四、『プレーリー・オイスター』その2

 深夜。


 時刻は、二時半に差し掛かろうとしていた。

 大学通りを国立駅方面へ歩む、二つの影。

 男と女――――もしくは、サイボーグと自動人形オートマタ。車線を気にせず、憚る事無く中央を静かに歩む。


 悠々と。

 それはまるで、凱旋のようであった。


「つまらん街だな・・・・・・ここは」


 歩みながら、くぐもった声でサイボーグは周囲をそう評した。


「まるで、気味の悪いジオラマを歩いているようだ。この時刻に人気が無いのは誰かの計らいだと考えて百歩譲ったとしても、街自身に精気が感じられないのが気に障る。小綺麗な外見に中身が伴っていない。まさかとは思うが、この街一帯が巨大な撮影所というオチはないかね? トゥルーマン・ショーのように」

「トゥルーマン・ショー?」

「古い映画だよ。知らんのかね?」


 サイボーグの問いに、自動人形オートマタは首を横に振る。


「存じません。映画館は坊ちゃんとよく訪れていたので、ある程度の知識はあるのですが。恐らく、わたしが眠った後に封を切られた映画なのでしょう」

「そういえば、姫君が目覚めたのは先刻だったか。それまでは、この国の屋敷跡にあった地下の隠し部屋でと、メイベルの資料に書いてあったな」

「メイベル・・・・・・様、ですか。お仲間ですか」

「戦友だ」


 自嘲気味にLEDを明滅させ、サイボーグは言った。


「具体的には、第二十六アメリカ空軍空挺機甲部隊で共に大地溝帯グレート・リフト・バレーを荒らし回り、資源と配当目当てに企業や投資家が差し向けた民間軍事会社PMCやら現地ゲリラ、果ては某国から武器供与されて粋がった反政府組織を徹底的に殺し尽くして、咎人共の屍で大地溝帯グレート・リフト・バレーが埋まる程の屍山血河を築き上げた仲だな」

「軍人・・・・・・だったのですか」

「怖いかね?」


 問われ、再度首を横に振る自動人形オートマタ


「戦いは人間の性であると、記憶しております。軍人ともあれば、尚更でしょう」

「そうか・・・・・・」


 呟き、遠くを見るようにLEDを空へ向けた。


「もし――――その戦友を吾輩が手に掛けた、と言ってもかね?」

「はい」


 頷く。


「わたしには、一切関係のない事ですから」

「道理だな」


 笑う。


「彼女は〝他人とは違う特別な自分〟を他者へ証明する為に魔法きみを欲し、肉の躯を捨てサイボーグとなった。まるで、この街のごとき張りぼてのような女だったよ。自身のエゴの為に姫君を国へ献上し、ガラスの檻へ未来永劫閉じ込めるなどという所業――――断じて、赦せるものではない」

「それで・・・・・・殺したのですか」

「ああ、大変だったよ。実戦を経験した軍用サイボーグを相手にするのは流石に骨が折れる。僅かに遅れていれば、今姫君を連れているのは彼女であったかもしれん」


 そう語るサイボーグの口調に、メイベルと呼ばれた女性への憎しみは一切含まれていない。

 ゲームの勝敗結果を評するようだと、自動人形(オートマタ)は思った。


「しかし、つまらん街だな」


 同じ事を呟き、サイボーグはLEDを細めて周囲を見渡した。


 釣られて、自動人形オートマタも周囲を見渡す。

 右手には枯れた夫婦が訪れる、古道具屋や小洒落た喫茶店。左手には学生で賑わうであろう、チェーン店や本屋。皆明かりを落として息を潜めてはいるが、朝日が昇れば活気に満ち溢れそうな佇まいをしていた。


 一体何処がつまらないのだろうか、自動人形オートマタは考える。ここでは退屈とは無縁な時間が過ごせる筈なのに。少なくとも、あの冬が閉じ込められた部屋よりは、ずっと――


「・・・・・・カメラがな、気になるのだよ」


 誰ともなしに、サイボーグは言った。


 監視カメラ。

 視線による城壁。

 街灯や信号機、果てはビルにまで大小様々これ見よがしに監視カメラが設置されていた。


 二人の姿は、監視カメラにしっかりと記録されている。しかしそれをあの警察署長達が捉える事は当分出来ないだろう。署内で派手に暴れたのは、何も強引に自動人形オートマタを奪う為だけでは無い。監視カメラのデーターを精査するモニター室の破壊と技手の殺害――――それが、最優先事項であった。


「あのカメラが・・・・・・憎らしい程に気に入らん。気に入らず、癪に障って――――つまらない」


 吐き捨てるように、LEDを明滅させてサイボーグは語る。


「かつて・・・・・・吾輩が居た研究所がな、丁度あのようにカメラで囲まれていた。切り刻まれ徐々に機械化していく軀で、よくカメラをかいくぐって棟の窓から塀で区切られたつまらん空を眺めていたよ。二度と見たくも無い下卑た光景であったが――――遠く離れたこの地で、再び見る事になるとは・・・・・・憎らしいにも程がある」

「そう・・・・・・でしたか――」


 先程とは打って変わって感情を露わにするサイボーグに納得し、自動人形オートマタは目を伏せた。

 機械と配線によろわれた異形の姿と化していても、感情は人間のそれであった事に僅かばかりの安心を込めて。


「――ジェームズ・アシュトン」

「え?」

「吾輩の名だよ。もっともこの名は肉の軀を捨てた時、共に葬った物なのだが。故に、この名で呼ぶ必要は無い」


 黄緑色に変色する、LED。

 サイボーグから照射される光が、自動人形オートマタを優しく包み込む。


「何故だろうな・・・・・・君にこの名を伝えておくべきだと、そう思ったのさ」


 その色は、どこか憂いを秘めた柔和な表情カオであった。



       ◆◇◆◇◆



「――五月蠅うるさい」


 ぽつりと、後ろから咲龗子の声がした。


「さっきから一体何十発撃てば気が済むのよ、アンタは。音で気が散るでしょ、まったく」

「・・・・・・仕方ないだろう」


 銃をカウンターへ置いて、嘆息。


「射撃場にいる、お前等が悪い」


 お前等。

 射撃場の隅にある簡素なテーブルに、男が一人と少女が一人にオバ・・・・・・女が一人。各々スマートフォンやタブレットをテーブルの上に並べ、それぞれ死にそうな顔でテーブルに突っ伏していた。


「しょうがないでしょう」


 げんなりとした声で、咲龗子は言った。


現在富士見台分署うちで使えるまともな部屋が、地下の射撃場ここしかないんだから」

「派手にぶっ壊したからな、アイツ」


 僕は全身革スーツの自称ディーラーを思い浮かべて言った。


「で、夜明けには直りそう?」

「ギャグ漫画じゃないんだから、直る訳ないじゃないッ!」


 両手で自分の髪を掻き毟りながら、ヒステリック気味に咲龗子は叫んだ。


「夜勤組は殆どあの変態サイボーグに殺されて、動ける人間はごく僅か。仕方がないから非番の連中を呼び出して事態の収拾を図ってるけど、人数的に朝までに終わるレベルじゃないわ!」

「後先考えない人身削減が裏目に出たね」

「普通に考えて有り得ないでしょう、警察署にカチコミ掛けるなんて! そりゃ、そういう事態になる事を想定しての署の要塞化だったんだけれど・・・・・・ああもう、どうするのよ、コレ!!」


 幾ら半分装甲車じみた改造車とはいえ、ワゴン車一台に突っ込まれて沈む要塞が何処にある。恐らく請け負った業者が水増しに水増しを重ねて費用を請求しただけで、実際はその辺の建造物と何ら変わらない強度だったと考えるのが妥当だ。


 多分本人達に悪気は無く、小遣い稼ぎのついでにアイドル署長の秘密基地ごっこに付き合った程度の認識だろう。しかし、ここまで咲龗子を怒らせたのだ。明日辺り、工事に携わった建設業者の何社かが存在を抹消されるに違いない。


「幸運な事にサーバーやらインフラ関連と留置所に被害は出ていないから、警察署としての機能は失っていないけれど・・・・・・それでもモニター室が破壊されたあげく技師が全員亡くなった以上、当分の間は業務に支障が出そうね・・・・・・」


 自身の肺活量を全て費やして大きな溜息を吐くと、咲龗子は再びテーブルに突っ伏した。

 どうやら、疲れたらしい。


「そんな署の事なんて、今はどうでもいいじゃない。それよりも早く、あのサイボーグを見つける事が先決――そうでしょう?」

「おお・・・・・・社長が珍しくまともな事を仰っている・・・・・・」


 焦点の合わない双眸で社長を見つめ、拍手で讃える痩躯の男。しかしその口調と拍手に精気は感じられなかった。

「それを! 今!! やってるんでしょうがッ!!」


 液晶を叩き割らんとする勢いで、人差し指を押し当てる咲龗子。


「取りあえず署長権限で検問を張った。六人のサイボーグは全員検問へ配置。交番勤務を含めて残った署員には、監視カメラ代わりにサイレンと回転灯を付けないで秘密裏に市内を捜索させている。絶対にこの市内でとっ捕まえるわ」

「意気込みは良いけれど実際どうするのよ、署長ちゃん。あれだけの大立ち回りを見せられて、警官が敵う相手だと思ってる訳?」

「当初の予定通り、廃校に誘い込むわ。そこに署の全勢力を投入して――」

疑似餌ルアーもないのに、か?」

「五月蠅い! 釣り針フックは黙ってなさい!!」


 五月蠅いのはどっちだよ、女子高生。


「半人前君の意見の方が、正しいわね。あの自動人形オートマタなしに、彼が釣り出されるとは到底思えない。現状から考えて、釣り出すよりも市内で遭遇エンカウントする方がずっと確率は高いでしょうね」

「手掛かりも無い深夜に、闇雲に探せってか?」

「署長ちゃん、署員にはGPS端末を持たせているのよね?」

「ええ。署員用のスマートフォンがあるわ」

「持ち主の生体反応に対応した端末?」

「万が一の事も、考えてね」


 僕を無視して問う社長女に咲龗子は頷く。


「なら、今すぐ署員を広範囲に配置し直しなさい。出来れば、円形か四角形に。署員の生体反応が途切れた所から、サイボーグの居場所を割り出すわ」

「それってまさか、署員を――」

「大物を狙うなら闇雲に疑似餌ルアーを泳がせるより、魚群探知機ソナーに任せる方が無難よ」


 この女、色々とんでもない奴だと思っていたが、ここまでとんでもない奴だったとは。


「冗談じゃな・・・・・・」

「犠牲を出す話を冗談で言うと思ってるの?」


 立ち上がった咲龗子の言葉を女社長が制す。


「時間もない、まともな設備も道具もない――そんな状況で、猛獣よりも兇悪なサイボーグを相手にするのに、犠牲をゼロに出来る訳ないでしょ。それとも、自分の部下の命は差し出せない? 道具(たんてい)は何個でも使い潰せるのに?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 黙る。


「わたしは喜んで差し出せるわ。部下も自分の命も」

「待て、俺は差し出されたくないぞ・・・・・・」

「自分も右に同じっす・・・・・・」

犠牲カネを払う時に払えない人間に、人を使う資格はない。面と向かって部下に死んで来いと言えない奴は、上に立つ必要はない。天辺に居るという事は、それだけで下に居るよりもずっと多くの埃やら煤で汚れるって事なのよ。街一つをモデルハウス化させた高級住宅街勤務の一日アイドル署長なら、話は別だけれど」


 引きつった顔で口々に不平を述べる部下二人を無視して、値踏みをするような目線を咲龗子に送る女社長。

 どうやらこの女、とことんまで人の話を聞かないらしい。


「そんな、覚悟・・・・・・とうの昔に――」

「虚勢張るなよ、。そのデカいで見えないか? さっきから小便我慢しているみたいに、足が震えてるぞ」

「っ――――――」


 赤面。

 咲龗子は女社長を睨み付け、悔しさと苛立ちと恥ずかしさを全部突っ込んで絞ったような顔で歯噛みした。


「生温いのよ、国立市ここは。夜中にここまで静かだってだけでね。この時間帯、他の街なら違法合法に拘わらず職にあぶれた移民やら武装した半グレ馬鹿共が、年がら年中飽きもせず夜の帷に鉛玉をばらまいてるわ。アンタらが日頃から喧々囂々けんけんごうごうやりあってる立川市だけじゃなく、隣の府中市や国分寺市だって同じよ。それなのに国立市ここがどうしてこんなに静かか分かる? もちろん、監視カメラやしょぼいIDカードのお陰じゃない。隣接する市が国の命令で、鹿を国立市へ近づけさせないよう防波堤ファイアウォールの役割を果たしているからよ。要するにね、アンタは安全な街で安全に御山の大将やっているの。だから、そんな生温い考え方が出来るのよ」


 僕は誰にも気付かれず、小さく毒突くように失笑した。

 そんな事、女社長のご高説を受けなくても知っている。


 この国立市は国の庇護下で能動的に安全が確立された市であって、決して自治によって自立的に安全に暮らせる街ではない。

 街に張り巡らされたスキャン機能が搭載された監視カメラ、くにたちカード等に掛かる膨大な維持費用は、とても市の年間予算で賄えるものではなく、国の特別助成金を大量投入する事によって成り立っている。


 それだけではない。住民税の高額設定は、住民の階層を引き揚げる為。中央線沿線、東京郊外の一番安全な高級住宅地――――その実体は、様々な思惑と金が菌糸のように複雑に絡み合ったシュールレアリスムじみた鳥籠。

 咲龗子に言わせてみれば、砂上の楼閣――


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 まったくもって、面倒くせぇ。


「・・・・・・沢田さん――――でしたっけ? 今必要なのは彼女の心をベキボキ折って時間を潰す事じゃなくて、カタリナと逃げたサイボーグの捜索でしょう。一応、貴女方も僕と同じように彼女に雇われた身なんですから。一時的ですけど」


 僕は嘆息混じりに、女社長へ提案する。

 この三人組は半ば強制的に、公道での発砲事件や器物破損、ワゴン車による警察署襲撃に対する罪を免除する事を条件に提示され、一時的に協力者として僕と共に咲龗子の下で共闘する形を取らされていた。やり手の女社長にとって、自分よりも一回り以上若い小娘の下で働く事は、さぞ癪に障ったに違いない。


「そうやって半人前君が空気を読んで署長ちゃんに助け船を出すから、署長ちゃんが甘えて図に乗るのよ。彼氏なら、ちゃんと調教しておきなさい」

「飼い犬ですよ、僕は。彼女に犬小屋を貰って、飯を食わせて貰っている身分です。飼い犬が飼い主を調教するなんて話、聞いた事ありません」


 それに、とジャケットのポケットを弄って煙草を取り出す。


「僕はドMですから」

「なら、署長ちゃんの下じゃなくわたしの下で働かない? わたしはドSだから、とても相性良いと思うわ」

「胸のサイズがFカップ以下の女性はお断りします」


 僕は煙草をくわえ、ジッポーで火を点けた。

 重く、じわりと広がる紫煙。


「は――――」


 女社長は笑う。

 屈託無く。

 紫煙を吹き飛ばすように。


「こんな時に冗談も言えるんだ、君。本当に気に入ったよ。署長ちゃんに捨てられたら、是非うちに来なさいな。こき使ってあげる」


 ひとしきり笑って、再び咲龗子に視線を合わす。


「・・・・・・始めに戻るけれど、どうするの? 多分、署長ちゃんが命令しようがしまいが、追ってる警官は鉢合わせた瞬間、サイボーグに殺されるわ。どうせ殺されるならその前に使った方が、効率が良いと思わない?」

「だから、効率とか・・・・・・簡単にそんな事――」

「よく言うでしょ、戦争っていうのは突き詰めてしまえば、人の命を通貨にして買い物する事だって。今回だって、規模は極小だけれど戦争と同じ。払う犠牲は安いに限る。これ以上、値段をつり上げたくないならね」

「っ――――」

「いつまでぶってないで、さっさと決断しなさい。別に今更心を痛める事じゃあないわ。アンタの立場なら、そうやって何人も使い捨ててきたでしょ? それとも、女の矜持が邪魔して色目使ってる雄の前では、腐りきった本性を曝(さら)け出す事は出来ない?」

「ッ!?」

「・・・・・・一つ、いいか」


 半べその咲龗子が言葉を紡ぐ前に、三八谷が割って這入る。


「サイボーグの位置を割り出すのではなく、逃げ道で待っているのはどうだ? こんな小さい市なら、市外へ出る道なんて限られている。一部わざと検問を厚くして、検問が薄い箇所へ誘き出すんだ。これなら精々、サイコロを振って六を出す程度の確立ぐらいにはなるだろう?」

「二十パーセントにも満たない低確率っすよ? その六を出す為に、一体どれだけの人間が無数のサイコロを握り締めて盤上で涙を流したと思っているんすか、先輩・・・・・・」

「僕も彼の意見に賛同するよ。少なくとも犠牲を出す作戦よりは寝覚めが良さそうだ」

「無駄よ」


 微かに鼻に掛かった、咲龗子の声。


「検問を張ってる職員は全員で三十人程。誘き出せる程、無駄な人員は割けないわ」

「マジで?」

「ええ。人員削減でね」


 頷く。

 腫らした眼を隠すように。


「・・・・・・じゃあ、鉄道関連かな。国立市ここを通ってるのは、中央線と南武線の二つ。この時間なら終電も終わったし、線路を辿るのは昼間よりずっと簡単だ」

「夜中に線路って、思った以上に目立つわよ?」


 そんな深夜に大学通りでド派手なライトをバックにフルオートで乱射したお前が言うか、女社長。

 しかし、一理ある。


「そう考えると、やっぱり六分の一に賭けるしか・・・・・・」


 それぞれの唸り声が、射撃場に響く。

 痩躯の男だけは、何やら不気味な独り言を呟いていた。


「・・・・・・ねぇ、署長ちゃん」


 びくり、と肩を振るわせる咲龗子。

 どんだけビビってんだ、お前。


「犠牲者云々の話は取りあえず置いておいて、現在サイボーグの行方を追っている警官はどのぐらい無事な訳?」

「それは・・・・・・」


 尋ねられ、机に置いた自分のスマートフォンを操作する咲龗子。

 どことなく、手つきが怯えている。


「犠牲者はまだ・・・・・・出ていないわ。送られてくる署員の生体反応は正常よ」

「今更だけれど、そのデータは健全?」

「事前に投与したスキャナー機能を持ったナノマシンの信号を署員が着ている制服が読み取り、それを暗号化してスマートフォン経由でわたしの所に届けるシステムだから、信頼性は限りなく高いと思うわ」

「どれが欠けても正常にデータを送れない仕組み・・・・・・かなり面倒だけれど、その分データは信頼出来そうね。となると、誰もサイボーグを発見していない――サイボーグは何処かに隠れていると考えた方が無難・・・・・・か」


 隠れている。


 何処に?

 何時まで?


「もしかして、夜が明けるのを待っているんじゃ? 朝は結構車の通りが激しいし、検問を撒くには夜よりずっと容易い筈だ」


 木を隠すのは森の中。

 人間を隠すなら人混みの中だ。

 推理小説なら昔からある展開だ。間違いない。


「・・・・・・お前は馬鹿か」


 そんな僕のいかにも探偵然とした推理は、野太い声に一瞬にして否定された。


「ったく、この大馬鹿野郎め。確かに人間を隠すなら人混みが適しているが、奴はサイボーグだ。しかも機械剥き出しのレザースーツを着込んだもの凄く目立つ格好のサイボーグだ。オマケに一分の一リカちゃん人形のような自動人形オートマタと同伴している。そんな一から十まで怪しい奴を警官が止めない訳ねぇだろうが」

「だからこその機械然とした格好なんじゃ・・・・・・? 何処かに変装用の外装を用意して――」


 怪盗の変装は推理小説のセオリーだ。

 むしろ変装しない怪盗に、怪盗を名乗る資格はない。


 もっとも、奴が怪盗かどうかは分からんが。


「確かに奴ならやりかねん。だが、自動人形オートマタはどうする? 奴の異常な固執っぷりから考えて、何処かに隠して持ち歩くような真似はせず堂々と連れ歩くと思うぞ。美少女フィギュアを持ち歩いて出先で撮影してる新人のように」

「何故それを!?」

「SNSのアカウント見れば直ぐに分かるだろう。俺が言いたいのは自動人形オートマタ(オートマタ)に執着している奴が、自分だけ変装して逃げる事はないと言う事だ」

「それなら、初めからそう言って下さいよ。わざわざ人のプライベートを警察署で晒さす必要ないじゃないっすか・・・・・・ただでさえ最近は面倒な連中に乗っかった偉い人達が規制だなんだと言い出して、色々面倒な事になっている時勢なのに・・・・・・」


 嘆息する、痩躯の男。

 どうやら、色々と大変らしい。


「・・・・・・ところで、市街に逃げたとしてどうするんすかね? サイボーグ」

「そりゃ、アメリカに帰るんじゃないか?」

「あのサイボーグ、アメリカ人だったんすか?」

「殺された米軍中佐の知り合いらしいし、アメリカ人なんじゃないのか?」


 痩躯の男の問いに答えながら、僕は気付く。

 考えてみれば、僕はあのサイボーグの事を何も知らない。


 奴の本名はおろか、奴が本当は何者なのかさえ――


「・・・・・・となると、逃げ込む場所は横田基地か。この辺りでは一番でかい米軍基地だからな」

「何言ってるんすか、先輩。幾ら軍民共用化で入り易くなったとはいえ、自分達の仲間を殺した奴がそう簡単に横田基地に入り込める訳ないっすよ」

「どんなに堅牢な組織であろうとも、積んだ金の重みに耐えかねていずれはひびが入るもんだ。米軍内にサイボーグの協力者がいても不思議ではない。何某中佐殿の関係者ともなれば、尚更だ」

「――もし・・・・・・本当に横田基地に入り込むなら、今日がラストチャンスかもしれないわね」


 自身のスマートフォンを弄っていた咲龗子が、口を挟む。


「さっき、本庁ほんてんから所轄うち宛てに一斉メールが来ていた。通り魔のサイボーグを全国一斉指名手配。この発表に、米軍だって何もしない訳にはいかない。横田基地の出入りは、今以上に厳しくなると思うわ」

「それどころか米軍・・・・・・というか、米国政府が日本政府に圧力を掛けて発表させた可能性もありそうね。逃げ込んだ横田基地でサイボーグを捕まえて、自動人形オートマタを奪う為に」

「確かに、あの骨董品を欲しがる奇特な高官がいないとも、限らないわね。世の中には様々な性癖があると言うし」

「何言ってんの、署長ちゃん。あの自動人形(オートマタ)は骨董品に見えるように開発されたアンドロイド――米軍の新兵器よ?」

「米軍の新兵器? あの呪いの人形じみた薄汚い骨董品が? アレはね――」


 カタリナの正体を明かすべく開いた咲龗子の口が閉じる。

 まさか魔法で作られた人形だという突飛な事を言う訳には行かない――という理性的な打算が働いた訳では、なさそうだ。


 あの不気味な表情かおは、どちらかというと〝相手が知らない事を知っている優越感〟に浸っている表情かおに違いない。


 ――まったく。泣いた鴉が何とやら、だ。


 目一杯背伸びして精一杯虚勢を張っているが、本質はまだ成長しきっていない子供なんだよな、コイツ。

 常に爪先で立っているから、足が震えるんだよ。


「何よ、教えなさいよ」

「コレは秘密事項よ。部外者には教えられないわ」

「雇ったでしょうが、わたし達を! 部外者どころか当事者よ!!」

「駄目。これは極めて高度な政治的かつ倒錯的思惑が絡んでいるグローバリズムを内包してハザードがネイションに変化する程のアタリショック的極秘案件の秘密事項だから――」

「アンタそれ、意味分かっていて言ってる!?」

「・・・・・・お前等いい加減にしろ、五月蠅い」


 ぼやくように二人を制す三八谷。


「話を整理するぞ。サイボーグの目的地を横田基地と仮定すると、逃走経路に使われる所は中央線が怪しいな。特に拝島方面へ隣接する青梅線の線路を辿って行けば、奴の足なら迷わず迅速に横田基地に着く筈だ。さながら、スタンド・バイ・ミーだな。もっとも、目的地に死体は無いが」

「目的地で死体を作る可能性だってあるわ」

「そうならない為に、僕が居る」


 カウンターに置いた銃を握り締めて僕は言う。


「三度目の正直だ」

「・・・・・・変に格好付けるな、格好悪いぞ」


 三八谷の声と共に、頭に被さる感触。


「瓦礫の中に落ちていたぞ。格好付けるなら、せめて中折れ帽(それ)を落とさないように戦えよ」

「あ・・・・・・どうも。でも、どうせ返してくれるなら、もっと前に返して欲しかったってのが本音です」

「スマン、今思い出したんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 薄々気付いていたが、マイペースだなこの人。

 何で僕の周りは、マイペースな奴らが多いんだ。


「・・・・・・とにかく、まずは国立駅に行ってみよう。それから周辺を虱潰しに探すんだ。あそこは富士見台分署ここからじゃ少し離れているから咲龗子、車を――」

「・・・・・・ちょっと、待って下さい」


 痩躯の男の発言に、車を手配する為に出口へ足を向けた咲龗子の歩みが、ぴたりと止まる。


「そんな非効率な事をしても、意味はありませんよ。こっちが探している間に逃げられるのがオチです」

「でも、現状これぐらいしか方法は無いんじゃないか?」

「新人、これ以上範囲を狭めて特定している時間はもう無い。奴らが立川市に入ってしまえば、富士見台分署こっちは管轄外なんだ。奴らもそれを狙って一刻も早く立川市へ脱出するだろう」

「成り立ちからの因縁で、立川署あっち富士見台分署こっちの仲が悪い事は有名だしね。署長としては、この上なく恥ずかしい事だけれど」

?」


 痩躯の男の言葉に、全員の目が開かれる。

 ドラッグの売買なんかで警察の裏事情に精通した外国人は例外として、三多摩地区の縄張り争いの実態なんかを知っている外国人がそれ程居るとは思えない。


 今の今まで、完全に失念していた。

 外の国から来たから、外国人なのだ。


「多分、向こうは物理的に振り切る気っすよ。管轄とかそういうのは考えていません」

「車か何かを盗難パクるってか?」

「成る程。線路を使わず、道路から車で横田基地を目指すって訳ね。奇をてらうよりよっぽど安全だわ」

「むしろ、道路の方が危険よ。サイボーグの指名手配は立川署にも届いている。奴らなら逮捕や無力化なんて面倒な事はせず、自分達が保有している戦車じみた装甲車でサイボーグごと車を吹き飛ばすわ。JRの敷地内で迂闊な事が出来ない線路の方が安全よ。流石の連中でも、線路を吹き飛ばす事は出来ないから」


 女社長の言葉を斬り捨てるように否定する咲龗子。


「じゃあ、どうやって物理的に振り切るっていうの? まさか車で線路を走るって訳じゃあないでしょうね? アレって結構大変なのよ」

「確かに、あの時は大変だったな・・・・・・」


 やった事あるのか、お前等。


「モーターカーっすよ。さっきの中央線でピンと来ました」

「ミニ四駆の事か?」

「先輩、そっちじゃなくて鉄道の保線用に使う車両っす。電車乗った時に窓から見た事ないっすか? ずんぐりむっくりな小さな電車を」

「ああ、あのトロッコ・・・・・・あれ、モーターカーっていうのか」


 国分寺とか三鷹とか、車両基地がある駅で何度か見た事があるな。黄色や白の可愛らしい電車。子供の頃は一度乗ってみたいと思っていたけれど、いつの間にか存在すら忘れていた。


「そのモーターカーの中に、レールバイクっていうのがあるんすよ。ゴーカートみたいな外見をしていて・・・・・・というかもう、レールを走るゴーカートっすね。それを使えば国立市(ここ)から線路を使って簡単に脱出する事が出来ますよ」

「そんなのその辺に置いておいたら直ぐにバレるんじゃない?」

「鉄道総合研究所跡地」


 女社長の殺気の篭もった視線にもめげず、痩躯の男は言う。

 眼鏡のブリッジを押し上げる事も忘れずに。


「その名の通り、鉄道の研究所っすね。現在、鉄道総合研究所は茨城県のつくば市にありますが、五年前までは国立市にあったんすよ。具体的に言うと、国立駅の北口に。跡地を更地にせず、敷地には今も線路がそっくりそのまま残っています。古い車両も沢山置かれているので、動くレールバイクを一つ置いたとしても気付かれないでしょう。奴らは多分、ここに隠れています」

「成る程・・・・・・でも、幾ら線路があるからって敷地から簡単に本線へ出られるのか?」


 まさか本線のある国立駅まで、レールバイクを担いで運ぶ訳じゃあないだろうし。


「確証がある訳ではなく、あくまでもネットの噂止まりなんすけど、国立駅の地下には幻の四番線ホームがあるらしいんすよ。そこのレールは本線だけでなく跡地にある秘密の側線とも繋がっているらしく、そこからレールバイクを使って立川方面へ――」

「アンタねぇ・・・・・・そんな所あったとしたら、真っ先に署長ちゃんが跡地に当たりを付けて探しに行くはずよ。今、警官全員投入してがさ入れしてるんだから。そうでしょ? 署長ちゃん」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 滝汗。

 僕は滝汗というのを初めて見た。

 大粒の玉汗が噴水のように、咲龗子の顔から絶えず滴っている。


「お前・・・・・・もしかして――」

「忘れていた・・・・・・完っ璧に・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「あ・・・・・・い、いや・・・・・・忘れていた訳ではないのよ」


 僕の視線に対して露骨に狼狽しながら、咲龗子は言う。


「あそこ、鉄道会社の敷地だから迂闊に立ち入れないの。側線も地下ホームも事実だけれど、入り口は封鎖されて敷地は二十四時間警備用サイボーグが守っている・・・・・・から、何かあった時は――」

「お前な・・・・・・スタンガンや催涙ガスで武装した警備用如きが、規格外の分厚い外装と内蔵武器満載の軍用サイボーグに敵う訳ねぇだろうが。自称天才少女なら、もっとマシな言い訳考えろ」

「うぅ・・・・・・」


 そんな上目遣いしても駄目だ。


「・・・・・・で、側線は具体的にどの辺に伸びてるんだよ?」

「跡地と国立駅の間に、市営の駐輪場があるでしょ? 昔はそこが駅へ乗り入れる側線だったの。高架駅化した現在は、駐輪場に沿うよう地下に国立駅の四番ホームへ続く側線が敷かれているのよ」

「何の為に?」

「資材の搬出入らしいっすね。まだあそこには運び出していない貴重な車両が幾つもありますから。クモル145とか」


 熱の篭もった声で、痩躯の男は言った。


「しかし、本当に幻の四番ホームがあったとは・・・・・・! ネットではあの非常扉が怪しいとか、あそこの灯が普通とは違うとか情報が飛び交っていましたが! うっひょひょひょーッ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 愉しそうだな、コイツ。

 何だか無性に腹が立ってきた。

 地味に役に立っている辺りが、特に。


「・・・・・・じゃあ、その何とか研究所の跡地に急ごう。早くしないと、マジで突破されるぞ。こうしてる今だって――」

「多分、大丈夫だと思う。流石に警備用サイボーグを斃したら、富士見台分署うちに連絡来る筈だし。あそこは国立市だから、通報の管轄は富士見台分署うちよ」

「モニター室が壊れているのに?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 格好付けるな。

 さっき大ミスした癖に。


「大丈夫っすよ。レールバイクは法律で速度四十五キロ以下しか出せない事になっていてそれを基準に作ってありますし、例え違法改造で馬力を上げたとしても小さい車体が徒になって扱いきれずに脱線してしまいます。早く行けば、まだ間に合うでしょう」

「それ、なんだけれど・・・・・・」

 珍しくしおらしい声で、申し訳なさそうに咲龗子は口を開く。

 嫌な予感しか、しない。

「公ではない事になってるけれど、研究所跡地には車両搬入用に今もディーゼル機関車が一両あるのよ。逃走するなら、多分それを使うと・・・・・・思う」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 そこまで知っていたのに何で忘れていやがった、この小娘。


「マジっすか!? ネットの噂は本当だったんすか! DD16っすか? それともDE11? まさかのDD11だったら・・・・・・」


 テメェ。


「型式は分からないけれど・・・・・・相当古い機関車よ。今みたいにコンピューター制御では無いと思うから、動かすにも相当の知識と技術が必要・・・・・・だから、やっぱりそれで逃走って事は――」

「あー、確かに素人には難しいと思うっすね。その点、レールバイクならスクーターとあんまり変わらないので操作も簡単っす」


 しどろもどろと言い訳を紡ぐ咲龗子に、腕を組みながら何度も頷く痩躯の男。この二人からは、危機感が微塵も感じられない。


「だが、あのサイボーグは軍人だろ? サイボーグで軍人でアメリカ人だったら、二十六空軍空挺機甲(AFA)出身の可能性があるな。あそこは空挺パラシュート部隊とは名ばかりの何でも屋だから、戦闘機の操縦はおろか戦車の操縦も簡単にやってのける。奴らに掛かれば、旧式のディーゼル機関車の操縦ぐらい――」

「先輩、ディーゼル機関車の運転舐めちゃいけないっすよ! そもそも、ディーゼル機関車っていうのは――」

「わたしは悪くない・・・・・・全部人員削減が悪いのよ・・・・・・署員の数が多かったら、誰かが気付いて――」

「新人、そういうお前だって、クフィールとミラージュⅢの区別が全然付いてねぇじゃねぇか。大体、デルタ翼の――」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・ねぇ、」


 タガが外れて好き勝手やり始めた連中を半眼で見つめる僕に、女社長が声を掛ける。


「こいつ等全員留置場にブチ込んで、二人だけで行かない?」


 それは名案だ。

 この状況なら、特に。

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