第65話 侍を志す少年と砂漠の娘(前編)


 親善試合第二試合は、ライリー嬢がテナ嬢の大剣を折る武器破壊によって勝利した。おそらく、彼女は僕が教えた魔力の流れを読む技術を用いる事でテナ嬢の大剣の脆い箇所を見定め、大剣の破壊に成功したのだ。


「(これも、特訓の成果かな――ん?)」


 僕やリリア嬢達が居る観客席に向かってくる一団の姿がある。ライリー嬢と彼女の母親であるナターシャ殿、王立学園騎士科の生徒も幾人か居るようだ。


 騎士科の生徒達はライリー嬢の友人だろうか? 到着したライリー嬢が声を掛けてくる。


「ディゼル先生」


「ライリー嬢、第二回戦進出おめでとうございます」


「ありがとうございます、これもディゼル先生の御指導の賜物です」


「ディゼル殿、娘への御指導、誠に感謝致します」


「いえいえ、お気になさらず。ライリー嬢御自身の努力が実を結んだ結果です」 


 親善試合までの僅か数週間という短い期間で、ライリー嬢の実力は大きく向上した。元々、彼女は騎士科でも上位に入る成績だと聞いた。


 何れ守護騎士になるという明確な目的と、それに向かって直向きに研鑽する姿勢が短期間で彼女の潜在的な力を引き出したのだろう。


 ……何か、騎士科の生徒達が瞳を輝かせて僕を見てるなぁ。こ、これは、ライリー嬢の友人達も僕から指導を受けたいという意味が込められた眼差しなんだろうか(;´・ω・)?


「あ、皆さん。次の試合が始まるみたいですよ」


 リリア嬢の声で、全員の視線が一斉にリングに向けられる。リングの上には、第三試合の出場選手である極東国のライカ殿と砂漠連合のマイラ殿の姿が。


 ライカ殿は第一試合に出場したリナ嬢の双子の兄。彼もリナ嬢同様、刀を携えていた――彼女同様、刀を用いた剣術の使い手のようだ。


 一方の砂漠連合から出場するマイラ嬢は、右手に手甲を付けていた。通常の手甲と異なり、刃が装着されている――その独特な形状に僕は見覚えがあった。


「あの形状は、もしや――」


「グレイブ殿もそう思いますか?」


「うむ、間違いないだろう」


 グレイブ殿もマイラ嬢の武器に見覚えがあるようだ。隣に座るロゼ嬢が、グレイブ殿に訊ねた。


「グレイブさん、彼女の武器を知っているんですの?」


「はい、ロゼ御嬢様。私が説明するよりも、これから行われる試合を観戦する方が分かりやすいと思います」


「ライリー嬢も、この試合をしっかり観戦して下さい。ライカ殿、マイラ嬢のどちらが勝利するかはまだ分かりませんが、ライリー嬢の次の対戦相手になるかもしれません」


「は、はい!」


 第二回戦以降はくじ引きで対戦相手を決める事となっているけど、この試合の勝者がライリー孃や僕の相手になる可能性がある。しっかりと観戦して、彼等の力量を見極めよう。






 いよいよ、か。私――ライカ・クドウは、呼吸を整えて対戦相手を見据える。


 眼前に立つのは黒髪と褐色の肌を持つ少女、マイラ・レイラント殿。砂漠連合の学生枠からの参加選手であり、私の対戦相手だ。


 砂漠連合出身のマイラ殿は、非常に軽装だ。素早い動きを主体とした戦いを得意としているのだろうか?


「(し、しかし……こ、これは、精神的に辛い)」


 マイラ殿は肌の露出が多い服装をしており、目のやり場に困る。私はこういった素肌を晒す恰好をした女性と接するのが苦手なのだ……///。平常心、平常心と心の中で唱えながら何とか平静を保ちつつ、彼女の得物に目を配る。


 彼女の右手にあるもの――剣が装着された手甲。通常の剣とは異なる形状からして、砂漠連合発祥の剣術の使い手と推測する。


 砂漠連合には独特の剣術が存在する。ひとつは『双剣術』と呼ばれる、二振りの剣を用いた剣術……剣を二振り使用する都合、両利きでなければ扱い熟すのは困難とされる。


 そして、もうひとつ、砂漠連合には独自の剣術が存在すると聞いた事がある。おそらく、マイラ殿は――。


『これより第三試合を開始します』


 第三試合開始のアナウンスが、闘技場内に響く。思考するのはここまで……後は、試合の中で見極めるだけだ。 


 私とマイラ殿はそれぞれの得物を構える。互いに一歩も動かない、相手の出方を窺う。


 第一試合に妹のリナが出場している為、私の剣術に関しては観戦していたであろうマイラ殿はある程度把握している筈。逆に私の方はマイラ殿の剣術を全く知らない、相手の手の内を知らずに迂闊に飛び込むのは危険だ。


 さて、どう動く? 彼女はどの様にして仕掛けて来るのか?


 緊張の中、彼女の動きに意識を集中していた時――唐突に異変は起きる。彼女が右手に付けている手甲に装着されている刃が“消えた”のだ。


 突然の出来事に困惑したが、即座に感知術を発動させた私は背後から迫るものを感知した。間一髪で回避するも、僅かに髪が散らされる。


 背後から私を襲い掛かったのものの正体――マイラ殿の刃だった。彼女自身は一歩もその場から動いていない、刃だけが私を攻撃したのだ。


「躱されちゃったか~」


 マイラ殿が右手を動かす。消えていた筈の刃が手甲に戻っていた――それは、魔力で形成されたワイヤーで繋がる連結する刃。


 間違いない、あれは以前に文献で見た事がある砂漠連合独自の刀剣のひとつ。


「『蛇腹剣』……あなたは『蛇剣術』の使い手ですね」


「正解、これが私の得物だよ」


 蛇腹剣とは、砂漠連合独自の特殊剣。刃の部分がワイヤーで繋がれつつ等間隔に分裂し、鞭のように変化するという構造をしている。


 マイラ殿が使用している物は、金属製のワイヤーではなく自身の魔力をワイヤー状に形成しているようだ。親善試合では武器破壊が敗北条件のひとつである為、金属製のワイヤーを用いた通常の蛇腹剣の場合、ワイヤー部分を破壊されたら失格になるだろう……その対策といったところか。


 蛇腹剣を用いた剣術は『蛇剣術』と呼ばれ、生き物の蛇の如く曲がりうねる変幻自在な動きが特徴の剣術と聞く。近中距離の双方に対応出来る剣術というのを文献で目にした。


 マイラ殿が地を蹴って、私に突きを繰り出してくる――速い! 彼女が繰り出す連続突きを、私は武装強化術で強化した刀で捌く。


 パキンという、何かが外れる音が聞こえた。マイラ殿の刃が再び等間隔に分かれて鞭の状態に変化していた。


 鞭状態の刃が、私の周囲をグルグルと回る。徐々に幅が迫っている――私を締め付けて拘束するのが狙いか!


 両足に魔力を込めて、身体強化術を発動させてその場から私は跳躍する。締め上げられるのを何とか回避したが――。


「逃がさないよ!」


 連結刃の先端が私を追尾する。刃先が私の頬を僅かに掠めた……頬からツーッと一筋の血が滴る。


 空中で身体を捻り、何とかリングの上に着地する。これが蛇剣術か……何とも戦い辛い相手だ。


 マイラ殿に勝利するには、懐に飛び込んで一気に攻めるしかあるまい。私は身体強化術を発動させた――。





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