第73話 カイルの秘密4


「えっと……ど、どこまで話したかしら?」


 アルル先生が作った奇妙奇天烈な栄養ドリンクによる騒動。あの後、また作ろうとしている先生を何とか説得して、漸く落ち着いた私は話の続きをアトスくんに語る事にした。


「シエル嬢が教皇猊下のお孫様というところまでお聞きしました。あの、本当なんでしょうか……?」 


「ええ」


 現教皇猊下には長女、次女、三女の3人の御息女が居る。


「創世神国には御三家と呼ばれる3つの家系があって、現教皇猊下の御息女達は御三家に嫁がれたの」


「御三家ですか……確か、公爵家に比肩するほど有力な家系なんですよね?」


「ええ」


 御三家は創世神国でも特に高名な3つの家系――アイゼン家、レクス家、ハーツィア家。優れた実力を持つ騎士や魔術師、教皇猊下を補佐する枢機卿を輩出している事で知られている。

 

「何よりも重要なのは、御三家は光の力を宿す家系という事なのよ」


「光の力を?」


 私達の住むこの世界には、天光雷地水火風の7つの力が存在する。光の力は、選ばれし者が宿すと云われる天の力を除けば全ての属性の頂点に立つとされている。


 光の力は、闇の力で世界を蹂躙しようとする深淵の軍勢に対して絶大な効果を発揮する。しかし、光の力を宿す家系は非常に少ない。


 創世神国の御三家は、その希少な力を有する家系。彼等の持つ光の力は、聖王国を統治する聖王家に次ぐと言われるほどだ。


 御三家は創世神国を深淵の軍勢から、幾度も守り抜いてきた実績を誇る。シエルさんは、その一角を担うハーツィア家に生まれた。


 私の話を聞いていたアトスくんが、ゴクリと唾を飲み込んでいた。頬からは汗が伝っており、緊張した面持ちだ。


「ほ、ホントに凄い名家の生まれなんですね、シエル嬢は……」


「アイゼン家には3人、レクス家には2人、ハーツィア家には3人と教皇猊下のお孫は8人いらっしゃるわ。いえ、正確には8人だったと言うべきかしら」


「それは……“本当”のカイル殿が、亡くなったからですか?」


「ええ、そうよ。ハーツィア家は長男のレイザ殿、次男のカイルくん、末子のシエルさんの3人兄妹だったわ」


 ハーツィア家の長子であるレイザ殿は、私が創世神国の学園である女神の庭に入学したばかりの頃、術士科最終学年で学年主席だった秀才。現在は、若くして女神教の神殿を警護する魔術師団の隊長のひとりとして活躍している。


「カイルくんは神殿騎士を志していて、12歳になったら女神の庭の騎士科に、シエルさんは魔法の才能があったから術士科に入学する予定だったの」


「あれ、教皇猊下のお孫様達もそういった騎士や魔術師になられる方が多いんですか?」


「ええ。そもそも、教皇という地位は世襲制ではないもの」


 創世神国の国家元首である教皇は、聖王国の聖王や帝国の皇帝のように血筋によって受け継がれてゆく地位ではない。現職の教皇猊下が何らかの事情で辞任、あるいは御逝去された場合は教皇猊下の補佐を務める枢機卿達の中から選挙によって新たな教皇が選ばれる。


 現教皇猊下は御三家ほどではないものの、創世神国でも名の知れた有力者の家系出身の枢機卿のひとりで、前教皇猊下が亡くなられてから行われた選挙で教皇に就任された。


 身分の高い家柄、教皇猊下のお孫だからといって、何もしないわけではない。自らの力を研鑽、知識を蓄え、創世神国の平和を守る為の努力は欠かさない。


「……ん? その、本当のカイル殿はシエル嬢の兄上なんですよね? という事は、彼女はカイル殿より年下なのでは?」


「ええ、本当のカイルくんはシエルさんよりひとつ年上だったから、生きていれば17歳になっていたわ。カイルくんとして生きているシエルさんには、諸事情で在学期間が延びている――所謂、留年しているという認識なの」


「……一体、何があったんですか? そもそも、どうして彼女はカイル殿として振舞われているのですか?」


 アトスくんの言葉に、私は深呼吸した後、シエルさんが男装してカイルくんの名前で呼ばれている理由を語り始めた――。






 ――6年前、創世神国。私が神殿でカイルくんとシエルさんと出会ってから、およそ2年が過ぎようとしていた。


 女神の庭騎士科に入学した私は同じ年に入学したユーノと友人になり、一緒に護剣術の稽古をしたり、買い物に行く事が多くなった。学園の授業が無い祝日である天の日、私とユーノは何時ものように外出許可を取って町に出掛けていた。


 私達が最初に赴く場所は勿論、神殿――女神像に祈りを捧げる為だ。神殿に到着した私達は女神像が安置されている祈りの間に続く廊下を歩く。


「あ、ラウラさん!」


「ホントだ、ラウラさん!」


 声を掛けられ、振り返ると銀髪の少年少女がこちらに駆け寄って来た――カイルくんとシエルさんだ。どうやら、この子達も祈りを捧げに来たみたいね。 


 カイルくんとシエルさんとは2年前の一件以来、とても親しい関係になった。ちょくちょく、私の家に遊びに来ることがある……ハーツィア家の御子息、御息女が御越しになる事にお父様とお母様は気が気じゃない様子だけど。


「ラウラ、知り合いなの?」


「え? ああ、そっか、ユーノは初対面だっけ」


「カイル・ハーツィアです」


「妹のシエル・ハーツィアです」


「私はユーノ・ラシェル。よろしく――ハーツィア?」


 首を傾げるユーノ。暫くすると彼女の顔がみるみる青くなり、大量の汗を流しながら私の肩をガシッと掴む。


「ラウラ、質問していい?」


「え、何?」


「ハーツィアって、御三家のハーツィア家の事?」


「当たり前じゃない。カイルくんとシエルさんの御実家なんだから」 


「いやいやいやいや! な、ななななな何でラウラがそんな名家の御子息御息女と知り合いなのよ!?」


 瞳がグルグルと渦巻いているユーノが、私の肩を掴んだまま揺らしてくる。うーん、酔うわぁ――脳内震度4ってところかしら。


 大混乱の友人の為に、2年前の出来事を事細かに説明する。とりあえず、納得してくれた模様。


 ユーノは溜息交じりに、顔に手を当てる。


「その子達の為に神殿で騒動を起こしたって……ラウラ、普通だったら怒られるだけじゃ済まないわよ?」


「いやー若気の至りって奴かしら?」


「ほんの2年前の話でしょうが! 代々神殿騎士を輩出する家柄の生まれているんだから、もっと礼節というものを――」


「あのー……とりあえず、女神様に祈りを捧げに行きませんか?」


「え――は、はい。そうですね……」


 カイルくんが苦笑しながら、私達の間に入って来た。相手が創世神国屈指の名家の御子息とあっては、ユーノも無碍にするわけにはいかないみたい。


 私達は一緒に祈りの間に入り、女神像の前で祈りを捧げた。この時の私は知る由も無かった。


 この国に、魔手が迫りつつある事を――。





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