閑話44 在りし日の学園風景
その1 焼きそばパン争奪……戦?
聖王国歴723年――聖王都王立学園。未来の騎士や魔術師達を育てるこの学び舎のとある場所で今、ひとつの戦いが勃発しようとしていた。
僕こと、ディゼル・アークライトは正にその現場に居合わせていた……事の発端は、少し前まで遡る。
昼休み、僕は王立学園の売店近くを通りかかった。相変わらず凄い数だなぁと、売店の方に視線を向ける。
王立学園の売店――学園生活に必要な品物を販売している店である。昼休みになると、この売店には多くの騎士科と術士科の生徒が訪れる。
生徒達の目的は、言うまでもなく昼食のパンである。この売店で販売されているパンを求めて、生徒達は昼休みになると大挙して押し寄せるのだ。
僕は自炊か学食で食べる場合が多いので、売店のパンを食べた事は二、三度くらいしかない……あまりの生徒達の数に圧倒されるからなぁ。
「あんぱん下さい('ω')ノ!」
「おばちゃん、コロッケパン('ω')ノ!」
「おれ、カレーパン('ω')ノ!」
凄い熱気だな~……あの中に入っていくのは、少し気が引ける。たとえるなら、戦場の真っ只中に飛び込んでいくみたい感じかな……(;´・ω・)。
あ、ジャレットとアメリーだ。売店に押し寄せる生徒達の中に友人達の姿を発見する――そういえば、あのふたり、学食よりも売店のパンを買う事が多いとか言ってたっけ。
って、ちょっと待った。な、何か、ふたりとも睨み合ってる……!?
「おい、そいつは俺のだ」
「はぁ? あたしに決まってんでしょ」
目線でバチバチと火花を散らすふたり。彼等が取り合っているのは、売店のパンで一番の売れ筋商品である焼きそばパンだ。
ああ、あの焼きそばパンが最後のひとつなのか。ふたりはガルルと唸りながら、互いに譲ろうとしない。
どうしよう、止めるべきかな。ふたりは臨戦態勢、ここで騒ぎなんて起こしたらどんな罰則を受けるか……と、思っていた矢先、ひとりの男性がやって来て焼きそばパンを手に取って、お金を店員さんに渡した。
「「あーーーーーーっ! フレッド教官!?」」
焼きそばパンを購入したのは、鬼教官で恐れられるフレッド教官だった。ああ、前にここの焼きそばパンが好きだって言ってたなぁ。
流石のふたりも、教官に文句を言える筈もなくトボトボと売店から去っていった。
「教官、ありがとうございます。どうやって、ふたりを宥めようかと思って……」
「気にするな、私も昼食を買いに来ただけの事だ」
斯くして、ジャレットとアメリーの焼きそばパン争奪戦は開幕する前に阻止されたのだった。でも、次こそはと意気込んでるふたりの姿を見て、少し不安になった……(。-`ω-ก)
その2 おさげの図書委員
王立学園には勿論、数々の書籍が収められている図書室がある。ここには本を読む為に色んな生徒が集まる。
勉学に励む生徒、自分好みの本を読書する生徒、本を枕にして睡眠する生徒……兎に角、各々の目的でやって来る生徒達が居るのだ。
しかし、中には明らかにこの場に不釣り合いな生徒も……静かにする事が大切な図書室で大声を上げている生徒の姿がある。
僕とアメリーは勉強の為に、図書室を訪れていた。ふと、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「あれ、何だろう?」
「ああ、あれよ」
アメリーが指差したのは、騎士科の制服を着た男子生徒とおさげの女生徒だった。女生徒のは眼鏡を掛けて、髪をおさげにしている。
「あの男子生徒、騎士科の先輩なんだけど態度が悪い事で有名なのよ。あっちのおさげの人は術士科の人で、図書委員なのよ」
「大丈夫かな、あの図書委員の人。もし、喧嘩にでもなったりしたら――」
そう言おうとした矢先、騎士科の男子生徒が図書委員の人の胸倉を掴んだ。いけない、止めないと!
僕は仲裁に入ろうとしたけど、アメリーに止められた。
「ああ、心配いらないわよ。あの態度の悪い騎士科の先輩、終わったわ」
「え――?」
アメリーが何を言っているのか、意味が分からず呆けてしまう。本当に大丈夫なのかと、図書委員の人の様子を窺う。
パァンという乾いた音が聞こえた。一瞬、騎士科の先輩が図書委員の人に平手打ちでもしたかと思った。
しかし、それは違った。平手打ちされたのは騎士科の先輩の方だった――図書委員の人のおさげで……おさげ?
「え……?」
図書委員の人のおさげがまるで生き物のように動いて、騎士科の先輩の頬をバシンバシンと叩いていく。暫くすると、頬がパンパンになって騎士科の先輩はバターンと倒れた。
「え、な、何あれ? アメリー、あれどういう事!?」
「さぁ? あたしも初めて見た時は驚いたけど、あの図書委員の人は図書室で騒がしい奴をああやって成敗する事で有名なのよ」
「いやいやいや、あのおさげどうなってるの!?」
「コラ、静かにしなさい。あの図書委員の人に睨まれてるわよ」
「ハッ!?」
図書委員の人がキラーンと眼鏡を光らせながら、僕を見つめていた。おさげがブンブンと回転している……す、すみませんでした(;゚Д゚)。
あの人のおさげはどうなっているんだろう……? 凄く気になったけど、結局分からず仕舞いのままだった。
噂によると、あの図書委員の人は聖王都図書館の司書になったとか。天職なのかなぁ……( ;´Д`)
その3 さらば、我が母校
聖王国歴724年、僕は学生寮の自室で荷物を整理していた。先日、学園長から飛び級卒業と守護騎士就任の旨を告げられた為だ。
本来なら、あと2年くらいはここで過ごす筈だったんだけどな。女王陛下からの勅命とあっては異を唱える事は出来ない。
「よし、これで全部だな」
荷造りを終える。学園長が業者を手配しているので、纏めた荷物は全部自宅に送ってくれるそうだ。
僕は自室を出る……いや、もう自室だった部屋か。この部屋に来る事は、もう二度と無いだろう。
寮の玄関まで行くと、そこには寮母さんが居た。
「ディゼルくん、荷造りは終わったの?」
「はい、後は業者の方が来られるそうなのでお任せします。寮母さん、2年間お世話になりました」
「淋しくなるねぇ。もっと、ここで過ごすものだと思ってたから――それにしても、たまげたよ。飛び級卒業の上に守護騎士に抜擢されるなんて」
僕が守護騎士に就任する話で、学園は持ち切りみたいだ。何か照れるな……。
寮母さんとひとしきり会話した後、僕は騎士科の教官達にも挨拶していった。モニカ教官、号泣してたなぁ……。
モニカ教官は入学式の時から付き合いのある教官だ。僕の守護騎士就任も凄く喜んでくれて嬉しかった。
学園の門が見えてきた。いよいよ、この学園ともお別れだ。
「ディゼルー!」
門を潜ろうとした時、後ろから声が聞こえた。振り返ると、校舎の屋上に騎士科の同級生達の姿が見えた。
先頭に居るのはジャレットとアメリー。ふたりは、優勝旗のような大きな旗を振っていた――旗には『ディゼル、守護騎士就任おめでとう!』と刺繍されていた。
「ディゼル、俺達も絶対に守護騎士になるからな!」
「期待して待ってなさいよ!」
笑顔で旗を振るふたり、歓声を上げながら僕を見送ってくれる同期生達に胸が熱くなる。みんな、こんな勝手な事したら後で教官達に怒られると分かっているのに……。
僕も彼等に向かって手を振り続けた、学園が見えなくなるまで――。
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