政務秘書官エイデン侯爵とメイド三人衆


 式の途中で倒れた私。目覚めた時には再び見知らぬ天井が広がっていた。


(あれ、私⋯⋯いつ着替えたんだろう?)


 ベッドから起き上がると、薄青色のひらひらしたワンピースのような服を着ていた。状況が飲み込めず混乱していると、呑気にも私の腹の音だけがだだっ広い室内に響く。


 すると、それから間もなく部屋の外が騒がしくなった。


「如何なさいましたか、王太子妃殿下!」


 地の底から唸る獣の如く轟く私の腹の音を聞きつけてか、声を荒げた赤髪の男がノックも無しに入って来た。


「きゃあっ⋯⋯!?」


 見知らぬ男の登場に思わず悲鳴を上げ、シーツを胸元まで引き上げる。

 羞恥に頬を染める私に気付くと、男は顔を背け咳払いをしてから再び私に向き直って口を開いた。


「ああ、これは失礼。オレはエイデン・ラ・トゥール・ドーヴェルニュ。爵位は侯爵。普段は主にシャルル王太子殿下のお目付け役を仰せつかってます」

「は、はあ⋯⋯」


 突然現れたエイデンに面食らっていると、そんな私に追い打ちをかけるかのようにかしましい女性たちの声が聞こえて来る。


「「「失礼いたします!!」」」


 扉の方に目を向けると、エイデンの後ろからぞろぞろとメイド服を纏った女性が3人現れた。


「まあまあまあ! エイデン様ったら、年頃の女性のお部屋にノックもなしに入るなんて⋯⋯これだから女心に疎い男性はいけませんわねぇ」


 眼鏡をかけた初老の女性がそう言いながらエイデンの背を押して退室を促す。


「さあ、お話の前にまずはお着替えいたしましょう! 王太子殿下以外の男性の前でいつまでもネグリジェ姿のままではいけませんわ。さ、フローラお手伝いして差し上げて」


 黒髪の几帳面そうな性格の女性がテキパキと指示を出す。


「かしこまりました、フォーナさんっ! 妃殿下、失礼いたしますっ!」


 元気に返事をした私と同じ年頃の茶髪のフローラと呼ばれた少女は、豪快な動作で私の服に手をかけた。


「えっ!? ち、ちょっとっ⋯⋯!」


 目覚めるなり怒涛の勢いで進んでいく展開に、私は終始混乱しっぱなしなのであった。




***




「二度目まして、ロザリア王太子妃殿下! いやあ、メリーウェザーにこっぴどく叱られましてね。先程は失礼しました」


 エイデンはそう言うと、白髪を頭の天辺でひとまとめにしたメリーウェザーと呼ばれた初老の女性の機嫌を伺うようにちらりと横目でみる。


「⋯⋯とっても驚いたけれど許すわ」


 私は少しだけ含めた物言いをする。せめてもの意趣返しのつもりだったが、私の意図に反してエイデンには全く響いた様子は無かった。


「いやあ~⋯⋯それにしてもやあっとワガママ王子が身を固めてくれて一つ肩の荷がおりましたわ。貴女もすでにお分かりでしょうが、あの方は一度決めると意地でも曲げない頑固者ですからね。周りはそりゃあもう苦労させられるんですわ」


 そう言うと、ニカッと白い歯を見せ心底嬉しそうに笑った。

 そんなエイデンを見て、こちらが聞いてもいないのに一方的に話し出したおしゃべりメイドのフローラの話を思い出す。彼はシャルルの右腕にして政務秘書官、そして、幼い頃から彼の世話を仰せつかっていた執事長よりお目付け役を賜るなど実に様々な顔を持つらしく、極めて優秀な人物のようだ。


 因みにシャルルとは旧知の中で、彼には度々振り回される苦労人らしい。

 なんでも、彼のように所属する組織のために寝食を忘れて馬車馬の如く働く狂戦士の事をこの時代では『シャチク』と呼称するらしい。確かに、フローラの言う通り琥珀色の目の下に刻まれた立派な隈がそれを如実に物語っていた。


(貴方が相当な苦労を強いられていることはよおく分かったわ。もちろん同情もする。⋯⋯でも、それとこれとは別問題よ!)


「貴方たちの安息安寧は私の犠牲の上にあることをお忘れなく!!」


 まるで私が生贄みたいなエイデンの口振りに、神経を逆撫でにされたような苛立ちを覚える。私はムッと眉をひそめ、些か刺々しい言葉を発した。


「あっはっは! それはもう、諦めてくださいとしか⋯⋯あの方に見初められた時点でもう逃げ道はないんで。それで、お世継ぎのお顔はいつ見られるんですかね? なんでかオレが上司にせっつかれてもう、ほとほと困り果ててるんですよ」

「!? そっ⋯⋯そんな予定は無いわ!!」


 一瞬、エイデンの言葉の意味が理解出来ずにフリーズしてしまった。しかし、その内容を咀嚼した途端にふつふつと怒りが込み上げて来て、彼の無神経な物言いについに堪忍袋の緒が切れた私は声を荒げる。


(この男⋯⋯ほんっとうにデリカシーってものが著しく欠如しているのねっ!!)


 すると、驚くことにそばに控えていたメリーウェザーがすかさずエイデンにゲンコツをお見舞いした。


「ぁ痛アッ⋯⋯!?」

「こらエイデン様! 一体、何度言えばわかるのですか!!」

「なっ何が!?」


 突然のことに目を白黒させるエイデンは、何故自分がゲンコツをお見舞いされたのか全く理解していないようだった。そんな彼の姿を見て、ほんの少しだけスッと心が晴れた心地になる。

 私がエイデンとメリーウェザーの問答を眺めていると、すぐ隣で控えていたフォーナが申し訳なさそうな顔をしながら口を開いた。


「⋯⋯ロザリア様、申し訳ございません。嫁いだばかりでご不安でしょうに。どうやらエイデン様には再教育が必要なようですわね。今後一切、貴女様にご無礼を働かないよう必ず、私たちで更生させますからご安心ください」


 私に対して優しい声音でそう言ったフォーナだったが、彼女がエイデンに向ける目は全く笑っていなかった。フローラも「エイデン様、見損ないました! 女の敵っ!!」と怒りを露にしていた。


(私のためにこんなに怒ってくれるなんてなんて良い人たちなの⋯⋯それにしても——)


 私は今だにメリーウェザーからお叱りを受けているエイデンを遠目に眺める。

 エイデンが恭しく官僚然としていたのはほんの初めの方だけで、すぐに私に対し遠慮のない憎まれ口を叩くようになった。私もシャルルの暴走に巻き込まれた犠牲者の一人だと知っているためか、変な仲間意識が芽生えているのだろう。

 失言の度にメリーウェザーから叱られても叱られてもめげずに囃し立てる彼の姿はまるで不死鳥のようだと少しだけ可笑しくなる。どうやら、周囲からその能力の高さについて称賛を受けるエイデンでも彼女たちには頭が上がらないらしい。


 しかし、目上の人物に対しても臆すること無く歯にきぬ着せぬ物言いをするところが彼の長所でもあるのだろう。そして、それがシャルルたちから信頼される所以でもあり、憎めないところなのかもしれない。




***




「——と、いうわけなんですよ~」


 話しながら、忙しさで身なりにまで手が回らないのだろう、エイデンは傷んだ赤髪を煩わしそうにかきあげる。

 メリーウェザーによる説教も終わり、ようやく本題を切り出した彼によると、倒れた私を介抱すると言って聞かないシャルルを宥めるのに相当な労力を要したのだとか。

 最終的には、信頼のおけるエイデンの護衛と、男と二人きりにするのは不安だというシャルルの要望に応え、今後私の専属となるメイド三人衆の同行を条件に昨日の事態の収集へと向かわせたらしい。


(それにしても、私の書いた小説がそこまで大きな影響を及ぼしているだなんて⋯⋯困ったわ⋯⋯)


 これまたエイデンによると、私の存在を知る王宮や一部の教会関係者を除いて、聖女伝説は物語としては根強く支持されているものの、国民の認識としては遥か昔から受け継がれて来た御伽噺のような存在らしい。

 しかし、そんな中で昨日、突然目の前で起きた伝説と寸分違わない奇跡を目の当たりにしたのだから、戸惑う者や色めき立つ者が大勢現れた。そんな国民たちの混乱を収めるため、事情を良く知るシャルル王太子自らが市井しせいに出向くことになったということだ。



 ここに至るまでの経緯の説明を終えたエイデンはスッとその顔から一切の表情を消すと、これまでの軽薄な雰囲気から一転して途端に全てを見透かすような目を向けてくる。


「サルデーニア王室の後継者であるシャルル王太子殿下は現国王陛下に代わり、実質的に我が国を取り仕切っているお方です。そのため、昨日より王太子妃となられた貴女様にも相応の品格を身に付けていただきたいというのが我らの見解です」

「なっ、なんで私が!?」


 驚く私を意に介することなくエイデンは話を続ける。


「——つまりは、事態が落ち着き次第、未来の国王陛下の隣に相応しい女性になるべく必要な知識や教養を学んでいただきます。なんてったって、貴女様は1000年もの間眠っていた相当な寝坊助さんなんですから、時間はいくらあっても足りません。寝食以外は全て、勉学の時間に充てるとお考えください」

「っ~~~~!!」


 私はあまりの衝撃に言葉を失った。無理矢理結婚させられたというのに、この仕打ちはあんまりではないか。


(今すぐに逃げてやるっ!!)


「⋯⋯ああ、そうだ。貴女様がここから逃げ出そうとしても、我らは文字通り地の果てまででも追いかけますからね。妃殿下のお気持ちを考えると多少心は痛みますが、これも全てはサルデーニア王国の未来のため。努努ゆめゆめお忘れなきよう」

「!!」


 まるで私の考えを見透かしたようなエイデンの鋭い言葉にビクリと肩を跳ねさせる。


「⋯⋯それでは、ロザリア王太子妃殿下。良い一日を」


 エイデンは口角だけを上げて態とらしくそう言うと、呆ける私を残しメイドたちを引き連れて部屋を後にしたのだった。






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