするのは、かなりキツい。怪我人を少しは労(いたわ)ってくれ」

「いや、そうじゃなくて・・・・・・普通に、僕へ代わりの銃を渡せば良かったんじゃないですか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「がんばれよ」


 それだけ言うと、何事もなかったように三八谷は去って行く。


「逃げやがった・・・・・・」


 僕はそんな三八谷の背中を半眼で見送りながら、慣れない異形の両手で破損した遊底スライドを取り外す。


 良かった。これなら三八谷の言った通り、遊底スライドを取り替えるだけで直ぐにでも使えそうだ。

 咄嗟に誘爆を防ぐ為に弾倉マガジンを外したのが、良かったのかもしれない。もしくは、堅牢さが売りのアメリカ製品が成せる技か。


「まあ、何はともあれ――」


 引き金鍔トリガーガード上部の穴へ、遊底止めスライドストップを差し込む。

 ハードボーラー、復活。遊底スライドの黒とフレーム全体の鈍色が醸し出すツートーン・カラーが実に格好いい。


 見惚れながら鞄を展開し、僕は現れた弾倉マガジン銃把グリップへ仕込んだ。

 遊底スライドを一回後退。

 初弾が装填された事は、右手から伝わる内部の重量移動で分かる。

 眼前には軀を起こし、体勢を整える無数の警備用サイボーグ。

 こちらへ視線カメラを向ける前に、引き金トリガーを引いた。


「っ――――――」


 銃声が、金属音に被る。

 、か。


操り人形マリオネットを繰り出すだけでは満足出来ないか!」


 サイボーグを遮蔽物代わりに、巨大なナイフが僕の胸へ這入る。


「留めは自分の手で――――古い考えだと、嗤うかねッ!?」

「構わないよ、別に」


 僅かに上体を反らしたが間に合わず、鮮血が霧のように吹き出し夜闇に朱い雲を生み出した。


 よかった。

 僕の血は、まだ赤い。


「僕も、直接お前を殺したいからさッ!!」

「良い返事だ、それを迎え撃つこそディーラーだッ!」


 五枚の切り札が闇を舞い、銃弾を阻み手裏剣のように僕を襲った。

 それを機械仕掛けの死人と化した警備用サイボーグで受け止め、引き金トリガーを絞る。


「弾薬が補給出来るようになったからと、素人ビギナーッ!」

「その素人ビギナーが撃った豆鉄砲を何度も喰らったのは何処の誰だよ、ド素人ホーキーポーキーッ!!」


 言葉の応酬に、攻撃の連鎖。

 蝶のようにナイフが舞い、銃弾が夜の帷を駆ける。


「――機関銃でもあるまいし、」


 機械仕掛けの死人を切断して血路を開き、砂男リヴィング・サウンドは吐き捨てる。


「たかだが七、八発程度の装弾数しか持たぬ自動拳銃ハンドガンが連射など出来る訳がないッ!」

「その為の鞄さァッ!!」


 夜空に弾倉マガジンを撃ち出し、宙で交換。

 撃鉄ハンマーに目覚めさせられた雷管ニップルが、火薬パウダーを焚き付け銃弾ブレッドへ仮初めの生を与えた。


――――ッ!」


 嗤う。

 LEDがと。


「百も承知だ、些末な事!」


 巨大なナイフで切断され、軌道を逸らす銃弾。


「カードの交換など、吾輩が赦す訳なかろう!!」

「ディーラーが、ゲームのルールを破るなァッ!」

「ディーラーである前に一人の男なのだよ、青年!」

「意味が分からねぇなァッ!!」

「――意味はあるさ」


 後退ブローバック

 吐き出された薬莢に、砂男リヴィング・サウンドの貌が映る。


「貴君というプレイヤーが、邪魔なのだ!」


 弾く。

 抜け殻を模した銃弾。

 出鱈目な軌道。

 これは疑うまでもなく、


「牽制――――囮かッ!」


 手品師の右腕デコイ

 上に刃を向けたナイフが、鞄を抉るように突き出される。


「鞄さえ奪えば、射撃などォ――」


 ナイフの切っ先が鞄の側面へ触れると同時に、僕は把手とってから汗ばんだ手を放す。

 再び、虚空へ消え去る魔法の鞄。

 刹那。


「!?」


 汽笛。

 レールへの振動。


「まさか――――――」

ハンドはストレート! 手札は全て卓に晒したぞ、青年ッ!!」


 車庫のシャッターを突き破り、こちらへ真っ直ぐ突っ込んでくる古く赤いディーゼル機関車。

 レールを避ければ助かる、なんて生易しいスピードではない。機械仕掛けの死人が操るディーゼル機関車は、レールなど無視して火花を散らしこちらへ減速する事無く迫ってくる。


 衝撃。

 激突。

 そして――――――突貫。


 僕の握り拳が、ディーゼル機関車のボンネットへ

 そのまま、潰れた牛乳パックと化した機関車を突き破った車庫へとぶん投げる。


 爆発。

 炎上。

 やり過ぎた。

 これを工事音というのは、流石に無理がある。


「何と出鱈目なァ――――」


 お互い様だ、それは。

 そっちのやってる事に比べれば、こっちはまだ身体能力の延長線だ。大体、驚愕しながらも戦意を喪失せずにナイフを振るうお前に、出鱈目なんて言われたくない。


「刃物は良いなァ、青年! 弾切れの心配がない!!」

「何を急に――」

「残弾に気付かぬ程、殺し合いの色香に惑わされたか!」


 刹那。

 ガキン、と響く小気味の良い音。

 遊底の溝スリットに、遊底止めスライドストップが填め込まれた音。


「数えてやがったのか、こっちの残弾す――」

「ゲームは終わりだ」


 打ち止めホールド・オープン

 腹部に突き刺さる、鈍色の鉄片。

 赤黒い血が、口腔から吐瀉物のように吐き出される。


「肉の軀にしては、よく粘った。しかし、卓に於いてディーラーが敗北する事など、有り得ないのだよ」

「――そうかい、」


 口角から血泡を飛ばし、僕は口元を緩めた。


「じゃあやっぱり、お前はディーラーじゃあないんだな」


 ポケットから取り出した、銀色の銃弾。それを開いた薬室チャンバーへねじ込み、遊底止めスライドストップを下げる。


「オープニング・ベット――――これが僕の最後の手札だ、化け物ッ!!」


 絞られる、引き金トリガー

 放たれる、破魔の銀弾シルヴァー・ブレッド


――――ッ!」


 貫いた、須臾。


!!」


 歪に膨らみ、爆散する砂男リヴィング・サウンドの軀。


「さあね、単なる厄除けのお守りさ」

お守りタリスマン・・・・・・だとゥッ!?」


 最期の言葉としては、些か滑稽。

 驚愕しながら爆散する砂男リヴィング・サウンド


 崩壊する彼の軀は砂のように崩れる事なく肉と金属を撒き散らし、やがてヘキサカーボンの鎧が砕け、彼の皮膚であった臭気を放つ焼け焦げたカーボンセルロイドが緩やかな動作で砂塵のように流れていった。


「・・・・・・付け焼き刃だと、やっぱりこういう決着になるよな。僕にはまだ、面を点になんて無理だから。肉を切らせて骨を断たなければ、人を捨てた化け物には敵わない」


 本体から千切れた左腕ごとナイフを引き抜き、僕は言う。


「もっとも、少し殺し損ねた・・・・・・けれど」


 眼前。

 邪悪に赤く灯る、警備用サイボーグの双眸カメラ

 その表情は、砂男リヴィング・サウンドに瓜二つ。


 爆散する、刹那の間。

 近くにいた警備用サイボーグの頭部が開いて脳髄ひとじち射出かいほうされ、代わりに爆散した軀から穿たれた砂男リヴィング・サウンドの脳が収まったのだ。


「・・・・・・よもや、たった一発の銃弾でこの軀を失うとは、予想だにしなかった。貴君の思い切りの良さも――――だが、な・・・・・・」


 頭部のハッチを閉じ、軽く首を振りながら砂男リヴィング・サウンドは呻く。

 満身創痍。

 戦力は大幅に削られた筈なのに、奴のブリキの軀から迸る妄執じみた怨恨が、それを少しも感じさせない。


 何故、無機質な機械で在りながらここまで鬼気迫る迫力が出せるんだ、この人は。

 恐怖からでも憤怒からでもない――――純粋なる気迫に、僕の背中は縮み上がる程震え上がった。


「所詮は能力が消えた程度――――吾輩には、何ら問題はない」


 頭を振るい、僕へと視線を穿つ。


「・・・・・・対して、貴君はなかなかに満身創痍のようだ。回復量が尋常でなかろうとも、その傷では役に立たんらしい」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 時間を追う事に、水分を含んで重みを増すシャツ。暗くてよく見えないが、恐らくは綺麗な赤色に染まっているのだろう。


 滴るごとに、意識が遠退く。視界さえも霞んで白み、夢の中に居るようだ。


 夢。

 悪夢――――だろうな、きっと。


「銃ではなく、あの出鱈目な腕力を発揮する両腕を使えば、もう少し浅傷だったのではないかね?」

「今度からは、そうするよ」


 だが、と弾倉脱着マガジン・リリースボタンを押して、地面へ弾倉マガジンを落としながら僕は言う。


「この決着だけは、ハードボーラーこいつで着けたいんだ」

「奇遇だな、」


 最後の弾倉マガジン・リリースを差し込んだ僕へ、砂男リヴィング・サウンドは応える。


「吾輩も同じ事を考えていた」


 刹那。

 かしずいた一人の警備用サイボーグから差し出される、銀色の回転式拳銃リボルバー。鉈を連想させる外観は、銃というより山刀に近い。


「トーラス社のライジング・ブル――――ブラジルは好かん国だが、この芸術品を造った事だけは認めよう。銃はやはり、大口径に限る。他と比べて比較的安価である事も、賞賛に値する業績だ」


 輪胴シリンダーを挟むよう前後に配置された二つの掛け金ラッチを同時に操作し輪胴シリンダーを展開させると、別の傅いた警備用サイボーグが用意した銃弾を一つ滑り込ませた。


「たった一発・・・・・・それでいい。この.454カスール弾が、貴君を肉塊に変える。吾輩へ牙を向けた、他の四人のようにな。だが、安心したまえ。貴君は、吾輩が認めたもっとも優良なプレイヤーだ。彼らとは違い、最大の敬意を払って貴君を葬送しよう」

「大した自信だ」


 遊底止めスライドストップを下げ、迫り上がる遊底スライド

 同時に煙草を口に咥え、蓋を弾いてジッポーで着火する。


「煙草か・・・・・・毒を吸って、何になる」

「憎たらしい平和ピースに火を点けて、じわじわ燃やす為さ。は待ってやったんだ、一本ぐらい吸わせろよ。健康に気を遣う程、デリケートな軀でもないだろう?」


 燻らせた紫煙が、夜の帷を白ませた。

 夢心地。

 やはり僕は、悪夢じごくの中にる。


「・・・・・・ならば、ルールはこちらが決めるぞ」


 何も持たぬ左手から、突如ポーカーチップを一枚取り出し僕へ見せた。


「葬送の鐘が鳴るのは、このチップが地面に叩き付けられた時だ」

「ベタだな」


 先端がまだ灯る煙草を吐き出し、僕は言う。


「だが、分かりやすくて良い」


 握った銃を己の正面へ構えながら。


「・・・・・・気に入ったようで、何よりだ」


 撃鉄ハンマーを起こしながら銃を構え、砂男リヴィング・サウンドは左親指にポーカーチップを載せる。


「・・・・・・貴君に、一つ問いたい」


 砂男リヴィング・サウンドは問う。

 僕の名を聞く代わりに。


「神に出逢ったら、貴君は神に何と言う?」

「別に信心深くはなさそうなのに、面白い質問するな」


 笑う。


「お前が創った世界はつまらない――――僕なら、そう言うだろうね。だって悔しいだろう? 一から十まで面白半分で世界を引っかき回す奴の思い通りになるなんて。色々と理不尽な目に遭い続けた身としては、そのぐらいの冷や水をぶっかけたくなるもんさ」

「そうか――」


 呟き、砂男リヴィング・サウンドは静かに構え始めた。

 瓦解音。


「それだけ聞ければ、十分だ。貴君はやはり、吾輩が屠らねばならん」


 弾かれる、ポーカーチップ。


最終遊戯ワン・ショット・ゲーム――――恨むなよ」


 切っ先で突き合う、山刀と長剣。

 中空を舞うポーカーチップが重なり、月蝕する世界。


 新月。

 ゆっくりとみかづきながら、地面へ堕ちる。

 満月。


!!」

!?」


 刹那。

 撃ち上げられた、閃光。

 鍍金メッキのフェンリールは月に照らされ牙を剥きだし咆哮ほうこうし、白銀の獰猛な雄牛ライジング・ブルが鼻息荒く蹄を蹴り上げた。


 重なり合う、二つの落雷――――そして、チップの落下音。

 交叉する流星の如き銃弾が、闇色の屋戸を閉じ伏せた。


「――なあ、」


 がくりと膝を付き、僕は血泡を吐き出しながら佇む砂男リヴィング・サウンドへ問う。

 握り締めたハードボーラーの先端、照星を中心とした左右の切り込みから覗く銃身バレルに開けられた合計八つの穴から、それぞれ静かに白い硝煙が翼のように立ち上っていた。


「本当にお前、生身の軀に未練ないのか? 僕には――」

「ないな、微塵も」


 否定。佇んだまま、砂男リヴィング・サウンドは宣した。


「クラッカーに、マスタードソースとケチャップ。トッピングは小さく切った六ピースチーズにサラミ」

「・・・・・・何だよ、それ」

「自分でも分からん」


 ブリキの軀が、大きく揺れる。

 ガシャン、とガラクタのようにその場に崩れ伏した。


「だが、このフレーズをどうしても忘れられんのだ」


 途端。

 頭部が開き、蒸気と共にカプセルが姿を現す。

 そのカプセルは一部が砕け、中から保護液と共に脳髄がじわりと染み出していた。


「・・・・・・未練、あるじゃねぇか」


 彼は最期まで、ディーラーであった。

 ポーカーフェイスを崩さず、逝ったのだから。

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