閑話28 護衛騎士と姫のお忍び城下巡り4


 ……暫くして、場所は聖王都のアークライト邸。ソフィアは緊張した面持ちで、来客者に紅茶を淹れたティーカップを差し出す。


「そ、そそそそそ粗茶ですがががががが、ど、どうぞ……((((;゚Д゚))))」


 ソフィアは震えまくっており、折角淹れた紅茶が零れそうな勢いだ。双子達が、笑いながら母ソフィアを指差す。


「お母さん、へんだよー」


「だよー」


「へ、へへへ変じゃないわよ!」


 双子達に指摘され、真っ赤になるソフィア。彼女が緊張するのも無理は無いだろう……何せ、この屋敷に来ている人物は王族なのだから。


 アークライト邸の客間のソファに腰掛けているのは、聖王国第二王女アリア・リュミエール・ディアス。守護騎士である長男ディゼルが護衛を務める王女殿下その人が、来客されていらっしゃるのだ。


 あの後、一同は気絶したソフィアをアークライト邸まで運んだ。到着と同時にソフィアは目を覚まし、急いで王女殿下の為にお茶を用意したのである。


 申し訳なさそうに頭を下げるアリア。


「あ、あの、すみません。御迷惑をお掛けしました」


「と、ととととととんでもございません! 私の方こそ王女殿下とは露知らず、御無礼をお許し下さい!!」 


 息子に恋人が出来たと思って興奮しながら尾行したが、その相手が息子が護衛する王女殿下とは夢にも思わなかったようだ。ディゼルは顔に手を当てたまま、アリアに謝罪する。


「殿下、申し訳ございません。このような事態を招いてしまって……」


「ふふ、構いません。こうやって、ディゼル殿の御家族とお話出来て嬉しい……」


 ティーカップに口を付け、紅茶を飲んだアリアが目を見開いた。


「美味しい……私の侍女を務めるセレスが淹れる紅茶以外で、こんなに美味しい紅茶を飲んだのは初めてです」


 どうやら、ソフィアが淹れてくれた紅茶の味に感動しているようだ。何時も彼女が聖王宮で飲む紅茶は、侍女であるセレスが用意する。


 セレスの淹れる紅茶はディゼルも御馳走になった事があるが、かなりの美味だった。ソフィアが淹れた紅茶は、セレスが淹れる紅茶に引けを取らないらしい。


「あ、ありがとうございます。お気に召して頂き、こ、ここ光栄です」


 アリアにお辞儀するソフィア――と、双子がやって来る。


「お姫さまー、聞いてもいいー?」


「いいー?」


「はい、何ですか?」


 愛らしい双子の姿に微笑む姫君。双子はこんな質問をしてきた。


「お兄ちゃんの恋人さんなのー?」


「なのー?」


「え?」


 双子の質問に硬直するアリア。ディゼルは、慌てた表情で双子に詰め寄る。


「ミリー、ユーリ、殿下に何て質問をされるんだ! 一体、何を根拠にそんな事を訊いて――」


「えー? だって、お兄ちゃんのほっぺにチューしてたしー」


「してたしー」 


 ビシッと、まるで石化したかのように動かなくなるディゼル。あの光景を、家族に見られてしまっていた。羞恥心から、カーッと真っ赤になるのに時間は要さなかった。


 言い訳出来なかった。姫が自分の頬に口づけした事実に……実際は、頬に付いていたクリームを口にしたのだが。


 アリアは苦笑しながら、双子達の頭を撫でる。


「ディゼル殿の頬にクリームが付いていたから……はしたないとは思いましたけど、あのような形で取らせてもらいました」


「そうなんだー」


「お兄ちゃん、ラッキーだねー。お姫様にチューしてもらって」


「う……」


 真っ赤になって、何も言えなくなる護衛騎士。母と姉、先輩騎士は生暖かい視線で見守っている。ふと、客間の時計に視線を向けると、時刻は午後5時――。


「で、殿下……そろそろ、聖王宮に戻りませんと」


「そうですね。アークライト夫人、おもてなし頂いてありがとうございました」


「い、いえ! ディゼル、殿下をしっかりお守りするのよ!!」


「言われなくても――それが、僕の務めだからね」


「お姫様、またねー」


「またねー」


「はい、機会があればまたお会いしましょう」


 ディゼルはアリアと、ブルーノを伴い空間転移で聖王宮に一瞬で移動した。到着した場所は、謁見の間に続く廊下のようだ。


「それにしても、空間転移とは凄い魔法だな。一瞬でアークライト邸から聖王宮に移動するとは……殿下、それでは私はこれで」


「ええ」


 ブルーノは一礼すると、ふたりの傍から去っていく。さて、問題はこれからである……謁見の間の方から聞こえてくる足音に、ディゼルとアリアはビクッと肩を震わせる。


 カツーン、カツーンという足音とウフフフという笑い声が聞こえてくる。背筋に寒気を感じずにはいられない。


 やって来たのは、この国の女王アストリアと守護騎士隊長グラン・アルフォードのふたりだった。ふたりの後ろには、アリアの侍女を務めるセレスの姿も。


「ふたりとも、城下巡りは楽しかったですか? 楽しかったですよねぇ、ウフフフフフ♪」


「は、はひ……」


「ディゼル……護衛騎士ならば、立場を弁えろ」


「も、申し訳ございません。あの、ところで……セレス殿は何をしていらっしゃるんでしょうか?」


 ディゼルとアリアの視線が、後方に控えているセレスに向けられる。セレスは幸せそうな顔で、ガラスの容器に乗せられたプリンアラモードをスプーンで掬って食べている。


「お気になさらず(*´ω`*)」


「いえ、気になったから訊ねたのですが……(;´・ω・)」


「セレス、姉様に買収されてしまったんですね……(´;ω;`)」


 この後、こってりと絞られた王女と護衛騎士であった。






「はぁ……」


 漸く、長い長いお説教から解放されたアリアは自室のベッドに仰向けに寝転がる。


 ちなみに、ディゼルは始末書を書いているらしい。王女からのお願いとはいえ、やはりお咎め無しとはいかなかったようだ。


 自分の我儘のせいで迷惑を掛けてしまった事に罪悪感を感じた。ディゼル当人は気にしてはいなかったが。


「(もう、1年になるんですね……)」


 ディゼルが自分の護衛騎士になってから1年――その記念にと、彼と一緒に城下を巡った。


 一国の王女である自分が、軽率な行動をしたと怒られるのは分かっていた。だけど、城下の活気に触れる事が出来たのは楽しかった。


「(それに、兄様の御家族にもお会い出来ましたし……)」


 アークライト家の人々――ディゼルの家族と知り合えた事が一番の収穫だったかもしれない。短い時間だったが、彼の家族との語らいは楽しかった。


 ふと、あの時の出来事が脳裏を過る。そう、彼の双子の妹達との語らいが。


『お兄ちゃんの恋人さんなのー』


『なのー?』


『えー? だって、お兄ちゃんのほっぺにチューしてたしー』


『してたしー』 


 ボンッと、アリアは耳まで真っ赤になる。あの時は何とか平静さを保ったが、今は周囲に誰も居ない。枕を抱いて、ベッドの上をゴロンゴロンと転がる。


「(わ、わわわわわわ私と兄様が、こ、こここここ恋人……そ、そう見えちゃったんでしょうかっ!?)」


 悶々としていると、寝室の扉を叩く音が聞こえてくる。入室を許可すると、入って来たのはセレスだった。


「姫様、どうかなさいましたか!? 姫様に何事か起きたのではないかと思い、駆けつけました!」


 どうやら、彼女はアリアの身に異変が起きたのではないかと察して駆けつけた模様……プリンアラモードを食べながら。


「セレス、それ何個目ですか?」


「7個目です!」


「食べ過ぎでしょ……( ;´Д`)」


 甘いもの好きの侍女に、少し辟易する姫君であった。


 一方その頃、始末書を書き終えたディゼルが聖王宮の廊下をブルーノと共に歩いていた。


「しかし、真面目なディゼルが姫様とお忍びで城下に行くとは思わなかったよ」


「お叱りを受ける覚悟はしていましたよ」


「……」


「ブルーノ殿、どうされたんですか?」


 ディゼルは、急に無言になる先輩が気になった。彼の表情は深刻そうに見える。


「ああ、いや……実は気になっている事があるんだ」


 ブルーノは、守護騎士の中でも上位に入る実力の持ち主。それゆえ、聖王宮の警護よりも、深淵の軍勢の討伐に派遣される事が多いのだ。


「聖王国各地からの報告によると――」


 最近、深淵の軍勢の出現が増加傾向にあるという。しかも、滅多に出現する事が無い強力な個体の姿も見られると……。


「ブルーノ殿、それは……」


「何か、悪い事の前触れでなければいいんだが……」






 ――同時刻、遥か天空の彼方で暗雲が立ち込めつつあった。深淵と呼ばれる、悪しき異形が住まう世界の扉が開こうとしていた……。





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