第68話 帝剣と護剣
リングに上がると、歓声が聞こえてくる……いよいよ、出番か。これだけ大勢の人達に見られると緊張するなぁ。
ぼくこと、アトス・ロンドの目の前に立つのは線の細い銀髪の少年――創世神国からの参加選手であるカイル・ハーツィア。彼の得物は、ぼくと同じく長剣のようだ。
『第四試合カイル・ハーツィア対アトス・ロンド……試合、開始ッ!』
闘技場内に、試合開始のアナウンスが響いた――互いに剣を抜いて、構える。ぼくも、カイル殿も微動だにしない。
対戦相手は他国の人間、自分とは習得している剣術は異なるのだ。相手の手の内が分からないという事ほど恐ろしいものはない。迂闊に切り込むと、手痛い反撃を受ける可能性がある。
ぼくが習得している剣術は帝剣術――大陸全土を統治したという古代王国の流れを汲む剣術だ。帝国騎士団に所属する騎士は勿論、帝立学院騎士科所属の学生達はこの剣術の習得している。
大陸各国には、それぞれ独自の剣術が存在する。
魔力の流れを読み、戦いを制する聖王国の“聖剣術”。
重量のある大剣で、達人にもなると岩をも斬り裂く氷雪国の“剛剣術”。
鞘に収めた状態から刀を抜き放ち、敵を一刀両断する極東国の“抜刀術”。
砂漠連合の変幻自在な動きの“蛇剣術”と、手数の多さで圧倒する“双剣術”。
堅牢な構えと剣捌きで、防御に長ける創世神国の“護剣術”。
そして――帝国の“帝剣術”。帝剣術は、極東国を除く大陸各国の剣術の源流として広く知られている。しかし、それゆえに独自の発展を遂げた各国の剣術と比較すると、突出したものがない。
対するカイル・ハーツィア……創世神国からの参加者である彼は、おそらく護剣術を習得している。隙の無い構えからして、間違いないだろう。
護剣術は防御に特化している剣術と学院の授業で習った。達人の域に達した使い手は、卓越した剣捌きで敵の攻撃を捌き切るという。
どうする、こちらから仕掛けてみるか? それとも――などと、思案しているとカイル殿が口を開いた。
「いきます」
「!」
カイル殿が駆け出し、距離を詰めてきた。彼の方から仕掛けて来るとは……ぼくは、剣を構えて迎え撃つ。振り下ろされる剣を受け止める――それほど重い一撃ではない。
受け止めた剣を打ち払い、彼に横薙ぎの一撃を繰り出す。甲高い金属音が響き、ぼくの繰り出した一撃は捌かれてしまった。
ならば、これなら――剣を構え、突きを繰り出した。極東国のライカ殿やリナ嬢ほどではないけど、速さにはそれなりに自信があるつもりだ。
キンキン、キンッと金属音が三度鳴り響いた後に互いに距離を取る。カイル殿はぼくが繰り出した突きを難なく捌いてしまった。
ぼくと同い年なのに、何て剣捌きなんだ。眼前に立つ銀髪の少年の剣捌きの技術に思わず息を呑んでしまう。
目の前の彼は体格や腕力、俊敏さに優れているわけではない。腕力と体格ならぼくの方が僅かに上回っているだろう。
カイル殿は剣捌きと、こちらの動きを見抜く眼力に優れている。ぼくの攻撃を的確に見抜いて、捌く――正攻法な剣術である帝剣術の使い手であるぼくにとっては相性が悪い相手だ。
じっと、彼の様子を窺う……カイル殿の頬からは汗が滴り、呼吸を整えているようだ。どうやら、彼は持久力がある方ではないらしい。
「(持久戦に持ち込めば、勝機を掴めるかもしれない)」
ぼくは呼吸を整え、身体から魔力を発して身体強化術を発動させる。強化箇所を腕力と脚力に振り分ける。
カイル殿が剣を構え、迎撃態勢に入る。今度はこちらから行かせてもらう――!
強化した脚力で一気に間合いを詰め、一直線に剣を振り下ろす。カイル殿が繰り出されたぼくの剣を受け止めると、今までで一番の高音が闘技場内に響く。
「……ッ!」
ぼくの剣を受け止めるカイル殿の顔色が苦痛に歪む。だけど、手を緩めるつもりなんてない。一気に押し切らせてもらう!
対戦相手であるアトス殿の怒涛の連続攻撃が繰り出され、ボクはそれを捌いている。だけど、攻撃が緩む気配は全くない。
ボクが習得している護剣術は剣捌きと防御に長けた剣術。実力が相当離れていない限りは、大抵の攻撃を捌けるように鍛練しているつもりだ。
だけど、何事にも限界というものが存在する……呼吸が段々乱れてきた。情けない話だけど、ボクはあまり体力に自信がある方じゃない。
アトス殿の様子を窺う。彼も連続攻撃を繰り出す事で体力を消耗しているのだろう、汗が頬を伝っている。
彼はボクと違い息切れしている様子はない。まだまだ余裕があるみたいだ。
「せやぁぁああああああああああああっ!」
「ッ!」
気合の篭った掛け声と共にアトス殿の猛攻が勢いを増し、僅かな隙が生まれてしまう。それを逃す彼ではない、繰り出された突きがボクの肩を掠める。
痛みに顔を顰める。アトス殿は止まらない、繰り出される猛攻で次第に防御を打ち崩されて徐々に傷だらけになっていく。
駄目だ、この状態が続けば何れは体力が底尽きて負けてしまう。こうなったら、あれを試してみるしかない。
護剣術は敵を斃す事以上に、守るべき者の為に振るう剣。護衛する相手の命を狙う悪意ある者を制圧する場面も少なくない。
ボクは剣に魔力を込める。傍から見ると、武器を強化する武装強化術の発動に見えるかもしれない。
しかし、これは武器を強化する武装強化術を使用したわけではない。ボクはアトス殿の斬撃を待ち構える――次に彼の剣が接触した時が狙いだ。
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