第70話 カイルの秘密2
第四試合――勝者はカイルくんだった。後輩の勝利に顔が綻ぶ私とユーノ。
試合終了後に握手を交わした後、リングから去っていくカイルくんとアトスくん。私の隣に座るユーノが立ち上がる。
「それじゃ、ラウラ。行って来るわ」
「ええ、頑張って」
次の第五試合はユーノの出番。対戦相手は第四試合と同じく帝国から参加するザッシュ殿……とても騎士とは思えないほど軽そうな方。
さてはて、どんな試合になるのやら……試合まで少し時間があるし、喉が渇いたから何か飲み物で喉を潤しますか。
私は観客席から離れ、闘技場内にある売店でキャロットジュースを購入した。うん、美味しい――野菜ジュースが好きな私にはピッタリだわ。
全て飲み干し、容器をゴミ箱に捨てて観客席に戻ろうとした時、近くを歩いていた少女から声を掛けられた。
「あ、創世神国のお姉さん!」
「コラ、名前ぐらい憶えろ! 神殿騎士のラウラ殿だろ!?」
振り返ると、そこに居たのは氷雪国からの参加者であるテナさんとイリアスくんだった。テナさんは、何やら売店で販売している食べ物を大量に持っているみたいだけど……(;´・ω・)。
「ふたりも売店に来ていたの?」
「うん、お腹空いちゃって」
「こいつが、空腹で駄々をこねまして……あ、そういえば、ラウラ殿。カイル殿は大丈夫なんですか?」
「え? カイルくんがどうかしたの?」
「さっき、体調が悪そうなカイル殿をアトス殿が支えながら医務室に向かってたのを見掛けたんですけど……」
サーッと、身体から血の気が引いた。私は踵を返して駆け出した。
「あ、ラウラ殿!?」
背後からイリアスくんの声が聞こえたけど、それどころじゃない! 急いで医務室に行かないと!!
もしも、カイルくんの体調を調べる為に衣服を脱がしたら――!
息を切らしながら、医務室の前に到着した私はノックする。中に人の気配を感じる……返事も待たずに扉を開くのはマナー違反とは思いながらも、ドアノブを回して中に入る。
「し、失礼します! こちらにカイルくんが……あ」
医務室のベッドの上には、上着を脱がされ少し緩んだサラシを巻いたカイルくんの姿があった。そして、私が医務室に飛び込んで来た事に目を丸くする白衣の女性とアトスくんの姿も――。
お、遅かった……私は、その場に頭を抱えて蹲った。カイルくんが女性である事を知られてしまった。
「あ、あの……ラウラ殿?」
「大丈夫ですか~?」
アトスくんと女医らしき女性が話し掛けてくる。と、とにかく、事情を説明した方がいいわよね。
深呼吸した後、私は立ちあがる。すると、ほぼ同時に――。
「ん……」
ベッドの上で眠っていたカイルくんが瞳を開いた……い、いけない!
「ラウラ、さん……?」
「か、カイルくん! そのまま、寝ていて!」
「え、どうして、ですか……」
カイルくんが、身体を起こす。そして、自分の胸元に手を当てる。
「……胸の膨らみ? どうして、“男”のボクの胸がこんな、女性みたいに――」
「え?」
「何言ってるんですか~、女の子だから当たり前じゃないですか~」
「女、の子……?」
だ、駄目! カイルくんに――“彼女”に女性だと指摘しないで!!
カイルくんは、自分の胸に手を当てる。顔色がみるみる青褪めて、震え出す。
そして――“彼女”は叫び声を上げた。
「あ、ああ……あああああああああああああああっ!」
「カイル殿!?」
「ど、どうしたんですか~?」
「違う、ちがう……ボク、は……わ、たし、は……!」
“彼女”は泣き叫ぶ。突然の事態に、アトスくんと女医さんも困惑している。
このままじゃ、いけない――私は懐から薬を取り出して、強引に“彼女”を抱き寄せて薬を飲ませた。
「ラウ、ラさん」
「今は何も考えないで、眠って」
薬が直ぐに効いて、“彼女”は意識を手放した――。
『第五試合、開始――!』
ラウラ殿が医務室にやって来てから暫くして、第五試合開始のアナウンスが聞こえてきた。ザッシュさんの試合が始まるみたいだ。
でも……試合も気になるけど、今はそれ以上に気に掛かる事がある。
ベッドの上で眠るカイル殿と見守るラウラ殿。先ほどの焦った様子でここに駆け込んで来た様子から察するに、ラウラ殿はカイル殿が男装している事情を知っているみたいだ。
「アトスくん」
「は、はい!」
まだ困惑が続いている中、ラウラ殿に話し掛けられた。
「カイルくんを――いいえ、“彼女”を医務室まで連れて来て頂いて感謝します」
「い、いえ、そんな……ぼくは、当然の事をしただけです」
“彼女”……やっぱり、ラウラ殿はカイル殿が女性である事を知ってたんだ。ラウラ殿は溜息交じりに、顔に手を当てた。
「見てしまった以上、気になっているんでしょう? どうして、カイルくんが……“彼女”が男装しているのか」
「そ、それは――」
カイル殿とは夜会で少し会話した事と試合をしただけの間柄だけど、気にならないと言ったら嘘になる。どうして、彼は……いや、“彼女”は男の恰好をしているのだろう?
それに、さっきのカイル殿の取り乱しよう……まるで、自分が女性ではなく、本物の男性と思い込んでいるように見えた。
「そうしなければならない理由があるの。そうしなければ、“彼女”は自分を保つ事が出来なかったから……」
「自分を、保つ事が出来ない……それは、一体?」
「“彼女”の本当の名前はシエル……シエル・ハーツィア。“本当”のカイル・ハーツィアの妹なの」
「……本当のカイル・ハーツィアの妹?」
「ええ、カイル・ハーツィア本人はもうこの世に居ないの――シエルさんの目の前で死んだの」
「……!?」
死んだ、という言葉に息を呑んだ。しかも、カイル殿……いや、“彼女”の目の前で?
「私がシエルさんと出会ったのは、8年前になるわ」
――8年前、創世神国。この世界を創りたもうたとされる女神の石像が安置される神殿に、11歳だった私は祈りを捧げに向かっていた。
女神教の総本山であるこの神殿に祈りを捧げに訪れる人間は多い。毎日のように、多くの人々が祈りを捧げに来る。
私が生まれたシュトレイン家は、代々神殿騎士を輩出してきた家系。私も神殿騎士を志し、12歳になったら創世神国の学園“女神の庭”に入学する事を決めていた。
父は神殿騎士団の重鎮のひとりで、物心ついた頃から護剣術の基礎を教え込まれた。学園に入学したら、より一層精進すると意気込んで女神像に祈りを捧げに来たのだ。
神殿に到着し、入ろうとした時だった。ひとりの女性の姿が目に入った――何やら、随分とオロオロしているように見えた。
気になった私は彼女に話し掛けてみた。
「あの、どうしたんですか?」
「あ……あなた! その、銀髪の男の子と女の子の姿を見掛けなかった!?」
「銀髪の男の子と女の子……? いえ、私はたった今、ここに着いたばかりです」
「そう……ああ、おふたりとも何処に行かれてしまったの。もし、見掛けたら教えてちょうだい」
「は、はい」
彼女と別れ、私は神殿の中に入る。銀髪の男の子と女の子かぁ……さっきの女性の焦った様子からすると、捜しているのは身分の高い家柄の子供達かしら?
神殿の中を歩いて、女神様の石像が安置されている祈りの間に向かう。
祈りの間に続く扉には、ふたりの騎士が立っている。彼等は神殿内の警護を担当している神殿騎士の方達。
祈りを捧げる前に、彼等に挨拶を――って、あれ?
近くの壁に隠れて、祈りの間に続く扉に視線を向ける子供達の姿が……。
「うぅ……どうしよう、お兄ちゃん。あれじゃ、入れないよ」
「何とか、あの騎士の人達に見つからないように中に入れないかな?」
「無理だよ、入り口はあそこしか――」
「あなた達、ここで何をしてるの?」
私が声を掛けると、ビクリと身体を震わせる子供達。私の方に恐る恐る振り返ったは、銀髪の男の子と女の子だった。
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