三、『レッド・アイ』その3

 張り詰める、冷たい空気。


 引き金トリガーが、空気を軋ませ絞られた。

 撃鉄ハンマーが、雷管ニップルへ叩き付けられ火花が迸る。


 同時に、鈍い音が放射線状に広がった。


「ふむ――」


 噴出するように放たれた銃弾は、僕が握る鞄に阻まれ独楽のように回転し、力尽きると足下へと小さな音を立てて転がり堕ちた。


「しくじった・・・・・・か――」


 サイボーグは、さほど感心なさげに独り言ちる。それから銃を一瞥し、バナナを一房もぐように野太い腕を放り捨てた。


「少し・・・・・・ベットを高く設定し過ぎたようだ。仕掛けた勝負でこのざまとは、なんとも情けない」

「お前・・・・・・何者だ」


 恐らくは、通り魔に違いない。

 しかし、僕は聞かずにはいられなかった。



 男――サイボーグの外見。一切の人間性を廃した無機質な外観を見てしまったから。



 顔まで覆う黒い革製のレザースーツ。継ぎ接ぎのように見える無数のジッパーの隙間から、センサー類の灯と思わしき様々な色のLEDが光り輝く。しなやかな四肢は人間のモノではなく、破けた左腕から露出した灰色のそれは、家電やパソコンのケーブルを幾つも束ねたモノを連想させた。


「何者だ・・・・・・お前」


 反応を示さぬサイボーグへ、僕は再度問う。

 僕が聞きたいのは、このサイボーグの名前でも職業でも趣味でも正体でもない。ここまで徹底的に人間性を捨て去る事が出来る、この男の本質だ。


「サイボーグ然としたサイボーグを見るのは初めてかね? 青年」


 くぐもった声で、男は言う。


「どうだ、怖いだろう? まるで、宇宙人と対面しているような薄ら寒さがある筈だ。隠さなくても良い。どこかの人権屋が植え付けた差別感に苛まれる事はないぞ、青年。その感情は、決して間違いではないのだ。吾輩達サイボーグと君達人間は、思考を司る脳は同じであるが本質的にはなのだから。その証拠に、その辺を歩いているサイボーグ共も、カーボンセルロイドで出来た外皮を剥いてやれば吾輩と同じような外見になる。いいかね、青年。我々は君達とは違うんだ」


「――砂男すなおとこよ、そいつは」


 ご講説を宣うサイボーグに対し、咲龗子は言った。


「自動人形を狙う怪人なんて、砂男と相場が決まってるわ」

「ホフマンか・・・・・・悪くない。なら、貴女の麗しの瞳をレイズ代わりに頂くことにしよう」

「レイズに舞い上がるなんて、とんだ初心者ビギナーね。何の後ろ盾もないアンタの手札で、わたしに勝てるかしら?」

「陛下は、随分とカード遊びに慣れていないようだ。どんなに良い札が来たとしても表情を崩さないのが、賢いプレイヤーの在り方だというのに」


 嘆息。


「カードは素晴らしい。この平穏な世の中で、差し違える程に命の遣り取りが出来るのはこれぐらいのものだ」


 銃把グリップ手首を引き剥がし、サイボーグ――砂男は右手で銃を構えた。


「銃は――――口径が、大きければ大きい程良い。〝一撃で殺せる〟という安心感が、臆病者の吾輩には具合が良いのだよ」


 語ると同時に、撃鉄ハンマー雷管ニップルを蹴り飛ばす。

 弾き出された銃弾は、牙を剥いて僕へと襲い掛かった。


「――予め、言っておこう」


 銃弾を躱した僕へ、砂男は畳み掛けるように間合いを詰める。


「吾輩は我が姫君を傷付ける気は、毛頭ない。故に彼女の事は気にせず存分に戦ってくれ」


 もし、と言葉を句切る。二の句を継ぐ前に、黄金色の銃弾が僕の頬を掠め去った。


「姫君を囮に使うなどという不埒な行為を行ったとしても、吾輩は彼女に傷一つ付ける事なく諸君等を殺害して見せよう」

「ッ!?」


 第三撃。

 シリンダーが回転し、放たれる銃弾。


 その銃弾は、カタリナを盾にして身を守る咲龗子の額を真っ直ぐに捕らえ、兇悪な顎をがばりと開いた。


「――成る程、」


 再度銃弾を鞄で受け止め航空機用のゴーグルを付けた僕を青い単眼で無機質に見つめ、砂男は言った。


「未熟ではあるが良いハンドだ。女王陛下も、なかなかに良い手札を持っておられる」

「それって、ロイヤルストレートフラッシュってやつか?」

「自分を買い被るのはあまり感心せんぞ、青年。死神はその慢心に付け込み、大鎌で足下を掬うのだから」

「慢心だって? それはお前の方だろう、砂男」


 銃口をこちらに突き付ける砂男に対し、僕は言った。


「確かにそのM500は規格外の威力を誇っている。だが、代償としてシリンダーの強度を保つために装弾数が驚く程少ない。確か五発、だったか。この戦闘で三発使っている事から考えて、残りは精々一、二発といったところだろう。どっかの脳筋男から奪った銃で、僕を殺せるのか? 奪った銃の再装填機クイック・ローダーなんて、お前が都合良く持っている訳が――」

「弾がなくなるのが、そんなに怖いか?」

「なっ――――」


 怖気立おぞけだつ。

 眼前の無機質な男に対する恐怖が、僕の肌と心を紙ヤスリのような不快感を伴って削っていった。


?」


 踏み込む。


「――――――――!?」


 地鳴りと共に間合いを詰めた砂男に一刹那遅れ、僕は鞄を緊急展開させて銃を引き抜いた。


 AMT社製競技用自動拳銃、ハードボーラー。通常規格の二倍はある長大な遊底スライドが飛翔する竜の羽ばたきのごとく二度後退し、獰猛な唸り声を上げて金属を纏った焔弾を放つ。


「やはり、駄目だな――――自動拳銃は」


 回避。

 二発の銃弾は砂男に掠る事無く背後の壁にめり込み、同時に背後で甲高い男の呻き声と人が倒れる音がした。


「パーツが複雑化した事による動作不良率の上昇、撃鉄ハンマーから撃針ファイアリング・ピンを介する事により生じる発射の僅かなタイムラグも頂けない。須くデザインが気にくわないのも問題だ。そして何より――」


 声からして、殺されたのは富士見台分署の署員だろう。あの無駄に特徴的な声には聞き覚えがある。


 いや、そんな事はどうでもいい。

 問題なのは――


「敵に薬莢たまを送る事――――これは、致命的欠陥だ」

っていうのかよ・・・・・・そんな、――」


 肯定するように握った薬莢を指で弾き、頭部の青色LEDが細められた。


「これが―――サイボーグの身体能力だ。言っただろう? 我々は君達とは違うんだ・・・・・・とね」

「っ――――――」


 一歩。

 静かに歩を進める砂男。


「もう一つ、吾輩の手札を開こう。今現在、吾輩が構えるこの銃には、弾が一発も入っていない。先程女王陛下を狙った銃弾で最後だ。シリンダーを見て気付かなかったかね?」

「じゃあ――」

「どうやって・・・・・・か? 簡単な事だよ、青年――」


 銃をまるで短剣のように構える砂男。いや、それは〝まるで〟ではなく――


。幸いにもこの銃は、大口径銃弾に使われる火薬にも耐える強度を誇る。吾輩の腕力と合わせれば、貴君を屠る事など容易いだろう」


 こんな風に――と、砂男は壁に剥き出しになったパイプに銃身を叩き付ける。容易くパイプはひしゃげ、ジグザグに開いた亀裂から大量の水が溢れ出した。


「そんな攻撃・・・・・・避ければ、怖くはない」

「気取るのも結構だが――――実際問題、可能かね?」


 一歩。

 踏み込む音が、消える。

 音だけではなく、砂男の姿さえも――


「――先程から、手心を加えているのだよ」


 衝撃。

 僕の鞄に、先程とは比べ物にならない強い力が加わった。

 咄嗟に、鞄で防御した訳ではない。奴は、意図的に僕の鞄を狙ったのだ。僕が、奴の反応に付いていけない事を見越して――


「吾輩は、見ての通りのディーラーだ。プレイヤーにゲームを刺激的に楽しんで貰う為であれば、カードを配る時に手心の一つも加えるさ。ディーラーとは単にゲームを取り仕切るだけでなく、常に卓上をドラマチックに盛り上げなくてはならないのだよ」

「何が・・・・・・ディーラーだ。全身レザースーツのイカれ野郎じゃねぇか」


 二撃目。

 今度は鞄ではなく、脇腹に重い一撃が加えられた。


「ペナルティだ。口を慎みたまえ、青年。ゲーム中において、ディーラーや他のプレイヤーへの侮辱行為はマナー違反だぞ」


 血痰を吐き出す僕に向けて、蔑むような青い視線を送る。


「それとも――――プレイヤーを降りて、狩られるだけの獲物に成り下がるかね? 他の四人のように」

「っ・・・・・・・・・・・・・・・!」


 引き金トリガーを引く。

 何度もブローバック何度もブローバック何度もブローバック


 周囲へ無尽蔵に薬莢をばらまき、銃身バレルから放たれた銃弾の命中の是非を確認する事なく引き金トリガーを引き続け、弾倉マガジンが空になる前に吐き捨て鞄から新たな弾倉マガジンを繰り出した。


「全く見苦しい、チンピラの撃ち方だな・・・・・・どうも。弾幕を作っているつもりなら、出来損ないもいいところだ。これならクリームだらけの両手で作った幼児のビーズアクセサリーの方が美しい」

「そういう台詞は――」


 ゴーグルを掛け直す。

 地面を踏み砕き、高鳴る鼓動。

 限界まで力強く拍動する紛い物の心臓が、僕の全身へ力と毒を送り込む。


「・・・・・・はやいな、実に――」

!!」


 全弾命中。

 銃弾を全身に叩き込まれ、微動だにせず佇む砂男。頭部に命中した銃弾が脳を破壊して機能が停止したのか、否――


「素晴らしい・・・・・・獲物は元より、単なるハンドにしておくには惜しい逸材だ。貴君はプレイヤーにこそ、相応しい」

「やはり、ノーマルな.45弾じゃ無理だったか・・・・・・」


 無傷。

 胸の痛みに顔をしかめ舌打ちすると、ジャケットのポケットに入った二組の弾倉マガジンに意識を向けた。特殊軟質合金を用いて製造されたホロウポイント弾であれば、強靱さが売りなサイボーグだろうとただでは済まないだろう。


 しかし咲龗子から貰った二つしかないホロウポイント弾の入った弾倉マガジンなんか、この状況では使えない。

 今必要なのは数だ。一発でも多く、奴に叩き込む。


「しかし惜しい事に、腕が未熟すぎる。吾輩が君を鍛え上げれば、恐らく君の右に出る者は居なくなるだろう。こういう有能且つ未熟なプレイヤーが卓を訪れた時程、悔しい事はない。優秀なその芽を自らの手で刈り取らねば、ならないのだから」

「何を――」

「貴君は吾輩へ銃弾を放った時、ピンポイントに吾輩の急所を狙うのではなく、吾輩全体を一つの的として面として捉えて狙ったな?」

「いちいち、雑談が多い奴だな――――お前」


 躊躇なく、引き金トリガーを三度引く。

 それが最良の答えであったように、砂男は嗤った。


「ふむ・・・・・・首と右腕、そして中央――――か。やはり、面で捕らえて狙っているな」

「それが・・・・・・どうした――」

「貴君の高速移動に、視界が対応出来ていないのではないかね?」

「ッ!?」


 僕の驚愕を肯定と捉え、砂男は続ける。


「風というものは、速く動けば動く程に対象者の視界を著しく奪う。貴君の面で捕らえる銃撃は、その状況下で自然と身に付いた物だと推察出来る。だが面で捕らえるが故に致命傷を与える事は出来ず、一度でも狙いを外せば立て直すのは難しい。もし多数で不意を襲われでもしたら、目も当てられぬ惨状になるだろう」

「っ・・・・・・・・・・・・」

「貴君の先程の動き・・・・・・まるで、瞬間移動だ。とても人間業とは思えない。恐らくは、心臓の代わりに強力なジェネレーターの類いを積んでいるのだろう。だが、ジェネレーター以外が生身の軀では強い負荷が掛かるだけで力が十全に発揮されず、そのような癖のある撃ち方になるのだ」


 銃を構えぬ左手を僕へと差し出す砂男。

 その左腕は大蛇の行進のようにゆっくりと脈動し、五指はミミズのように絶えずのたうち回っていた。


「そのゴーグルで視界を確保しているようだが、貴君の速さには対応しきれないだろう。いっそのこと、心臓だけで無く肉の軀を捨ててサイボーグになった方が楽では無いのかね?」

「せっかくの誘いだが――」


 否定を込めて、引き金トリガーを引く。

 銃弾は砂男の眉間に命中するが、めり込む事なく地面に転がった。


「僕はサイボーグが嫌いだ。この心臓ちからだって、好きで持ってる訳じゃねぇんだよ」

「リスクを背負いながらも手札を交換する事無くゲームを続行する・・・・・・素晴らしい。それでこそ、プレイヤーというものだ。吾輩は常にそのようなプレイヤーを心から賞賛し、」


 消失。

 背中に、刺すような気配。


「心が灰燼するまで叩き潰す事が信条だ」


 激痛。

 それは、殴られた痛みではなく――


「内蔵していたかァ・・・・・・銃器をォッ!」

「仕込むさ、サイボーグだからなァ! 軀中何処にでも、好きなだけ好きな物をッ!!」


 硝煙の臭いを漂わせる銃口が剥き出しになった右脚をこちらに向け、砂男は得意げに言った。


「お前、リボルバーでぶん殴るして卑怯だぞ! ディーラーなら卓上では公正で居やがれェッ!!」


 怒りを込めて引き金トリガーを引き、銃が反動で反り返った隙を見計らって弾倉マガジンを交換する。


「先程述べたように、ディーラーとは、常に卓上をドラマチックに盛り上げなくてはならない。卓上のドラマを演出するためならば、如何様イカサマの一つや二つ、やぶさかではないのだ」

「アナログゲーマーとしてはゲス以下だな、その発想・・・・・・!」


 当たらぬ銃弾に歯噛みする僕を油断無く見据え、脚部の銃身を収納し左手を蝶の様に展開させて中から巨大なナイフを繰り出す砂男。


「しかし、ライフル弾を背中に直撃されても軀が吹き飛ぶ事なく軽口を叩く余裕があるとは・・・・・・事前に、治療用ナノマシンを投与していたということか。成る程・・・・・・どうも、今宵のプレイヤーは一筋縄ではいかない方々が多いらしい」


 左腕と一体化したナイフを中段に構え、右手に握る鈍器と化したリボルバーと共に僕へ向ける。


で千切りに刻み込めば、医療用ナノマシンといえども回復は追い着くまい。さあ、ショーダウンだ。先程の大男のように、我が手札の前に朽ち果てるがいい――」



「――俺が、何だって?」



 途端。

 崩壊し始めた階段から、野太い声が聞こえてくる。


「お前が俺達のワゴンを奪っていくから、ここまで来るのに大分時間が掛かった。おかげで道中、使えない三流大学卒の新人は文句ばかり言うし、年齢のせいで体力が衰え始めた夏江はヒステリーを起こして非常に面倒だ。まったく、どうしてくれる・・・・・・」

「二十四、余計な事は言わない! それと、わたしはヒステリーじゃないわッ!! 社長と呼ばなかった事と併せて、後で処刑するわよ!?」

「もう帰りたいっす・・・・・・お家に帰して下さい・・・・・・」


 ゆっくりと近付く足音が三つ。

 内訳は、重い音が一つに、軽い音が二つ。


「ほう・・・・・・あれだけの傷で、ゲームから降りて――――いなかったのか」


 LEDの光量を細め、ほくそ笑むように砂男は言った。


「再び、勝負を挑むかね? 再戦時のベットは値が張るぞ?」

「お前の言い値を賭けてやるから、まずは俺の銃を返せ」


 粉塵の中から現れる、宅配業者の三人組。



 これほど格好良く登場する宅配便を僕は知らない。

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