閑話27 護衛騎士と姫のお忍び城下巡り3
暫くすると、ディゼルとアリアは露店でソフトクリームを購入する。菓子の類を口にする事もあるアリアだが、こうやって購入して食べる機会は殆ど無い。
聖王宮で口に菓子類は、基本的に高級な物が多い。一般的な菓子を目の当たりにして、変装している姫君は瞳を輝かせながらソフトクリームを口にする。
「ふわぁ……甘くて美味しいです」
「お気に召して頂いて何よりです」
「……あ、兄様、クリームが頬に付いてます」
「え?」
指摘され、ディゼルは自分の頬にクリームが付いている事に気付く。自分とした事が、姫の前でみっともない姿を見せてしまったと赤くなる。
ハンカチでクリームを拭こうとするが――。
「ダメです、折角のクリームが勿体ないですよ……あむっ」
「!!??」
アリアがディゼルの頬に付いたクリームを自らの口で舐め取る。姫の行動に、流石のディゼルも固まってしまう。
「どうしました、兄様?」
「あ、あの……今」
「え、クリームを――」
アリアは最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。彼女の頬は茹蛸のように真っ赤になった。漸く、自分が何をしたかを自覚したようだ。
恥ずかしさのあまり、両手で顔を隠すアリア。
「しゅ、しゅみません。は、はしたなさ過ぎました……///」
「い、いえ……///」
初々しいふたりのやり取りは、周囲に居る人々からも注目されていた。年頃の少女達はキャーキャーと黄色い声を上げ、年頃の少年達は血の涙を流しながら恨めしそうにディゼルを見つめている。
当然の如く、アークライト家女性陣とブルーノにも目撃されていた。
「ああ、ダメっ! 甘過ぎて、お母さん、砂糖の海に溺れちゃいそうだわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ( *´艸`)!」
「ほっぺにチュー (*´³`*)」
「チュー (*´³`*)」
ソフィアと双子は昂奮しまくっていた。双子に至っては、唇を突き出している有様である。
暴走気味な母と妹達の様子を、呆れた表情で見つめるレインは溜息を吐く。
「もう、ディゼルったら。公衆の面前で甘い空間を作らないでよね……あら、ブルーノさん、ど、どうされたんですか?」
「い、いえ……」
ブルーノは焦った表情で、ディゼルと変装しているアリアの動向を窺う。
そう……ブルーノは気付いているのだ。ディゼルと一緒に居る少女が、アリア王女その人である事に。
「(何故、アリア殿下が城下にいらっしゃるんだ……(;゚Д゚)!? )」
ハラハラした様子で、周囲に不審な人間は居ないか見回すブルーノ。万一、殿下の身に何かあれば一大事――守護騎士として、見過ごす事は出来なかった。
幸いなのは、護衛騎士を務めるディゼルが傍に居る事だろう。彼が守護騎士に任命されてから2年になるが、ディゼルの誠実な人柄と驚異的な成長速度には誰もが一目置いている。
先日開かれた、守護騎士同士による剣術試合でブルーノは準決勝でディゼルと剣を交えた――結果はディゼルの勝利。
決して驕っているつもりはなかったが、ブルーノは守護騎士として鍛えてきた己の実力に自信があった。守護騎士達の中で、自分に勝てるのは隊長を務めるグラン、互角に渡り合えるのはリシャールといった上位の実力者だけだと考えていた。
「(まさか、たった2年で追い抜かれてしまうとは思わなかったな)」
決勝戦で、ディゼルは隊長であるグランと激突した。勝利したのはグラン、まだまだ隊長には及ばなかったようだ。
その様子を見物していた、聖王国騎士団総長を務めるディゼルの父ウェインが言っていた事を思い出す。
『この国で、ディゼルが勝てない騎士は私とグラン殿だけだろう。いや……私も、遠からず追い抜かれるだろうな』
ウェインは、10年前にグランとの剣術試合で敗れるまで聖王国一の騎士として名を馳せた。グランを除けば、現在でも彼に勝る騎士は居ない。
そのグランが、ブルーノとふたりで食堂で談笑している時にディゼルの評価を口にした事があった。彼はこう語っていた――。
『ディゼルは、史上最高の騎士になり得る素質を秘めている』
計り知れない潜在能力と成長速度。一体、この先どれだけ伸びるのか……末恐ろしい逸材だ。
「(って、今はその事を考えている場合じゃない。ディ、ディゼル……殿下をしっかり護衛するんだぞ)」
大通りの様々な店を巡った後、ディゼルとアリアは城下の公園にあるベンチに腰掛けた。目の前にはある噴水からは、水が噴き出している。
時刻は、夕刻に近付きつつある。そろそろ、城に帰還しなければならない。
同時に気が重くなる。アストリアとグランが待ち構えている事を想像し、ディゼルの背筋に寒気が走った。
『城下は楽しかったですか? 楽しかったですよねぇ、ウフフフフ(#^ω^)♪』
『覚悟は出来ているだろうなぁ(#^ω^)♪』
頭の中で想像する、女王陛下と守護騎士隊長の姿に身震いする。ああ……間違いなく、御叱りを受けるだろうなぁ、と。
「兄様」
「は、はい! どうされました?」
「今日は、私の我儘に付き合って下さり、心から感謝しています」
アリアは城下に行きたいという、自らの我儘を聞いてくれたディゼルに感謝の気持ちを伝える。守るべき姫君の言葉に委縮してしまう。
「い、いえ……あの、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何ですか?」
「何故、急に城下を巡られたいと思われたのですか?」
普段、控えめな彼女が城下に行きたいと言った理由が分からなかった。彼女はポカンとした表情をした後、少しムッとした表情に変わる。
「もう……今日が何の日か忘れたんですか?」
「え、今日は――あ」
そう、今日が何の日であるか……ディゼルは思い出した。今日は、ディゼルがアリアの護衛騎士になってちょうど1年だ。
自身がアリアの護衛となってもう1年経ったのだ。時間の流れとは早いものだ。
「兄様の護衛騎士就任一周年記念として、一緒にお出掛けしたかったんです」
「あ、ありがとうございます……」
王女殿下御自身が、護衛騎士でしかない自分の為に――身に余る光栄だった。胸が熱くなるのを感じずにはいられない。
「――!?」
「兄様?」
ディゼルはベンチから立ち上がると、後方を振り向いた。ベンチから少し離れた草むらに人の気配がある。
誰だ、自分達を見つめる視線を感じる。何やら、小声も聞こえてくる――内容はよく聞き取れないが、警戒心を強める。
まさか、アリアを狙う不逞の輩……?
「下がっていて下さい。何者かが、近くに潜んでいるようです」
「え……!?」
「そこに居るのは何方ですか」
鋭い眼つきで、何者かが潜んでいる草むらを睨む。すると、声が聞こえてきた。
「ば、バレちゃった!?」
「バレちゃったよー」
「どうしよー」
「お、音を立て過ぎちゃったのかしら」
「流石はディゼルだな」
ガサガサ、と音を立てて姿を現したのはアークライト家女性陣とブルーノだった。予想外の面々の登場に、ディゼルの目は点になる。
「え? ちょ、ちょっと、何でみんながここに? そ、それにブルーノ殿!?」
「いやー、ごめんね。ディゼルが女の子とデートしてたのを見て気になって尾行しちゃったわ♪」
「しちゃったのー」
「ちゃったのー」
舌を出してウインクする母と双子の妹達。レインは申し訳なさそうに、両手を合わせて謝る。
「いや、ホントごめんね。母さん達の暴走についつい、私も付き合っちゃって」
「そ、そうなんだ。あ、ブルーノ殿はどうしてここに?」
「実は……」
ブルーノが経緯を説明してくれる。事の詳細を聞いた後、呆れた表情で母達を見つめる。
「あのさ……僕は護衛をしていたんだよ」
「なーに言ってるのよ、ディゼルが護衛するお相手は王女殿下でしょ?」
朗らかな笑みを浮かべる母ソフィア。一方、姉レインは弟の後ろに居る眼鏡を掛けた少女の顔をじっと見つめた後……小刻みに震え、数歩後退る。
「ま、まままましゃか……その子、いいえ、そ、その御方は……(;゚Д゚)!?」
「レイン殿、気付かれましたか。まぁ、聖王宮でディゼルとその御方が御一緒であるところを見た事は幾度もあるでしょうからね……」
眼鏡を掛けて、偽装魔法で髪の色を変化させているとはいえ、こんな近くで見れば、目の前の少女が誰であるか、理解出来ないレインではなかった。
一体何事かと、ソフィアと双子は交互にふたりを見る。
「え、何? レイン、ブルーノさん、その子と知り合いなの?」
「え、えーと……その」
「こ、こちらの御方は……」
「おふたりとも、私から自己紹介します」
ディゼルの後ろに居た眼鏡を掛けた少女が前に出る。慌てて止めようとしたディゼルだが、彼女は優しい微笑を浮かべる。
「大丈夫です、周囲には私達しか居ませんから」
「で、ですが……」
「それに、ディゼル殿の御家族とはお話がしたいと思っておりました」
ディゼルとふたりきりの時は兄様と呼ぶ彼女だが、流石に彼の家族の前でそう呼ぶのは憚られる。ゆえに、ディゼル殿と呼ぶ。
彼女は眼鏡を外す。この眼鏡は偽装魔法を付与された魔道具であるゆえ、外すとその効果が解除されて、彼女は本来の姿に戻る。
栗色の髪が、白金の髪へと変化する。その姿を目の当たりにしたソフィアがあんぐりと口を開く――開いた口が塞がらないとは、こういう時に使う言葉であろうか。
目の前に現れた少女の姿を知らぬ者は、この聖王国には居ない。
「こうして、直接お話するのは初めてになりますね、アークライト夫人。聖王国第二王女アリア・リュミエール・ディアスです」
「わー、お姫さまだー」
「お母さん、お姫さまだよー」
双子は王女殿下が目の前に現れた事に大興奮している。しかし、ソフィアは……ゴボォッと泡を吹いた後に、ビターンと音を立てて地面に仰向けに倒れた。
「あ、アークライト夫人! だ、大丈夫ですかっ!?」
「い、いえ……姫。王女殿下であらせられる貴女が正体を明かされれば、母が倒れるのも無理は無いと思います」
「私がお連れしましょう」
「す、すみません、ブルーノさん」
うーん、と唸りながら泡を吹くソフィアをブルーノが抱きかかえてくれた。申し訳なさを感じつつも、彼の気遣いにレインは感謝した。
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