第四章『プレーリー・オイスター』

四、『プレーリー・オイスター』その1

 銃声。


 僅かに遅れて、金属が地面に落ちる甲高い音が射撃場に響く


「・・・・・・駄目だ、その構え方では反動でブレる。ほら、的にすら当たらない。勘で撃つのは構わないが、当てずっぽうなのは止めろ」

「んな事言ったって――」

「言い訳するな、馬鹿野郎」


 蹴り。


「痛ぇッ! 蹴る事ねぇだろ!!」


 僕はアイマスクを取って、三八谷へ抗議する。


「この通り片腕が使えんからな。自由の利く足で叩き込むのが一番だ」


 宣う三八谷の金棒のような右腕は赤紫色に腫れ上がり、微かに腐臭が漂っている。

 あの女社長は切断を進めたが、彼は一区切りが着くまでは切断しないと断った。切断や止血などでこれ以上体力が奪われるのを防ぐ為らしい。


「お前が言い出したんだぞ、この特訓。お前、身体能力と銃の威力で射撃能力を無理矢理カバーしているが、基本がまるで出来ていないじゃないか。だから目隠しするとまるで当たらねぇんだよ」


 言って、三八谷は僕がついさっき撃ち抜いた紙製の的ターゲット・シートをこちらへ見せてくる。

 おおざっぱな人形が描かれたそこには、中心を射貫く事なくあちこちに飛び散った惨憺たる結果が克明に刻まれていた。


「・・・・・・一つ尋ねるが、お前は最悪島イースト・エンド・ランド出身か?」

「いえ、全然。生まれも育ちも、この三多摩地域です」

「そうか・・・・・・ナノマシンとして製品化した後も、何処かで最悪島イースト・エンド・ランドがd-OSピニオンの研究をしていた訳か。まったく馬鹿馬鹿しい連中だ」


 目を伏せ何事か呟き、三八谷は紙製の的ターゲット・シートを丸めてゴミ箱へ捨てると遠くを指差した。

 そこには、現在使用中の紙製の的ターゲット・シートが厳つい洗濯挟みを連想させる金具にぶら下がっている。


「・・・・・・お前、標的を面で捉えて撃ってるんだってな」

「でもそれは、さっき言ったように――」

「悪くないぜ、それ。少なくとも勘で撃つよりはずっと良い」


 後頭部を掻き毟りながら、三八谷は言った。


「俺達は別に射撃競技に出場する訳ではないんだ。実戦に於いて正確無比な射撃は大きなアドバンテージではあるが、別に絶対必要という訳でもない。だから漠然と面で標的を捉える考え方は、決して間違っては居ない。要は、単純に当たればいいんだからな」


 しかし、と三八谷は区切る。


「サイボーグ相手だと、そうも言ってられん。特に、今回のような規格外の強度を持つ軍用サイボーグ相手には難しい。面で捉えて撃つという考え方は、人間専用の戦い方だ」

「それって、まったく意味がないって事じゃ――」

「悪くない、と言っただろう。意味はある。人の話は最後まで聴けよ、馬鹿」


 馬鹿と言う方が馬鹿云々という屁理屈は聞かんぞ、と僕に向かって念を押す。

 どうやらこの筋肉は、顔と体格に似合わず読心術を心得ているらしかった。


「戦闘中に視界が遮られるなら、他の感覚で補え。気配やら音、何でもいい。封じられた視界以外の感覚を総動員して、面の範囲を狭めるんだ。とことんまで――それこそ、面が点になるぐらいな。そうすれば、十回に一回ぐらいは当たるようになるぞ」

「無茶苦茶言いますね、そんな――」

「無茶を言ったつもりは、俺には無い。お前の身体能力があれば、コツさえ掴めば可能な筈だ」

「僕の・・・・・・身体能力――」


 ドクン、と紛い物の心臓が拍動する。

 まるで、自分の存在を僕へ知らせるように。


「お前・・・・・・俺と同じd-OSピニオンの適合者だろう? でなければ、あんな芸当出来る訳がない」

「そんなけったいなナノマシン、知りませんよ。ただ僕は使い方も教えて貰えないまま、力を強引に押し付けられただけですから」


 本当に、強引だった。

 奴は脱水症状と外傷で満身創痍の僕を強引に手術台に縛り付け、有無を言わさず勝手に心臓を奪い取り、気がついたら紛い物の心臓に変えられてしまったのだから。


 僕を助けた、治療費みかえりとして――


「・・・・・・端的に言うと、お前のその力はd-OSピニオンを用いて軀の一部を変質させる能力だ。腕の再生も、それの副産物に過ぎん」

「変質・・・・・・? つまり、軀を変えるって事ですか?」


 訝しみながら問う僕に対し、太い首を上下に動かして三八谷は頷いた。


「俗に、〝俺達人間は脳の半分も使っていない〟という話があるだろう? 遺伝子も似たように進化の過程で取捨選択され、現在は使われないまま凍結された情報が体内に数多く眠っている。d-OSピニオンはそういった体内に眠る使われていない遺伝情報を解凍して引っ張り出し、それを細胞に送って軀を変化させる性質を持っているんだよ。謂わば、遺伝子情報の解凍ソフトだな」

「それはつまり、人間が猫になったり犬になったりするって事ですか?」

「イメージはそれで大体合っている。正確には、犬のように発達する可能性があった嗅覚が強化されたり、猫のように柔軟な軀に発達する可能性があった箇所が変異したりする、だな。このd-OSピニオンの正式名称がdis-Occlude Soul Nanogearであるように、幾重にも分かれた系統樹を全て解放して適合者に別の進化の可能性を与えるんだ。もっともその進化は裏技じみた方法故に、変異した箇所は定着する事なく時間が経てば壊死していくがな」

「壊死――――」


 僕は不意に、三八谷の右腕を見る。

 先程まで赤く腫れ上がっていた腕は、陰惨な青味を帯びて今にも崩れ落ちそうだった。


「意識してd-OSピニオンを使いこなせれば、自在に軀を変異させる事も可能だ。その腕が変異する事なく生え、尚且つ時間が経っても壊死しない事から鑑みて、お前の体内に組み込まれたd-OSピニオンは俺のよりもバージョンが新しいらしい。多分、使い熟すのも俺のやつよりも簡単な筈だ」

「何――」

「あん?」

「何で、こんなモノを作ったんだろう・・・・・・こんな――」

「さあな。俺はあくまでも金で売られた被験者だから、詳しい事は何も知らん」


 だが、と右腕を壁に押し当てながら三八谷は言った。


「噂では、魔法使いを作ろうとしたらしいぜ。何でも、嘯樹グループ創始者の初恋が、別の世界から来た魔法使いだったらしい」

「初恋――」

たまんねぇよな、まったく」


 肩を揺らし、自嘲気味に三八谷は嗤う。


「そんな甘酸っぱい理由で、そこら中を弄くり回されるなんてよ」

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