四、『プレーリー・オイスター』その5
鞄を展開。
その間、僅か三秒。
「っ・・・・・・・・・・・・!」
舌打ち。
幾ら何でも――――遅過ぎる。
威力を重視し.45口径弾を採用したハードボーラ等の
ダイ・ハードで有名なベレッタM92Fの装弾数は15発。これは僕が握るハードボーラーの約二倍の装弾数だ。威力こそ
威力を取るか、速射性能を取るか。それは人それぞれ、状況と趣味の範囲であろう。
今、僕の趣味に合致するのは
例え、装弾数が少なくとも。
「デメリットは頭で補う! それしかないッ!!」
軽くなった銃。口を開いた鞄へ突っ込む
「――随分、余裕じゃあァ・・・・・・ないかァッ!」
腕。
脚。
胴体。
縦横無尽、上下左右。
迫り来る、人間の部位を模した凶器。
面では無く立体を対象とした攻撃は、猛獣を捕らえる強靱な檻を連想させた。
――しかし。
「余裕なんだよ、実際ッ!!」
鞄を鈍器に、振り上げ堕とす。
偽りの左足が、架線に激突して火花を上げた。
檻は所詮、檻だ。立体を描いて対象を閉じ込めた所で、格子の隙間から簡単に抜け出す事が出来る。特に猛獣用の大きな檻では、僕のような小さな駒鳥を留めておく事など出来はしない。
僕には今、翼がある。
自在に夜闇を駆ける事が出来る、自慢の翼が。
「地面で這いつくばっている奴にィッ、」
鞄を開く。
鈍色の長大な銃身が、金属の顎から兇悪な顔を覗かせた。
「僕が殺られる訳がないだろうゥッ!!」
鎖を千切るように、絞る
白煙を吐きながら、吠え哮る
穿たれた鉛の牙は
ああ――――もっと、
砂男へ望むだけの銃弾を叩き込める疾さを。
「っ――――」
何回目か忘れた、舌打ち。
翼のおかげで奴のダメージを最小限に留める事が出来るようになったが、相変わらず攻撃が奴に通る事は一向にない。
何発かは当てる事が出来る。しかし、それは全て奴の外部を鎧う軍用の強化外装によって、虚しくも貫通する事なく弾かれてしまう。
状況的には、拮抗している。
しかし、現実には押されている。
何故なら――
「・・・・・・這いつくばる? それは貴君も同じではないか?」
嘲笑を含んだ、LEDの明滅。
「貴君の翼は、空を飛ぶ為の物ではない。あくまでもその高速移動力をサポートするために発達した、謂わば
「余計なお世話だ、この野郎ッ!!」
だが、事実である。
僕の翼では、なんとか飛び上がる事は出来るが、翼を繰り出して思うままに飛び回る事は出来ない。
地面を蹴って浮かび上がり、倉庫の屋根や古びた客車を利用して滑空する。天使や悪魔みたいに格好良く自在に空を駆ける事など不可能。まるで始祖鳥にでも・・・・・・なった気分だ。
「まったく誰だ、〝翼が欲しい〟なんて卒業式にでも歌いそうな歌詞っぽい事を願った奴は!」
何より困るのが、この背中が突っ張る不快な感覚。普段使わない背中の筋肉が発達して翼の構築に貢献しているらしく、動く度にギシギシと危険な悲鳴を上げてくる。きっと明日は、かつて経験した事が無いレベルの筋肉痛を発症し、まともに動く事が出来なくなるに違いない。
「・・・・・・まあ、愚痴ってもしょうがないか」
キリがないし。
取りあえず、何故ご先祖様が翼を生やさない進化を選んだのか、身を持って知れただけでも良しとしよう。
今のところ、それぐらいしか利点はない。
「遊びは止めて、作戦を――――元に戻そう」
懐から、
地面を蹴り、一足飛び。
「面を極限まで・・・・・・・・・・・・点にする、だ」
迫り来る手足を掻い潜り、砂男へ間合いを詰めて
逃す筈の無い、ゼロ距離射程。
「――ほう、」
ぐらりと、揺れる砂男の軀。
「通常弾より威力のある、ホロウポイント弾に変えてきたか。貫通力を犠牲に威力を引き上げたその弾は、強化装甲を持つサイボーグ相手によく効くだろう。悪くないカードを切ったな」
しかし、と軀を痙攣させながら体制を整える。
「この程度で、吾輩の外装は破れんぞ」
「・・・・・・分かってるよ。この程度でお前の装甲が破れたら、ここまで苦労はしねぇ」
間合いを開いて、僕は言う。
「今のは、リトマス試験紙だ」
僕の視線の先にはレザースーツを突き破り、くっきりと外装に刻印されたホロウポイント弾の姿。
それはまるで、壁に激突して潰れた茸を連想させた。
「まずは・・・・・・一発」
ゴーグルを掛け直して、舌舐めずり。
これなら、やれる。
後は、僕の――――腕次第。
「・・・・・・あと一発は、絶対当ててやる」
跳躍。
飛び上がると同時に、己の翼を羽ばたかせる。
満足に飛べぬと、知りながら。
照準。
感覚を研ぎ澄まして、視力を補え。
拍動。
僕には、その力がある筈だから。
脈動。
要は、何処でも当たれば良いんだ。
この鼓動に合わせて――――
「っ・・・・・・・・・・・・!」
外した。
旋回。
翼を操り、迫る左足を躱す。
「やった・・・・・・滞空時間が増えた!」
貌が綻ぶ。
このまま、中空を維持していれば――
「グライダー如きに、やられるものかァッ!!」
右腕。
左足首。
左手。
砂男が放ったそいつらは出鱈目な放物線を描き、狂気を剥き出し凶器を繰り出す。
左手が僕の右脚に喰い込み、右腕が放った銃弾は僕の翼を穴だらけに変えた。
しかし。
「この程度の傷でェッ!」
回復。
突如右脚の肉が盛り上がり左手を吐き出し、翼に刻まれた銃創は刹那の間を置く事なく修復された。
「僕が退く訳ねぇだろう!!」
縮地。
穿たれる刻印。
「そのような貧弱弾が効くかァ!」
仰け反る。
命中。
確認するよりも疾く、第二撃を打つ。
「馬鹿な、このヘキサカーボンが――」
命中。
血飛沫のように舞う、保護液。
「――やはり、ヘキサカーボン強化外装か」
嗤いを噛み殺し、保護液の味を感じながら僕は言う。
「アイツの見立て・・・・・・間違ってなかったようだな」
「見立て――――だと?」
ふらりと軀を揺らし、僕を視界に収める砂男。
頭部を動かす事なく、自身に刻まれた鉛の刻印へ視線を移す。
めり込んだ茸の隙間から、絶えず滲む保護液。
「着弾時に弾丸が拉げて径を大きくし威力を高めるホロウポイント弾。単純に堅い装甲なら、これ以上適した弾はない。そんな強力なホロウポイント弾も中心が窪んだ構造故に貫通力が弱まり、衝撃を吸収する物体には無力。
銃口を砂男へ向けたまま、僕は語る。
「衝撃を吸収する性質のヘキサカーボンは、防弾に打って付けの素材だ。.45口径の銃弾なら、貫通する事さえ適わない。でもな、そんな万能素材にも一つだけ弱点があるんだ。その構造上、ヘキサカーボンは鋭利な物体を防げないんだよ」
「まさか貴君、銃弾を削って――」
馬鹿な、と狼狽える砂男。
当たり前だ。暴発を恐れて普通はやらない。
――そのホロウポイント弾が入った
最初は、少ないホロウポイント弾を水増しをする為かと思った。
――そんな訳ねぇだろ、馬鹿。
面倒くさそうに、否定する。
腐敗し始めた右腕を掻き毟りながら。
――いいかよく聞けよ、一度しか言わないからな・・・・・・
「M500が吐き出した銃弾が普通に貫通したって事は、ヘキサカーボン外装の下に強固な合金の類いは使っていない筈だ。.45口径でも十二分に戦える。お前の頼るイージスの盾は、看破したぞ。ここからは、僕のゲームに付き合って貰う。カードもチップも点数表もない・・・・・・野蛮で泥臭いゲームにな」
「――看破? この程度で看破と言ったか」
己に着弾したホロウポイント弾を抉り取り、砂男は言った。
ひたりひたりと、拉げた銃弾から滴る保護液。
「貴君は、偶然手札が良かったに過ぎない。偶々一回、吾輩からチップを掠め取っただけで、ディーラーを名乗るとは何と
生皮を剥ぐように、レザースーツを毟る。
「まさか貴君は、吾輩がサイボーグの部品しか満足に操れぬつまらん奴だと思っていないかね?」
ケーブル。
髪を解き放つように現れた、ギターのシールドを彷彿させる幾重ものケーブル。
それが奴の体毛のように風に靡き、先端の金属部位がガラガラ蛇のような奇妙な音を周囲へ送る。
「な――――」
現れる、警備用サイボーグ。
その音に操られるような、虚ろな動き。
ゆっくりゆっくりと、数を増やす。
それは何処となく、ロメロのゾンビ映画を連想させた。
「神聖なる決闘に於いて、名乗らぬのはやはり無粋か」
警備用サイボーグを従えながら、砂男は言う。
「吾輩の
「
「さあ、カードは切り直した。願わくば、貴君の手札に吾輩を打ち破る
僕の言葉を無視し、砂男――リヴィング・サウンドは宣する。
まるで、厳かに刑を執行する
◆◇◆◇◆
「・・・・・・よく
湯気が立ち籠める紙コップをしげしげと眺めながら、雨皷は言った。
「敷地ではなく、彼が運び込んでいた物資の中に器具一式がありました。もっとも器具と言っても、携行コンロやティーパックの類いですが」
「サイボーグは食事の必要がないのに、何考えてそんなものを詰め込んだのかしら・・・・・・?」
隣で紅茶を啜りながら、訝しげに沢田は首を傾げる。
「サイボーグは、御食事をなさらないのですか?」
「本体に内蔵されたニッケル水素電池で動いているから、充電するだけでサイボーグは活動出来るんだよ。中には食事を取るような好事家も居るが、体内で消化吸収される事なく排出されるままごとの様なものだ。味覚の類いも、機能から
「そう――――だったのですか」
語る三八谷の言葉に目を伏せ、
「どうでもいいですけど、いつまで戦っているんすかね、あの二人。あと数時間で夜が明けますよ?」
「流石に、夜明けまでには決着するだろう。青年の方は体力が持たないし、サイボーグも充電の必要があるからな。特にサイボーグは生命維持にある程度エネルギーを残す必要があるから、適当な所で切り上げて青年を振り切る算段だろう」
「・・・・・・振り切らせないわ」
三八谷の言葉を制し、雨皷は紅茶を啜る。
「アイツが負ける筈が無い」
「随分な自信じゃない、署長ちゃん」
せせら嗤い、沢田は言った。
「それは彼氏自慢? それとも、飼い犬に対する親馬鹿?」
「どちらでもないわ」
否定。
「アイツは、わたしの手錠なのよ。手錠が、犯罪者を逃す訳ないじゃない」
「素直に騎士とかに例えず、何でそう斜め上の例え方をするのかしらね・・・・・・このガキは」
「そういうお前の発言も、なかなかメルヘンチックで痛々しいけどな。少しは年齢を考えろ」
「何か言った?」
「空耳だろう」
沢田の殺意の篭もった視線を受け流し、三八谷は湯気を払ってから紅茶を啜った。
「騎士・・・・・・ですか――」
「何か思う所でもあったの? 木偶人形」
「いえ、別に。先程聞いた言葉だったので保存作業をしていただけですよ、
「・・・・・・随分、難しい言葉を知っているじゃない。感心したわ」
「ありがとうございます。辞書を引かずとも意味が分かったのですか。貴女も、容姿とは反比例する教養をお持ちのようで」
朗らかに嗤い合う二人の様子に、三八谷や張山はおろか人を喰ったような沢田さえも背筋が凍る。
「あ・・・・・・えと、あのサイボーグと一緒だったんすよね? 何か有益な情報とか、持っていません?」
禍々しい空気に気圧されながら、張山は
「情報・・・・・・ですか?」
雨皷から視線を張山へ移す。
「具体的に、どのような?」
「あのサイボーグについて色々知りたい事は多くて切りがないっすけど、これから何処へ逃げるのか・・・・・・それが、一番知りたいです」
「横田にある、米軍基地に行くと言っていました。何でも、古い知り合いが手引きしてくれるのだとか」
「やはり、横田か・・・・・・」
「・・・・・・そう早合点するのは止めた方が良いわ、三八谷」
納得する三八谷を沢田が制した。
「あなた、自ら進んで向こう側に行ったでしょ? そんなあなたが、易々と情報を渡す筈ないわ。違う?」
「仰る通りですが、この程度の情報は別段秘匿の必要はありません。それに
「わたしは、この決闘の賞品です。彼にとって不利な情報は渡せませんが、それ以外の情報でしたら別に構いません」
「・・・・・・決闘、ね。単なる殺し合いを美化して装飾する気にくわない言葉」
雨皷は吐き捨てるように、横から口を挟む。
「騎士道だとか武士道だとか、そんなモノのは男の
「それは、当然の欲求です」
血が滲む程唇を噛む雨皷に、
「種族間の死を孕んだ生存競争は、より強い個体へと進化を遂げる生命の義務。生命の樹に縛られた人間は、殺し合いを避ける事はできません」
「木偶人形の分際で、知った口を――」
「それは、貴女も同じでしょう」
苛立ちを隠さず声を荒げる雨皷に、平静を保ったまま
「決闘へ赴く殿方の心中など、知りもしないくせに」
「女に分かる訳ないでしょう、そんな事!」
叫ぶ。
憤怒と悲哀を孕んだ声で。
「アイツは、暴力と混沌を望んでいる。もしかすると、アフリカへ戻りたいのかもしれない。でもね、わたしは違うのよ。
「・・・・・・騎士というか、傭兵ね」
静かに雨皷の言葉を聞いていた沢田は、ぽつりと呟いた。
シガーを咥え、片手でマッチを擦って点火する。
「争いを求めて街から街を渡り歩く、根無し草。誰かに雇われて、生涯飼い犬か道具として生きていく。その生き方は、騎士でもましてや探偵でもないわ。まさに傭兵よ」
「傭兵――」
「何・・・・・・そんな貌で、呆けているのよ」
呆然と言葉を紡いだ雨皷に紫煙を吹きかけ、沢田は言う。
「偽善じみた台詞を並べ奉って被害者面をするな、クソガキ。
◆◇◆◇◆
ゲリラや武装グループ、反政府組織といった集団が正規軍よりも劣った装備で戦うという発想は、既に前時代的な思考になって久しい。
どんなに貧弱な勢力だとしても、投資家にとって旨味のあるモノを一つでも持っていれば、張り巡らされたネットワークを通じて世界中から湯水の如く資金が投与され、正規軍と見間違わんばかりに潤沢な最新鋭装備を扱う事が出来るからだ。
最初は、アフリカ小国の一地域で起きた独立戦争への某国による軍事介入だった。それをきっかけに、疫病のように幾つもの国を跨いで蔓延った東アフリカ戦争。世間ではインターネット上の小口投資を介した悪意なき第三者の戦争介入、それで集められた資金や企業の出資で雇われた
生身の人間とほぼ同じ大きさでありながら生身の人間以上の火力を持つサイボーグは、市街地を主戦場とする東アフリカ戦争に於いて実に適した兵器である。
潤沢な資金源を背景として多国籍軍と反政府連合軍、両陣営に何百何千と配備された彼らは、様々な国や企業、人々の思惑を孕みながら周辺諸国を巻き込み
サイボーグによって傷ついた者がサイボーグとなる。重傷を負った兵士達がサイボーグとして生まれ変わり医療施設から再び戦場へ繰り出す光景は、まるで墓地から蘇ったゾンビの群れを彷彿とさせた。
想像以上に
その能力故に多国籍軍からは
公式には決して残せない、隠匿された忌まわしい事実。
その
何故なら。
彼は、本当に
◇
「――流石に、サイボーグを常時何体も連れ歩くのは億劫でね。普段は分解した手足を持ち歩いているのだよ。たかが手足とはいえ、ボディーガードとしての性能は十分だからな」
ずるり、と粉塵から這い出した警備用サイボーグに
「操るのは、民生品が一番具合が良い。形は画一的でつまらんが、軍用と違って余計なセキュリティが付いていないのは最高だ」
命令を受信した警備用サイボーグは、そのまま膝を付いて背部ハッチが解放すると、中から五百ミリペットボトル大の筒を迫り出して完全に機能を停止させた。
「お前、何――」
「食事だ。長丁場は腹が減るものだろう?」
警備用サイボーグから筒を抜き取り、
「まさかお前、
「規格が統一されている、というのは実に素晴らしい事だとは思わんかね?」
がらん、と
「共食い・・・・・・じゃねぇか――」
「それは貴君等人間も、同じだろう? 貴君も知っているように再生タンパク質などと謳われ巷で安価に流通する人造肉は、家畜などの廃棄動物だけでなく、出荷用臓器とプリオンを含んだ脳を取り除いたクローン人間の残り滓を元にして作られた代物だ。クローン人間とはいえ、同じ組成を持つ存在を食する事は、立派な共食いではないかね?」
「だから僕は、人造肉を食べない。それに、組成が一緒なだけで人間とクローン人間は全く別の存在だ。同族を喰らうお前とは違う」
「一緒さ。吾輩とこの無機人形の関係は、貴君とクローン人間の関係によく似ている」
どういう――と、言葉を紡ぐ前に警備用サイボーグの頭部が開かれ、中から保護液に満たされたカプセルが現れる。
中には、幾つものケーブルが穿たれた脳が静かに
「この脳は、ただ搭載されているだけの飾りだ。脳としての機能はもはや果たせず、処理はカプセル内部のAIが行う。使用されるボディはサイボーグのものと同じだが、このような無機人形に脳を後付けしている存在を吾輩はサイボーグとは呼ばん」
「機械に脳を後付け・・・・・・何でそんな面倒な――」
「――戦闘用自立機動兵器禁止条約」
LEDの刺すような視線。
「人殺しのロボットは未来永劫作る事を許さぬという、偽善の
「脳さえくっつけていれば、
ゲスだな、と僕は吐き捨てる。
「識者がどんなに条約違反だと批判しようとも、サイボーグ差別など人権を盾に突っぱねられる――――実によく出来た
肩を揺らし、LEDを明滅させる
「それに、脳を機械に接続して動かすよりも、脳を取り付けてAIで動かす
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
咲龗子との会話を思い出す。
会話の中で、
結局、戦争はいつの時代も悲劇には成り切れず、出来の悪い喜劇と化すのだ。スプラッターじみたホラー映画のように。
「狂ってるな・・・・・・やっぱ、この世界」
「今更、何を言ってるのだ」
露出した脳が浮かぶカプセルを手に取り、
「狂った世界でなければ、吾輩も貴君も生まれなかっただろう?」
カプセルを握りつぶす。
中に入った脳が拉げ、脳漿と保護液が
途端。
瓦礫の中から這いずる、無数の警備用サイボーグ達。
「そいつら・・・・・・さっき、僕が倒した――」
言葉を紡ぐ前に、気付く。
奴は、義手義足を自在に操って見せた。手足に軀が増えただけで、操るにはさほど変わりがないだろう。
手足が吹き飛ばされユニットが破壊されようとも、
成る程、趣味の悪い
「ったく、死者は
「耳栓でもしてさッ!」
跳躍、同時に絞る
吐き出された銃弾が警備用サイボーグの右脚を吹き飛ばし、レールの上に転がせた。
「――仕方がなかろう」
背後。
巨大なナイフと化した左腕が、僕へ襲い掛かる。
「
回避、中折れ帽が夜空に舞う。
「読まれた!?」
回避先で
恐らくは侵入者への警告用の武器であるが、さっき喰らった印象から相当電圧を弄ってある。こちらの動きを止めるには、具合が良いだろう。
だが。
「止まってやる義理はないッ!」
古い車両を足がかりに夜空へ飛ぶと、警備用サイボーグを踏みつけた。射出したワイヤーに繋がれた電極がレールへ絡みつき、黒い煙を吐いて感電する。
無作法に鼻腔へ侵入する、燃えるカーボン・セルロイドの臭いに混じった嗅ぎ慣れぬ焼けた肉の臭い。
恐らくは、
「・・・・・・肉の軀では、そろそろ疲労が隠せなくなってきたのではないかね?」
言葉の代わりに、銃弾を吐く。
「通常弾・・・・・・ふむ、そろそろ弾切れか」
「!?」
弾切れ。
トラウマ。
見抜かれるな、弱さを。
「っ――――――――」
恐怖を唾液と共に飲み込み、線路を滑るように奔る。
「急場で削って造った銃弾だ、数はそう多くない。大した機材で削った物ではないから、一歩間違えば銃身の中で引っかかり暴発する危険性もある。削った分銃弾の径が縮小する為、銃へ回転を掛ける
耳を貸すな。
鼓動よりも
気取られるな。
手の震えよりも強い
「所詮――――肉の軀に縛られているようでは、生物の呪縛からは逃れる事は出来んのだよ」
襲い掛かる、警備用サイボーグ。
脈動。
迅速に動ける疾さが欲しい――
飛散する瓦礫の山の向こうへ微睡む、
拍動。
――狙い穿てる頑健な瞳が欲しい。
組み伏せるように太い両手を突き出す、警備用サイボーグ。
脈動。
動きを事前に感知出来る器官が欲しい――
防御に使った鞄がもぎ取られ、何処かへ消え去った。
拍動。
――何にも勝る強靱な腕力が欲しい。
「ほう――」
感嘆。
僕が捻り潰した警備用サイボーグが、中空を舞って古びた車両へ激突した。
「その姿、怪物そのもの・・・・・・だな」
「ッ!?」
砕け散る、窓硝子。
その硝子が、月明かりを浴びて僕の姿を鏡のように映し出す。
額から突き出た骨質の二角、背部で翻る一対の翼に牙のような棘が無数に生えた両腕。
飛び散った硝子片でベルトの切れたゴーグル。露わになった金色の双眼が僕を見据えて、獣のような口元がニタリと嗤った。
「肉の軀は捨てきれず、人間を捨てたか・・・・・・先人として、君の異形なる姿を歓迎しよう」
「有り難迷惑だよ、馬鹿野郎ッ!」
筋肉が発達し続ける左手で硝子を払い、無機質に襲い掛かる警備用サイボーグへ銃弾を叩き込む。
撃つ度に、軽くなる命。
それは
手元に残った
だが。
ポケットの中の尖った感触。
一つだけ弾が収められた、
「まだ、勝機は――――ある」
迫る警備用サイボーグを足蹴に飛び上がり、翼を広げて滑空する。
望めば発達し、願えば変体する呪われた軀。残った服と共に己の意志無く皮膚と筋肉を無理矢理引き延ばし、のたうち回るレベルの激痛と共に常識外の身体能力を僕に与えた。
視界は昼間のように良好。
軀は研いだばかりのナイフよりも切れが良い。
警棒を振り回し襲い掛かる別の警備用サイボーグへ銃弾を放ち、遊底(スライド)の後退と同時に弾倉を地面へ落とした。
交換。
穿つ僕の瞳は猛禽の瞳。
目標知覚は肉食獣の域。
狙いは外さず、真っ直ぐ
「――先程、吾輩は言った筈だぞ」
後退する
鈍色のカバーが開き露出した
「その銃弾は、暴発する危険性がある極めて危険な銃弾だと」
「ッ!?」
右腕に鈍い衝撃。
刹那、軀は中空。
それが警備用サイボーグの攻撃と気付いた時には、既に手遅れ。
レールを介して響く、甲高くも鈍い
車庫の壁にめり込む、軀と激痛。
「そろそろ夜が明ける・・・・・・幕引きだ、青年」
数は総勢、六体。
各々武器を手にし、僕へ迫る。
咄嗟に、銃口を奴らへ向ける。しかし暴発により破損した銃身と
「――――――――――」
死んだ、と思った。
もう駄目だ、と確信した。
迫る、高速で回転する電動鋸の丸い刃。
反射的に、投げやりに目を閉じかける。
結局。
僕は。
自己評価さえ――
「――腕、切断しなくて正解だっただろう?」
須臾。
吹き飛ばされる、警備用サイボーグ達。
異形の腕が宙を舞い、鮮血が僕の顔面に掛かる。
「・・・・・・別に、手助けする気はないぞ。お前の落とし物を持って来ただけだ」
どん、と僕の足下へ置かれる鞄。
「俺は運び屋だからな。依頼があれば、何処へだって
「三八谷・・・・・・さん――」
「それと一つ、伝言を預かっている」
鞄を拾う僕へ、三八谷は言葉を紡ぐ。
「お守り使ったか――――だ、そうだ」
「でも、僕の銃はもう――」
「そんな事、とっくに想定済みだ」
特殊警棒を握って襲い掛かる警備用サイボーグを残った腕で軽々といなしながら、三八谷は言う。
「もう一つ、お前宛の届け物だ。代金はあの署長から受け取っている」
突き出した拳を引き戻しながら、三八谷は作業服のポケットにねじ込んだ黒い物体を僕へ向けて放った。
宙で受け取る。
一目で分かる銃の部品。
「
「こいつには、
二撃目の電動鋸を回避し、回し蹴りで叩き伏せる。
「あんな銃弾、何発か撃てば暴発するのは目に見えていたから、事前に用意していたんだよ。最悪、腕が吹き飛ぶ事も考えていたが無事で何よりだ。あと、純正品でないことは気にするな」
言われて気付く。
長さこそハードボーラーとほぼ同じだが、ボディの色が黒い。
「
「三八谷さん・・・・・・」
「礼はいい。早く組み込め。正直、徒空手拳でコイツ等の相手をするのは、かなりキツい。怪我人を少しは労(いたわ)ってくれ」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・普通に、僕へ代わりの銃を渡せば良かったんじゃないですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「がんばれよ」
それだけ言うと、何事もなかったように三八谷は去って行く。
「逃げやがった・・・・・・」
僕はそんな三八谷の背中を半眼で見送りながら、慣れない異形の両手で破損した
良かった。これなら三八谷の言った通り、
咄嗟に誘爆を防ぐ為に
「まあ、何はともあれ――」
ハードボーラー、復活。
見惚れながら鞄を展開し、僕は現れた
初弾が装填された事は、右手から伝わる内部の重量移動で分かる。
眼前には軀を起こし、体勢を整える無数の警備用サイボーグ。
こちらへ
「っ――――――」
銃声が、金属音に被る。
やはり、か。
「
サイボーグを遮蔽物代わりに、巨大なナイフが僕の胸へ這入る。
「留めは自分の手で――――古い考えだと、嗤うかねッ!?」
「構わないよ、別に」
僅かに上体を反らしたが間に合わず、鮮血が霧のように吹き出し夜闇に朱い雲を生み出した。
よかった。
僕の血は、まだ赤い。
「僕も、直接お前を殺したいからさッ!!」
「良い返事だ、それを迎え撃つこそディーラーだッ!」
五枚の切り札が闇を舞い、銃弾を阻み手裏剣のように僕を襲った。
それを機械仕掛けの死人と化した警備用サイボーグで受け止め、
「弾薬が補給出来るようになったからと、はしゃぐな
「その
言葉の応酬に、攻撃の連鎖。
蝶のようにナイフが舞い、銃弾が夜の帷を駆ける。
「――機関銃でもあるまいし、」
機械仕掛けの死人を切断して血路を開き、
「たかだが七、八発程度の装弾数しか持たぬ
「その為の鞄さァッ!!」
夜空に
「ハハァ――――ッ!」
嗤う。
LEDがニタリと。
「百も承知だ、些末な事!」
巨大なナイフで切断され、軌道を逸らす銃弾。
「カードの交換など、吾輩が赦す訳なかろう!!」
「ディーラーが、ゲームのルールを破るなァッ!」
「ディーラーである前に一人の男なのだよ、青年!」
「意味が分からねぇなァッ!!」
「――意味はあるさ」
吐き出された薬莢に、
「貴君というプレイヤーが、邪魔なのだ!」
弾く。
抜け殻を模した銃弾。
出鱈目な軌道。
これは疑うまでもなく、
「牽制――――囮かッ!」
手品師の
上に刃を向けたナイフが、鞄を抉るように突き出される。
「鞄さえ奪えば、射撃などォ――」
ナイフの切っ先が鞄の側面へ触れると同時に、僕は
再び、虚空へ消え去る魔法の鞄。
刹那。
「!?」
汽笛。
レールへの振動。
「まさか――――――」
「
車庫のシャッターを突き破り、こちらへ真っ直ぐ突っ込んでくる古く赤いディーゼル機関車。
レールを避ければ助かる、なんて生易しいスピードではない。機械仕掛けの死人が操るディーゼル機関車は、レールなど無視して火花を散らしこちらへ減速する事無く迫ってくる。
衝撃。
激突。
そして――――――突貫。
僕の握り拳が、ディーゼル機関車のボンネットへめり込んだ。
そのまま、潰れた牛乳パックと化した機関車を突き破った車庫へとぶん投げる。
爆発。
炎上。
やり過ぎた。
これを工事音というのは、流石に無理がある。
「何と出鱈目なァ――――」
お互い様だ、それは。
そっちのやってる事に比べれば、こっちはまだ身体能力の延長線だ。大体、驚愕しながらも戦意を喪失せずにナイフを振るうお前に、出鱈目なんて言われたくない。
「刃物は良いなァ、青年! 弾切れの心配がない!!」
「何を急に――」
「残弾に気付かぬ程、殺し合いの色香に惑わされたか!」
刹那。
ガキン、と響く小気味の良い音。
「数えてやがったのか、こっちの残弾す――」
「ゲームは終わりだ」
腹部に突き刺さる、鈍色の鉄片。
赤黒い血が、口腔から吐瀉物のように吐き出される。
「肉の軀にしては、よく粘った。しかし、卓に於いてディーラーが敗北する事など、有り得ないのだよ」
「――そうかい、」
口角から血泡を飛ばし、僕は口元を緩めた。
「じゃあやっぱり、お前はディーラーじゃあないんだな」
ポケットから取り出した、銀色の銃弾。それを開いた
「オープニング・ベット――――これが僕の最後の手札だ、化け物ッ!!」
絞られる、
放たれる、
「ガァ――――ッ!」
貫いた、須臾。
「何だァこれはッ! 貴様一体、吾輩に何をしたァァァァアッ!!」
歪に膨らみ、爆散する
「さあね、単なる厄除けのお守りさ」
「
最期の言葉としては、些か滑稽。
驚愕しながら爆散する
崩壊する彼の軀は砂のように崩れる事なく肉と金属を撒き散らし、やがてヘキサカーボンの鎧が砕け、彼の皮膚であった臭気を放つ焼け焦げたカーボンセルロイドが緩やかな動作で砂塵のように流れていった。
「・・・・・・付け焼き刃だと、やっぱりこういう決着になるよな。僕にはまだ、面を点になんて無理だから。肉を切らせて骨を断たなければ、人を捨てた化け物には敵わない」
本体から千切れた左腕ごとナイフを引き抜き、僕は言う。
「もっとも、少し殺し損ねた・・・・・・けれど」
眼前。
邪悪に赤く灯る、警備用サイボーグの
その表情は、
爆散する、刹那の間。
近くにいた警備用サイボーグの頭部が開いて
「・・・・・・よもや、たった一発の銃弾でこの軀を失うとは、予想だにしなかった。貴君の思い切りの良さも――――だが、な・・・・・・」
頭部のハッチを閉じ、軽く首を振りながら
満身創痍。
戦力は大幅に削られた筈なのに、奴のブリキの軀から迸る妄執じみた怨恨が、それを少しも感じさせない。
何故、無機質な機械で在りながらここまで鬼気迫る迫力が出せるんだ、この人は。
恐怖からでも憤怒からでもない――――純粋なる気迫に、僕の背中は縮み上がる程震え上がった。
「所詮は能力が消えた程度――――吾輩には、何ら問題はない」
頭を振るい、僕へと視線を穿つ。
「・・・・・・対して、貴君はなかなかに満身創痍のようだ。回復量が尋常でなかろうとも、その傷では役に立たんらしい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
時間を追う事に、水分を含んで重みを増すシャツ。暗くてよく見えないが、恐らくは綺麗な赤色に染まっているのだろう。
滴るごとに、意識が遠退く。視界さえも霞んで白み、夢の中に居るようだ。
夢。
悪夢――――だろうな、きっと。
「銃ではなく、あの出鱈目な腕力を発揮する両腕を使えば、もう少し浅傷だったのではないかね?」
「今度からは、そうするよ」
だが、と
「この決着だけは、
「奇遇だな、」
最後の
「吾輩も同じ事を考えていた」
刹那。
「トーラス社のライジング・ブル――――ブラジルは好かん国だが、この芸術品を造った事だけは認めよう。銃はやはり、大口径に限る。他と比べて比較的安価である事も、賞賛に値する業績だ」
「たった一発・・・・・・それでいい。この.454カスール弾が、貴君を肉塊に変える。吾輩へ牙を向けた、他の四人のようにな。だが、安心したまえ。貴君は、吾輩が認めたもっとも優良なプレイヤーだ。彼らとは違い、最大の敬意を払って貴君を葬送しよう」
「大した自信だ」
同時に煙草を口に咥え、蓋を弾いてジッポーで着火する。
「煙草か・・・・・・毒を吸って、何になる」
「憎たらしい
燻らせた紫煙が、夜の帷を白ませた。
夢心地。
やはり僕は、
「・・・・・・ならば、ルールはこちらが決めるぞ」
何も持たぬ左手から、突如ポーカーチップを一枚取り出し僕へ見せた。
「葬送の鐘が鳴るのは、このチップが地面に叩き付けられた時だ」
「ベタだな」
先端がまだ灯る煙草を吐き出し、僕は言う。
「だが、分かりやすくて良い」
握った銃を己の正面へ構えながら。
「・・・・・・気に入ったようで、何よりだ」
「・・・・・・貴君に、一つ問いたい」
僕の名を聞く代わりに。
「神に出逢ったら、貴君は神に何と言う?」
「別に信心深くはなさそうなのに、面白い質問するな」
笑う。
「お前が創った世界はつまらない――――僕なら、そう言うだろうね。だって悔しいだろう? 一から十まで面白半分で世界を引っかき回す奴の思い通りになるなんて。色々と理不尽な目に遭い続けた身としては、そのぐらいの冷や水をぶっかけたくなるもんさ」
「そうか――」
呟き、
瓦解音。
「それだけ聞ければ、十分だ。貴君はやはり、吾輩が屠らねばならん」
弾かれる、ポーカーチップ。
「
切っ先で突き合う、山刀と長剣。
中空を舞うポーカーチップが重なり、月蝕する世界。
新月。
ゆっくりと
満月。
「ッ!!」
「っ!?」
刹那。
撃ち上げられた、閃光。
重なり合う、二つの落雷――――そして、チップの落下音。
交叉する流星の如き銃弾が、闇色の屋戸を閉じ伏せた。
「――なあ、」
がくりと膝を付き、僕は血泡を吐き出しながら佇む
握り締めたハードボーラーの先端、照星を中心とした左右の切り込みから覗く
「本当にお前、生身の軀に未練ないのか? 僕には――」
「ないな、微塵も」
否定。佇んだまま、
「クラッカーに、マスタードソースとケチャップ。トッピングは小さく切った六ピースチーズにサラミ」
「・・・・・・何だよ、それ」
「自分でも分からん」
ブリキの軀が、大きく揺れる。
ガシャン、とガラクタのようにその場に崩れ伏した。
「だが、このフレーズをどうしても忘れられんのだ」
途端。
頭部が開き、蒸気と共にカプセルが姿を現す。
そのカプセルは一部が砕け、中から保護液と共に脳髄がじわりと染み出していた。
「・・・・・・未練、あるじゃねぇか」
彼は最期まで、ディーラーであった。
ポーカーフェイスを崩さず、逝ったのだから。
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