第66話 侍を志す少年と砂漠の娘(後編)


 私の目の前に立つ黒髪の少年――大陸では見慣れない服装に身を包んでいる。彼は、大陸の東に浮かぶ島国である極東国から親善試合の選手としてやって来た。


 名前はライカ・クドウ、私と同じく学生枠からの参加者。今、私の対戦相手として相対している。


 彼は、第一試合のリナさんと同じ極東国独自の剣である刀を構えている。先ずは小手調べとして、私の得物である蛇腹剣で攻撃を仕掛けた。


 ライカ……うーん、呼び捨てにしちゃ悪いかな。うん、ライカくんと呼ぼう。


 ライカくんの後方を狙って繰り出した蛇腹剣の刃を、彼は難なく回避した。あの様子からすると、感知術を発動させて後方から迫る攻撃を察知したみたい。


 それなら、これはどうかな―― 私は距離を詰めて、ライカくんに連続突きを繰り出す。ライカくんは、刀を武装強化術で強化して私の突きを捌いていく。


 綺麗な剣捌き……試合中だというのに、ライカくんの剣捌きに思わず息を呑んでしまう。私は突きによる攻撃速度には、かなりの自信を持っているつもりだった。


 私が通う砂塵の学園の同期生の中でも、私の突きを捌ける人は殆ど居なかった……おっと、試合に集中集中。蛇腹剣を再び等間隔に分割し、ライカくんの周囲に巡らせる。


 蛇が得物を締めつけるのと同じ動きで彼を拘束するのが狙い。無論、ライカくんの方もそれを直ぐに察して、強化術で足を強化してその場から跳躍する。


 私は蛇腹剣を操り、刃先で彼を追尾する。空中で何とか体勢を変えて、蛇腹剣の追撃を回避するライカくんの頬から血が流れている。僅かに刃先が頬を掠めたみたい。


 着地したライカくんは、深呼吸した後に肉体から魔力を発し始めた。


「(あれは、身体強化術による肉体強化……仕掛けてくるつもりね)」


 私は呼吸を整えて蛇腹剣を構えた。






 観客席で第三試合を観戦していた私とソウマ殿。すぐ近くの席には、第一試合で私と剣を交えたイリアス殿も座っています。


「あー、やっと見つけたよ!」


 声が聞こえ、視線をそちらに向けるとイリアス殿の幼馴染であるテナさんが手を振っていました。どうやら、イリアス殿を捜していた模様。


 イリアス殿は、呆れた表情で溜息を吐きました。


「お前、なかなか来ないと思ったら……やっぱり、迷子になってたのか」


「だって、人が多いからさ~。あ、リナちゃんと侍さんも居たんだ」 


「はい、イリアス殿と一緒にここで観戦していました」


「某にはソウマという名があるのだが……」


 テナさんに、名前を憶えてもらっていない事に渋い顔をされるソウマ殿――き、気にしているんでしょうか?


 イリアス殿の隣の席に座るテナさん。彼女はリングの方を指差した。


「それにしても、ビックリだよ~。マイラちゃんの剣がビョーンって伸びるんだから」


「お前、ちゃんと学園の授業聞いてたか? あれは蛇腹剣――砂漠連合独自の特殊剣だ。砂漠連合に関する授業の時に教官が話してただろ?」


「そうだっけ?」


「ったく……まぁ、おれも実物を目の当たりにするのは初めてだけど」


 現在、リングの上では私の双子の兄であるライカ――兄上と、砂漠連合出身のマイラさんの戦いが展開されている。兄上は、私とソウマ殿と同じく刀を用いた剣術の使い手、対するマイラさんは伸縮する蛇腹剣という特殊な剣の使い手。


 砂漠連合独自の剣を用いた蛇剣術。私も聞いた事があるけれど、本当に生き物の蛇のように曲がりうねる動きをしている。


 鞭状態と通常の剣の両方に変化可能、近距離と中距離に対応可能な剣術……兄上は、とても戦い辛そうにしている。兄上がマイラさんに勝利するには、距離を詰めて一気に押し切るしかないでしょう。


「ふむ、どうやら仕掛けるようだな」


 ソウマ殿の言葉を耳にして、リングの上に立つ兄上に視線を向ける。兄上は身体強化術を発動させている。


「(兄上、負けないで下さいね――)」






 身体強化術を発動させた私は、刀を鞘に収めて納刀状態で構える。強化術による強化箇所を両足に集約して、一気に駆ける。


 間合いを一気に詰め、刀を抜き放つ――抜刀術を繰り出した。マイラ殿は、距離を一気に詰められた事に動揺の表情を見せるも、抜刀術による一撃を蛇腹剣で受け止めた。


 闘技場内に高音が鳴り響き、彼女は後方に弾き飛ばされる。直前に蛇腹剣に魔力が集約されたのを私は見逃さなかった……武装強化術を発動させて、武器強化をしたのか。


「よっと!」


 マイラ殿は何とか着地して、場外に落ちるのを免れる。着地した彼女の下に、私は駆け出す――再び、抜刀術を繰り出す。


「!」


 刀を抜き放った先に、彼女は居なかった。彼女は跳躍して、私の頭上を飛び越えていた。着地した彼女は、タンタン、とその場で軽く跳躍する足の運びをする。


「抜刀術だったっけ? 第一試合でリナさんが見せてくれたのと同じ技だよね。確かに凄く速いし、威力も凄いけど当たらなきゃ意味はないよ――私、動体視力には自信があるの」 


 彼女の瞳が輝いている……あれは、身体強化術で視力を強化したのか! マイラ殿は強化した動体視力で私の抜刀術を見切り、回避したのだ。


 しかし、いくら身体強化術で視力を強化したと言っても私の抜刀術を回避するとは……それは彼女自身の動体視力が強化せずとも並外れている事を物語っている。


 タンタン、と軽く跳躍する彼女の足の運びに注視する。先ほどまでとは、何かが変わった事を認識する。


「見せてあげる、私の舞を!」 


 跳躍するマイラ殿――同時に、等間隔に分かれた蛇腹剣が私に襲い掛かる。私は身体強化術で脚力を強化して、その場から後方に跳んだ。


 マイラ殿は着地すると、再び宙に舞う。蛇腹剣の刃が私を追尾してくる……先ほどは、比べ物にならないほど動きが複雑になっている!?


 刃が私の右肩と左足を掠め、僅かながらも出血する。彼女が舞う事で、蛇腹剣の動きがこれまで以上に本物の蛇と見紛う動きに変化している。


「(美しい……)」


 状況は劣勢だというのに、私は彼女の姿に心奪われていた。まるで、踊り子の流麗な舞を見せられているかのようだ。私だけではなく、観客達の中にも見惚れている人間が居るやもしれない。


 だが、これは試合だ。試合である以上、無様な姿を晒す事など出来ない。


 何故なら、私は侍を志しているのだから――!


 私は瞳を閉じて精神を統一……武装強化術による刀への強化を、刃先にのみ集約する。余計な事は考えるな、彼女の美しい舞に見惚れれば、待っているのは敗北への道のみ。


 武装強化術を発動させつつ、感知術も同時に発動する――鍛錬を重ねる事で魔法をふたつ同時に発動させる事は不可能ではない。しかし、学生という未熟な身である私にふたつの魔法の同時発動は負担が大きい。


 頬に汗が伝う……少しでも気を抜けば、どちらかの魔法の効果が不安定になる。呼吸を整え、心を鎮め、相手を待つ――。


 視界を閉ざす事で、他の感覚が研ぎ澄まされる。風を切る音が聞こえる、マイラ殿が操る蛇腹剣の刃が迫る音だ。


 瞳を閉じたまま、歩き出す。今の私には、何も見えていない状態。


 しかし、恐怖は無い――落ち着いた状態で歩を進める。ヒュン、という風を切る音が聞こえる。


 私は必要最低限の動きだけで、前進を続ける。何かが横切る音……マイラ殿の蛇腹剣による空を切る音が聞こえるが、それが私に命中する気配は無い。


「嘘……!?」


 マイラ殿の声が聞こえてくる。彼女の姿は見えないが、私に攻撃が当たらない事に驚愕しているようだ。


 研ぎ澄まされた感覚と感知術による一切の無駄の無い気配察知で、私は着実に距離を縮める。閉じていた瞳を開く――眼前には、焦った表情のマイラ殿の姿があった。


 攻撃しても躱され、距離を詰められた事による動揺が表情に出ている。私は身体を一回転させて、遠心力を掛けた斬撃を繰り出す。


 激しい衝突音が響き、鞭状態の蛇腹剣が大きく弾かれる。マイラ殿はバランスを崩しそうになりながらも、何とか踏み止まる。


「(――好機!)」


 蛇腹剣を弾かれた彼女に隙を見出す。身体強化術で脚力を強化し、一気に彼女の懐近くまで距離を詰めた。


 至近距離で連撃を繰り出す。距離が近い事もあり、マイラ殿は蛇腹剣を連結刃として振るう事が出来ずに、通常の剣の状態で私の攻撃を受け止めざるを得ない状況に陥る。


 よし、このまま押し切る! 私は下から上に斬り上げる。甲高い金属音が響き、バランスを崩したマイラ殿がふらつく。 


 今だ! 一気に攻めようと駆け出そうとした瞬間だった――私の理性を崩壊させる重大事が発生したのは。


 はらり、とマイラ殿の衣服の胸元が裂けて、彼女の胸が露になった。先ほどの斬り上げの際に刀が衣服の胸元部分を掠めていたらしい。


「きゃっ!?」


「うぐっ……!?」


 マイラ殿は頬を赤く染め、咄嗟に胸元を左手で覆った。私は硬直していた……い、いかん、試合中だぞ!?


 集中しろ、目の前の試合に集中するんだ……! しかし、そんな心とは裏腹に私はマイラ殿の胸元から視線を逸らせない。


 カーッと身体の芯から熱が湧き上がり、頭がクラクラしてきた。


 年齢に見合わないほど豊かに実った果実が目の前に――って、何をしているんだ私は!? さ、侍を志す者が婦女子に対して不埒な眼差しを向けるなど……!


 煩悩よ去れ、煩悩よ――と、唱えていると何やら金属音が聞こえた。地面に彼女の得物である蛇腹剣が転がっていた。


「え、えっと……ごめんね!」


「あっ!?」


 マイラ殿の声が聞こえた瞬間、首筋に衝撃が走った。彼女が右手から手刀を繰り出し、私の首筋に叩き込んだのだ。


 わ……私とした事が、油断、した――そこで、私の意識は途切れた。






『え、えー……ライカ・クドウの気絶を確認! 勝者マイラ・レイラント!』


 闘技場内に、マイラ・レイラントの勝利が告げられる。その時の観戦者達の様子はというと……。


 リリアは真っ赤になって、ディゼルの両目を自らの手で塞いで目隠しする。


「あ、あの、リリア嬢……前が見えないんですが」


「ディ、ディゼルさん、見ちゃダメですっ!」


「ディゼル殿、暫くお待ち下さい」


「グレイブさんは……あ、目を逸らしていますね」


「年頃のお嬢さんに対し、失礼に値する行為は出来ませんので」


 帝国、創世神国からの観戦者達は――。


「ちょっと、リューちゃん、何すんの!? せっかくのサービスシーンが見れないじゃないの!?」


「何がサービスシーンじゃい! 年端もいかない女の子の胸元を見てんじゃないわよ!!」


「ちょ、ぎゃああああああああっ! 指が、指が目にぃぃぃぃぃぃぃっ!」


「ザッシュさん、少しは自重して下さいよ……」


 マイラの胸元を注視しようとするザッシュに対し、鬼の形相になったリューが彼の両目に指を突っ込む勢いで目隠しする。アトスは頬を赤く染めながら、下を向いている。


「ま、まさかの幕引きになったわね」


「あの、何が起きたんですか? おふたりとも、どうしてボクの目を手で覆うんですか?」


「カイルくん、あなたには刺激が強過ぎるわ」


 ユーノとラウラはそれぞれの片手でカイルの目を覆って目隠ししている。


 そして、極東国、氷雪国の参加者達――。


「ふわぁ……マイラちゃん、胸おっき~~。ねぇ、イリアスもそう思わない?」


「ば、馬鹿! ジロジロ見るんじゃない!!」


 マイラの年齢に見合わないほど豊かに実った果実に感嘆の声を上げるテナ。イリアスは、真っ赤になって視線を逸らした状態でテナを叱る。


「あ、兄上……(;´・ω・)」


「……精神面の鍛錬が足りなかったか」


 頬を真っ赤に染めるリナと、右手を顔に当てて溜息を吐くソウマ。


「やれやれ、勝つには勝ったけど、何ともアレな幕引きになったもんだぜ……」


 他の参加者達とは離れた場所で観戦していた、マイラの従兄であり同じ砂漠連合から出場しているソラス・レイラントは呆れた表情でリングの上に立つ従妹を見つめていた。





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