第75話 カイルの秘密6
闘技場の医務室、私の話を聞いていたアトスくんがハッとした表情に変わる。
「聞いた事があります。 確か、6年前に創世神国で結界が消失した事件が発生したと……」
「ええ、その通りよ」
今、私が話している事件は有名だから、創世神国以外の国にも伝わっている。
6年前、創世神国で起きた結界の消失。それは、結界柱が故障した事が原因で発生したわけじゃない――人為的に引き起こされた。
結界の消失を引き起こした者達が居る。深淵を信奉するという、およそ常人では理解出来ない思想を持つ悪魔のような連中の手によって起きた事件。
「――深淵教団。近年、大陸各地に出没して破壊と災厄を振り撒く狂信者達の存在が初めて確認されたのが、創世神国で起きたその事件なのよ」
「深淵教団……」
顔を赤く染め、拳をきつく握り締めるアトスくん。彼が私の故国で起きた事件に怒りを抱いているのをはっきりと感じ取る……自分の身に起きた事ではないのに、正義感の強い子なのね。
「アトスくん、ありがとう。自分の事じゃないのに、怒ってくれて」
「え……ああ、すみません! みっともない姿をお見せしました!!」
慌てる様子のアトスくんの姿に苦笑してしまう。
「そんな事ないわ――それで、結界の消失は魔道具技師達に姿を変えていた深淵教団の連中が結界柱から光魔石を取り外した事が原因なの」
「姿を変えていた……偽装魔法ですか?」
頷く私。そう、深淵教団の連中は偽装魔法を使って国内に侵入したのだ。
偽装魔法は姿を変える事が出来る魔法。犯罪目的で使う者が居る為、習得には特別な許可が必要とされる。
各国には、危険物を持ち込む者や偽装魔法を使う者を感知する為の感知魔道具が設置されている筈なのに、技師達に姿を変えた深淵教団の連中は何故かそれをすり抜けて国内に侵入する事に成功した。
深淵教団達が偽装魔法で姿を変えて各地で出没する。彼等は偽装魔法を使っているにも関わらず、感知魔道具に感知されないのは何故なのか……その理由は分からず仕舞いだった。しかし、その謎が最近になって漸く解明された。
「魔法都市ラングレイで深淵教団による事件が起きたのは知ってるかしら?」
「はい、確か最近の話ですよね? 聖王都の王立学園の生徒達が命の危機に陥ったと聞いています」
1ヶ月ほど前、魔法都市ラングレイで深淵教団が大規模な事件を起こした。詳細は不明な部分が多いものの、その事件である事実が判明した。
「連中は特殊な魔道具を所持していたらしいわ。その魔道具を身に付けて偽装魔法を使うと感知魔道具による感知をすり抜けられるみたい」
「そんな物が……」
ラングレイを襲った深淵教団が身に付けていたという特殊な魔道具。感知魔道具による感知をすり抜けられるなんて、危険以外の何物でもない。
「しかも、捕縛した何人かはその魔道具の力で自分の意思とは関係なく操られていたそうよ」
「洗脳効果があるって事ですか!? 一体、誰がそんな危険な魔道具を?」
「調べようにも、その魔道具は取り外すと魔法石が砕ける細工が施してあったみたいなのよ。製作者はかなり狡猾な人物のようね」
魔道具の核といえるのは魔法石である。付与魔法を付与するのは、基本的に魔法石である為、魔法石を調べる事でどのような魔法が付与されているのかを調べる事が出来る。
「6年前に技師に化けていた連中も、おそらくはそれと同じ物を身に付けていたと推測されているんだけど……」
「何かあったんですか?」
「ええ……光魔石を取り外した深淵教団達を、神殿騎士団と魔術師団の精鋭達は追い詰めて光魔石を奪還する事に成功したわ。だけど、直後に連中は魔力を暴走させて自決したの」
自身の中に流れる魔力は魔力制御によって、制御する事が出来る。厳しい鍛錬で魔力の消耗を抑えたり、放出系統の魔法を使う際に出力を変化させる際に魔力の量を調整したりと。
魔力制御で無理やり限界以上の魔力を絞り出したりする危険な行為を行う事で、魔力の循環を狂わせて暴走状態にする事も可能。当然、暴走させた魔力は危険以外の何物でもない――術者の肉体が、まるで爆発したかのように弾け飛ぶ。
追い詰められた深淵教団の連中は、魔力の暴走を起こして自決したのだ。
「自決……」
アトスくんは青褪めた表情に変わる。私もこの話を聞いた時は同じ表情をしていた事だろう。追い詰められたとはいえ、正気の沙汰とは思えない。
狂信者という言葉が、これほど当てはまる集団は居ないだろう。
「自決した連中は血と肉片に変わって、どうにも調べようがなかったわ。さっきのラングレイの事件の話に出て来た特殊な魔道具を所持していたとは思うんだけど……」
「連中もろとも弾け飛んで破片になってしまったんですね……」
私はその現場を直接見たわけではないけど、凄惨なものだったと聞く。もし、目の当たりにしていたら、その場で嘔吐するかもしれない。
「だけど、それ以上に大きな問題が起きていたの。教団の連中は、深淵の軍勢を結界が消えた国内に呼び寄せたの」
「深淵の軍勢を呼び寄せる……そんな事が出来るんですか?」
「どういった手段を用いたのかまでは分からないわ。でも事実、国内のあちこちに深淵の怪物達が出現して家屋を破壊したり、人々を襲ったわ」
そして、奴等は私やシエルさん達にも襲い掛かって来た――。
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