四、『プレーリー・オイスター』その3

 クラッカーに、マスタードソースとケチャップ。トッピングは小さく切った六ピースチーズにサラミ。


 ピザに似ているでしょ、と彼女は笑って吾輩わたしに言った。違うところはピザと違って胃袋を圧迫せず、その分胃袋の許容量をアルコールに割ける。またトルティーヤ・チップと違って、見た目も良く手が汚れにくいのも良い。その手軽さと安さも魅力的だ。だから彼女とアルコールを飲み交わす時は、いつもこのオードブルだった。


 昔の話だ。

 遠い、学生時代の記憶。

 しかし、堪らなく懐かしくなる。


 味覚を失ってから、ずっと――



 ――砂塵が、昼間に浮かぶ星のようで。



 最期に自分の眼球で見た景色は、この世のモノとは思えぬ景色だった。美しくて、夢のようで、吾輩わたしは人間として最期の涙を流した。

 デジタルの視界。目覚めた時広がっていたのは、無機質に0と1で構築された世界であった。



 ――君は運が良い。



 軀の三分の二を失って、まだ生きているのだから――そう、麦稈むぎわら帽子の女に言われた。でもこのままだと死んでしまうよ、とも。軀に繋がれた無数の配線。多分、この軀を生かし続ける為の配線だろう。まるで鎖のようだと、吾輩わたしは思った。



 ――どうせ死ぬなら、生まれ変わってみないかい?



 このままでは、万が一生き続けたとしても一生ベッドから起き上がれないだろう。彼女を抱く事さえ出来ない。


 是非も、無し。

 もう一度彼女をこの手で抱きしめられるのであれば、喜んでフランケンシュタインの怪物になろう。吾輩わたしがどんな姿になろうとも、彼女はきっと自分を温かく迎えてくれる。


 きっと――



 ――良い心がけだ。直ぐにスタッフを集めよう。



 踵を返す、ヒールの音。

 デジタルの世界の中で、麦稈帽子の女が笑う。その吊り上がった彼女の口元は、まるでファウスト博士と契約を取り付けたメーフィストフェレスを連想させた。



 ――君で九人目だ。その意味、分かるだろう?



 薄れる意識と、無影灯の灯。

 無事目覚めたとしても、きっと景色はデジタルのまま――



 ――人類はついに不老不死の夢へ、現実の手を伸ばしました。



 女の不吉な予言は外れ、吾輩わたしのサイボーグ化手術は成功に終わった。


 脳以外の部品を全て機械化した人類初のサイボーグとして、ネイチャーなどの科学雑誌とテレビやネットを賑わせたが、その賞賛は全て吾輩わたし自身ではなく吾輩わたしの執刀を担当した研究チームへ注がれていた。

 別に吾輩わたしは構わない。吾輩わたしはまるで他人事のように、研究成果を報じるメディアをデジタルの景色から眺めていた。しかしどのメディアを見回しても、そのメンバーの中にあの白衣の女の名前は一切報じられていなかった。


 あの女が一体何者であったのか、ただの実験体モルモットである吾輩わたしには到底知りようがない。もしかすると彼女は、本当に不老不死を授ける為に地獄からやってきたメーフィストフェレスなのかもしれなかった。


 術後の微調整が終わり、吾輩わたしはヒューストンにある研究所を抜けて再び軍に復帰した。新たな上官からは空軍に新設された特殊部隊へ士官待遇での配属だと聞いており、きっと米国陸軍以前の職場よりは高い給料を望めるだろう。余裕が出れば、趣味のカード遊びも以前より遣り易くなるかもしれない。給料が良ければ、きっと彼女も目くじらを立てない筈だ。


 彼女。

 学生時代からずっと一緒だった彼女。

 吾輩わたしの愛する妻。


 こんな軀ではもう君とセックスは出来なくなってしまったが、万が一の為に精子バンクへ吾輩の精子を預けてある。子供を作って郊外へ家を買い、家族でつつましく暮らそう。



 ――ごめんなさい・・・・・・ジェームズ。



 会いたかった。

 君を夢に見ない日はなかった。

 抱きしめたい。



 ――わたしは、貴方のその姿を直視出来ない。



 その為に。

 その為だけに。

 自分は、メーフィストフェレスと契約したのだ。



 ――こんな事・・・・・・言いたくないけれど。



 愛している。

 この思いは変わらない。


 少女趣味な骨董人形ビスク・ドールを集めるのが好きで、学内の図書館に一人篭もって古典を読みながら空想に耽るのが好きで、料理が上手くて小さな事に何でも気が利いて、戦争が嫌いで軍に志願した吾輩わたしを最後まで責め続けて、それでも最後の最後は賛成してくれて――



 ――わたしにとっての貴方は、もう亡くなってるのよ。



 愛しているんだ。

 今も変わらず、ずっと。

 デジタルの視界の中で。



 ――何をしているの、貴方・・・・・・それは、わたしの人形よ!?



『――何を言っている? 彼女の何処が人形だというのだ』


 だから、



 いい加減その口を閉じるんだ。

 薄汚い、肉の軀ビスク・ドールめ。



        ◇



 ――覚醒。


 糸の途切れたマリオネットのようだと、自動人形オートマタは思った。

 自動人形オートマタである自分をマリオネットに例えるとは、随分とジョークも上手くなったものだと感心する。


「・・・・・・何処か、具合でも悪いのかね?」

「いえ――――別に。少し、記憶の保存を行っていただけです」


 首を横に振り、否定。


「そうか・・・・・・それなら、良い。これからは永い時を二人で幸せに暮らすのだ。何でも遠慮せずに吾輩に言ってくれ」

「お気遣い、有り難うございます」


 ところで、と自動人形オートマタは辺りを見回した。

 薄暗い、古びた倉庫のような広い場所。地面には幾重にも線路が敷かれ、彼女が親しんだ車両が錆だらけの外観を晒している。


 その車両を往復する、ブルーを基調としたブリキの警官じみた無数のロボット。しかしロボットで有りながら、僅かに人間の気配がする。眼前の男と外観が違うが、恐らくは彼と同じサイボーグという存在なのだろう。誰一人言葉も発せず、黙々と機械的に与えられた作業をこなしていた。


「彼らは何故、貴方の言う事を聞くのでしょうか?」

吾輩が命じたからさ。あの女も、張りぼての割にはなかなか役に立つ。つまらんとはいえ、これだけの数が居れば当分調達に難儀する事は無さそうだ」

調・・・・・・ですか」


 倉庫の奥に視線を向ける。

 そこには、ブリキの警官によって整頓された無数の鋼の手足が、理路整然と並べられていた。


「ああ。メイベルに頼んで此所に保管していた数では、足りないかもしれないからな」


 並べられた手足を撫でるようにLEDで照らしながら、サイボーグは言う。


「退屈ではないかね?」

「いえ。とても興味深い経験をさせて頂きましたから」


 目を伏せ、自動人形オートマタは首を振った。


「興味深い・・・・・・か。成る程、目覚めたばかりの姫君には新鮮なモノばかりかもしれんな」


 肩をすくめるとおもむろに懐からトランプを取り出し、札を宙にアーチ状へ放ってシャッフルする。


「出立しないのですか? エンジンの暖気は、先程終わったのでしょう?」

「今動くのは得策ではない」


 札をアコーディオンのような強弱を付けながら素早く繰り出し、サイボーグは言った。


「搬入に思った以上の時間を消費したが、トラブルらしいトラブルもなく作業は滞りなく進んでいる。街中で追っ手に遭遇しなかった事を鑑みるに、恐らく連中はある程度こちらの動きを把握した上で泳がせているとみて、間違いないだろう」


 LEDを明滅させながら、サイボーグは語る。


「このまま出て行けば、間違いなく貴重な機関車を失う事になる。連中は、機関車の破壊を真っ先に優先する筈だからな。故にここで連中を迎え撃つ準備をしていた方が得策なのだよ」

「それで・・・・・・この倉庫から、わざわざ別の場所に機関車を移動させたのですか」


 自動人形オートマタは視線を線路へ向ける。つい先程まで、そこには古びた赤いディーゼル機関車が停車していた。連結させる客車を此所に残して機関車だけを移動させた事に疑問を感じていたが、それもこのサイボーグの作戦の一つであったらしい。


「・・・・・・客車は此所に幾らでもあるが、機関車はあのディーゼル機関車一両のみだ。客車を失った所で大したことは無いが、機関車を失えば損害は計り知れない。流石の吾輩でも、姫君を伴って横田まで歩いて行くのは骨が折れるからな」


 サイボーグは自動人形オートマタを見て笑う。無表情で有る筈の彼の顔は、どこか朗らかであった。


「そうですか・・・・・・わたしは、てっきり――――彼の事を貴方が待っているのかと思いました」

「もちろん、それも理由の一つではある」


 肯定。


「彼はまだ、自分の力を上手く使いこなせては居ない。そのままでは単なる役無しハイカードだが、たった一枚カードを取り替えるだけでストレートに変わる未知の力を秘めている――だからこそ、吾輩は卓を挟んで戦いたいのだよ。自分の全力を出し切ってな」


 シャッフルを止め、札を扇状に広げながらサイボーグは問う。


「君も、見たいのだろう? 彼の全力というモノを。だからこそ吾輩と共にあの場を去った・・・・・・違うかね?」

「少し・・・・・・違いますね」


 扇状の展開された札をランダムに五枚抜き取り、自動人形オートマタは言った。


「わたしは、どちらでも良かったのです。貴方様に従おうと彼に従おうと・・・・・・あの金切り声の小姑に従おうと、わたしは一切構わないのです。誰の手に渡っても一切変わる事なく、常に以前と変わらぬ同じ表情を浮かべる――――人形とは、得てしてそういう存在で御座いましょう?」


 くすり、と笑う自動人形オートマタの顔が、作業用の簡易照明に照らされ艶やかに映える。その人形だけに許された怖気立つ程の妖艶さに、サイボーグはしばし言葉を失った。


「・・・・・わたしには、久遠の刻を生き続けるという制作者に与えられた命題があります。その命題を正常に果たせるのであれば、誰に付き従っていても問題はありません」

「久遠の刻・・・・・・姫君は不老不死を願って、造られたのだな」


 だからこその永久機関か、とLEDを細く照らしサイボーグは呟いた。


「いいえ、不老不死は目的では無く手段にしか過ぎません。わたしの目的は、人間が滅び去ったこの世界の次の支配者へ〝人間〟という存在の〝記憶〟を引き渡す事です。人間とは何か、どうして滅んだのか、善であったのか悪であったのか――――その全てを記憶し記録し、引き渡す。わたしは、その為に稼働し続けるです。全ての人間が滅び去った、その後も」

「人間が・・・・・・居なくなった世界か」


 敗れた天井から覗く夜空を見上げ、サイボーグは言った。


「随分と、酷な運命を背負ったものだな・・・・・・」

「わたしは、そうは思いません。わたしには一人、〝終わり〟というモノが来た時、是非ともお目に掛かりたい方が居りますから」

「誰だね? その幸運な者は」

「俗に、神様と呼ばれている方です」


 目を見開くようにLEDの灯を大きくするサイボーグを気にする様子も無く、自動人形オートマタは語り続ける。


「この世界を創ったの方に、一度お目に掛かりたいのです。普段は会えませんが、きっと世界の終わりが来たら次の支配者を決める為にやって来るでしょうから。その時、是非とも言ってみたい言葉があるのです」

「言葉・・・・・・?」


 サイボーグの返しに、無言で頷く自動人形オートマタ


「貴方の創った世界は、とてもつまらなかった――――そう、面と向かって言うつもりです。これは、誰の命令でもありません。その時見せる彼の方の表情をわたしの記憶として蒐集するのが、わたしの愉しみなのです」

「随分と、スケールの大きな趣味だな。吾輩には想像が付かん」


 札を抱きながら目を伏せ語る自動人形オートマタに、サイボーグは問う。


「・・・・・・ところで、その人間に終わりが訪れた世界に、我々サイボーグは果たして残る事が出来るのかね?」

「どうでしょうか。そもそも人間が滅びる事など、当分の間は有り得るとは思えません。あの凄惨な二回もの大戦ですら、人間は乗り越えてきましたから」

「当時を知っている姫君が言うと、真実味も一入だな」

「それは違います」


 首を横に振る。


「わたしの制作者であるヨーゼフ・ゲーテル氏のように、故郷が業火に包まれ家族が目の前で死に絶える様を直接見た事のないわたしは、結局客観的な一般論しか述べる事は出来ません」

「そうか――」


 天井から自動人形オートマタに視線を移して、サイボーグは思考した。


 メイベル・ノウマン中佐から与えられた資料により、自動人形オートマタの大まかな出自は知っている。

 この自動人形オートマタは戦渦に巻き込まれ亡くなった自分の妻に似せ、彼女がその身に宿し悲劇によって生まれる事が叶わなかった娘を象って制作されたらしい。


 そのような出自を持つ彼女に、人類の終焉を見届けさせる宿命を与えたヨーゼフ・ゲーテルという男、天才か紙一重の――


「いや、魔法使い・・・・・・だったな」


 独り言ち、札を五枚引いた。

 現れたのは四、六、七に絵札はQとKが一枚ずつ。紋標スートは全てスペードで統一されていた。


「フラッシュですね、おめでとうございます」

「一度で揃うとは、運が良い。さて、姫君は何枚札を交換する?」

「いいえ、このままで結構です」


 札を開く。

 現れたのは、Aが四枚に八が一枚。紋標スートはそれぞれ、スペード、ダイヤ、クローバーが一枚ずつ、ハートのみが二枚であった。


「フォー・オブ・ア・カインド・・・・・・」

「わたしの役の方が、勝っていたようですね」

「仕組んでいたのか?」

「見ていただけです。貴方がカードをシャッフルする時、何処にどの札が差し込まれていたのかを記憶しながら」

「記憶・・・・・・か――」


 LEDで足下を照らしながら、サイボーグは呟いた。


「反対に、吾輩は忘れていくようだ・・・・・・最近は、好物の味すらも思い出せん。もっとも――――思い出したところで、この軀では口にする事は出来ないが」

「クラッカーに、マスタードソースとケチャップ。トッピングは小さく切った六ピースチーズにサラミ・・・・・・でしたか?」


 息を呑むように、LEDの光源を呑むサイボーグ。


「何故・・・・・・それを――」

「わたしに触れた人間の記憶は、わたしの記憶として保存されるのです。その記憶を動力に、クラインボトル・エンジンは動く。つまり、保存する対象が潰えた時がわたしの最期・・・・・・」


 それは託宣のようで、



「わたしは、全てを記憶する者――――いずれ訪れる人間全ての久遠の睡りに備えて」



 残酷な宣告でもあった。



       ◆◇◆◇◆



「――ねぇ、」


 駐車場へ向かった三人を追って射撃場を後にする僕の左袖を咲龗子が掴んだ。


「どうして、かばったのよ? わたしの事」

「別に、庇っちゃいないさ。時間がないってのに、ただの私怨で話が横道に逸れるのを防いだだけだよ」


 左手で握った鞄に視線を落としながら、僕は言う。


「そうやって落ち込むなよ、お前は偉そうにしてればいい。汚れるのは僕の仕事だ。お前の仕事は、飼い犬が泥だらけで帰ってきたらタオルか何かで拭ってやる事さ」

「尻拭いしろって事? その手には乗らないわよ」


 バレたか。

 僕は無言で肩をすくめ、歩き出す。

 しかし、袖から咲龗子の手が離れない。


「アンタは――――潭澤 澪は、どうして無駄に・・・・・・強いのよ。あのサイボーグに滅茶苦茶やられて、冷血年増呪詛人形に見放されて、それでも折れないで戦いに征こうとする。どうして、そうやって平気でいられるのよ・・・・・・」

「僕が探偵だから――――じゃあ、納得しなさそうだな」


 肯定の代わりに、袖が一層引っ張られる。


「正直・・・・・・かなりヘコんでるよ、僕も。戦場とか殺し合いとかそういうの――――結構、舐めていた。冷静に考えてみれば、去年の冬に事調人オプの国家資格取って探偵になってからの荒事といえば、お前に付き合って暴力団を一つ壊滅させたぐらいだし。裏の世界、知った気で全然知らなかった事を・・・・・・たった数時間で、変態四人に濃縮果汁還元レベルで叩き込まれた。それでヘコまない訳、ねぇだろう・・・・・・情けないけどさ――」


 思い出しただけで、はらわたが煮えくり返ってもつ鍋になりそうだ。

 自分の愚かさと、サイボーグの理不尽な強さと、あの自動人形オートマタの蔑んだ声に。


 まったくお前等全員、過大評価し過ぎなんだ。僕の事。


「でも、僕は探偵なんだ。探偵は常にハードボイルドで、シニカルなニヒリストで――――何よりも、格好良くなくちゃいけない。だからヘコむ事は許されない。推理以外で悩むのは、探偵の仕事じゃあないからね。だから、強くないけど強がらなきゃいけないんだ、探偵ってのは」


 袖を掴んだ手を右手で包む。

 胸と違って細く華奢な、冷たい手。

 冷え性ってのは、本当らしい。


「――まあ・・・・・・そんなものは建前で、本音は意地だけどね」

「どういうこと・・・・・・?」


 不思議そうに問う咲龗子に、僕は頷いて答える。


「だって、依頼人を救えない探偵なんて、格好悪いじゃないか」



       ◆◇◆◇◆



「――なあ、夏江」


 ワゴンのドアに手を掛けた沢田に、後ろから三八谷が声を掛けた。


「何よ、社長って呼ばないと処刑するわよ」

「さっきの、幾ら何でもなかったんじゃねぇのか?」

「説教? それとも遺言?」

「どっちでもねぇよ」


 後頭部を掻き毟りながら、三八谷は小さな張山へ視線を向ける。

 張山は駐車場から離れた場所に設置された自販機で、大量の小銭に四苦八苦しながら人数分の缶コーヒーを購入していた。


「・・・・・・今は俺以外、誰も聞いていねぇんだ。少しは本音を言っても、罰は当たらねぇぜ」

「気にくわないのよ」


 ドアノブから手を放し、沢田は言った。


「普段天辺で偉そうにしているくせに、いざ自分が汚れるような事態が起きると急に裏返って〝少女〟になる態度がね」

「仕方がないだろう、それは。女子高生は、正真正銘〝少女〟なんだから」

「女子高生が署長やってるから、言ってるのよ。これがクラスで雄に媚びを売ってる雌犬だったら、ここまで苛つかないわ」


 嘆息。

 沢田は眉間に皺を寄せ、髪を掻き毟る。


「まあ・・・・・・大人げない事は、分かってる。こんな安全で綺麗な高級住宅街で暢気に暮らしている事や、彼女の〝若さ〟に嫉妬していないといえば、嘘になる。そういうの全部引っくるめて、気にくわないのよ」

「成る程」


 ドアノブを引き、三八谷はワゴン車のドアを開け放つ。


「安心したぜ、やっぱお前もちゃんと人間だったんだな」

「何だと思っていたのよ、人の事」

「金にしか興味の無い、薄情者と思っていたよ」


 けれど、と口元を綻ばせて三八谷は言った。


「そんな奴だったら、そもそも運び屋なんてやんねぇか」

「当たり前でしょ、馬鹿」

「でもな、歳も歳なんだから人間の好き嫌いぐらい直せよ。まったく、年齢さえ度外視すれば、お前も人の事言えない成長しきらなねぇ〝少女ガキ〟じゃねぇか」

「うっさい」


 ワゴン車に乗り込みながら言葉を紡ぐ三八谷に、口を尖らせ拗ねるように沢田は応える。


「大人になる事に、年齢を重ねる事は関係ないのよ」



       ◆◇◆◇◆



 月が、顔を出した。


 吹き荒ぶ夜風が雲を払い、丑三つの空に明るさを取り戻す。

 遠くで響く、エンジン音。

 周囲を当てもなく探し回るのでは無く、真っ直ぐこちらへ向かう音。


「――そろそろ・・・・・・か」


 札を切っていたサイボーグはその手を止め、古びた座席から立ち上がった。


「征かれるのですね」

「ああ――――卓の準備は万端だ。チップはきちんと色分けしてトレイへ収め、繰る札はキャラメル包装を解いたばかりの新品。卓に敷かれたマットの手触りも完璧だ。これでいつでも心置きなく、プレイヤーを迎え撃つ事が出来る」


 佇む自動人形オートマタへ山札を手渡し、サイボーグは言う。


「持っていてくれ。久遠を生きる姫君にとっての吾輩は取るに足らん定命の存在かもしれんが、吾輩にとって姫君はたった一人の姫君なのだ」

「先程の言葉・・・・・・ですが、続きがあります」


 山札を受け取りながら、自動人形オートマタは言う。


「わたしはどちらでも構わない――――それは、確かに事実です。しかし記憶する者としてではなく、カタリナ・ツー・マキナ=クラインボトル一個人としてであれば、わたしは彼・・・・・・潭澤 澪の側に居たいと思っております」

「やはり・・・・・・そうか――」


 動じもせず苛立つ訳でも無く、淡々とした口調でサイボーグは呟いた。


「ならば、余計に・・・・・・負けられんな」

「――ジェームズ・アシュトン様」


 降車するサイボーグの足が、ぴたりと止まる。


「何だね?」

「ご武運をお祈りしております」

「そういう言葉は、彼に掛けて遣ってくれ」


 車両から飛び降り、地面へ着地。車両に残った自動人形オートマタを見上げ、サイボーグは口を開いた。


「彼の何処が、気に入ったのかね?」

「わたしに――――似ていると・・・・・・思ったのです。人間を自動人形オートマタに例えるなんて、自分でもおかしいとは思いますが。ましてや、感情ではなく蓄積した記憶によって喜怒哀楽を表する自動人形オートマタともなれば、尚更・・・・・・」

「確かに、おかしいな」


 苦笑するように点滅するLED。


「しかし、惚れるには十分な理由だ」


 サイボーグは踵を返し、自動人形オートマタへ背を向けた。


「吾輩の本名なまえを呼んだ事、感謝する」


 一歩、鉄の足音が響く。ブリキの警官が作業を止め、一斉に整列を始め道を作った。


「姫君の純潔の言葉は、どの花束にも勝る。その白き言葉に誓い、馬上試合トーナメントへ赴く騎士の如き勝利を姫君に確約しよう」


 眼前。

 二つの強い灯が、デジタルの世界を白ませる。

 まるでそれは、昼間に浮かぶ星のようで。


 サイボーグは訳もなく、硝子の瞳から可干渉性の光を零した――

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