閑話43 隻眼の守護騎士
――聖王国歴726年も、残すところあと数日となっていた。本来ならば、誰もが穏やかな年明けを迎えたいところだろう。
しかし、生憎と今年は穏やかな年明けにはならない。深淵の扉……僕達の住む世界と表裏一体に存在する、悪しき異形が住まう世界の扉が開いたのだ。
各国は、深淵の脅威に対抗すべく連合軍を結成。大陸各地で戦いの火蓋が切られ、多くの騎士や兵士、魔術師達が命を懸けて戦っていた。
当然、聖王国が誇る精鋭騎士である守護騎士達も各地の戦場に派遣される。聖王国第二王女アリア殿下の護衛を務めていた僕も、深淵の軍勢が暴れまわる激戦地で剣を振るっていた。
「(殆どは斃したか。残るは――)」
雄叫びが聞こえてきた。僕に向かって巨大な熊のような怪物が突進してくる。
慌てる事無く、右手を前方に向けて結界を展開する。展開された虹色の結界に熊が激突すると、奴は奇声を発して後方に転がっていく。
僕の持つ天の力は、深淵の軍勢に絶大な効果を持つ――その力で張り巡らされた結界に触れただけで熊の皮膚は焼け爛れたような状態となっていた。
「シャムロック殿、今です」
「あいよ」
僕の隣を駆け抜けるのは、やや長い緑の髪を後ろで束ね、髪紐で結んでいる女性騎士。僕と同じ守護騎士であるシャムロック殿だ。
年齢は僕よりも8歳年上の24歳。背丈は女性としてはなかなか高く、僕より若干低いくらいだろう。
彼女の一番の特徴は右目に眼帯を付けている事だろう。何でも、守護騎士になる前に受けた傷が原因で失明――隻眼となってしまったのだ。
隻眼という大きなハンデを持ちながらも、守護騎士に抜擢されたのは彼女自身の研鑽の賜物、積み上げてきた実績によるところが大きい。
シャムロック殿は一気に距離を詰めて、地の魔法剣“地剣”で熊に連続突きを繰り出した。凄まじい速度で繰り出される刺突によって、熊の肉体は穿たれていく。
地剣の使い手は、その殆どが大剣のような幅広い刀身を作り出す。しかし、彼女が振るう地剣の刀身は非常に細い。
刺突用の片手剣である、レイピアのような形状をしている。その見た目通り、シャムロック殿は刺突による攻撃を主体とした騎士。繰り出される突きの威力と速度は他の守護騎士達からも一目置かれている。
地剣の刀身を消し、熊に背を向けるシャムロック殿。熊の肉体を構成する黒い魔力が霧散していった。
「お見事です」
「何、坊やのお陰だよ」
「あの、その坊やという呼び方はちょっと……(;´・ω・)」
「気にしない気にしない♪」
シャムロック殿は、僕の事を“坊や”と呼ぶ。年上の彼女からすれば年下の僕は坊やなのかもしれないけど、少し恥ずかしいなぁ。
感知術で周辺を索敵する――反応は無し。この辺りに潜む深淵の軍勢は、先ほどの熊で最後だったようだ。
暫くした後、僕達の後方から聖王国の兵士達がやって来た。どうやら、彼等の方も深淵の軍勢を撃退した模様。
「野営の準備も整っているであります!」
「ん、ありがとね、吾輩くん」
「いえいえ、それでは自分はこれで(`・ω・´)ゞビシッ!」
そう言って、兵士のひとりが敬礼して去っていく。この周辺には町が無いので、宿泊施設なども当然無い。
野営といえば学生時代、同期生達と野営訓練をした時の事を思い出し――僕の顔は真っ青になる。僕の様子がおかしい事に気付いたシャムロック殿が話し掛けてきた。
「坊や、大丈夫かい? 顔色が悪いけど」
「い、いえ……野営と聞いて、少し苦い記憶を思い出しまして」
※詳しくは閑話2 野営訓練の惨事をご覧下さい♪
ま、まぁ、あの時の野営訓練と違って、今回はアメリーが居ないんだ。あの時みたいな惨事は起きないだろう。
野営地に到着すると、既にいくつかのテントが張られていた。野営地周辺には簡易的な結界を張り巡らせる魔道具が設置されているので、深淵の軍勢に対する襲撃があっても早々破られはしない。
調理用魔道具を使って、料理をしている兵士の姿もある。よ、よかった……ざっと見た感じ、まともな料理ばかりだ。
どうしてもアメリーが作った毒沼スープを思い出してしまうから、まともな料理を作れる人が居てくれて本当によかった……ε-(´∀`*)ホッ
夕食の時刻になり、シャムロック殿や他の騎士、兵士のみんなと一緒に食事を摂る。そういえば、ジャレットとアメリーも卒業が早まって騎士団入りしたって聞いたなぁ。
この戦時下だから少しでも人手が欲しいのは分かるけど、無事だろうか……友人達の事が心配になった。
同時刻、聖王国国境沿いのとある砦にてふたりの男女による言い争いが起きていた。彼等は王立学園騎士科を卒業したばかりの新米騎士。
「先輩方、こいつにだけは料理は作らせないで下さいよ! こいつが作った料理なんて食ったら死人が出ちまう!!」
「ハァ!? あたしの愛情たっぷりの料理をけなしてんじゃないわよ!」
「ふざけんな、2年前の大惨事を忘れたのか、じゃじゃ馬娘!」
「誰がじゃじゃ馬娘よ、このお馬鹿(# ゚Д゚)!」
「誰が馬鹿だ、コラァ(# ゚Д゚)!」
ヒートアップする言い争いは、砦の責任者である上級騎士が来るまで続いたそうな。激戦地で戦う赤髪の守護騎士の心配とは裏腹に、彼の友人達は元気にやっているようだったw
夕食後、照明用魔道具で明かりを灯して僕とシャムロック殿は談笑していた。そういえば、気になっていた事があるな……思い切って訊いてみようかな。
「シャムロック殿は地剣の使い手ですよね? 大剣のような厚みのある刀身を形成するものだと思っていたから、レイピアのような刀身で驚きました」
「ん……ああ。あたしの地剣がレイピアみたいな形状をしているのは、単にあたしの戦闘技術に合わせてるだけさ」
「と、言いますと?」
「あたしは聖王都にある王立学園じゃなくて、地方の兵士訓練校出身なんだ」
……驚いた、兵士訓練校出身者は一般兵で騎士団に入団する。活躍次第で騎士に昇格出来るけど、守護騎士にまで昇格出来た人間はそうそう居るものじゃない。
シャムロック殿は頭を掻きながら、話を続ける。
「どうにも、あたしは敵を“斬る”技術は苦手でねぇ。訓練校の同期生の中じゃ、下から数える方が早い成績だったんだ」
思い返してみれば、彼女が敵を斬るところは一度も見た事が無かった。
「訓練校を出てやっていけるか……不安だったよ。そんな時、訓練校の教官のひとりが敵を斬る技術ではなく、敵を突く技術を見せて欲しいって言ってきたんだ」
兵士訓練校の教官のひとりが、偶々見たシャムロック殿の突きの技術に注目したらしい。突きの威力、速度共に素晴らしいものがあり、一般兵どころか騎士団の正騎士にも勝ると。
その教官の助言を受け、シャムロック殿は突く技術を徹底的に磨き抜いた。兵士訓練校卒業を間近に控えた頃には、教官にも勝利出来るほどにまで成長した。
卒業後は一般兵として細身のレイピアで戦い、多くの戦果を挙げた。その活躍と功績で騎士に昇格、僕が飛び級卒業する前年に守護騎士に推挙されたという。
「普通だったら、落ちこぼれの一般兵か何かだったかもしれない。あの時の教官が居なきゃ、守護騎士になれなかったよ」
人生とは本当に何が起きるか予測出来ないものだ。彼女の才能を見抜いた訓練校の教官は慧眼の持ち主だったといえる。
「「――!」」
僕とシャムロック殿は、同時に立ち上がった。少し遠くから奇声が聞こえる――明らかに人間とは異なる声、深淵の軍勢の声に違いない。
野営地に居る騎士や兵士達も何人か同行を申し出たが、明らかに疲弊している様子。見張り以外は休息を取るように言い、僕とシャムロック殿は戦場に向かった。
「坊や――死ぬんじゃないよ」
「はい」
死ぬつもりなんて、微塵もない。生きて帰る為に、僕は戦うんだ――。
聖王国歴735年、季節は春。あたしは、聖王都のアークライト家の墓の前に花を添えていた。
くいくいと、あたしのスカートを引っ張る小さな手がある。あたしと同じ緑髪の5歳くらいの女の子……可愛い一人娘だ。
数年前に、あたしは結婚した。相手は聖王宮に勤める文官――あたしみたいな女と結婚してほしいと言う物好きが居るとは思わず、目が点になっちまったよ。
「かーさん、かーさん、誰の墓参りなの?」
「ああ、あたしの後輩の墓参りだよ」
「もしかして、かーさんの昔の恋人さん?」
「馬鹿言ってんじゃないよ、8歳も年下だったから弟分みたいなもんさ」
全く、随分とませた事を言うようなったねぇ。誰に似たんだか……。
坊や、アンタが居なくなってから何年になるかね。あたしより先に死んじまうなんて思いもしなかったよ。
深淵の王との決戦――当時、守護騎士隊長だったグラン陛下とアンタはたったふたりだけで死地に向かった。あたしをはじめ、多くの守護騎士達も同行を望んだけど、それは叶わなかった。
あたしは命令を無視して、深淵の王が居るという戦場に向かった。だけど……そこに辿り着く事すら出来なかった。
深淵の軍勢は強力な個体ほど、凄まじい瘴気を発している。並の人間では近付くだけで命の危険に晒される。
守護騎士は厳しい研鑽で、深淵の瘴気に対して強い抵抗力を身に付ける。守護騎士に昇格したあたしも、その鍛錬は欠かさなかった。
深淵の王が居るという戦場近く、そこであたしは膝を屈した。あまりにも凄まじい瘴気に肺が咽び、呼吸困難に陥った。
身体が、恐怖で震えていた……この先に行けば、命は無いと本能で悟った。結局、あたしは連れ戻しに来た同僚達の手でその場から去るしかなかった。
坊やは帰って来なかった。あたしにもっと力があれば、アンタを死なせずに済んだのかな――。
「かーさん、どうしたの?」
「何でもないよ、さ、帰ろうか」
娘の手を引いて、帰路に着く。少し離れた場所で振り返って、墓を見つめる。
坊や……いや、ディゼル。また、花を添えに来るよ。
風が吹いて、墓に備えた花から花弁が数枚ほど舞った――。
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