閑話26 護衛騎士と姫のお忍び城下巡り2


 ――同時刻、大通りを歩く女性達の姿があった。アークライト家夫人ソフィア・アークライトと長女レイン、双子の妹達のミリーとユーリの4人。


 今日はレインが魔法研究室の仕事が休みである為、ウェインとディゼルを除いた面々で買い物を楽しんでいるのだ。談笑しながら歩く彼女達であったが、ユーリがピタッと動きを止める。


「どうしたの、ユーリ?」


「あそこにお兄ちゃんが居るよー」


「え? ディゼルが……あら、本当だわ」


 レインは大通りのとある店の前に立つ弟――ディゼルの姿を発見する。どうして、弟がこんな場所に居るのか、と首を傾げる。


 何時もなら、聖王宮でアリア殿下の護衛をしてる筈なのに。何故、城下の大通りにディゼルが居るのか。


 気になって、話し掛けてみようと動き出すレイン。それを制止したのは、母ソフィアであった。


「え、か、母さん? どうしたの?」


「ちょ、ちょっと、あれをご覧なさい」


 母ソフィアが指差す方向に居るのはディゼル――いや、ディゼルはひとりではなかった。栗色の髪の眼鏡を掛けた可愛らしい少女と一緒だった。


 ふたりは、こちらに気付いていないらしく、楽しそうに談笑している。


「え? ど、どういう事? あ、あれって、もしかして(;゚Д゚)?!」


「どこからどう見てもデートよ、デート! もう、ディゼルったら何時の間にあんな可愛い子と知り合ったのかしら( *´艸`)!」


「わー、お兄ちゃんデートしてるんだー」


「いいなー」


 驚く姉と、瞳を輝かせる母と妹達。ディゼルが王立学園に在籍していた頃、女子から人気がある事は知っていたが、誰かと付き合っているという話は全く聞かなかった。


 年頃なのに、既に守護騎士の一員である息子に出会いが無い事を心配していたソフィアは目の前の光景を見て、興味津々で昂奮気味の様子。


「よーし、今からディゼルのデートを尾行しちゃいましょう!」


「らじゃ (`・ω・́)ゝ!」


「らじゃー (`・ω・́)ゝ」


「え? ちょ、ちょっとォ!?」


 ウキウキ気分で息子のデートを尾行する事にした母と、ビシッと敬礼して了解する妹達。困惑気味の長女は、慌てて母と妹達の後を追う――斯くして、アークライト一家(父除く)のデート尾行大作戦が開始したのであった。


 彼女達は、近くの店でサングラスとマスクを購入して身に付ける。どうやら、変装してディゼル達の尾行をするつもりだが……傍から見ると、不審者がストーキングしているようにしか見えない状況であった。






 ディゼルと、本日はリアという令嬢に扮したアリアは魔道具を取り扱う店に赴いていた。彼等は、ふたりの付与魔術師が協力しながら魔道具を作製しているところを見学していた。


 付与魔法を用いて作製される魔道具は多岐に渡る。しかしながら、付与魔術師が付与出来る魔道具は自身の属性によるものと共通魔法に限られる。


 ディゼルとアリアが見学しているのは、髪を乾かす魔道具の作製過程。この魔道具を作製するには火の力と風の力を込める必要があるのだが、この世界に住まう人間が宿す力は基本的にひとつの属性のみ。


 ふたつの属性を併せ持つ魔道具を作製する際には、異なる属性の付与魔術師ふたりの協力が必要となるのだ。従って、髪を乾かす魔道具製作には先ずは火の力を宿した付与魔術師が火の力を魔法石に込め、次に風の力を宿した付与魔術師が風の力を同じ魔法石に込めるのだ。


 魔法石にも種類があり、ひとつの属性のみを宿す物と複数の属性を宿す物が存在する。今、作成されている魔道具は火と風のふたつの属性を込められている為、複数の属性を宿せる魔法石である事が分かる。


「日常生活で何気なく使用している魔道具は、こうやって作られているんですね――あ、そういえば、私が持つこの首飾りも付与魔法で作られているんですよね?」


「ええ、結界術と感知術のふたつの魔法を付与しました」


 アリアが首から下げている首飾りを掌に乗せて見つめる。この首飾りは、護衛であるディゼルがアリアの為に作製した魔道具である。


 聖王国の王女である彼女を悪意あるものから守る事がディゼルの役目――何時、何処から賊や深淵の異形が襲い掛かってくる分からない。首飾りには、彼女を守る結界術と、居場所を知らせる感知術のふたつの魔法が付与されている。


 ふたりが見学を終えて、店を出る。その後を尾行する異様な集団が居た……言うまでもなく、サングラスとマスクでバレバレな変装をしているアークライト一家の女性陣である。 


「こちら、ソフィア。ターゲットが店を出たわ」


「こちら、ミリー。確認したよー」


「こちら、ユーリ。追い掛けるよー」


「……いや、何してんの? 別に遠くに離れているわけじゃないから、そんな遠距離から連絡する真似しなくてもいいじゃない」


「もう、レインったら空気を読んで! 可愛い弟の恋路を応援しなきゃ!」


「これの何処が応援なのよ……尾行してるだけでしょ( ;´Д`)」 


 昂奮する母に辟易するレイン。弟に恋人候補が出来たのを喜ぶ気持ちは分からなくもないが……と、溜息交じりに顔に手を当てる彼女の肩をひとりの男性が掴んだ。


「失礼、あなた方は何をされているのですか? お答え頂きたい」


「え――」


 レインが振り返ると、そこには守護騎士の戦闘衣を纏った桜色の髪の青年が彼女の肩を掴んでいる。彼の顔を見るなり、レインは真っ赤になってしまう。

 

 何故なら、彼はレインが見知った相手なのだから。青年の方も、サングラスとマスクで変装している彼女の正体に直ぐ気付いた。


「……レイン殿?」


「ぶ、ブルーノさん……」


 レインの肩を掴んだのは、聖王国の守護騎士を務めるブルーノであった。2年近く前、魔法研究室で起こした騒動で知り合って以来、聖王宮でちょくちょく顔を合わせる間柄だ。


 優れた騎士であり、温厚で紳士的なブルーノにレインは密かな想いを寄せていた。彼は慌てて、レインの肩から手を離した。


「失礼しました。その、一体どうされたのですか、その恰好は?」


「え、えーと、これは母が変装するように言いまして……あ、そっちが母と妹達です」


「母のソフィアです」


「ミリーでーす」


「ユーリでーす」


「あ、こちらこそ。守護騎士を務めるブルーノと申します。みなさん、そのような御姿で何を……?」


「その、あの子達の様子を遠くから見守っていまして」


 ブルーノは、レインが指差す方向に視線を向ける。大通りを歩くディゼルと栗色の髪の少女の姿を見つけた。後輩の姿を見つけるなり、怪訝そうな顔に変わる。


「何故、ディゼルが大通りに? 何時もなら聖王宮に居る筈なのですが……」


「はい、それが私も気になりまして。母は、弟があちらの少女とお付き合いしているのではないかと、はしゃいでおりまして……」


「は、はぁ……不審な一団と勘違いして、申し訳ありませんでした」


「い、いえ、そんな……」


 ふたりのやり取りを、ジィーッと見つめるソフィアと双子達。ヒソヒソと小声で会話する。


「(お母さん、あの人、お姉ちゃんの恋人さんー?)」


「(いいなー、かっこいー人ー)」


「(どうやら、彼が以前にディゼルから聞いたレインが気になってる守護騎士の先輩みたいね。 まさか、こうしてお会い出来るなんて思わなかったわ♪)」


 彼女達がブルーノと会うのは、今日が初めてである。普段、聖王宮で働いている長女、長男と違って、母と双子は聖王宮に入る事は基本的に無い。聖王宮に入れるのは、招待状や許可証を持った人間か聖王宮に勤めている人間くらいだからだ。


 ディゼルだけではなく、レインにも春が訪れている事に母と双子は興味津々の模様。そんな家族の様子に、増々真っ赤になるレイン。


「(もう、ブルーノさんが居る前でコソコソ話しないでよね! 変な誤解をされたら、どうする――ブルーノさん?)」 


 ふと、レインが視線をブルーノに向ける。彼はじっと、ディゼル達の方を見ていた……いや、単に見ているだけではない。


 彼の両目には、魔力が込められていた。共通魔法のひとつ、遠距離にあるものを捉える遠隔視の魔法を発動させているようだ。一体、何の為に……?


「ま、まさか……ディゼルの隣に居るあの少女、いや、あの御方は……」


「ブルーノさん、どうかされましたか?」


「し、失礼ですが、私もみなさんと御一緒させて頂いてよろしいでしょうか?」


「「「「え?」」」」


 何処か、焦った表情のブルーノに首を傾げるアークライト家女性陣。こうして、ディゼル達を尾行する面々に守護騎士の一員が加わる事となった。






 

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