第69話 カイルの秘密1
まさか、あんな結果になるなんてなぁ――ぼくは、控室にある椅子にボスンと腰掛けた。次の試合に出場するザッシュさんが、ぼくのところにやって来る。
「や、アトスくん。お疲れさん」
「すみません、不甲斐ない後輩で……」
「気にする事はないよ、勝負は何が起きるか分からないもんだからねぇ。それにしても、護剣術にはああいった技があるんだねぇ」
そう、ぼくはカイル殿に負けてしまったのだ。持久戦なら、負けないと彼に怒涛の連続攻撃を繰り出す作戦で攻めた。
こちらも連続で攻撃を繰り出す以上、体力の消耗は激しかった。だけど、基礎体力にはそれなりに自信があるつもりだ。
こちらの怒涛の攻めに、カイル殿が息を切らし始めたのを確認して勝機を掴んだと思った。この勢いが続けば勝てるかもしれない、と。
しかし、その慢心がいけなかった――ザッシュさんの言う通り、勝負は何が起きるか分からないのだ。カイル殿の体力を削るべく、渾身の一撃を繰り出した。
彼の剣は魔力を帯びており、武装強化術で強化しているとばかり思っていた。だけど、それは間違いだった……ぼくの剣がカイル殿の剣に激突して、剣を引き離そうとした時に異変に気付いた。
――ぼくの剣がカイル殿の剣から離れない。突然の出来事に、何が起きたのか分からずに困惑してしまった。
一体、何が起きているのかと、交わり続ける剣と剣に視線を向けると、カイル殿の剣に帯びている魔力がまるで細い糸のような形状に変化してぼくの剣に無数に巻き付いている事に気付いた。
失念していた――彼の振るう護剣術についての知識もそれなりにあったというのに忘れてしまっていた。護剣術の中には、武器を持った敵を制圧する為の技術もあると学院の授業で習った事を思い出す。
カイル殿が掛け声と共に自身の剣を振り上げる――ぼくの手からすり抜けた剣が宙に舞い、リングの外まで弾き飛ばされて地面に突き刺さる。リングの外にある以上、それを取りに行けば場外負けになる。
何よりも、剣がリングの外に飛ばされた事に呆気に取られていたぼくの首筋に、カイル殿の剣が当てられていてどうにも動きようが無かった。こうして、ぼくは敗北したというわけだ。
「ぼくも、まだまだ未熟ですね……」
「世の中は広いって事さ。んじゃ、行って来るよ」
「はい、頑張って下さいね」
次の第五試合は、ザッシュさんの出番だ。確か、ザッシュさんの対戦相手であるユーノ殿も創世神国からの参加者だったっけ?
二試合連続で帝国と創世神国の参加者の戦いになるなんてなぁ。いや、それ以上に心配なのは、ザッシュさんの対戦相手が女性である事だろう。
ザッシュさん、美女に目が無いからあっさり負けちゃうかも……(;´・ω・)。
「(……って、あれ? そういえば、カイル殿の姿が見えないな。何処に行ったんだろう?)」
試合終了後、一緒にこの控室まで帰って来たよな? ぼくとザッシュさんが話している間に居なくなったみたいだ。
次の試合に出場するユーノ殿は、同じ創世神国から参加する先輩だから応援にでも行ったのかな? とりあえず、ぼくもザッシュさんを応援に行くか。
控室を出て、観客席側に続く通路を歩く。ふと、何かが聞こえてきた……荒い息遣い、誰かが苦しんでいるような息遣いが微かに聞こえる。
「(何だ……?)」
気になって感知術を発動させ、周囲に人の気配が無いか探ると、この先の曲がり角の先に人の気配がある。ぼくは駆け足で曲がり角を曲がると、銀髪の後ろ姿が見えた。
「カイル殿!?」
「アト、ス……殿?」
曲がり角の先に居たのはカイル殿だった。彼はその場に蹲って、息を荒くしていた。顔色も悪い……何処か具合でも悪いんだろうか?
「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」
「すみ、ません……」
「カイル殿!?」
彼は意識を失ったようだ。ぼくは、カイル殿の肩を支える――確か、医務室が近くにある筈だ。とにかく、そこへ連れて行こう。
「(それにしても……)」
カイル殿を支えながら、通路を歩きながら思う。軽い……彼は今大会に参加している男性選手の中で、一番小柄かもしれない。
線も細いし、一見すると女の子に見えなくもない……そんな事を考えていると、カイル殿の髪からふわっとした甘い香りが漂ってきて、ぼくの心臓は大きく跳ねた。
「(な、なななな何でドキドキしてるんだ、ぼくは!? か、カイル殿は男だぞ!!?)」
いくら、女性と見紛うような容姿とはいえ、同性に心を掻き乱されるなんて……ぼ、ぼくは同性愛者なんかじゃないだろ(;゚Д゚)!?
平常心、平常心……と、とにかく心を落ち着けながら、医務室の前に到着。医務室の扉をノックすると、間延びした声が聞こえてきた。
「はーい、どうされました~?」
「すみません、帝国から参加しているアトスと申します。創世神国から参加されているカイル殿が体調を崩されたようで……」
「わかりました~、中へどうぞ~」
「失礼します」
医務室の中にカイル殿を支えながら入ると、白衣を着た若い女性が椅子に腰掛けていた。年齢は20代前半くらいに見える、青紫髪のほんわかした雰囲気の綺麗な人だ。
……いや、それ以上に気になるのは彼女の白衣の下に纏っている衣装だった。
「(え……ちょ、あ、あれって守護騎士が纏う戦闘衣なんじゃ!?)」
そう、医務室の椅子に腰掛ける先生。彼女が白衣の下に纏っているのは聖王国の精鋭騎士と名高い守護騎士の戦闘衣なのだ。
という事は、この先生は聖王国の守護騎士? 見た感じ、とても騎士とは思えないんだけどなぁ……って、大切な事を忘れてた。ぼくは、カイル殿の体調を診てもらう為にここに来たんだ。
「あ、あの……お医者様ですよね?」
「ええ、そうですよ~。聖王国の守護騎士のひとり、アルル・アンダーソン――医師免許と薬師免許も取得してます~」
「し、失礼しました」
おっとりした感じの先生だけど、本当に聖王国の守護騎士なんだ。ぼくは、医務室のベッドの上にカイル殿を寝かせた。
アルル先生はカイル殿の傍までやって来ると、診察を開始する。カイル殿は顔色を悪くして、息遣いも荒い……大丈夫かな?
さっきの試合の時、何処かを怪我したわけでもないのに――と考えていると、アルル先生はカイル殿の服の胸元のボタンを外していく。
「あら、サラシを巻いてるみたいですね~、 緩めましょう~」
「え?」
……サラシ? 何で、カイル殿がそんな物を胸に巻いているんだ?
気になって、カイル殿の様子を窺おうとした瞬間にアルル先生が急に立ち上がってバッと壁のように、ぼくの前に立ちはだかった。な、何だ――ど、どうしたって言うんだ?
「あ、あの……せ、先生? い、一体、何を?」
「見ちゃダメです~」
「え、いや……その、カイル殿がどうかしたんですか? も、もしかして何処か怪我でもしていたんですか!?」
「年頃の女の子の胸元を見せるわけにはいきません~」
「………………………………………………………は(;゚Д゚)?」
え、ちょ、ちょっと待って……い、今、先生は何て言った? と、年頃の女の子の胸元を見せるわけにはいかない?
ま、待って――年頃の女の子って、カイル殿の事? か、カイル殿が女性!?
先生の口から告げられた事実に、頭が混乱する。
「少し後ろを向いてて下さい~、良いと言うまでこっちを見たらダメです~」
「は、はい……」
言われた通り、後ろを向く。ぼくの心臓は、バクバクと激しく動悸していた。
「はい、良いですよ~」
先生から良いと言われて、振り返る。ベッドの上にはサラシを少し緩めに胸に巻いて眠るカイル殿の姿が。
サラシを巻いているとはいえ、胸元が少し盛り上がっている。明らかに男性にはない胸の膨らみがある事実に顔を真っ赤にする。
カイル殿が女の子……い、いや、確かに物凄く線が細くて整った顔立ちをしているし、さっき医務室まで支えて来た時に髪から漂ってきた甘い香りにドキドキさせられた。女性と見紛う容姿の持ち主じゃなくて、ほ、本当に女性だった。
という事は、カイル殿は男装しているという事になるけど……一体、何故?
うーんと、先生とふたりで唸っているとドンドンと扉をノックする音が聞こえて、目を丸くしてしまう。医務室の扉を誰かが叩いている。
「し、失礼します! こちらにカイルくんが……あ」
こちらの返事も待たず、慌てて医務室の扉を開いて中に入って来たのは橙髪の女性――カイル殿と同じ創世神国からの参加者である神殿騎士団所属のラウラ・シュトレイン殿だった。
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