三、『レッド・アイ』その4
「――こいつのスマホで見たぜ。お前、殺した相手の義手を奪って代わりに別の義手を付けて行くんだとな」
嘯き左手で痩躯の男を指差す三八谷の右腕は、鋭利な物で切断されたように肩から下がなくなっていた。
応急的な止血は済んでいるものの、切り口からは絶えず鮮血が滲み出し砂塵だらけの廊下に大小の斑点を作り続けている。
「俺にも・・・・・・一つぐらい寄越してもよかったんじゃないか?」
「義手とは心外だな、アレは通常のサイボーグ用四肢とは違い球体関節を使用した特注の一品だ。正直無償で渡すには惜しい高級品だが、肉の器を捨ててサイボーグになりながらも、肉の器の記憶を捨てきれず逝った愚か者への、吾輩からのせめてもの手向けだ」
失笑するように肩を揺らし、砂男は言う。
「吾輩が蒐集するのはサイボーグの四肢。投薬かナノマシンの影響で頑丈になっているとはいえ、生身の肉には興味はない。まあもっとも、君が着けているデルタ重工製の義眼には多少興味があるがね。E-51タイプの義眼など、最近では滅多にお目に掛かれない」
「悪かったな、旧式で」
義眼のフォーカスを調整しながら、三八谷は自嘲気味に言った。
「俺の銃を返して貰おうか。それとも、最近のディーラーは搾り取るだけ搾り取るのが仕事で、プレイヤーにカードを引かせてはくれないのか?」
「言ってくれる」
握っていたM500を三八谷に放り、砂男は僕に向けていた左手の切っ先を彼へ向ける。
「返還したところで、一体何が出来る? 残された貴公の肉の腕でそれを使い吾輩を狙い撃つのは至難の業だろう」
「気遣いは無用だ、変態」
誰もが言いたくて仕方がなかった
「お前が見下す程、生身の軀はそう悪いモノではない」
開いたシリンダーに
須臾。
引き金を引くよりも早く、三八谷へと迫る切っ先。その野太い鈍色の牙が彼の首元へ
否。
「なっ――――」
初めて。
出遭って初めて、僕は砂男の驚愕の声を聞いた。
その驚愕は、僕自身も同じく――
「・・・・・・どうした、変態。外見はお前の左腕とそう変わらんぞ?」
外見。
砂男の一太刀を防ぐ三八谷の右腕は、確かに砂男と同じく異形を象っていた。
鬼の金棒を連想させる無骨なその右腕は、如何に鋭利な刃物を持ってしても断ち斬る事は難しい。
いや、そもそも三八谷の右腕は――
「生えてきた・・・・・・というのか、馬鹿なァッ! 人間の腕が
狼狽しながらも冷静に、金棒から刀身を離し一定の距離まで間合いを広げる砂男。
「その変異を伴う回復力――――ナノマシンか?」
「昔々、日本に属しながら日本の立法がまったく機能しなくなった人工の島があってな。そこには、高濃度宇宙線による汚染を理由に島に隔離された人間を使ってある実験を行っていた企業があった」
ウソブキ製薬、と言ってな――と、三八谷は怨嗟を含んだ言葉で付け加える。途端、カタリナの後ろに隠れて若干怯えていた咲龗子の目つきが鋭く変わった。
ウソブキ・・・・・・
僕は嘯樹の名を聞いて表情を険しくする咲龗子に視線をやりながら、そのけったいな名前を思い出す。
嘯樹って確か、車とか飛行機とか作っている巨大企業嘯樹グループの名前だった筈。そんな大きな所に属してる企業が、悪の秘密結社じみた人体実験なんかするとは思えない。
聞き間違えだ。
僕のクロスバイクを作ったメーカーだぞ。
クロスバイクを作る企業に、悪い企業は無い。
・・・・・・まあ、ネット上とかでは日本のイルミナティみたいな扱いを受けているけど。
「その実験の過程で、連中は一つの魔法を生み出した。系統樹の枝葉を突き破り人間を進化させる呪われた力――d-OSピニオンと名付けられたソレは、生理的食塩水と共にアンプルに詰められ、島内の人間達へ無作為に投与された」
「つまり、その薬で力を得た能力者・・・・・・という訳か」
「そんな大層なモノじゃねぇよ。お前等サイボーグと大して変わらん。軀を改造する代わりに、血液を改造したようなもんだ」
拍動。
僕の意志に関係なく、紛い物の心臓が吐血しそうな程脈打った。
「ちなみに一般には公表されてはいないが、このd-OSピニオンを万人に使い易く改良されたのが、現在出回っている市販ナノマシンの正体だ。だからお前の仮説も、あながち間違いではない」
「だが、ナノマシンではそこまでの回復力は見込めない筈――」
「それはお前、」
笑う。
「魔法だからに、決まっているだろう?」
同時。
銃弾は砂男の右胸を貫通し、赤黒い保護液が噴出する。刹那の間を開ける事なく、穴が空いたレザースーツから保護液が纏わり付いた幾つもの配線が火花を散らして露出した。
「初めての命中、おめでとう。その力・・・・・・どうやら、腕を生やすだけではなさそうだ。身体能力を一時的に飛躍させる・・・・・・違うかね?」
それに、と爪先に力を込めながら砂男は言う。
「力は何度も使えない――――違うかね? でなければ、腕を吾輩に斬り落とされる前に使った筈だ」
「・・・・・・さてな、」
激突。
「勝手に想像してくれ」
重く鈍い音が、辺りに響く。
「――吾輩は、ディーラーである」
LEDが、歓喜を表すように激しく点滅した。
「プレイヤーを卓から逃がさぬよう、一度目は勝たせる。だが、二度目はない」
無傷。
あれだけの至近距離だというのに、無傷。
「やってくれるな・・・・・・畜生ッ!」
嗤いながら、三八谷の口元が恐怖で歪む。
彼の足下には、銃弾が深々と突き刺さった一枚の
「・・・・・・慣性の法則の応用でな。空間に正確なベクトルを描く事が出来れば、いかに貧弱なカードであろうとも銃弾を弾くのは容易い」
「え、マジで?」
「そんな訳ないだろう、馬鹿」
完全に外野と化していた僕に、三八谷の侮蔑が飛ぶ。
「単純に、特殊合金でトランプを作っていただけだ。カードまで防弾用に作っていたとはな、抜け目のない詐欺師め」
「せめてエンターテイナーと、呼んで欲しいな。目先の金の事しか考えられぬ詐欺師と一緒にされては困る」
「貴様も似たようなモノだろう、通り魔。世の中、金で動かぬ人間など存在する筈が無い」
「人間は、な。だが、吾輩は、サイボーグだ」
瞬間。
砂男の姿が、視界から消失した。
「驚愕したのは、何も銃弾を弾いたからではあるまい?」
「ッ!?」
意味が分からない。
しかし、尋ねられている本人は察しているらしい。顔色一つ変えず、声の反対側へ銃弾を放った。
「やはり、人間ではないようだ・・・・・・サイボーグという存在は」
「最初から、そう言っているだろう? 諸君達とは違う、と」
そこに、砂男の姿はなく――
「義手や義足を奪っていったのは、コレが理由か・・・・・・」
歯噛みする三八谷の声が、遠くで聞こえてくる。
「――済まない、待たせてしまった」
「っ――――――」
「一つの卓で二人のプレイヤーを同時に相手にするのは、なかなか骨が折れる仕事でね」
一足飛び。
視界から消えた瞬間に、こっちまで迫ってきやがった。
三八谷の方へ、誰かの義手だけ残して――
「こんな、隠し球を残していたのかよ・・・・・・お前」
「全力で向かってきた者に全力で立ち向かうのが、ディーラーというものだ」
切っ先を僕の鼻筋へ向ける。
「さて、君は全力を出してくれるかね? それとも、全力を出す事なく敗北するか?」
「ッ――――――――!!」
「立ち向かうか、面白いッ!!」
当たり前だ。
こんな愉しい事、そうそう逃がしてたまるか。
血が滾り、
さっきは邪魔が入ったが、これなら――
「――ほう、」
巨大なナイフで僕の銃弾を払いながら、感嘆する砂男。
「懐かしいな、この感覚」
「何がッ!!」
銃弾を二発見舞ってから、
「初々しいということさ、青年!!」
一太刀を鞄で受け止める僕に、砂男は叫ぶ。
「股間を膨らませながら前屈みで戦場に出てくる奴は、いつの時代も決まって新兵だ。恐怖と快楽は常に表裏一体――――恐怖が強ければ強い程快楽は増し、仮初めの倒錯感に身を焦がす。自分が戦場に怯えていた事を知るのは、下着を白濁させる前に赤濁の中へ沈む最期の時だけだァッ!!」
「何をッ!!」
叫ぶ僕に、LEDの青い瞳が結ばれる。
「怯えているのだよ、貴君は。戦場という獣になァッ!!」
「!?」
冗談じゃあ、ない。
確かに殺し合いは怖いさ。だが、僕は絶対に怯えない。怯えてしまったらどうなるか、あの日、厭と言う程に学んだのだから――
「自動拳銃で戦う時は
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
考えるな。
耳を貸すな。
思い出すな。
「怖いのだろう? 弾切れが!」
「ッ――――――!?」
――あと二発。もう二人しか殺せない。
「あ・・・・・・」
「・・・・・・思い出したようだな、」
――十人・・・・・・いや、五人、三人来たら・・・・・・どうする?
「ああ・・・・・・」
「仮初めの倒錯感へ封じた己のトラウマを――」
――銃が軽くなるのは嫌だ。命が軽くなっていくのは嫌だ。
「う・・・・・・ぁ」
――僕は、
「うぁあああああああああああああああああああああァッ!!」
――死にタく、ナイ。
「その脆弱さが、貴君の真の
「為にィ――――――――――ッ!!」
「
「殺すゥ死ねェ――――――――ッ!!」
激突。
左腕が鞄ごと斬り落とされる。
だからどうした。
斬り落とされたのなら、
「ッ!? 止めて、澪! お願い、これ以上は――」
「やはり、貴君も――」
生やせばいいだけだ。
「アレってアンタと――」
「馬鹿野郎、俺はあそこまで自然な腕なんか――」
外野が五月蠅い。
腕が生えただけで驚くな。
「耳障りだ、その声」
いっそ、音が出ないようにしてやろうか。
人を殺すのは簡単。
「もう、聞きたくないから――――口を閉じられないようにしてやるよ」
銃声。
腹にまで響く、この殺意の音。
最高だ。
自分が強くなるこの感じが、堪らない。
「――ペナルティだぞ、青年」
右腕を広げ、水を差すように砂男は言った。
「手札の悪さをギャラリーに八つ当たりをするとは・・・・・・その振る舞い、ディーラーとしては感心せんな」
その右手の後ろには、身構える女の姿――
「退けよ、鉄屑」
「ディーラーとして、貴君のその言葉は聞き入れられんな」
「そうかい――」
銃を構え直し、
「じゃあ、お前ごと殺すわ」
銃声。
同時。
踏み込む。
今の僕なら、何処の誰だろうと二人を同時に殺す事ぐらい――
「――何、やってるのですか・・・・・・貴方は」
刹那、気配。
照星、銃口。
「え――――」
眼前。
「え、ではありません。一体、何をやっているのですか」
左手を腰に当て右腕を高く突き上げる、カタリナの姿――
「潭澤 澪、貴方は探偵でしょう? 探偵は、犯人以外を手に掛けてはいけません。ましてや、戦う意志のない人間を殺めるなど言語道断。それでは、義の無い獣以下の殺人鬼です」
「だって、アイツは――」
第二撃。
「口を
「カタリナ・・・・・・僕は――」
第三撃。
「今の一件で、愛想が尽きました」
踵を返し、カタリナは言葉を紡ぐ。
「砂男・・・・・・様と、お呼びして宜しいのですね?」
「吾輩は所詮、名もなきディーラーだ。好きに呼んでくれて構わぬよ、我が愛しの姫君」
「そう――」
冷たいヒールの音を凜と響かせながら。
「なら・・・・・・砂男様、わたしは貴方と共に行きましょう」
「カタリナ――」
「いいのかね? 吾輩は別に構わぬが、勝負が着かぬままディーラーがポットに積まれたチップを総取りしては、このフロアにいる人間達が納得しないのではないか?」
「構いません。勝負は既に決しております」
首を回し、三八谷へ視線を向ける。
「見たところ、一番の戦力である彼の右腕は壊死と腐食が始まっております。十全な状態ですら苦戦を強いられた彼が、今の容体で貴方に立ち向かえるとは到底思えません。また、これだけ派手に戦闘を行ったにも関わらず未だに署員の増援が来ない事から鑑みて、新たな戦力が現れるとは考えられません。恐らく夜勤の署員は貴方によって全員排除されたか、もしくは恐れを成して逃亡したのでしょう。以上二点から、このゲームの勝者は貴方であると導き出しました」
「成る程」
だが、と砂男は僕へLEDの細い光を向ける。
「彼が、まだ残って居るぞ?」
「お
「一理、ある」
含みを持たせるようにLEDを僕から逸らし、砂男はカタリナの右肩に手を置いた。
「では、参ろうか・・・・・・姫君よ」
「はい」
「――おい、待てよ」
崩れかけた階段を降り始めた砂男の背中へ銃口を向ける。
「まだ・・・・・・終わってねぇぞ」
「見苦しいな。払ったベットを惜しむのは、三流のプレイヤーである証拠。貴君が一流のプレイヤーを目指すならば、常に散り際も心得ておくものだ」
「・・・・・・澪、」
つまらなげに階段を降りる砂男を置いて立ち止まると、振り返る事なくカタリナは言う。
「わたしの依頼は、まだ果たされてはおりません。故にわたしは、未だに貴方の依頼人なのですよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「探偵として、わたしの依頼を果たしに来て下さい」
それでは、と頷くように小さく頭を下げ、カタリナは砂男の後を追った。
その後ろ姿を僕は追う事は出来ず、
「っ・・・・・・く、生――」
八つ当たりするように、構えた銃を放り捨てようと手を高く上げる。
しかし命綱たる銃を手放す事が僕には不可能で、
「畜生―――――――ッ!!」
それが、余計に僕を惨めにさせた――
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