第74話 カイルの秘密5
――ラウラ達が神殿で祈りを捧げる少し前、創世神国国境付近の森。黒い外套に身を包んだ不気味な一団が地面に何かを転がしていた。
黒い一団が地面に転がしたもの……それは、人間だった。既にその命脈は断たれ、息をしていない。
地面に転がる死体の数は7人――黒い外套を纏う一団の人数も7人。一団は腕を捲る――全員が黒い石がはめ込まれた不気味な腕輪を装着していた。
腕輪から一瞬、黒い光が迸ると彼等の姿は全く異なる姿に変わっていた。地面に転がっている死人達と同じ姿をしていた。
「では、赴くとしようか」
頷き合う一団。姿を変えた彼等は地面に転がる死体に目もくれず、創世神国方面に向かって歩き出した。
カイルくん、シエルさん、ユーノ、そして私は女神像に祈りを捧げた後、揃って神殿の外に出た。さて、これから何をしようか――と思っていると、向こうから銀髪の青年がやって来た。
「カイル、シエル」
「「レイザ兄さん」」
銀髪の青年の名はレイザ・ハーツィア。ハーツィア家の長男で、カイルくんとシエルさんのお兄さん。創世神国の学園である女神の庭の卒業生であり、術士科を首席で卒業した秀才として知られている。
女神の庭卒業後、神殿の魔術師団の一員として神殿の警護や魔法の研究に力を尽くしている。先月、17歳の誕生日を迎えたそうだけど、既に一流の魔術師としての風格や貫禄といったものを感じる。
彼とは、カイルくんとシエルさんと親しくなった関係で何度か会った事がある。 レイザさんは私とユーノにも声を掛けてきた。
「ラウラ嬢、君も一緒だったんだね。そちらのお嬢さんとは初めてかな?」
「レイザさん、久し振りです」
「は、はは初めまして、ユーノと申します」
「もう、ユーノったら……緊張し過ぎ」
「しない方がおかしいでしょ!?」
目が泳ぎまくるくらい緊張するユーノの顔を見て苦笑する。まぁ、私も最初は今の彼女と同じようなリアクションだったっけ。
ハーツィア家は御三家のひとつ、創世神国でも知らぬ者が居ない名家。御三家は非常に希少な光の力を宿す家系ゆえに、この国の防衛の要といえる。
魔術師であるレイザさんは、光の力による攻撃魔法に長けている。半面、傷を癒す治癒魔法の素質はあまり高い方ではないという。
弟のカイルくんは護剣術の稽古に明け暮れており、私と同じく神殿騎士を志している。来年、女神の庭の騎士科に入学すると言っていた。
妹であるシエルさんは攻撃魔法と治癒魔法の双方に高い素質を秘めており、再来年に女神の庭術士科に入学する予定。光の力を宿すこの子達――何れは、創世神国になくてはならない存在になるわね。
あれ、そういえば気になっていたけど……あちこちに神殿騎士や魔術師の人達が居るわね。何かあったのかしら?
「レイザさん、何かあったんですか? 周囲に神殿騎士や魔術師の方々が居るみたいですけど……」
「ああ、実は今日は大切な作業が行われるんだよ」
そう言って、レイザさんが指差すのは神殿の真後ろに聳え立つ巨大な柱――結界柱。結界を張り巡らせる巨大な魔道具であり、1000年以上前に聖王国から齎された技術を基に建造されたという。
柱の頂上には光の魔法鉱石“光魔石”が埋め込まれており、結界を維持する為に、定期的にその石に魔力が込められ、結界術の付与が施される。光の力を秘める光魔石から発生する結界により、深淵の軍勢はこの国には一匹たりとも侵入する事は出来ない。
「光魔石に問題は無いけど、結界柱自体の補修を行うんだ。1000年も昔からある物だから、柱の所々に罅割れや細かな傷があるんだ――倒壊でもしたら大変だからね」
確かに、結界柱が倒壊したらえらい事態になるわね……柱の倒壊による被害もそうだけど、それ以上に結界が消失する。結界が消えると深淵の軍勢がこの国侵入してくるもの、私達にとっては死活問題だわ。
周囲に居る神殿騎士や魔術師達は、何か問題が発生した時に備えているのね。
「あ、結界柱に人の姿が見える」
「おそらく、結界柱を補修する為に来た技師だよ」
結界柱に張り付くようによじ登る人間の姿が幾人か見える。
結界柱には階段等は設置されていない。自身の魔力と結界柱の魔力を同調させる事で、まるで磁石のように柱に吸い付く事が出来るのだ。
無論、魔力制御に精通していなければ出来ないので、一般人や子供は結界柱に近付く事は禁じられている。もしも、冗談半分でやれば落下して大怪我、最悪の場合は命が危ないから。
「……ん?」
「レイザさん、どうしました?」
「いや、技師のひとりが頂上の光魔石のある場所に居るんだ」
レイザさんが指差すのは結界柱の頂上、光魔石がはめ込まれている場所だ。確かに技師のひとりが居るわね。
「何かおかしいんですか?」
「光魔石に触れるような作業は、今日の作業には無い筈なんだ。一体、あの技師は何を――」
レイザさんの言葉を遮るように、彼の胸元から大きな音が聞こえた。何事かと、目を丸くする私達。
彼は胸元から、球体のような物を取り出す。あれは、通信球……通信魔法を受信する魔道具?
「こちら、レイザ。どうしました?」
『レイザ、結界柱に技師は到着しているか!?』
「ええ、既に作業に取り掛かっています。どうしたんですか、何か――」
『作業を止めるんだ! その連中は本物の技師じゃない、本物の技師達の死体が国境付近の森の中で発見されたんだ!!』
「――!?」
通信球から聞こえてきた声……本物の技師達じゃない? それなら今、結界柱で作業しているのは誰だと――。
直後、大地が大きく揺れた。結界柱から展開されている結界が消失した――。
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