第80話 赤髪の護衛と砂漠の双剣使い(後編)
親善試合第六試合、ソラス・レイラント――オレの対戦相手は聖王国から特別枠で参加するという赤髪のアンちゃん。名はディゼル・アークス。
アークスか……聞いた事もねぇ家名だな。特別枠ってぇのは国家元首、早い話が国王陛下に推挙された参加者って事だ――相当の実力者でなけりゃ、選ばれる筈がねぇ。
今大会の参加選手に関する資料は、参加者全員に配られている。しかし、こいつに関しては、資料を見ても名前と年齢、貴族のお嬢さんの護衛って事しか記載されてねぇ。
資料によると年齢は17歳か。若けぇな、学生枠から参加している坊主達や嬢ちゃん達とは、ひとつくらいしか歳が変わらないじゃねぇか。
だが、こうして対峙するだけで理解出来る。こいつ、只者じゃねぇ……オレも騎士としてそれなりに修羅場を潜り抜けてきたつもりだ。
騎士としての経験とオレ自身の勘が告げている。目の前の相手が、一筋縄ではいかない相手だと。
オレが修めている剣術は、砂漠連合発祥の“双剣術”。二振りの剣を扱い、手数の多さで敵を翻弄する事を得意とする。
剣速にも自信はある――砂漠連合騎士団の同期の中では一番だと自負している。見切れる奴は、そうは居ないだろうと。
だが、ディゼルは剣と鞘でオレが繰り出した斬撃を軽々と捌いた。オレの剣をこうも軽々と……。
距離を取って、相手の出方を待つ。
奴は剣を上段高く構える。両足に魔力が集約されてやがる……身体強化術で脚力を強化して、真正面から一気に斬り掛かってくるつもりか。
「(上等だ、受けて立ってやらぁ)」
オレは両手に握る剣に魔力を集約させ、武装強化術で強化する。さぁ、どっからでも掛かって来な。
ディゼルが地を蹴った――奴の姿が眼前から消えた。一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
「(野郎、何処に行った……!? 何処に――!)」
身体が反応したのは奇跡だったかもしれねぇ。オレは武装強化術で強化した双剣を頭上高くで交差させる。
ディゼルは、オレの眼前に出現して剣を振り下ろしてきた。交差させている双剣に奴の剣が激突した事で、闘技場中に凄まじい高音が響き渡る。
「(……冗談だろ!?)」
眼前で起きた出来事が信じられなかった。奴は身体強化術で脚力を強化して、真正面からオレに剣を振り下ろしてきただけに過ぎねぇ。
たったそれだけだというのに、オレは奴の姿を完全に“見失った”。いや、オレだけじゃねぇ――会場で観戦している観客達も同じようにディゼルの姿が消えたようにしか見えなかったに違いねぇ。
身体強化術は、文字通り身体能力を向上させる効果を持つ魔法。いや、だからってこんな常識外れな強化が出来る奴は見た事がねぇ。
まるで、瞬間移動でもしたみてぇな動きだった。オレが反応出来たのは敵の気配を感知する感知術を使ったわけではなく、野生の勘が働いたお陰だ。
どうにも、オレは感知術を使うよりもそういった直感みてぇなもんの方が優れているようだ。学生時代に教官から、一対一で戦う時は下手に感知術を使うよりも自分自身の勘で戦った方が良いと、よく分からねぇアドバイスを貰った事を思い出す。
「ふんっ!」
オレは奴の剣を捌いて、後方に跳んだ。呼吸を整え、双剣を構える。
若けぇのに大したもんだぜ。なら、オレも本気で行かせてもらうぜ!
オレはディゼルに向かって駆け出した。奴は迎撃しようと剣を構えている――だが、こいつを見切れるかな?
肉体から魔力を解き放つ。解き放たれた魔力の数は7つ――それは人の姿を、オレと寸分違わぬ姿に変化した。
観客席から私はソラ兄の試合を観戦していた。私のすぐ傍には、氷雪国の参加選手であるイリアスくんとテナさん、極東国からの参加選手であるソウマさんとリナさんの姿もある。
テナさんが私の腕をぐいぐい引っ張って訊ねてくる。
「マイラちゃん、アレ何? ソラスさんが増殖しちゃったよ!!」
「いやいや、違うってば……」
ぞ、増殖って……(;´・ω・)。彼女の隣に座るイリアスくんが、溜息交じりにテナさんの疑問に応える。
「ソラス殿は分身魔法を使ったんだ。早い話、魔力で自分の姿そっくりの複製を作り出しているんだ」
ソラ兄が使っているのは共通魔法の一種である分身魔法。魔力で術者と同じ姿をした複製を作り出し、主に相手の注意を引いたり攪乱させる時に使う魔法だ。
覚えたての時はひとりしか作り出せないけど、習熟すると複数作り出したり、術者の意思で動きを指示出来るようになる。
大抵の人は、分身を作り出してもひとりかふたりを動かすのにも相当苦労するみたい。ソラ兄は最大で7人の分身を作り出し、それを自在に動かす事が出来る。
観戦していたソウマさんも感心したように頷く。
「大したものだな、あれだけの数の分身を操るのは至難の業だろう。得意の双剣術と組み合わされば、大抵の敵は翻弄されるに違いない」
彼の言う通り、ソラ兄は分身魔法と双剣術で敵を翻弄して仕留める。加えて、ソラ兄は分身体の細かな動きや魔力操作で本物と分身の見分けが付きにくくする事にも長けている。
あの中から、本物のソラ兄を見極められる人間はそうそう居ない。対戦相手であるディゼルさんの周囲に本人と分身――計8人のソラ兄が囲うように立つ。
全員が一斉に双剣を構える。あの8人の内、7人は実体のない偽者。
どれが本物か分からない限り、分身の攻撃も避け続けなければならない。そうやって、動き続ける内に次第に体力は消耗し、精神的に追い詰められていく。
だけど――ディゼルさんは、その場から一歩たりとも動こうとしない。
ソラ兄達による無数の斬撃が彼に襲い掛かろうとした正にその瞬間、けたたましい金属音が響き渡り、ソラ兄の分身達が吹き飛ばされて霧散した。本物のソラ兄は、少し離れた場所に着地する。
今、何が起きたというの? どうして、ソラ兄の分身達が一斉に消えたの?
一緒に見ていたイリアスくんやテナさん、リナさんも何が起きたか分からなかったみたい。困惑した表情でリングを見つめている。
ソウマさんが、私達に話し掛けてきた。
「皆、落ち着け。ディゼル殿は特別な何かをしたわけではない――彼は身体を捻り、回転斬りを繰り出したのだ。 あまりに速過ぎたゆえに、そなた達の目には映らなかったのだ」
ソラ兄が圧倒されるなんて……ディゼルさんは一体何者なの? 私やイリアスくん達より、少し年上なのにあれだけの強さを身に付けているだなんて。
リングの上に立つソラ兄は深呼吸しながら、ディゼルさんを見据えている。まだ、諦めていない――ソラ兄、頑張って。
分身を交えたソラス殿の攻撃を捌き、僕は距離を取った彼を見つめる。彼が先刻、使用した魔法は分身魔法だ。
分身魔法は共通魔法の一種で、鍛錬すれば誰もが習得出来る。だけど、一度にあれだけの数の分身を同時に操るには、鍛錬に鍛錬を積み重ねなければならないだろう。
もしも、この場に立っているのが守護騎士に就任したばかりの頃の僕なら、あの数の分身を一度に斬り伏せるなんて真似は出来なかったに違いない。これも、グラン隊長の鬼のような指導や深淵の戦いという死線を潜り抜けた賜物かな。
ソラス殿が、笑みを浮かべながら話し掛けてきた。
「アンちゃん、若ぇのに大したもんだぜ。オレも修羅場はそれなりに潜って来たつもりなんだが――上には上が居るもんだな」
「いえ、自分はまだまだ未熟者です。僕には尊敬している方が居るのですが、その方には剣術で何度挑んでも勝てない有様でして……」
「……おいおい、とんでもねぇな。何者だよ、そいつぁ?」
勿論、その尊敬している相手はグラン隊長である事は言うまでもない。守護騎士に就任してから彼と行った剣術試合の回数は300回を優に超えるだろう……まぁ、連敗記録だけが更新されたけどね。
「ま、オレも諦めが悪い男だからよ。このまま無様に負けるわけにはいかねぇ――行くぜ」
「……!」
ソラス殿の雰囲気が変わった。目の前に居る筈なのに、気配が極端に薄くなった……?
剣を構え、彼の出方を待つ。だが、彼が動き出した瞬間にその姿を見失う。
「(――後ろ!)」
背後から気配を感じ取り、回避行動を取るも右肩を浅く斬り裂かれる。双剣を構えるソラス殿の姿は、まるで陽炎のように揺らめいている。
先ほどのように分身魔法を用いた戦法ではない。もしや、これは以前にグラン隊長が話してくれた……。
「“絶影”――気配を極限まで遮断するという、砂漠連合の戦士の中でも一握りの者にしか習得していないという高等技術」
「知っていたか。だが、知っていたところでこいつを見切るのは至難の業だぜ」
そう言って、再びソラス殿の姿を見失う。今度は左腕と右頬に切り傷が出来て、出血する……このままの状態が続けば、何れは消耗し切って敗北するだろう。
ソラス殿、確かにあなたは強い。並の使い手では気配を遮断したあなたの攻撃を捌くのは不可能だろう。
僕は剣を構えて、心を鎮める。グラン隊長から幾度も聞かされた事を思い出す。
隊長との訓練で魔力の流れを読めるようになった際の事を――。
『ディゼル、敵の中には殺気や気配を断つ事に長けた者も居る。しかし、魔力の流れを読む事さえ出来るようになれば、そうした敵にも対応出来るのだ』
どれだけ殺気や気配を消しても、攻撃を仕掛ける時の魔力の流れまでは完全に消す事は出来ない――グラン隊長は、そう仰っていた。
感じる……何も無い場所に、水飛沫が起きるような感覚を。僕はその方向に剣を振るうと、金属と金属がぶつかり合う音が響く。
剣を振るった先には、驚愕の表情を浮かべたソラス殿が居た。再び、姿を消した彼は今度は別方向から攻撃を仕掛けるも、それも僕の剣で捌かれる。
一撃、二撃、三撃、四撃……襲い来る双剣による斬撃を次々に捌く。どれだけ攻撃を仕掛けようとも、魔力の流れを読んでいる僕に彼の剣は届かない。
やがて、彼の表情に疲労の色が見え始めてきた。気配を遮断するあの技術は、かなりの魔力と体力を消耗するのだろう。
僕は剣を構える。対するソラス殿も気配遮断を止め、迎撃態勢に入った。
身体強化術で脚力を強化し、瞬時にソラス殿の前に出現。そして、“攻撃する瞬間”のみ刀身に武装強化術を発動させて横薙ぎの一撃を振るう。
空中に刀身が舞った。ソラス殿が振るう双剣が二振りとも両断されたのだ。
空中で数回転した双剣の刀身は、リングの上に突き刺さった。会場内にアナウンスが響く。
『ソラス・レイラントの武器破壊を確認――勝者、ディゼル・アークス!』
会場内に大きな歓声に包まれた――。
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