閑話25 護衛騎士と姫のお忍び城下巡り1
――聖王国歴726年。その日、聖王国女王アストリア・リュミエール・ディアスは、何時ものように執務室で書類仕事をしていた。
彼女の傍には、護衛騎士であるグラン・アルフォードの姿もある。書類を手早く済ませた女王は机の中から、報告書を取り出して目を通す。
「――グラン殿」
「はっ」
真剣な眼差しの主君に話し掛けられ、傍に寄る護衛騎士。どうやら、彼女は報告書を共に見て欲しいようだ。
女王が目を通していた報告書に、自身も目を向ける。グランの瞳が大きく見開かれる、そこに書かれていた内容は……。
「陛下、これは……」
「ええ、ここ最近、深淵の軍勢の出現が多発しているようです」
この世界に住まう者達にとって不倶戴天の敵――深淵の軍勢。決して、相容れない異形の怪物達である。聖王国騎士団は勿論、各国の騎士団や魔術師団も深淵の軍勢の動向には目を光らせている。
聖王国内に派遣された騎士団や魔術師団からの報告書によるとここ数日、深淵の軍勢の出現数が増加傾向にあるという。更に、別の報告書――他国から送られてきたものにも、聖王国以外の国でも同じように深淵の軍勢の出現が増加している旨が書き綴られている。
アストリアの表情が曇る――女王は、はっきりとした口調で告げる。
「“扉”が開こうとしているのかもしれません」
「まさか、それは……!」
「無論、まだ確証はありませんが――各国にも注意喚起の書状を送るべきでしょう」
アストリアは手早く各国への書状を書き上げると、通信魔法を用いて執務室に文官を呼んだ。呼び出した文官に事の詳細を告げ、書状を収めた書簡を渡した。
「頼みましたよ」
「かしこまりました」
文官は一礼すると、執務室から退室した。アストリアは溜息を吐く。
「もうすぐ、アリアが王立学園に視察に行くというのに……何か悪い事の前触れでなければよいのですが」
「視察に関しては心配は無用にございましょう。ディゼルが護衛に付いておりますから」
「ふふ、そうでしたね。それにしても、彼がアリアの護衛騎士になってから、もう1年になるのですね」
1年前、アストリアは聖王国の第二王女にして妹であるアリアの護衛騎士にひとりの若き騎士を任命した。名をディゼル・アークライト――今から2年前、王立学園騎士科を飛び級で卒業し、最年少の守護騎士に任命された若き天才。
その成長は著しく、先達である守護騎士達をあっという間に追い越していった。守護騎士に任命されてから僅か2年が過ぎた今、聖王国内で彼の実力を上回る騎士は、上官である守護騎士隊長グラン・アルフォードと、父親であり聖王国騎士団総長を務めるウェイン・アークライトのふたりぐらいしか居ない。
それも今の間だけだろう。あと5~6年もすれば、ディゼルは確実に自分達を超える騎士になるだろうと、グランとウェインは確信している。
「ディゼルの計り知れない潜在能力の高さは、彼が天の力に選ばれし者だからでしょうか。それとも、何か別の理由があるのでしょうか?」
「案外、両方かもしれませんね」
ふたりがディゼルの事で談笑していると、何やら執務室の外が騒がしい事に気付いた。何事かと、グランが執務室の扉に手を掛けようとすると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「陛下、いらっしゃいますか!?」
「ええ、入って下さい」
「し、失礼致します」
入室して来たのは青髪の青年。その身には守護騎士の戦闘衣を纏っている。
彼の名はリシャール・ローエングリン――アークライト家に並ぶ騎士の名家であるローエングリン家の嫡男にして、守護騎士のひとりである。部下の突然の来訪に、隊長であるグランは訊ねる。
「リシャール。一体、何事だ?」
「そ、それが……アリア殿下が聖王宮から姿を消しました」
「アリア殿下が……?」
「はい。ご足労をお掛けしますが、姫の御寝室へお越し下さい」
リシャールに促され、アストリアとグランはアリアの寝室へと向かう。寝室に足を踏み入れたふたりは目を丸くした。
そこには、アリアの侍女を務めるセレスがロープでグルグル巻きにされて天井から吊るされていた。予想外の光景に、女王と守護騎士隊長も開いた口が塞がらないようだ。
「殿下とディゼルの行方を訊ねようとしたところ、セレス殿は愛想笑いをした後、逃げようとしたのでこうして拘束しました」
「いや、何もここまでしなくてもいいだろう……(。-`ω-ก)」
「セレス、一体これはどういう事なのか、説明してもらえませんか?」
吊るされていたセレスが、瞳をうるうるさせながらアストリアを見つめる。
「へ、陛下! お助け下さい!! リシャール殿が私を無理やり……(´;ω;`)」
「セレス殿、誤解を招くような発言は控えて頂きたい(# ゚Д゚)。私はあなたに、アリア殿下とディゼルの行方を訊ねただけです」
「そ、それは……」
何か言い淀んでいるセレス。これは、間違いなくアリアとディゼルの行方を知っていると女王は確信した。
「セレス、正直にお答えなさい。もし、正直に話せば、後で聖王宮食堂のスペシャルプリンアラモードをご馳走しましょう♪」
「姫様とディゼル殿は、変装してお忍びで城下に参られました(*´ω`*)♪」
ダバーッと涎を垂らしながら、あっさり口を割る王女殿下付きの侍女殿。彼女は、どうやら甘い物に目が無いようだ。
グランは溜息交じりに、頭を掻く。リシャールがすくっと立ち上がる。
「陛下、直ぐに殿下を連れ戻――」
「構いません」
「し、しかし……」
「帰って来たら、すこーしお灸を据えますので♪」
ウフフフ、と笑う主君の姿に寒気が走る隊長と部下。
「(ああ、こういう時の陛下には誰も逆らえんな……)」
「(ディゼル、帰って来たら覚悟を決めるんだぞ……)」
――聖王国城下、大通り。眼鏡を掛けた栗色の髪の少女がブルッと身体を震わせて、周囲をキョロキョロと見回す。
彼女の隣に居るディゼルは、気になって訊ねる。
「あの……どうされました?」
「い、いえ……少し、悪寒を感じまして」
「体調が優れないのであれば、戻られた方が良いのではありませんか? ひ――」
言葉を紡ごうとした瞬間、少女に口を押えられるディゼル。彼女は、シーッと言いながら小声で話す。
「(もう、今日は“姫”ではありません! 折角、お忍びで城下に来たのに台無しになるじゃないですか!)」
「(も、申し訳ございません……。し、しかし、本当に聖王宮を抜け出してよろしかったのですか?)」
「(姉様だって、たまに執務を放り出される事がありますもの。私も少しくらい、城下の賑やかな場所を見てみたいです('ω')ノ!)」
「(あの、陛下は執務を放置される事はありますが……流石に城下にまで赴く事は無いと思います(;´・ω・))」
――そう、この栗色の髪の少女は聖王国第二王女アリア・リュミエール・ディアスその人である。彼女の掛けている眼鏡は単なる眼鏡ではなく、姿を変える魔法である偽装魔法が付与されている魔道具である。
尤も、偽装魔法が付与されていると言っても髪の色を変化させているだけで顔立ちなどが変化しているわけではない。その為、セレスに頼んで地味なメイクを施してもらっている。
城下を見てみたいという、普段の控えめな彼女らしからぬワガママに困惑しながらも侍女のセレスは了承して、彼女の変装に協力。当然の如く、護衛のディゼルはアリアのお忍びに同行する事に。
今日のディゼルは守護騎士の戦闘衣ではなく、一般人が着る服装で城下に赴いている。流石に守護騎士の恰好では目立つからだ。
……帰ったら、陛下と隊長に何を言われるかと頭を痛める護衛騎士。しかし、瞳を輝かせながら大通りに並ぶ商店を見回す姫君の姿を見ていると、自然と笑みが零れる。
「(聖王宮では、姫のこのような御姿は見れないから新鮮に感じるな。……おっと、そうだった。今日は“姫”と呼んではいけなかったんだ)」
深呼吸して、ディゼルはアリアに話し掛ける。
「それでは、先ずはどのお店に参りましょうか――リアお嬢様」
「ふふ、そうですね――」
リアという名前のとある貴族の御令嬢という設定で、今日は城下巡りをする事に決めたアリア。ディゼルは、彼女の付き人という設定だ。
正直な話、結構無理のある設定だが、本日限りなのでこのまま押し通す事にする姫と護衛騎士であった。
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