第76話 カイルの秘密7


 ――創世神国の名家ハーツィア家の邸宅。私とユーノは、ベッドの上で魘されるシエルさんを見守っていた。


 魘される彼女の傍には、ハーツィア家の侍女であるエリンさんが付きっ切りで看病している。


 エリンさんは、私がカイルくんとシエルさんと初めて会った日に居なくなったふたりを捜していた女性だ。ふたりと親しくなって以来、侍女を務めるこの人ともよく顔を合わせている。


 シエルさんの額には濡れタオルが乗せてある。エリンさんはそれをそっと取り、彼女の額に手を当てた。


「エリンさん……どうですか?」


「まだ、熱が下がらないみたいですね。ラウラさん、ユーノさん、おふたりも少しお休みになっては――」


「シエルさんの傍に居させて下さい。この子が心配なんです、あんな酷い光景を目の当たりにしてしまったから……」


 魘されているシエルさんの姿を見て、私とユーノは心が痛む。


 創世神国の結界が消失するという前代未聞の凶事から3日が過ぎた。結界が消えた原因は、結界を発生させる結界柱に取り付けてあった光魔石が取り外された事によるもの。


 あの日、結界柱を整備する為に魔道具技師達がやって来た。だけど、その技師達は偽装魔法で姿を変えた偽者だったのだ。


 偽の技師の手によって頂上に設置されていた光魔石が取り外され、創世神国を守護する結界は消失してしまった。更に、まるで狙ったタイミングのように深淵の軍勢が国内を襲った。


 神殿騎士団や魔術師団は襲い来る深淵の軍勢の迎撃、光魔石を奪った偽の技師達の追跡に奔走する。


 その時の私達は、何が起きたか理解出来ずに困惑するばかりだった――。






 結界が消失したあの日、追い打ち掛けるように深淵の軍勢が出現するという最悪の状況下で私達は恐怖で身体が固まっていた。その時、レイザさんの声が響いた。


「ボーッとしているんじゃない、神殿の中に避難するんだ! このままでは深淵の軍勢の餌食になるぞ!!」


「は、はい!」


「カイルくん、シエルさん、行くわよ!」


 彼の一言で我に返った私とユーノは、カイルくんとシエルさんの手を引いて神殿の中へと入る。直後、轟音と共に神殿の近くに翼が生えた大きな怪物が空から降りて来た。


「ここから先へは行かせない!」


 レイザさんの掌から眩い光が発せられる。光は大きな槍の形状に変化して、怪物目掛けて放たれる。


 光の槍に貫かれた深淵の軍勢は、奇声を上げながら消滅した。す、凄い……あれが光の攻撃魔法。光の力を宿す人間が扱える魔法。


 光の力は深淵の軍勢に絶大な効果を持つというけど、あんな巨大な怪物を一撃で斃してしまうなんて――って、今はそれどころじゃないわ。私とユーノはカイルくんとシエルさんを連れて、神殿の廊下を走る。


 私達が目指す場所は、女神像が奉られている祈りの間。あそこは結界柱とは別の、魔法陣による強力な結界が展開している場所。


 女神像がある、あの場所なら安全に違いない。だからこそ、レイザさんは神殿の中に避難するように言ってくれた。


 もう少し、もう少しで女神像がある祈りの間に到着する――だけど、祈りの間に続く廊下の壁が突如として突き破られた。狼のような黒い怪物が私達の前に立ちはだかった。


「深淵の軍勢……!」


「神殿の中にまで侵入してくるなんて……!」 


 結界の脆い箇所から、深淵の軍勢が国内に侵入してくるというケースは過去に多々あったという。だけど、神殿の中にまで侵入された事は数えるほどしかない。


 一番新しい記録で神殿の中に深淵の異形が侵入した事実は、深淵の戦いと呼ばれる激戦の際――300年前に起きたという戦い以来、一度もない。


 それだけ、結界が消失しているこの状況が非常事態である事を意味する。


「ユーノ!」


「ええ、持って来て正解だったわね!」


 私とユーノは腰から下げている鞘に納めていた剣を抜く。護身の為に、剣を携帯していてホントによかった。


 黒い狼は唸り声を上げながら、私達を威嚇する。剣を構えた私とユーノは、カイルくんとシエルさんの壁になるように立ちはだかる。


 緊張感漂う雰囲気に、汗が流れ落ちる。学園の授業で教官や同期生達と剣を交える事はあるけど、深淵の軍勢との戦い……即ち、実戦はこれが初めて。


 正直、怖いという気持ちが強い。訓練や練習試合とは違う……負けたら試合終了じゃない、負けたら殺されるのだ。


 私達が負ければ奴は次にカイルくんとシエルさんにその牙を剥けるだろう。絶対に負けるわけにはいかない。


 狼が駆け出し、一気に跳躍。私達目掛けて飛び掛かって来る。


 最初に動いたのはユーノ。彼女は剣ではなく、掌を拡げて正面に突き出す。


 狼の牙が迫る。しかし、それがユーノを襲う事は無かった。


 鈍い衝突音が聞こえ、狼は大きく弾かれた。ユーノの掌から発せられる魔力が光の壁を作り出し、狼の牙から彼女を守護する――魔力で構成された結界だ。


 ユーノは同期生の中でも結界術の技術に長けており、結界術の授業では何時も満点を取っている。発動、強度共に既に神殿を守護する正騎士に迫ると教官達からも高い評価を受けている。


 弾かれて大きくバランスを崩した狼、この機を逃すつもりはない。今度は私が駆け出して、一気に距離を詰めて斬撃を繰り出した。


 狼は避ける間もなく、首を切断される。深淵の軍勢は闇の魔力によって肉体を構成している異形――首を切断された狼は黒い魔力となって霧散していく。


 一撃で仕留められた事に安堵する。もし、避けられたりでもしたら反撃を受けていたかもしれない。

 

 私達の戦いを見守っていたシエルさんが瞳を輝かせる。


「ラウラさん、ユーノさん、凄いです!」


「「そ、そうかな?」」


 な、何か照れちゃう。初めての実戦で緊張してるんだけどなぁ。


 あ、いけない。今は避難するのが最優先だわ。


 再び、祈りの間を目指して前進する。道中、カイルくんが話し掛けてきた。


「おふたりとも、この騒動が終わったらボクに剣術や魔法の稽古を付けて貰えませんか?」


「「え?」」


 彼の突然の申し出に目が丸くなる。


「ボクも来年、女神の庭の騎士科に入学します。先達であるおふたりから、色々学びたくて……駄目ですか?」


「勿論、いいわ」


「可愛い後輩の頼みなら断れないわ」


「か、可愛いって……ボク、男なんですけど」


 少し不満げな表情に変わるカイルくん。あらら、気にしてるみたい。


 カイルくんって、凄く線が細いから女の子と見間違えそうだもの。こりゃ、女神の庭に入学したら女子から人気が出そうね♪ 


 光の力を宿す御三家の生まれの彼なら、凄い騎士になれるかも。そんな将来有望な後輩の頼みとあったら断れないわ。


 ……何よりも、教皇猊下のお孫様の頼みを断ったりしたら、お父様にお叱りを受ける事間違いなしだもの( ;´Д`)


 やがて、見慣れた場所に辿り着く。そこは、祈りの間付近の廊下。


 もう少しの辛抱と、思っていた矢先だった。カイルくんとシエルさんの後方の天井を突き破り、黒い体躯の巨人が降って来たのは。 


 完全に虚を突かれ、言葉も出ない私とユーノ。巨人を目の当たりにしたシエルさんは恐怖のあまりか、石になったように動けない。


 巨人が拳をカイルくんとシエルさん目掛けて繰り出そうとする。何とかしたいという気持ちがあるが、先ほどの狼とは比較にならない巨体と威圧感を持つ相手に委縮して、私とユーノも足が竦んでいた。


 ――そんな中、ひとりだけ動いた人間が居た。カイルくんだった。


「ラウラさんっ!」


 彼の肉体から魔力が発せられる。それが肉体を強化する身体強化術が発動しているものである事を、私とユーノは知っている。


 身体強化術で肉体を強化したカイルくんは、シエルさんを抱き上げて彼女を私とユーノに目掛けて投げ飛ばした。


 我に返った私とユーノは、投げ飛ばされたシエルさんを何と受け止める。


 その直後、巨人の拳が繰り出され――カイルくんの顔に直撃した。彼の首から上は身体から引き千切れて、その場に大量の鮮血が舞う。


 どしゃりと、その場に倒れるカイルくんの身体。ゴロゴロと私達の方に転がって来たもの――カイルくんの首だった。 





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