二、『エッグ・ノック』その4

「辞めてやる・・・・・・もう、絶対こんな会社辞めてやる・・・・・・」


「そんなにいじけるなって。昔からよく言うだろ? 命あっての物種って」

「それが、人を勝手に囮に使った人間の言う事ですかッ!?」


 止血を施され体育座りでうずくっていた張山は、反射的に埋めた顔を上げて声を荒げると、殺意の篭もった瞳で囮に使った張本人――三八谷 二十四を睨み付けた。


「囮にすると言っても、もっとこう、防弾チョッキに血糊を仕込むとか、そういう保険を掛けてやるもんでしょう!? 普通に防具無しで銃弾受けるとか、当たり所が悪ければ死ぬ所だったんすよ!?」

「しょうがねぇだろ。あのクラスの手練れなら、戦闘中に血糊か本物の血かの区別は瞬時に付く。血糊だと判断されて、頭をぶち抜かれるよりよっぽどマシじゃねぇか」

「そりゃまあ、そうっすけど・・・・・・これ、労災ちゃんと出るんでしょうね?」


 ふて腐れながら渋々二十四の言葉を飲み込み、張山は近くで鞄を漁る夏江へ視線を移す。


「・・・・・・張山、社長として、貴方の勇気ある犠牲に是非とも報いたいんだけど・・・・・・残念ながら、うちのような零細企業に、危険手当も労災も出すゆとりはないわ・・・・・・」


 深刻な表情を作り、奥歯を噛み締め呻くように言葉を絞る。近くで二十四もそれに併せて、涙を隠すように厳つい顔を筋肉質な右手で覆っていた。


 馬鹿馬鹿しい演技も、ここまでやるといっそ清々しい。


「予想はしてましたよ・・・・・・なんとなく。そういえば、毎月の給料から何パーセントか民間の保険に積み立てしてましたよね? アレ、どうなってるんですか?」

「ああ、アレは保険という名目の、夏江主催飲み会の会費――」


 衝撃。

 二十四の言葉が終わる前に、夏江の見事な蹴りが彼の股間に炸裂する。この世の者とは思えぬ表情で嗚咽し崩れ伏した二十四の姿と、得体の知れぬ凄味を見せる夏江の笑顔に、張山はこの世の地獄を垣間見た。


「わたしの事は社長と呼ぶ事、そう何度も言ってるでしょ? 分かったら返事をしなさい」

「多分・・・・・・しばらく、先輩はまともに喋る事が出来ないと思うっすよ・・・・・・社長」

「それはそれで、都合が良いわね」

 さらりと人を喰ったように嘯くと、引きつった顔で二十四へ哀れみの視線を向ける張山の首へ注射器で薬液を注入する。


 薬液の中には、特殊なタンパク質で構成されたナノ単位の治療用自立機械が封入されている。ナノマシンと呼ばれるバクテリオファージを模して作られたこの生体機械は、体内に取り込まれると、信号を出して体内の各細胞に指令を送り体内の自然治癒力を飛躍的に上昇させる作用を持っていた。


「これでよし。治癒能力促進用ナノマシンを注入したから、数時間もすれば動ける程度には回復するわ」

「はあ・・・・・・しかし凄いですね、銃弾で撃たれても治療用ナノマシンを投与すれば完治するし、重傷を負ってもサイボーグ化すれば生き続ける事が出来る。本当・・・・・・ここ十年で、随分便利になりましたね」

「相対的に、命の価値は下がってる気がするけどね・・・・・・」

 細い針にキャップを嵌めながら、夏江は吐き捨てるように呟いた。


「――だが、どんなに価値が下がろうとも、人間が持てる命の数は一つまでだ。ゼロになろうとも、マイナスにはならん」

「先輩、喋れる程に復活したんすか・・・・・・?」

「ああ。腰を叩けば痛みはすぐに和らぐからな」

「それ、思いっきり迷信じゃ・・・・・・」


 張山の言葉を無視し、二十四は再び語り出す。


「サイボーグもナノマシンも、元を辿れば最悪島イースト・エンド・ランドで取られた研究データを元に確立された技術だ。元々命の価値を底値まで下げて確立された技術を乱用しようとも、これ以上下がる事はないだろう」

「え? 最悪島イースト・エンド・ランドって、単なるスラム化した人工島ギガ・フロートっすよね?」

「まあ・・・・・・表向きは、な」

 きょとんとした顔で首を傾げる張山に、頭を掻きながら二十四は歯切れ悪く答える。


「実際は、が這入り込んだ、一種の巨大な人体実験場よ。司法機関が麻痺している事を良い事に、最悪島イースト・エンド・ランドで暮らす人々を使って様々な人体実験を繰り返していたの。そこで取られたデータを元に、画期的な治療法やら新薬が次々に開発されていったわけ。謂わば、科学者の楽園ね」

「楽園・・・・・・というよりは、遊園地だな。興味本位で体中を弄くり回された奴にとっては、何とも腹の立つ事実だが」

 機械化された右目をなぞり、二十四は感情を押し殺した声で夏江の解説に補足した。


「しかし、あの男の動き・・・・・・まさかとは思うが、最悪島イースト・エンド・ランドの関係者か何かか? サイボーグではないのにしろ、あの運動神経や反射神経は、単純に身体を鍛えただけでは手に入らん力だ。考えられる可能性としては、おそらく俺と同じように――」

最悪島イースト・エンド・ランドの関係者かどうかは分からないけれど、ろくでもない人間の関係者だって事は間違いなさそうね」


 二十四の言葉を遮るように、夏江は憎しみを込めて言う。


「被ったヘルメットの上に赤色回転灯パトランプを乗せてバイクで爆走するぐらいっすからね・・・・・・まともな神経していたら、普通真顔であんなピポザルみたいな格好はしないっすよ。女の子なら特に」

「アレはきっとあれだ、誰かに突っ込んで欲しかったんだけれど誰も突っ込みを入れなかったから、仕方が無く真顔で通さなければならなくなったパターンだな。きっと、内心はかなり赤面していたに違いない」

「成る程・・・・・・なかなか、奥が深いっすね」

「・・・・・・そっちじゃないわよ」


 何度も深く頷く男二人に対し、げんなりとした口調で夏江は否定する。


「気付かなかった? あの、この市の警察署長である雨皷あまつづみ 咲龗子さくらこよ」

「ああ、あの一日アイドル署長が居座り続けてるっていう――」

「張山、知っているのか」

「ネットじゃ、一部のコアなファンに熱烈に支持されてますからね」

 言うと、張山は自分のスマートフォンを操作し、雨皷 咲龗子のグラビア画像を検索する。


 出てきた画像は、とてもアイドルとは思えぬ底冷えした視線でカメラを見つめる水着姿の雨皷 咲龗子の姿であった。


「こう改めて、まじまじと見ると・・・・・・確かに、男受けしそうな顔と胸ね。こういう人生舐め腐ったタイプは、昔からいけ好かないのよ。胸の代わりに内臓を露出させて無残に死ねば良いのに」


 張山が差し出したスマートフォンのモニターを見つめながら、眉を吊り上げ露骨に不愉快な口調で夏江は言う。


「確かに巨乳も人気の一つですが、彼女の曲が格好のカラス除けになるってのが一番の理由ですね」

「カラス除け? ベランダにディスクでも吊していたのか?」

「いや、CDは出ていません。彼女の独特すぎる歌唱力がカラスの苦手とする波長に酷似しているらしくて、流してるとその周辺にカラスが寄り付かなくなるんです。一度動画サイトで見た事がありますが、それはもう・・・・・・地獄絵図のような光景でした。最盛期には精神的ブラクラとして、彼女の動画スクリプトを貼り付けて様々なSNSを荒らす愉快犯も結構いたみたいです」

「つまりは、相当な音痴って事だな・・・・・・」

「ネタキャラとして熱烈な支持を受けている訳か・・・・・・なんか、可哀想になってきた・・・・・・強く、生きなさい」


 夜闇に溶けて消えた雨皷 咲龗子へ視線を送るように、夏江は視線を虚空へ投げる。彼女の慈愛に満ちた仏の貌は、張山が入社以来始めて見る貌であった。


「しかし、だが何でそんなアイドル署長が、一端の事調人オプを救出しに来たんだ? 奴らにとって事調人オプは、ホテルの使い捨て歯ブラシ程度の価値しかないだろうに」

「おそらく、事調人オプはついでね。目的はわたし達と同じく、自動人形オートマタの回収。予想外。まさか警察マッポまで狙う代物だったとは、思わなかったわ。本当に、今日はついていない」


 髪を掻き上げ、夏江は煙草を口に咥えて火を点ける。嘆息が溶けた紫煙が、星の見えぬ夜空に昇っていった。


「人間そっくりの、百年前に作られた精密な自動人形オートマタですからね。闇で捌けば、好事家がかなりの額を出すでしょう。貌の造形もかなり良いですからね。自分だってお金があれば――」

「あ?」

「は?」


 腕を組み頷く張山の言葉に、二人は辛辣な反応を示す。


「え・・・・・・また、何か間違っているんですか?」

「いや、つくづく純粋な人間だね、って思っただけよ」

「夏江の話と、軍用サイボーグに襲われた事を総合的に考えて気付よ、馬鹿」

「すみません・・・・・・まだ全然分からないっす。だって、百年前の自動人形オートマタっすよね? 廃墟の隠し部屋に安置してあったのを自分達が見つけて、それを運び出した・・・・・・ま、まさか!? 人形ではなく、人間で自分達誘拐犯って事じゃ――」

「いや、それはない。アレは紛れもない人形だ」


 血の気が引く張山に対し、冷静に否定する二十四。


「・・・・・・だが、百年も前にあそこまで精巧な自動人形オートマタを作れると思うか?」

「そ、それは確かに自分も思っていましたけど・・・・・・でも世の中、オーパーツとかあるじゃないっすか。人間みたいに動く人形だって存在するかもしれないっすよ?」

「それよか、使・・・・・・と考えるのが、妥当だろうな」

「何でそんな面倒な事を――」


「――戦闘用自立機動兵器禁止条約」


 紫煙と共に夏江は言葉を吐き出す。


「もしくは殺人ロボット禁止条約、と言った方が分かりやすいかもね。G7が加盟している戦争協定の一つよ。これに加盟している国は戦闘用のロボットを製造したり使用したりする事が出来ない。当然・・・・・・人造人間アンドロイドもね」


 吸い殻を携帯灰皿に放り込み、夏江は二本目の煙草をくわえて火を点けた。


「・・・・・・不思議だとは思わない? 金属と肉体を融合させるサイボーグ技術に、高性能AIを代表とする高度に発達した量子コンピューター技術。その二つが存在するこの現代に、人造人間アンドロイドが存在しないなんて」

「兵器転用されれば協定違反になるから製造出来ない、という事ですか・・・・・・?」

「ちょっと違うな。兵器として無用の長物になっているから、何処の企業も開発しないんだよ。莫大な研究費と開発費を手っ取り早くお手軽に回収するのに、戦争は都合が良い。その都合が良い稼ぎ先を抑えられてまで開発する価値が、人造人間アンドロイドにはないって事だ。今まではな」

「成る程・・・・・・でも、その条約が今回の一件にどう関係あるんですか? 正直、話が全然見えてこないんですが――」

「百年前の骨董品に機関銃を持たせても、それは別に条約違反ではないだろう? それは人造人間アンドロイドではなく、自動人形オートマタなんだから」

「そんな、屁理屈へりくつというか頓知とんちみたいな事――」

「法案や条約なんてやつは、屁理屈や頓知の集合体みたいなもんだ。ルールに書いてない事は、何をしても構わない。現に、脳以外が機械化されたサイボーグは、人間と見做みなされて様々な戦場で活躍している。そんなもんだ、世の中ってのは」


 嘯き、二十四は太い腕でボリボリと頭を掻くと周囲に雲脂フケを撒き散らした。


「おそらく、兵器としての使用を前提に百年前の自動人形オートマタに偽装して製作した人造人間アンドロイド――――それが、あの人形のだ」

「だから、警察も狙っている・・・・・・」

「日本は殺人ロボット禁止条約に批准ひじゅんしているからね。そして当然、アメリカも批准している」

「そうか、それで米軍の軍用サイボーグ・・・・・・」

 全てが繋がった、と言わんばかりに張山は目を見開き、直ぐに目を閉じて黙考する。


 沈黙。

 そして、静かに口を開いた。


「やっぱ・・・・・・降りません? この仕事」

「無理」

「不可能だな」

「やっぱり、そうっすよね・・・・・・」


 にべもなく否定する二人に対し、張山はがっくりと肩を落としてこうべを垂れた。


「――兵器の偽装・・・・・・アンティを払って配られた手札では、現状そう考えるのも仕方がない」


 途端。

 夜の空気を振るわせるように、声が響く。

 三人以外の、まったく別の声。


「しかし、もっと単純に考える事はしなかったのかね? この世の中とは、案外単純なものなのだよ。思考を放棄し、フォールドするのはまだ早い」


 誰だ、と言わんばかりに二十四は声が発せられた方角へ無言で素早く銃を向ける。それをせせら笑うように、冷たい金属質の風が吹いた。


「それは、コールの意思表示か? それとも、レイズの催促か? まあ、どちらにしろ問題はない。吾輩はあくまでもディーラー。諸君が早々にフォールドする軟弱者でなかった事に敬意を表し、素晴らしい手札を進呈しよう」


 風に混じり、紙の擦れる音が聞こえてくる。それがトランプをシャッフルする音である事に気付くのに、それほど時間は掛からなかった。


「諸君等の仮説は、全くの見当外れだ。だが、方向性は間違っていない。使い方次第では、彼女は素晴らしい殺戮兵器になりえるのだから」


 しかし、と声が区切る。


「あの素晴らしき芸術品を殺戮兵器にするなど、無粋の極み。この世界には鏖殺の道具が溢れているのに、わざわざ彼女を殺戮兵器にする必要などない――――そうは、思わないかね?」

「・・・・・・どうでもいい。俺達は運び屋だ。荷物が何であれ、依頼主の所へ届けるのが使命。主義主張など、サインが終わった伝票以下の価値しかない」


 静かに、しかしはっきりと二十四は言葉を紡ぐ。握り締めた銃の撃鉄ハンマーを厳つい親指で降ろしながら。


「それは、彼女の正体を知らずとも良いという意思表示か?」

「積み荷に興味はない。俺達の興味は、依頼料だけだ」

「成る程・・・・・・」


 くぐもった嗤いと共に、シャッフルの音が止んだ。いつしか風も止み、辺りに静かな緊張感が染み渡る。


「手札を交換せずに戦いに挑むか・・・・・・面白い」


 刹那。

 夜闇から、金属が擦れる音共に闇が姿を現した。かろうじて人の姿を模っているが、闇である事に相違ない。左手に山札を抱え、右手には一組のカードが握られていた。


 セブンが三枚に、エースが二枚。紋標スートセブンがスペード、クラブ、ハートにエースはダイヤとクラブ。作られたハンドは紛う事なきフルハウスで有り、手札次第では逆転出来るが易々と突破するのは難しい。


「まったく、ディーラー冥利に尽きる。他の四人は卓上で行われるゲームの種類さえ判別出来ぬ無粋な連中だったが、どうやら諸君達は違うらしい」


 闇が一歩、歩を進める。夜闇に溶けていた輪郭が徐々に明確になっていき、相対する三人を驚愕させた。


「お前は――――」


 見間違う事など、有りはしない。

 何故ならその闇は、一昼夜彼らを追い回していた存在であったから。


 全身を顔まで包み込む革製の黒いスーツに付けられた無数のジッパーが、動く度に奇妙な音を奏でる。顔面の中央、斜めに刻まれたジッパーの割れ目から、LEDを連想させる細く青い光が嘲るように漏れた。


「先程までの吾輩は、諸君等を鹿か兎程度にしか考えていなかったが、その態度を改め吾輩の卓へ迎えよう。諸君等は立派な、プレイヤーだ」


 手にしたハンドを宙へ放る。

 夜闇に躍るように、白いカードが空を滑る。その光景に、張山は目標地点を狙い定めて旋回する爆撃機を連想した。


「・・・・・・さあ、ショーダウンだ。諸君等の手札を見せて貰おう」

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