第83話 極東の侍
極東国――大陸の東に浮かぶ島々で構成される国、それが我が故国。某は、極東国の武家リュウドウジ家に生まれ、侍になる為に研鑽を積んできた。
侍、その中でも国主である帝様の近侍である侍衆に所属する事は誉れとされる。帝様を御守りする侍衆の一員となる事が、某の目標だった。
幼き日から、寝る間も惜しんで修行に励んだ。剣術、柔術といった戦闘技術は勿論、精神面を鍛える為に滝行、座禅も行ってきた。
修行の成果もあり、19の歳になる頃に侍衆の一員となる事が出来た。それから、4年が経過した今――某は海を渡り、大陸西部を統治する大国である聖王国にやって来ている。
数年に一度開催される親善試合、各国の武人や才能ある若者達が己が武芸の腕を競う晴れ舞台。極東国からは某とライカ、リナの兄妹が出場する事となった。
今大会で某が注目している選手は、やはり聖王国の守護騎士を務めるファイ・ローエングリン殿。その流れるような剣捌きに魅せられる者は多く、“水の剣姫”の異名で知られる実力者である。
しかし、もうひとり、無視出来ぬ実力者が現れた。聖王国の特別枠から出場している赤髪の若者――ディゼル・アークス殿だ。
各国からの参加選手に関する資料は、大会前日に目を通した。しかし、ディゼル殿に関しては名前と伯爵家令嬢の護衛としか記載されていなかった。
素性、過去の経歴も全く不明……同じように資料を目を通していたライカとリナはディゼル殿が聖王陛下に推挙されるほどの実力者なのか、疑いの眼だった。
迎えた、親善試合当日の第六試合。疑問視されていたディゼル殿の実力は、この試合で覆された。
対戦相手であるソラス殿は、実力的に見ても今大会参加選手の中でも上位に入る事は間違いない。砂漠連合独自の双剣術による手数の多さ、卓越した分身魔法で翻弄する戦法は並の剣士では太刀打ち出来ない。
ディゼル殿は多少の手傷は負ったものの、ソラス殿の攻撃を全て凌ぎ、勝利を掴んだ。剣術、身体強化術の練度共に、17の若者が到達出来るとは思えない域に達している。
第六試合が終わった後、某は手に汗を握る自分が居る事に気付かされた。まだ若輩ながらも、あれほどの実力者が居ようとは……。
第一回戦が全て終了し、くじ引きによって決まった第二回戦。まさか、第一試合で、いきなり某とディゼル殿の対戦が訪れるとは思いもしなかった。
侍として、強者と競える事は喜ばしい。未知の強者と戦える高揚感に包まれ、大いに満足している。
さて、そろそろ時間だ――控室を出て、リングに向かうとしよう。
『皆様、お待たせしました。これより、親善試合第二回戦第一試合――ディゼル・アークス対ソウマ・リュウドウジの試合を開始します』
試合開始のアナウンスに、観客達の歓声が闘技場内に響き渡る。私は両手を胸元に添えて、リングの上に上がるディゼルさんの姿を見つめていた。
第二回戦は、いきなり第一試合……しかも、対戦相手のソウマさんは今大会の優勝候補だと資料に記載されている。そんな凄い相手と、こんなに早くぶつかってしまうなんて。
ディゼルさんは強いけど、やっぱり心配になってしまう。私の不安が顔に出ているを察したのか、ライリーさんが声を掛けてきた。
「リリアさん、大丈夫です! ディゼル先生を信じましょう」
「ライリーさん……」
「リリアさん、ディゼル殿なら心配はいりません」
「ファイさん……」
近くの観客席にはファイさん、ロイドさん、ルディアさん、シルクさんが座っている。
「そうですよ、ディゼル殿は天……んごぉぉぉおおおおっ!?」
「おっと、いかん。何故か勝手に手が動いてしまったなぁ~?」
「先輩ィィィィィィィィ! 可愛い後輩をアイアンクローするなんて、先輩は鬼ですかァァァァァァァ!?」
「あ、あはは……」
ルディアさんをロイドさんがアイアンクローで持ち上げてます。ディ、ディゼルさんの正体をうっかり喋ろうとしたからかしら……?
あわあわした表情のシルクさんが、ロイドさんを止めようとしてる。けど、ロイドさんは手を緩めるつもりはない様子。
「よっ、ここいいか?」
振り返ると、そこにはひとりの男性の姿があった。声を掛けてきたのは、砂漠連合騎士団のソラスさん――ディゼルさんと試合をされた方だった。
彼の後ろにはマイラさん、ザッシュさん、リューさん、アトスさん、ライカさん、リナさん、イリアスさん、テナさん、ラウラさん、ユーノさん、カイルさんの姿も……ず、随分と大所帯ですね(;´・ω・)
周囲の観客の皆さんも親善試合の選手達がここに集まった事に気付いたらしく、注目の的になってるみたい。ソラスさん達は観客席に腰掛ける。
「あ、あのー……ど、どうしてここで観戦を?」
「何となくさ、 気にしなくていいぜ♪」
「は、はぁ……」
あっけらかんと笑うソラスさん。ディゼルさんに負けた事を悔しがってる様子は無いみたい。その彼の隣に座るマイラさん、彼女は――。
「「……!」」
ライカさんと顔を合わせて、お互い真っ赤になって視線を逸らした。そういえば、試合中にマイラさんの胸元をライカさんの剣が掠めて、彼女の胸が見えそうになったから、色々と気まずいみたい。
そんなマイラさんとライカさんのやり取りを見つめるザッシュさん。
「おーいいねぇ。青春だねー初々しいねー♪」
「コラ、茶化すんじゃないわよ」
「ザッシュさん、空気読んで下さいよ……」
リューさんとアトスさんは、呆れた表情でザッシュさんをジト目で見つめる。彼等のやり取りを見ていたら、声を掛けられた。
「すみません……えーと」
「リリアです、どうかなさいましたか?」
私に声を掛けてきたのは、女性を見紛うほど整った顔立ちをしているカイルさんだった。どうしたのかしら?
「リリアさん、もしかして……光の力を宿していらっしゃいませんか?」
「え……は、はい。どうして、分かったんですか?」
「ボクも光の力を宿していますので――」
驚いた……まさか、希少な光の力を宿す人に出会えるなんて。カイルさんの両隣に座るラウラさんとユーノさんが口を開いた。
「カイルくんは、創世神国の名家と名高い御三家のひとつ、ハーツィア家の生まれなの」
「御三家は、何れも光の力を宿す家系として有名なの」
そうなんだ……聖王国で光の力を宿す家系は聖王家とアルフォード公爵家のふたつだけど、創世神国はひとつ多いのね。
そういえば、不思議とカイルさんとは何か通じ合うものを感じる。同じ力を宿す者同士だからかしら――。
「あ、始まるみたいだよ!」
「あんま、はしゃぐなよ……」
リングの方を指差すのはテナさん。恥ずかしそうにしているのはイリアスさん。
私もそちらに視線を向ける。リングの上に立つディゼルさんとソウマさんが剣を構えていた。
『親善試合第二回戦、第一試合――開始ッ!』
ディゼルさん、負けないで――。
第一回戦は第六試合だったのに、第二回戦はいきなり第一試合……それも、対戦相手は優勝候補。これは、一瞬たりとも気が抜けない。
眼前で剣を構えるのは、極東国の侍であるソウマ・リュウドウジ殿。今大会の優勝候補と名高い。
かつて、僕が出場した親善試合でも決勝戦は僕を破った帝国の騎士と極東国の侍だった。侍の剣の技術は、世界一と評されるほど優れている。
「――参る」
「!」
ソウマ殿の声に剣を握る指の力が強くなる。彼は地を蹴って、距離を一気に詰める――速い!
身体強化術で脚力を強化しているみたいだけど、この速度からして素の身体能力が高いのだろう。鍛錬に鍛錬を重ねた肉体の持ち主である事は明白だ。
彼は上段から刀を振るう。迎撃すべく、僕も剣を振るった――会場内に甲高い金属音が響き渡る。
剣と刀をぶつかり合わせ、鍔迫り合いの状態に。双方の刃は魔力で包まれている。互いの武器が激突する瞬間に、自身の武器を強化する武装強化術を発動したのだ。
武装強化術で強化されているソウマ殿の刀は、同じく武装強化術で強化されている僕の剣を問題なく受け止めている。
「(――強い)」
僕が宿す天の力は、共通魔法を強力に作用させるという特殊な性質がある。ゆえに、共通魔法である身体強化術や武装強化術、敵の攻撃を防ぐ結界術の力が他の属性を宿す人間よりも非常に高い。
天の力で強力に作用する僕の武装強化術に対抗出来るとは、流石は優勝候補と目されるだけの事はある。
これほどの使い手は、そうそう居る者じゃない。300年前の守護騎士の上位実力者……僕の先輩だったブルーノ殿やリシャール殿とも渡り合えるかもしれない。
守護騎士に就任したばかりの頃、ブルーノ殿とリシャール殿と剣術試合をして何度負かされた事か。悔しさをバネに鍛錬に打ち込んだものだ。
ギィンという金属音が鳴り響き、その場から後方に跳んで距離を取る。呼吸を整え、ソウマ殿の次の出方を待つ。
彼が刀の使い手であるという事は、ライカ殿やリナ嬢と同じくあの技の使い手に違いない。僕の想像通りなら、彼の次の攻撃手段は――。
「!」
ソウマ殿が刀を鞘に納めて、構える。やはり、そうか……彼のあの構えは、抜刀術による斬撃を繰り出す為のものだ。
学生であるライカ殿、リナ嬢の抜刀術も見事なものだったけど、侍衆の一員である彼のものはより洗練されていると見るべきだ。
「(――来る!)」
闘技場内に一瞬、光が奔った。その現象は、ソウマ殿の抜刀術によって引き起こされたものだ。
僕は立っていた場所から、少し横の位置に移動している。先ほどまで立っていた場所に大きな亀裂が生じている。
いや、それは亀裂などではない。見事な切り口をしており、地割れなどで出来たものではない事を物語っている……そう、ソウマ殿の抜刀術で斬り裂かれたのだ。
凄まじい威力と速度だ……並の使い手では、この攻撃を避けるどころか、察知する事も出来ないだろう。僕が避けられたのは、ソウマ殿の魔力の流れを読んだからに他ならない。
そうでなければ、避けるのは難しかっただろう。彼の抜刀術が放たれる直前に僕は彼の魔力の流れを読んで、攻撃を予測して回避したのだ。
ソウマ殿の表情に焦りは一切見られない。ほんの僅かな気の緩み、隙を見せれば、すかさずそこを突いてくるだろう。
ふと、眼前に立つソウマ殿の表情に変化が……笑っている? 彼は楽し気な表情で話し掛けてきた。
「ディゼル殿」
「何ですか?」
「某は今大会に出場した事を光栄に思う、お主のような強者と出会えた事にな」
「ソウマ殿……」
「しかし、負けぬ――侍の矜持に懸けて」
「こちらもです、僕の勝利を信じてくれる人の前で倒れるわけにはいきません」
観客席で、僕の勝利を信じて見守ってくれているリリア嬢の前で無様な姿を晒す事なんて出来ない。僕とソウマ殿は、同時に地を蹴った――。
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