第192話 黒騎士5


 アークライト記念館の前に赴いた私達の前に、突如として姿を現した黒い鎧を纏った異様な人物。当然、私達は得体の知れない怪人物に警戒する。


 体格からして、男性である事は間違いない。だけど、フルフェイスの兜を被っており、どんな顔立ちをしているかは分からない。


「何だ、お前は!?」


「止まりなさい!」


 私達は差していた傘を捨て、武器を構える。正直、怖いという気持ちが勝っている……目の前の黒い鎧の人物には一部の隙も見当たらない。


 武器は何も所持していないみたいだけど、全身から発する威圧感に委縮してしまう。もしかしたら、この間の特別授業の時に遭遇した深淵の上位種……あの怪物よりも、ずっと危険かもしれない。


 鎧の人物は、私達の方に視線を向けた。だけど、すぐに視線をアークライト記念館の方に戻す。

 

 彼はアークライト記念館に向かって歩き出す。私は呼び止める。


「待ちなさい!」


 私の呼び掛けに、足を止める鎧の人物。


「あなたは何者ですか? 何の目的でここに来たのですか?」


「……探しているのだ」


「探す? 一体、何を?」


「それは――」


「ライリー、どうしてここに!?」


「それに、留学生の皆か!」


《そいつから離れるんだ!》


 突然聞こえてきた声。ロイド殿、ジス殿、ルディア先輩――守護騎士の皆さんが駆け寄ってきた。


 ロイド殿達は、私達に下がるよう指示する。私達は困惑しつつも、その言葉に従って距離を取る。


 鎧の人物を囲うように立つ守護騎士達。ロイド殿が一歩前に出る。


「貴様が黒騎士か。何者かは知らないが、貴様が墓荒らし事件と関係がある事は掴んでいる」


 黒騎士――それが、あの鎧の人物の呼称。彼は、聖王国各地で発生している墓荒らし事件と何らかの関係があるというの?


「貴様は、事件の首謀者たる組織と行動を共にしていたにも関わらず、組織の者達を攻撃したという報告を受けている。貴様、一体何が目的だ?」


「……記憶」


「何?」


「記憶を、探しているのだ。私には、過去の記憶が無い」


 記憶が、無い……? それは、自分自身が何処の誰か分からないっていう事?


 黒騎士は、アークライト記念館に視線を向ける。


「この屋敷には、懐かしさを感じる。この屋敷を調べれば、記憶の手掛かりを掴めるかもしれない」


「……悪いが、それは許可出来ん。理由はどうあれ、貴様は我が国の騎士と兵士に危害を加えている。一般人に危害は加えていないようだが、放置するわけにはいかない――大人しく、拘束されてもらおうか」


「邪魔立てするならば、力づくで通らせてもらう……」


「いいだろう、そちらがその気ならこちらも容赦はしない」 


 ロイド殿、ジス殿、ルディア先輩が各々の魔法剣を発動させる。黒騎士は微動だにしない……だけど、それは嵐の前の静けさを連想させる。


 ――守護騎士の皆さんが一斉に動いた。正面からロイド殿、左からはジス殿、右からはルディア先輩が斬撃を繰り出す。


 聖王国の精鋭騎士たる守護騎士による魔法剣の斬撃。しかも、3人同時が相手となれば、深淵の上位種でも一溜まりも無いだろう。


 だけど、魔法剣の刃が黒騎士に届く事は無かった。黒騎士の身体から凄まじい魔力が発せられる。


 発せられた魔力は放電に変わり、守護騎士達に襲い掛かった。


「くっ……!」


《……!》 


「あう……っ!!」


 ロイド殿とジス殿は跳躍して回避し、ルディア先輩は地面を転がった。私はルディア先輩の傍に駆け寄る。


「ルディア先輩、大丈夫ですか!?」


「あたた……今日は踏んだり蹴ったりだわ。話には聞いていたけど、あの黒騎士、雷の力を宿しているのは本当みたいね」


「雷の力を?」


 雷の力を宿す人間は稀だ。天光雷地水火風の7属性――天の力と光の力の次に希少な力とされている。


 斯く言う私も、雷の力を宿している。身体がざわつく……同じ力を持つ者同士は、近くに居ると何か通じ合うものがあるという。


 だけど、それだけじゃない。あの黒騎士を見ていると、胸が痛くなる。


 フルフェイスの兜から僅かに見える彼の目元。その瞳は、何処か悲し気に見えた――。






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